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その2 傷跡(2)

「栃尾城の首尾を任せる」



兄からの通達は簡潔なものだった

手短にそれだけ言う私は質問さえ出来なかった

言い投げで部屋を出て行こうとする兄上を目でおった

それに気がついたのか足をとめた兄は扇で顔を隠しながら言った


「栖吉にもどったのではオマエの意気込みを活かす前にに「嫁」に行かされてしまうかもしれぬからな。。母を助け栃尾を助け守護様のため引いては越後のためになってほしいと思っての配慮と考えともらいたい」

「ご配慮ですか?」


扇を仰がせながら襖に手を掛けて


「栃尾は長尾の要ぞ。。。。「旗」を持って行くだけだが良く励んでくれる事を期待している」

そういうと

軽やかな声とともに姿を消した

「嫁」?またも?

最初に謎だったのはそれだったが

それはないだろと思いながらも帰りの廊下でいろいろと考えた


いきなり「城持ち」?

栃尾は中郡平定の最前線の城だ

まだ年端の事を自分の事ながら考えるに。。。釈然としないものではあったけど

それでも栃尾は「栖吉すよし」に近い

母上の実家近くだ

そういうのを見越して考えれば私がそこに行く理由もわかる

きっと母上の実家と協力して国人衆たちとの連携をとっていく事が私の最初の仕事になる


連携をとる仕事。。。。


寺にいたのなら

知り得なかった「越後」の実情

私が「元服」したのも

なにも母の無理強いばかりでもなかった事がわかった


国内はかなり乱れていた


「今が長尾の家のがんばりどころです」

立禅を共にした直江の言葉が思い出される

責任の重大さを知った

これほどまでに「混迷」を極めていた国の治世を一心に支えた

兄に畏敬の念を抱いた



だが

直江はそんなふうには言わなかった

「強い守護職にならねばなりません」

言葉をはき違えているのか?

と最初はおもっていたが

いずれそれが私の行く末に大きくかかわってくるとはおもってもいなかった




城からの隊列は

直江の隊と

私に与えられた数少ない兵たちでの出発だった

夏を過ぎた空は大きな雲をたくさん浮かべていた

長く続く道

その向こうの山々。。。。。あの向こう。。。。もっと先。。。


「栃尾」が


馬に揺られた事で

私はまた色々と考えてしまっていた

突然の元服

突然の「城持ち」


何もかもが急におこった「激流」

この流れの中に。。。。自分は起っていられるのだろうか?

不安。。。

私は俯いた寺を出てから向こう全ての流れが速すぎて。。。。

気持ちがついて行けなくなっていた



「トラ!」

そんな思いで道中の馬を進めていたところだった

懐かしい声が私を呼んだ


「ジン?!」


あの着崩した作務衣に大小袋をぶら下げた姿の「陣江」があぜ道の横に立っている

「何しょぼくれてんだよ!!」

「どうしたのさ?」

相変わらずの軽口を押しきって聞いた

まるっきり必然だったかのように顔をきょとんとさせてジンは答えた


「ついてきた」

「ついてきたぁ?」

私は振り返って道を見回し

もう一度ジンに聞いた

「ついてきたの?」


ジンは顎をひょいとあげ自慢げに返した


「山からトラが下りてくるのが見えたから」

。。。。。

絶句


ジンの言うことには

師,光育が私の様子見に行けとよこしたと言うことらしい


「きっと泣いて」

「泣かない!!」

さっきまで不安だった気持ちが一瞬で吹き飛んだ

私は師の心遣いと友達の来訪で少し楽な気持ちになった


ほんの三月みつき前まで一緒にお堂に通ったジンが

ものすごく懐かしい人に思えた

同時になんと「友」はありがたいものかと心を和ませた


私は咳払いをしてジンに言った

「身なりを正せよ。。。紹介する方がいるから」

心をはずませジンとの会話に没頭しそうになった私は横に馬を歩かせる直江に気がついて言った



「ジン,こちらは直江実綱なおえさねつな殿だ」


ジンはかるく会釈する


直江も同じように挨拶した

二人の挨拶は何かぎこちない感じだったが。。。。

まあジンのよごれっぷりをみればそんな反応にもなるよね。。。。


「寺で一緒に修練していた「陣江」です」


私は直江にそう言うと鼻をつまんでみせた

「ちょっと臭いけどイイヤツです」

「なんだと!!」


馬の上で私はおどけて見せた

直江は笑った

「ハハハそういう風に言われると忘れない名前になりますな」


「臭いは余分だ!!」

馬でチョロチョロと逃げる私を追いかけるジン

楽しい

緊迫していた気持ちはすっかりほぐれた






「大変な仕事なんだな」


落ち着いて馬を列にもどした私にしばらく普通に話していたジンが改まって聞いた

馬の手綱を引きながら前をいく彼の言葉に


「うん。。」

と答えた

ジンは振り返って言った


「大丈夫オレがついてるよ」

どこからそんな自信が。。。。

私笑ってしまいそうになったが

なんとも

心強い言葉に心は救われた




街道は暗かった


昼過をすぎたばかりなのに暗い日差しだった

前方で雨でも降っているような鉛の空

それだけの事が

心を騒がせるようになったのではなかった


あきらかに気持ちに落ち込みが戻ってきていた

私のそれを感じたのかジンの押し黙った


進む

道には傷跡がたくさん残っていた

林泉寺付近の街角とは大きく違った世界

焼けた家屋

木々

時より見られる「死」の姿


今の「越後」という国の姿なのだという事が現実になった

同時に何も知らずに育ってきた自分を恥ずかしく思った

城に阿がッ時に色々な知識を手には入れた

色々な治世も聞き及んだ

こんな悲惨な状態がまだ各所に残っている事も。。。耳に聞きはしたが。。。。見るのは辛かった


私に与えられた教義と責務で

民草のためのより良い治世を。。。。。と。。る当たり前の人の上にたつ姿勢を思ってみたが


心は御仏の教えを追っていた



なんて

辛い事なのだろう「現世うつしよ」というのは

涙が出てしまいそうになったがこらえて

その気持ちを示すために

しずかに馬上で手を重ねた

少しでもこうして祈ることで死してしまった者たちを送る

浄土への道を示して起きたかった

何故これほどまでに「死」がはびこっているのか

いたたまれない気持ちで

目を閉じて祈った




「何に祈っている?」


それは突然嘲りを含んだ声として私に問いかけた


暗く垂れ下がった曇り空を背に

薄汚れた着物に抜き身の刀をもった男が目の前に立っていた


いや,一人じゃない

やぶれ坊主のような出で立ちの

男達が道脇の草むらや

廃屋から

みな澱んだ目をしてこちらを見ている



「姫様よぉ,何に祈ってるんだ」


指さすように私に刀の先を向けて男は言った


「ここで亡くなった人たちのためにです」

睨むように言い返した


不遜な輩たちはニヤニヤと笑いなが

みな刀を抜いて近づいてきた


「身ぐるみ全部おいてきな!!」



歯抜けの男が叫んだ

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