その14 忠臣 (5)
「秋山史郎!!口上に参りましょう!!」
去年十月に黒滝の大手門前に名乗りをあげ
そこで卑怯討ちにあいまだ怪我も治りきっていない秋山は
それでも
勤めを自分にという「気迫」で私に進言した
「長尾守護代軍」総勢二千五百
その他,輜重隊,大,小荷駄,人足をたせば三千を越す
真冬にありえないほどの大軍勢はすでに黒滝の城下を囲んでいた
風はゆるみ
雪も小降りになった
来るときがきた事を「天」が告げているかのように
深々と
不似合いで
それでも美しい情緒をみせる雪化粧をした「黒滝城」を
ゆっくりと見回した
不思議な感じだ
これからココで「戦」が始まる。。
「秋山!!行きます!!」
と号を発したそれを止めた
「待て!!」
頭を何かが
かすめる
風を切るような「視線」?
胸が高鳴る。。。
不安なのか?違う。。。
。。。もちろんそれもある
またもの「卑怯討ち」がないとは言い切れないから
だが
「感じる」のだ
これは「覚悟」
切り裂くような「決意」
「私が行く」
「何を言われますか!!」
床机から立ち上がり馬に向かう私を実乃が止めようと前にでる
「大将たる者が口上などと!!」
実乃の口に手をかざした
「使者が来ている」
雪の向こう
黒滝の城門前に霞むような,一人の武士の姿がみえる
直感。。。。
「黒田が来ている。。。」
城門を睨む私の目を追い
陣幕の一同はざわめく
まだ遙か向こうに「点」でしかない人影が「黒田秀忠」と誰も確認できない
「あれが?」
「そうだ」
視界に鮮明に顔が写らなくても
わかる
私にはわかる
去年,目の前で「髷」を落とした時のあの鋭き眼光
あれは今日のための「目」だった
この「謀反」のための「執念」
その気を感じる
頭がビリビリと痺れる
止めの手を出していた
実乃を退け馬に乗った
「お待ち下さい!!」
秋山も実乃も私の手をとろうとするが
振り向き言った
「口出しも,手出しも無用。。。よいな。。」
微かだが言葉はうわずった
「戦」を心が望み始めている。。。。踊り始める「闇」
目はうっとりとしていたに違いない
「お待ちしておりました」
城門からも陣営からも離れたほぼ真ん中の位置に「秀忠」は刀の鞘を雪の大地に突き立っていた
黒い甲冑に身を包み
整然と立つ姿は「威風堂々」まさに「侍大将」の貫禄を見せつける
髷を落とした日に猿芝居を演じた「気弱な老人」はココにはいない
長き歴戦の武者
すでに十分過ぎるほど「いくさ人」の仁王立ち
「申し開きはあるか?」
私は馬上からその姿を見ながら言った
「ありません」
毅然とした態度を誇示しつつ
悪びれる事なく秀忠は返答した
言い訳はしない
そうだろう
そういう目だ
では。。。
「何故だ。。。。」
ここに至るまでの「何故」のすべてをオマエに問う
何故「謀反」を?
何故「約束」を?
何故不義を行おうとする
秀忠の表情は変わらない
信念が伝わる
そんな言い訳はしないだろうオマエは
オマエは。。。
すでに決めているから
私は片口で少しだけ笑った
「戦」だ。。。。
「強いて言うならば「影トラ様」。。。。貴方と死合いをしたいだけです」
何も言う事はない
すばらしい返事だ。。。
正面に陣取る「長尾軍」を静かに見ながら「怒り」ではなく「悲しみ」でもない
言葉を交わした
「では「戦」が終わったら聞くとしよう」
「御意」
手短な会見
私は背を向け陣に向かって走った
空を仰いだ
惜しむことなく降った雪は「私のために」一息をいれ,静かに見守っている
白い世界が目の前から
頭の中から霞んでゆく
真っ黒に
真っ黒に
戦いのために「入れ替わる」心
そんな私の背中を
秀忠は陣に戻るまでその場所で見ていた
何かに気がつけたか?
大手門が閉まる直前
秀忠は刀を振りかざし大きな声でさけんだ
「寵児「影トラ」!!!我,長尾為景が忠臣としていざ!!まみえん!!」
「ああっ。。。まみえようぞ。。」
門の向こうに秀忠の姿が消える
心に現れるのは「怒り」を超越した「義」
この「闇」は
光への道を切り開くための儀式
私はそう思うようにしている
今はただ
手を挙げた
さあ
戦だ!!!
「はなて!!!」
五百の火矢はいっせいに白銀の空を舞う
同じく
黒滝からもかさなるように火矢が飛ぶ
「仕寄り!!」
金津率いる「栖吉衆」は大楯と小楯の編成の弓隊で前に進む
後ろには「仕寄り」の人足
「城内に向けて遠矢をはなて!!」
あらかじめ栖吉衆が決めていた位置に火をくべろ!!
じりじりと城壁と石垣に距離を詰める
思った通り
二段三段の矢に対応できていない
人は足りていないな
それは空を舞う「火矢」の数に如実に表れ始めている
最初の力は
もう息も絶え絶えか?
守りの構えは出来ていないのだろう
疲れを帯びた「矢」は弱々しいぞ
こんな時期に「戦」を出来るのは「御仏の加護ある軍団」だけだ
眠らず
弛まぬ
心を維持する事ができるのは「御仏」のおかげだ
左手の数珠を顔前にかざす
城はどうだ?
守れるか?
無理だろうな
「戦」はすぐに終わってしまいそうだぞ
それは「残念」だ
「配置に着きました!!!」
長秀の元に着いた伝令が声を上げた
私は前に進んだ
よく見える位置に
「松明!!」
栖吉衆の男たちが楯から飛び出す
その剛力から投げ出された「松明」は戸板の壁にまんべなく突き刺さってゆく
大手門にも容赦なく討ちかかる
かがり火を全身に焚きつけたような城壁
それは
それで美しい
大いなる「護摩」を焚け
「やたろー!!実乃!!」
「応!!」
よれよれになった矢の間を縫って
油樽を持った「栃尾衆」が走っていく
すでに
細工は出来上がっている
伊達で「大楯」を持たせたわけじゃない
裏を返せば「梯子」の代わりにだってなる
立てかけられた楯に「仕寄り」を重ねる
「道」はすぐそこに出来上がる
長槍は狭間を狙い攻撃を防ぐ
狭間の射手も足りていないようだ
攻防がつづくなか
城壁各所に火が上がる
火を
もっと火をおこせ!!!
油樽を投げ込む爆発的な火を巻き起こす
炎を生み出せ!!!
それに併せ次々に「焙烙」が門の内外にぶつけられていく
猛烈な勢いの火は大手門を飲み込み
爆破によって歪まされた木々に引火し始めた
大手門が火に包まれた時にはすでに外に向ける敵の矢はどこにも飛ばなくなっていた
「前進。。。」
太く唸るように私は指示を伝える
「さあ。。。「炎獄」の門を開け!!」
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