その14 忠臣 (4)
「揚北衆」はいつ到着しますか?」
不安な面持ちで秀忠に問いただしたのは
一族の一人
まだ若く幼さの残る武士だった
具足に身を固めても気持ちまで固める事はできないようだ
雪は引き続き降り
止むことはないだろう
城内の防備は固める事ができたとして
「いつ」
そうだ
いつココに現れるかわからない「影トラ軍」を待つのはなかなかに苦痛だった
それだけの持久力を持たせる物がないのだから
「雪で難渋している事だろう。。。影トラもかわらん」
追い払うように若武者に言うと
櫓から外を見回した
視界はこのうえなく悪い
晴れ間は少なく吹雪きになる日の方が多い
不安を顔に出してしまうのもやもおえない事なのだろう
それよりも秀忠は口に出して言わなかったが
放っていた「透波」(忍)が一人も戻っていない
という不安があった
最後の報が黒滝に届いたのは八日前
春日山を影トラは出てこちらに向かう
その足に約「千」の兵力。。。。
それ以降の報は一切ない
動いているのは「軍」だけではない証拠だ
兵の動員数にしても
もっと多くの兵を引き連れてくるはずだ
現在「黒滝城」の城内にいる兵力は八百
その他残り「浪人」を併せても千はいかない
当初予定していた兵員数を保つ事は出来なかった
人の自由がきかない
これが「越後」の冬だ
雪が降ったら「戦」はしない。。。。
寒さばかりが募って
心が落ち着かない
いざ「戦」といっても良い思いもなかなかできない
と「浪人」達は思った事だろう
ならば
春まで城で難を凌げばいい
という考えもあったハズなのに。。。。
実際は
「籠城」というものに逃げ場のない恐怖を憶えてしまった者たちにとって
城内での越冬戦は。。。
堪えたらしく周辺の町に入り浸ったりで
「間者」を締め切ることができなくなる
秀忠の判断で
ばらけてしまっていた
人の心「あやふや」だ。。。そう言うものだ
だが現実にこの「寒波」の中を
影トラは動いている
感じられるのだ
途切れた情報の向こう
いったい,いつ。。。
いつくる。。。。
目を細め南方を眺めて見るも。。。
雪にその先を消され
音さえも聞こえない地平。。。。
「使者を送って督促したほうがよいのでは」
まだ
後ろに残っていた若武者が「恐れ」を抱いている事がわかる
その言葉の端々に隠せない「恐れ」が出てしまっている
「神速」
彼もそれを経験した
しかし
今はそれを待っている
待つのも「戦」。。。。
秀忠は息をしずかに吐き答えた
「直に来る。。。心配いたすな。。。」
それが「嘘」でも今は言い続けるしかなかった
黒田秀忠が揚北衆に宛てた書状は助けを求める物ではなかったのだ
揚北衆
中条藤資は黒滝から届いた書状を手元から膝に降ろした
黒滝よりさらに北に位置する居城には連日の吹雪が押し寄せ
「越後」の冬が
隣近所にいる者との手紙のやりとりさえも困難なものにしてしまう事を思えば
ココに書状が届いた事の意味は大きかった
が
何度
読み返しても「合点」のいく部分はすくなく
内容は一方的な物だった
「助けはいらんと。。。」
冬を越すために
限られた灯を薄くともした部屋の中で
それでも白い息を吐きながら言葉をこぼした
どちらにしろ「兵」を動かす事など不可能だった
真冬のこの時期に集兵はできない
農閑期だといえ
「雪」の中で兵をあげるなど輜重(食料等々)費用を考えたら
あり得ない事だ
「長尾影トラ」の事はココ一年の間で良く聞くようになったが
まだ若輩と高をくくっていた
親方,為景の末子
なによりも「女」だと
ところが
秀忠の文面からするにどうも「女」というのは怪しい感じだ
どちらかと言えば
「女」のような顔の「鬼」
と言う書き方だ
これは
あながち「嘘」ではないかもな。。
顎髭をさすりながら火桶のはじに手を置いた
しかし
さて
どうしたらいいものかと考えながら目の前に座る男に問うた
「現八。。それでどうしたらいいのだ?」
この雪の嵐の中
黒滝から来た
寡黙な使者に問いたださねば「真意」は計りかねるものだ
「何に関してでしょうか?」
その身体に合わせたような「太い」低い声が眉間にしわを寄せたまま答えた
中条は手紙を帰し
指をさした
「この下りだ」
そのには
黒田秀忠の「討ち死に」後の事からが書かれている
「そののちの事
「越後」を一つにするための器量をしかと見られるがよいと思う
われの生涯を賭けたる戦にて
真に守護者たる「方」を支え「越後」を平定せよ」
変な文だ
「これは命令か?」
中条は卑屈に笑った
勝った側を引き立てて「越後」を平定せよ。。。。だと?
「そういう事です」
現八は表情を変えず答えた
「しかし秀忠自身は「負ける」と言っている。。。おかしくないか?」
「そうです」
「では。。。誰と誰が争っているのだ?」
現八は答えなかった
中条にはもうわかっていた
これが越後守護代家の命運を決める初の「戦」になる事を
覚悟の果ての答えか。。。。
「死してなお。。。忠臣。。。黒田秀忠」
中条は手紙をたたみながら言った
それは武士なら迎えたい「最後」の一つにあってイイ選択でもある
だが
その価値は後の者にしかわからない「賭け」でもあった
「行く末を見届けよう」
おそらく他の揚北衆も手紙から導き出した「答え」は同じ事だったのだろう
援護の軍勢の招集はかけられる事はなかった
「城南!!!軍勢あり!!旗印は「長尾守護代家」!!!」
重き雲の下
日の出のわからぬ空の早朝
最初の櫓からの報はやってきた
やはり朝に来た
具足のまま,床机に座して目を伏せていた
秀忠は急ぎ飛び起き指示を出した
「全ての城門にかんぬきを!!弓隊準備!!引きつけろ」
ギリギリまで引きつける
影トラ!!
三条衆を滅したお前の方法を使ってみよう
城内を走り
伝令を捕まえ
「どのくらい来た?」
秀忠の問いに戻り馬の伝令は引きつった顔で回答した
「数二千。。。。以上」
二千以上。。。。
驚いたこの真冬にそれだけの兵を動員するとは
予想を遙かに凌駕している
どれほど防備を固めても
「火」を避ける手だては無くなったに等しい
待つ
引きつける
など
すでに意味がない
それほどの数で来ている事が問答無用の「城攻め」の為なのはもはや明白だ
「誰が来ている」
「栖吉衆」の旗がありました!。。数千。。」
「柿崎景家隊も。。。。」
秀忠は天を仰いだ
先に動いたのは影トラでも自分でもなかった
亡き為景の妻。。。。鬼嫁おトラ(虎御前)だった
そうか。。。
現,守護代晴景に逆らい続けた栖吉の兵が一緒にきたか
つまり
栖吉は影トラに平伏した
頂くべき「当主」を選んだ
決まりだ
もはや
どれほど城が保つかはわからないが
全滅を必死は避けられぬ戦いにかわりなくなった
受けて立とう。。。
拳を握り
戸板を少しづつ叩く
影トラ。。。
影トラよ。。。
お前が「越後」を統べる者としてふさわしいかどうか。。。
虎御前よ
貴方がそれを信じてやまぬ行動を取ったこと
本庄実乃
柿崎景家という「忠臣」を得たこと
別の目線。。。「力」で
量ってやろう
最後はこの秀忠がお前を見極めてやろう
胸を叩き心に刻みつけて
大手門に向け歩き出した