その14 忠臣 (2)
「黒滝城城下に防壁が出来ていました」
二刻前から断続的に
栃尾方面からの早馬が出入りをするようになった
通常こういう「用兵」はしないだろう
だが
たかが
十五日ぐらいの時
ほんとにつかの間だったのに
栃尾を離れてしまった事を考えると
「不安」で仕方なかったが
不安は報告を聞くに「的中」したようだった
報告は逐一,のがさず「耳」に届くようにしている
「城下に柵越しに見るに浪人たちに武器を支給したもよう。。」
知らせは私の元からさらに春日山に遣わされる
もはや
隠す事のできない事実になった「謀反」
最初の「兆し」以降
怠る事なく警戒していたのだから
入ってしまった報告があまりに辛く
当然と言えば当然の結果になってしまったのは「残念」といえる
秀忠を捕縛しなければならない
急がねば
柿崎城で五百
枇杷島城で二百の兵を加え
ひたすら進む道でも
早馬を何度もだし
栃尾との連絡をとりあった
横で安田長秀が
無駄なく
出立するために軍団の準備から小荷駄の量まで全てを計算して
栃尾から向かってきた早馬に言付ける
「栃尾城「出陣」の準備整ってございます!!」
栃尾衆八百
相手の「後手」を踏むことはなくなった
ただ
どれほど急げど
天候の「機嫌」だけはいかんともしがたい
その事をのぞけば
順当に作戦は「仕上げ」に入り始めていた
それ故に私は焦っていた
準備が出来ても
自分が栃尾に到達出来なかったら意味がない
しかし雪は止まない
馬の足も人の熱も奪っていく「寒波」に今は耐えながら進むしかない
「雪」よ。。いったいどちらの「味方」をしてくれるのか?
空を睨み
何度も問う
「是非に私に力を貸して頂きたい。。。。」
願う
祈り願う
凍てつく寒さも
どちらに味方なのかわからない
私は,目深にかぶったおこそ頭巾を上げ
空の隅々まで見回した
ただ遠くまで広がる落ちた雲
上下もわからぬほど
積もった雪を恨めしく思った
「。。。しかたない事だな。。。」
兵の疲れも気になっていたところに報が走った
「前方に軍団発見!!」
予想していなかった事に長秀を見る
「確認!!!馬印は?」
緊張が走る
栃尾まで後少しの距離で「待ち伏せ?」
手をあげる
「陣を整えろ!!」
うかつ
私が黒滝に向かっている
と
すれば
黒滝城が兵を動かさないとは限らない
後,少し。。。という気持ちの焦りを気取られた?
それにしても
早い動き。。。
ココに陣を張っていたか?
「弓隊前!!」
目を凝らす
吹雪の向こう
確かに陣営が見える
すでに武装している集団のようだ
騎馬を前に
後ろに五百の兵はみえる。。。
早馬がつけられたか?
とにかく「確認」だ
私の焦る気持ちとはうらはらに
一人の武者が馬に乗りこちらに向かってくる
「馬印は?」
長秀も目を凝らしているが「旗」は見えない。。。
「わかりません。。」
騎馬武者は私の陣のかなり近くまで来て叫んだ
「長尾影トラ殿はどちらに!!」
私を呼ぶ。。。
顔には頬当てをつけているからココからでは顔もわからない
長秀が前に出ようとしたのを止めた
「私が長尾影トラだ!」
敵とは言え
一騎で前に出た者に「注意」のためとはいえ後ろに下がるような事があってはいけない
馬ごと身体を前に出した
騎馬武者もさらに前に歩を進めた
進めながら
「お顔がわかりませんな。。」
頭巾越しの私の姿を睨め付けるように見る
私の後ろでは長秀たちが身構えている
弓隊も前に出そろっている
恐れるには足らないが。。。。
ひっかかる
「まずは。。。人に名を聞いたのならば貴様も名乗れ。。それからだ」
私の言葉は聞こえたはずだ
聞こえたはずだが
武者は止まることなく私の前にゆっくりと歩を進めながら答えた
「いいや。。。お顔を拝見したい。。」
激するような返答
むしろ強気だ
後ろで矢を構えた長秀が叫ぶ
「そやつ!!首を狙っております!!お下がり下さい!!」
近づく。。。。
「無礼者め。。。」
私は低く唸るように答えた
相手の武者は刀を抜く気配はないが
私に名乗らせておいて自分は名乗らないというのは「無礼」以外何者でもない
後半歩近づいたら「斬る」
心の迷いはない
この「道」を邪魔する者を私は許さない
怒りがふつふつとする
目が吊り上がってゆくのを自分でも感じる「愚弄」は許さん
私を試すこと許す事ない
私の気迫を感じたのか,武者はとまり
今度はへりくだった言葉使いで話かけた
「無礼は承知の上でお頼みしたい。。。。顔をお見せください。。」
覚悟。。。。覚悟を感じる。。。
よかろう
私は突風の雪の下
おこそ頭巾を取った
「良く見ろ!!長尾影トラである!!!」
髪が風に引かれなびく
怒りの顔になっている事は自分でもよくわかる
黒い具足の騎馬武者が頬当ての向こうに見える目で私をじっくりと見ている
「どうする?」
私は首を傾げて聞いた
私の問いに武者は馬をおり
その場でひれ伏した
「長尾影トラ様。。。」
顔を上げ
頬当てを取った
「栖吉城,長尾景信が臣下,金津新兵衛にございます!」
風に負けぬ響く声
「具足」を雪に沈めて伏した男は
白い嵐の世界とは対照的なほど焼けた黒い顔を見せ続けた
「先の無礼をお許し下さい。。。」
今一度
雪に顔を埋めんが勢いで伏し
まるで泣き声のように発した
「栖吉虎姫」
今度は立ち上がり
後ろに控えていた軍団に向かって手を挙げ,声を上げた
「栖吉虎姫!!!」
軍団はどよめき
一斉に槍が上がり
馬印が上がった
「栖吉衆。。」長秀の声が聞こえた
そして「鬨の声」のように響く言葉が返ってきた
「栖吉虎姫!!!栖吉虎姫!!!」
これは。。。。
私はすぐに
腰に差した母から預かった「太刀」を目の前に持って見せた
「おおっ。。。お待ちしておりました。。。虎姫の子息。。「影トラ様」」
太刀を目にした金津と名乗った男は顔を緩ませ,涙を流し
交互に私の顔を見て
「本当に。。。お待ちしておりした。。」
そう言うともう一度手を挙げた
「栖吉虎姫」の怒号がさらに大きく聞こえ
手前に控えた軍団の後ろにさらに兵たちが押し寄せた
軍団が槍をかがげる
鈍く光る槍先の数が尋常でない事に気がついた
「これは?」
私は金津に聞いた
「栖吉衆「千」!!長尾影トラ様に従うためにはせ参じました!!!」
栖吉衆。。。。
母上の軍団。。。
この雪の中待っていたのか。。。
「ココで待ってたのか?」
「はい!!先ほどより」
なんと丈夫な
私は
並ぶ軍団の前を馬で歩いた
みなが私の顔を見ている
涙する者もいる
母上を見ている?
かつて母が引き連れ
父上の背中を守り戦った軍団
「誉れ高き栖吉の軍」
「主の帰還をお待ちしておりました。。影トラ様。。我らが主。。。貴方にございます」
金津の黒い顔には
無数の刀傷がある
忠義の「甲冑」。。。これを私に譲るという事ですか。。母上
驚きを隠せない表情の私に
金津は続けた
「ここより先の道に障害は一切ありません!!栃尾衆と合流し黒滝に向かいましょう!!」
軍団の向こうの道を見た
そうだ
向かわねばならない
私は太刀を高くに掲げた
「いざ!!むかわん黒滝へ!!」