その14 忠臣 (1)
雪風は横殴りの状態のに入ってすでに10日目
越後全体を覆っている分厚い灰色の雲のせいで
昼も夜も日の差すことのない空
黒滝もご多分にもれず
新年最初の挨拶にはせ参じた雪に「苦労」していた
「ダメです。。。大手門からの荷揚げが一向に進みません」
年末までに
買い付けた「武器」を城内に配置するための荷造りをしたのまでは良かったのだが
降らぬと思った「雪」はここぞとばかりの勢いで
それ以降の作業の手を進ませてはくれなかった
「栃尾も。。(春日山だって)。。身動きがとれまい。。。」
黒田秀忠は髷を落としてから
頭をキレイに丸めてしまった事もあって地肌に直接のる「雪」の冷たさを直に感じながら
荷駄の管理をする若い武士にそう言った
謹賀の祝に出かけた「影トラ」がいない間に
城の防備を固めたかった
が
その影トラもこの大雪では
春日山から戻ってくる事もできまい
「天井の雷雨。。。かもな」
恵みであると思いたい
という気持ちを一人こぼした
「年末に武器を買ってはすぐに気取られてしまうのでは?」
家臣の心配に秀忠はこう答えていた
「一度背いた我らの疑いは決して晴れる事はない,こそこそ買い集めをしている間に今度こそ攻め滅ぼされてしまうぞ」
隠密行動などしゃれた事をしている時間はない
それは城内にいる諸将も痛いほどわかっていた
むしろ
十分すぎる苦い思いを経験済みだ
まだ大丈夫
明日にはこない
「雪」が降っている間はこない
新年の祝いの間はこない
それは
「影トラ」には通用しない
そんな気がしてならない
通常ならこの時期に「越後」で戦をする者はそうそういない。。。。雪が深すぎるから
前例がないというだけ
小競り合い的な「戦」は今までだっていくつかあったが
事
影トラにはそういう「例」に当てはまらない「強さ」を感じていた
つまり
小競り合い的な「戦」は絶対にしかけてこない
来るときは「本気」の軍団だ
大軍を動かす
事実
今まで戦ってきた方法の一切が通用しなかったうえに
あの「神速」を目の当たりにし
味わってしまっている
その事を身を持って知っている
だからこそ荷駄の分配を早くに終わってしまいたかったのに
きたれる「雪」はいったい
どちらにとって。。。。
影トラにとって有利なのか?
それとも秀忠にとって有利に働いてくれるのか。。。。見当が付かなかった
城内にもどった秀忠は「親書」をしたためていた
宛先は
「中条,本庄,色部。。」
いまだ長尾守護代家に対して「恭順」する事に難色を示し
距離をとっている中郡より北に位置する諸将たち総称
揚北衆に宛てた物だった
「現八」
後ろに静かに城主をの背中を見守っている男に秀忠は声をかけた
「雪で難渋するのは十分にわかっている事だか,急ぎこれを揚北の諸将に届けてくれ」
戸板に激しく叩きつける雪の音
隙間風で今にも消えてしまいそうな灯だけの
薄暗い部屋の中
秀忠は背筋を正し
現八に向かい重い口を開いた
「お前はそのまま揚北衆に仕えよ。。その旨も書いてあるからな」
現八と呼ばれた男は深く頭を下げ
秀忠に伏し
「さらばにございます」
と
簡潔なれど武士らしい「別れ」を告げ
足早に部屋を出て行った
2度目の「謀反」
勝てば生きながらえるが「敗北」は一族全員の「死」でしかない
しかし
覚悟はすでにできている
あの日
影トラに謁見出来たのはまさに「御仏」の思し召しだった
会わねば
これほどまで自分をいきり立たせ「戦」に燃える事はなかった
あれが「敵」だ
生涯を「戦」の中に過ごし
為景と共に戦い
その最後の「約束」に
「賭けてみよう」
この「命」の全てを持って
仏壇の前
一人つぶやく
「女」は猫。。。。よく例えられる生き物だ
「女」という生き物は身体に「魔物」を宿している
それを色恋以外に使いこなし「戦」や「政」で具現できる者は化け物だ
かつての「北条政子」や「日野富子」がそうだったように
最初は可愛らしい「子猫」も魔性の化をまといかわる
まさに「影トラ」お前はそれだ
「怪猫お虎」
決意の時
深く息をつき
目を見開く
「くるがイイ!!化け猫!!存分に「死会おう(しあおう)」ぞ!!」
影トラの栃尾への急な帰還に合わせ
長秀は休むことなく荷物の支度を進めていた
雪の降り続く間じゅう
最短で栃尾に戻る方法を何度か策定した
時間の許す限り
昼となく夜となく
テキパキと物事を計算し
決めていく
長秀がトラに仕えるようになったのは1年ほど前だったが
その間に参加した「戦」は
それまで宇佐見の元で行ってきた物とはまったく異質だった
早さが違う,断トツに
決断も
作戦も
だから
すべての行動がそれに準ずる事になっていく
最初は目を回した
栃尾衆の動きの早さにびっくりしたが
今は
馬廻りとしてその一端を担うほどになった
たとえれば「雪」が降り続けていたとしても
止んだ時には
「即座」に動く
それが「影トラ様」のやり方だから
宴の翌日
大雪の日に入れ替わりで入った
栃尾からの早馬は
直江山城守の使いと同じ答えを持ってきていた
「黒滝城に不穏な動き有り」
敵は「影トラ様」の戦い方を知っている
一度味わってしまっている
より早く
より正確に
一昨日
小康状態になった小雪の日に早馬を跳ばした
うまくいけば
今日あたりには栃尾に着いているはずだ
「努めて警戒し,出陣の支度に入れ」
もちろん
栃尾衆はすでに準備を整えているハズだ
城主が帰還し次第
すみやかに「出陣」するために
この「雪」をものともせず活発に動いている事だろう
「すでに「戦」は始まっているのだ」
そう自分に言い聞かせると
小荷駄を運び込む者たちを叱咤した
10日の雪はついに上がり空は晴れ間をみせた
私は朝早くに母に挨拶を
そして兄上
「雪」で足止めされていた「上杉様」にも挨拶をした
屋敷前の溜まりには整然と帰還の声をまつ「栃尾衆」帰参隊が待っていた
おせんや,直江の妻は後から来るよう申しつけてある
雪道を「女」たちに走らせるのは大変難儀だから
「10日。。。。長かったな。。。」
視線を山の向こうに向けてみる
栃尾の方角は薄暗い分厚い雲が覆っている
しかし
あれに追いつく勢いで帰らねばならない
みんなの顔を見てに言った
「出陣!」
過酷な運命につながる「戦」の日々が今年もまた始まる




