その13 晴と影 (11)
春日山城の客室には下山できず足止めを食った
「上杉定実(うえすぎさだざね」事「実」が火桶の前で顔をしかめて
トロトロとたちのぼる熱気を見ながら溜息を落とした
かれこれ
雪は降り続けて7日目だ
「越後」の空を覆う灰色の雲から注ぐ雪に遠慮というものはないようで
昼も夜も絶え間がなかった
お付きの女房たちを連れているので
何かに不自由する事はなかったが
少しでも早く
春日山から去ってしまいたい気持ちは変わらなかった
できれば
ココには来たくない。。。。
ココには思い出がありすぎるし。。。。
何よりも
虎御前に会いたくなかった
会いたくなかったのに「今年」に限って春日山に登っては来たのは
例の「トラ」の顔を見たかったからだ
夫である「定実」は例年になく緩やかな寒さの「冬」にもかかわらず
身体を冷やし具合をずっと悪くしていた
自分の戻らぬ屋敷でセキをしているのでは?
と思うと。。。。
いたたまれない
病弱なあの人に代わり
「上杉定実」という名の「守護職」の仕事を始めてすでに何年もたつ
婚儀を結んだ時から。。。。
ないがしろにされていた「守護職」。。。。
いても
いなくても
。。。。不必要になった「要職」に
実は有無を言わさぬ力によって嫁がされたのは
為景の父,長尾能景の政治的手腕という肩書きのためだった
「形だけでも」の敬意が結婚という「品」だった
つまらぬ「女」としての道
愛しあう事など知らぬうちに「他人」の物になってしまった自分
そんな私にどんな生涯が残っていたのだろうか?
知らぬ「男」の子を産み
それによって「長尾」の家に尽くす
ゆっくりとして「余生」のような「死んだような」自分の感情などいっさいが必要とされない道
望み
しかし
望まぬ事は
やってきてしまった
突然の嵐が来る
吹き荒れる「戦」の鬼「為景」には他人の事情などお構いなしだった
「守護職」なる地位の妻にはなんの未練もなかったが
ああっ
なかったハズだったのに。。。どこかで狂ってしまって
今に至るわけだ。。。
忙しなく。。。無意味を何度も灰に文字を書き連ね
火桶を混ぜ返す
時折
飛び出す「火の粉」をみながら。。。。
「あの日」の事を思い出す
「ままならぬものよ。。。」
目を細め
かの日の事を思っても。。。今はただ「刹那」だったと思うしかない事だ
自分のしでかしたことは
「因果応報」。。。もどってくる
遠い昔の。。。。「罪」
為景との「約束」で再び「守護」として生きる自分。。。。
「晴景。。。。。」
目をふせてつぶやく
宴の時,影トラとの問答を見ていた時。。。
なんと「器」の小さなと悲しくなった
あれは
問答とかいう「高尚」なものではない。。。
ただの子供の「駄々」
一方で「英傑」一方で「逆賊」
どちらでも良かった
少しでも「為景」の血を多く受けていれば
あんなくだらない問答に。。。
しかも
「押し負け」するような結果にはならなかった事だろう
結果的に良き「家臣」にどちらも救われたのだが
あまりにも「力」無き「守護代」の姿は。。。
哀れで仕方なかった
それにしても。。
「虎御前」の顔を持った「トラ」をこの目で見たときは
ただ
ただ
「悲しい」気持ちと
「やはり」という優越感が少しだけのぼった
「為景」には。。。似てないな。。。
自分に言い聞かすように「実」は火桶をつついた
似ているか?
もう一度思い返す。。。
あの
殴られた顔は。。。似ていたような気もする
それにしても大きな「女」だったな。。。
少しづつだが
物思いに耽る
降る雪の音が少なからず聞こえる
深々と降り続ける雪。。。
あの日,あの時
炎の中。。。
私の命運は「何処」に向かっているのだろう?
年老いてなお迷い続ける心。。。。
女という生き物は。。。あまりに「切ない」な
と
外向きの引き戸を少し開けた
「あぶない!!!」
冷気の吹き込む戸の向こうに少しだけ顔をだそうとした瞬間に大きな声に止められた
止められた?
というより
むしろその声の大きさに驚き首を引っ込めた
目の前をかすめるように「雪」の束が落ちた
「実」の髪をかすめる
雪の華たち
首筋をつたいさらに冷気を身体に流す刺激に震えた
「大丈夫ですか?」
びっくりして閉じた目を恐る恐る開けると
目の前の顔にまたも驚いた
「御前!?」
首を振って髪にかかった雪を払いながら
もう一度確かめた
「御前。。。?ではない。。。」
「ちがいます。。。影トラです!」
元気のいい声は虎御前の抑揚のないものとは違った
編み笠をかぶり
雪簑をしょった影トラの姿に
遅まきながら扇で顔を隠して
「何をしている?」
と
慌てた自分を恥ずかしく重いながらも
身を正して聞き直した
「雪かきです!急な大雪で人手が足りませんので」
見れば
すでに何刻か続けているようで
身体から蒸気が立ち上っている
汗ぐっしょり,顔も上気して真っ赤だ
影トラ。。。。
つい凝視してしまった
縁側での会見
「フフフフフ」
声が漏れてしまった
こんな事。。。昔もあったような。。。。
そうだ
為景が同じ事をしていた。。
「雪に困る事に「上下」の区別はない!!」
そう言って
先頭をきって雪かきをしていたあの大男。。。。
あれも汗だくになって
冬だというのに半裸の状態で走り回っていた
やはり
似ているわ。。。
自分の前できょとんとしている影トラに
「ご苦労である」
そう言うと戸を閉めた
フフ。。。
今度は自嘲気味に笑ってみた
「皮肉なものよ。。。」
影トラ。。
「女」の身に「為景」の蛮勇を持ち合わせてしまうとは。。
何故
晴景には何一つ身に着けられなかったのだろうか?
ホントに「皮肉」だ
虎御前的な言い方をするならば
これぞ
「御仏の導くまま」というやつだろうか。。。
そう思って
また
忙しなく火桶をついた