その13 晴と影 (5)
「栖吉に送った親書の事ですが。。。」
光育の心は決して平穏ではいなかった
おかしなものだ
静かに茶を楽しむ熟年の二人の間にあるのはまるで「真剣」のように
研ぎ澄まされた「間合い」だ
向かい合わせに座る御前を「あなどっては」いけない
「あなどる」
そういう言い方は正しくないが
気を許して話し合いができる相手で無いことを忘れてはいけない
これは
「武人」同士の話し合いに近い
そして
まだ言葉を返そうとはとしない御前
に光育は続けた
「栃尾に長尾景信名代の将を送る旨と推測しておりますが。。」
「そのとおりじゃ」
簡潔な答え
それがどのような「波風」を立てるか
そんな事は十分に知っているハズ。。。
知っているのだ
でなければ顔色一つ変えずに答えられる訳がない
光育は無駄とわかりながらも僧籍にある者として
ねばり強く人を諭すすべを駆使して話をつづける事にした
「今までそのような事は有りませんでした,従うべきはまず春日山ではありませんか?」
間違うことなく順番からいえば
春日山の「守護代」晴景に従うべきだ
それを省き
「栃尾」に向かわせるとは
ただでさえ
「栖吉衆」は晴景にそれほど従順でもない
彼らにとって「当主」たる絶対君主は「虎御前」なのだから
「名代の将」を送る。。。それは
栖吉衆を「影トラ」に譲るという事だ
深い溜息
「乱」を待っている?
静かな瞳が光育の心を覗き込むように言う
「不要な事よ」
迷いのない澄んだ声は
冷徹に答える
無駄だ
御前は決めてしまっている
そして遠回しな言葉などで説き伏せられるような人でもない
「乱を起こしてはなりません。。」
聞き入れられる事をまるで願うように口にする
もし
「栖吉衆」が守護代を無視して「影トラ」に従ってしまったら
「内乱」は避けられなくなる
今すぐでないにしろその可能性はより大きくなる
日に日に力をつけていく「影トラ」を羨望の将として見る者も多ければ
疎んじている者も少なくはない
その中に最たる者に
晴景もいる
対立をあきらかにしてしまう
「晴景殿にお力添えするべきです。。。影トラ様もそうする事に尽力していらっしゃいます。。。それに」
フン
聞き飽きたる「諫言」とでも言わんばかりの御前
「晴景には「綾」をやった」
御前の一の娘
綾姫
まだ花も蕾と美しかった綾が「政略結婚」で春日山を離れなくてはならなかったのは十三歳の時だった
相手は「長尾宗家」の政景
為景死後
上田長尾の当主「長尾房長」は為景亡き後の「守護代」は。。。。己でも良いのではないか?という行動に出始めていた
宗家であるという事を振りかざし
当時「守護代」に就任したばかりの晴景を脅かし「嫌がらせ」を続けていた
それを抑えるための和睦の「品」として綾は坂戸城に嫁いだ
御前はこの時から晴景を「力」なき「守護代」と
それこそ本気で疎んじていたに違いない
人身御供で成り立つ「執政」など当てにならないと
それは「力」を全てと生きてきた御前にはもっとも「嫌悪」すべき外交だった
「綾姫さまも越後のために赴かれたのです」
「トラはやらんぞ。。。」
怒り?
背筋を律する響きの声
白羽の矢が目の前をかすめるような緊張
光育は目を伏せた
もうココに来た本当の理由はばれている
「元服」の書状が着いたときにも同じ問答を御前とはしていた
その時は光育が「嫁」に出すことを進めていた
今回は謹賀の祝の近づいた年末の月
晴景からの手紙で
内容は「影トラ」を「嫁」に出したい。。。。というもので
その話を詰めるための相談を求められていたのだ
唐突な申し出ではあったが
今のままでは
遠くない将来に「晴景」と「影トラ」はぶつかってしまう
それは今の段階でも「見え始めている」
ならば
羨望を得たまま「嫁」に行く
そしてそれによって守護代家の「絆」を強固にできる相手を夫としてもったほうが
「トラ」にとっても
ひいては「越後」にとっても良いように
思えた
そんな深慮の中で顔を曇らせている光育を横目に
「あの子は御仏に選ばれた子供ぞ」
諸将を沈黙させたその言葉を御前は発した
それはよく聞き及んだ言葉。。。。
「女」
「女」であるハズの「トラ」の道が「武」の道に進む事になった「神託」の事
その言葉故に「影トラ」は元服して「将」となった
産まれにまつわる「逸話」から
あれやこれやと「噂」がつき
結局
為景亡き後
その道を妨げる者はだれもいなかった
守護代の妻
大御台の威厳も
そういう大きな力が働いてしまった
「女丈夫の虎御前の娘,おトラ」
「女だから戦えない」
そんな言葉は「戦」を走り抜けてきた虎御前に誰が言えるものか。。。。
あくまで威圧的に座し
光育の提案に耳を傾ける気など微塵も見られない虎御前
目を反らさず光育は続けた
「しかし。。。女には女の道もありましょうや。。。」
光育は影トラの素直なで優しいところが好ましく
それを思うに「不憫」でならなかった
もっと寺にいるときに「女」の所作を教えてあげたかったが
それは無理な事だった
あの時は影トラの「命」を守るだけで手一杯だったのだから
トラは顔こそ御前によく似ていたが
殺生を恐れ
戦を嘆き
そのために「仏門」に帰依し信心なる日々を送ってきた
天真爛漫で
純粋で
寺の小僧たちとよく禅問答をする
可愛い子供だ
願わくば
このまま「女」として静かにその生涯を過ごして欲しい
そう願いたくなるほどの「笑顔」を持っている
だからこそ
十分に考えた想いを伝えた。。。。
だが
むしろ
その言葉を待っていたかのように虎御前は
首をゆるりと右に傾げ
口元を少し。。。上にあげ笑みと苛立ちの間のような声で返した
「光育。お前は。。あの子の「中身」を知っているハズだ」
トラ。。。。
「中身。。。。」
さしもの光育も返された言葉と視線から自分顔を隠した
林泉寺に「トラ」が初めて来たとき
目の中。。。。いやその「体の中」にあったのは読めぬ深い「闇」と
「割れた心」だった
それは得体の知れないものだった
相反する「正義」と相反する「悪」を一緒くたに考える「心」
到底「常人」にはできないような「裁定」を簡単に下した「幼女」の姿は。。。。
「戦鬼」とまで自身を呼ばせながらも「人の生」に執着した「為景」には理解できなかった
だから
「畏れた」
今までに見たことのない「異形」
トラの姿が為景の目には「人」には見えなかったのだ
それ故に
為景は「トラ」を畏れ手にかけようともした
しかし
光育にはトラの姿は「畏れ」には写らなかった
それはもっと「神々しい」ものに見えた
人であれば悩みもする「裁定」を無表情でくだす姿
「我を恐れよ」という言葉
それは。。。。。
「あれこそこの乱れた「越後」に「整然成る国」を作る物。。。。ふさわしかろう」
「いいえ。。。。。トラには「仏門の道」こそが示された道だったと。。。愚僧は信じております」
虎御前は光育の熱心な言葉を無視した
光育は最早取り憑く島もない彼女に
それでも「願っている事」を告げた
「今でも。。。しずかな仏門の世界に戻って暮れることを望んでおります。。。きっと「トラ」の心を。。。。御仏は満たしてくれるはずです」
「戻る必要などない。。。。。今はもう誰も「邪魔」しない」
「虎御前様。。。。。」
ねばり強く
これほどまでに聞かぬ人である虎御前は光育のあまりの根気に飽きたように
また
その根気が「育っていない」事を見抜いたように
揺れて笑った
「クックックッ。。。。」
着物の袖で口を隠し笑う御前
頭を何度か揺らして首を傾げて光育に言った
「聞きたいな。。。。あの時お前に預けた子供は何故「仏門」を飛び出し「武士」になったのだ?」
切り替えされた質問に
光育は悲しげに目をつむった
「陣江。。。」
およそ十八年前
光育が御前から救った「子供達」
ジンはあのときの乳飲み子だった
あのときすべての子供を寺に入れた
救われた命を御仏に捧げるべく育てた
あの「慈悲」に報いるために
それが彼らの人生に「実り」を持たせてくれる
そうなるはずだった
教えを守り
静寂なる御仏の世界に多くの子供たちが帰依し奉仕の仕事に就いている中。。。。
ジンは飛び出していってしまった
光育の教えを「捨てて」
「僧では「満たされ」なかったのであろう。。。ならば「トラ」が「女である事」で満たされるわけがない。。。。トラの持つ「闇」は仏門など必要としてはいない」
「仏門」を必要としないなどと。。。。
それは冒涜だったが。。。。
トラには。。。。。実際
トラにそれが必要だった理由は一つしかなかった
「闇」と向かい合うための。。。。。
しかし
ならば
何を得るために。。。。
戦いつづけろと?
「絶対の闇」。。。。それのために?
光育は答えを探し出す事が出来なかった
ただ沈黙した
問答を終えて
城外にでる道の途中
表座敷で
直江の娘「おせん」が
祝賀に持ち寄られた「反物」を見て侍女たちとはしゃいでいた
。。。。
影トラとてあの子達とかわらぬ「女の子」なのに。。。。
何故その眼前には「戦」への道しか与えてあげられなかったのか?
何故
そうまでして「戦」への道に進ませようとするのか?。。。。虎御前。。。
あなたが胎に宿したのは「阿修羅」ではないでしょうに。。。
「闇」に従いただ生きろなど。。。
なんと過酷な道でしょうか
トラとジン
二人が選んだ道
用意された道が
せめて
己で「良い」と信じた道になっていって欲しい
かつて。。。
城から初めて林泉寺にトラがやってきた日
トラはその日のうちに寺から逃げてしまった
それを追ってジンはも寺を後にしたが
翌朝手をつないでもどってきた
笑いながら
それは
瞬間の軌跡だった
人と繋がっていけるという。。。。。「軌跡」だったのに。。。。
もう
あの二人の笑顔が見られないのか?
もう
あんな優しい日々はありえないのか?
そう思うと
己の無力さが
悲しくて
無念でならなかった
虎御前という人
後書きからこんにちわ〜〜〜火星です
史学的には栖吉から「政略結婚」で為景に嫁いだ女となっていて
Wikipediaなどによると
晴景とは同じぐらいの歳かちょっと上ぐらいの人だったのではないかと言われています
つまり
影トラと晴景って母は別の人なんですね
じゃ
晴景様の母上って。。。。。それはまた(爆)
後妻さんだったっぽい虎御前
ちなみに「結婚」した時のお歳は12。。。。綾ね〜も13で嫁に行ってる
で。。。
驚くのはその翌年に綾ね〜を産んでる(爆)!!
13歳で出産。。。驚きっす
きっと大変だっただろうなぁ。。。
今ほど「身体」だって出来上がった女ってわけでもなかっただろうに。。
ちなみにトラを産んだのは19ぐらいって事だね
よく他小説というか
かつて「上杉謙信」を描いた書物の中では謙信が6歳の頃に母は他界となっていたりしますが。。。
あれはドラマです
しかし
この小説もドラマ(藁)なので史実からは大きく逸脱してて。。。。(爆)
それなりに史実にそってはいるのですが(爆)
これは
本当!!虎御前「トラ」が39歳になるまで生きてたそうです(藁)
60ぐらいまで生きてたって事だ
あの時代「人間50年」なんて「あつもり」舞っちゃう人がいた時代に60っていったら
結構ご長寿じゃないのかな?
さらに綾ね〜は80歳まで生きてる(爆)これはもう長寿確定ですな
虎御前は剃髪してからも春日山城に住んでたらしいから
晴景は。。。イヤだったかもしれないね
いつか
虎御前と為景の出会い編なんかも書いてみたい
と
思わせるぐらい魅力のある女だなぁ。。。とヒボシは思ったりもしてます
それではまた後書きでお会いしましょ〜〜〜