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その13 晴と影 (4)

春日山城の門を朝早くにくぐった光育こういくは一室で虎御前とらごぜんと会っていた



御前とまともに顔を合わせるのは5年ぶりぐらいだ

二人して「禅」の世界にいるかのような静かな会見




夫であった為景ためかげを亡くしてからは

剃髪し,頭を覆い

名を「青岩院せいがんいん」と改めていたが

この城では

相変わらず「御前」と呼ばれ


城の多く実権を未だに握っていた



彼女の生き方を知っていればそれは何の不思議でもない事だった



早朝にもかかわらず

御前の身なりはきっちりと整っている

まるで

あの時のようだ。。。。



光育は思い返していた






虎御前。。。。光育が彼女に初めてあったのはまだ混乱の続く

荒れ果てた時代のまっただ中



為景の軍は劣勢に立たされていた

「力無き」守護を排除した事は多くの「名門」と名の付く「長尾氏」たちの反感を買っていた

何もしなかった者の方が口さがない。。。卑怯者ばかりの国

守護側の攻勢に

手助けしてくれる者は少なかった



「強者たれ」



それは為景の口癖でもあった


守護家がもっと強くあってくれれば

これほどまでに「越後」は混乱の火の下にいる事はなかったハズだ

農民は苦しみ

豪族は好き勝手な支配をしている



あえて「汚名」を着てやろう

守護殺しの大罪人

それでも民草のために「越後」を一つにする

「力」と「知恵」を使い

「忍耐」を信条とし自分を信じて戦い続けた




一度は佐渡に逃げねばならぬほどの窮地に陥り


それでも「諦めることなく」

一年後に「越後」に舞い戻り

「上杉」管領軍を打ち破った



百のいくさした男「戦鬼為景いくさおにためかげ



荒れ狂うがごとく

いくさ」の海に身を投じた男




それが

虎御前の夫



あの日見た御前の顔は「血」まみれだった


右手に血染めの刀を持ち,左手に数珠を巻き

金糸でまとめ上げられた美しい「大鎧」を纏い

栖吉衆すよししゅう」を引き連れ内乱から戻ってきたところだった



夫の背中を守って戦うのは彼女にとって「あたりまえの勤め」だった




「おトラさま」


その名は御前のものだった


名を呼ばれた顔は「不動明王」のようにぱっちりと見開いた目で光育の前に来た

血と泥をかぶり

ススまみれになった顔なのに手に取るように「感情」を理解させる「瞳」

静かな「怒り」をたたえている

その細い身体の芯を支える根元


大きな黒い瞳は光育の前で止まり



「オマエも族僧なのか?」


と女らしくない抑揚のない声で聞いた

光育は深く頭をさげ答えた


「私は林泉寺住職,天室光育てんしつこういくと申します,一度お会いしておりますが。。。」

「そうか」


そっけない返事

そのまま光育の横を通り抜け引き立てられた「罪人」たちの前に歩いていった




「越後」の混乱はあらゆるものの秩序を破壊していた

戦に負けた「落ち武者」は髷を落として「僧」と称し

村に入っては狼藉を働き火を掛けた

もはや

そこに「武士もののふ」たる誇りも人たる証もなかった


ただ野に放たれた「不貞」の獣たち




栖吉衆はそういう者たちを狩り出すために戦っていた




「たすけてくだせぇ。。。」


顔のアチコチに殴られた怪我した男の前に

御前は進むと

懐紙で刀の刃を拭きなおしそのまま何事も無かったかのように

首をはねた



連れ立てられた

男たちは戦慄した



「何事」も,聞く耳持たぬ,「おトラ」さま




平然とした顔で

また一人

また一人と首をはねる


まるであたりまえの「仕事」のように淡々と斬り続ける


「助けて。。」




何も聞かない

聞こえない



死を目の前にした武士に辞世の句を語らせない

野に下り獣となった者にそんなものは必要ない


それを態度で表す

「獣」の首など当主の妻である

虎御前がはねなくても良いのにあえてそうする



「強き者。。。為景の妻はまた同じ強き者」



微動だにしない顔で次々と「罪人」達を切り捨てていった


光育は「辛いこと」だと重いながらもその処罰を見ていたが

その列に子供達がいた事に驚き

御前の前に走った

「お待ちください!」



しかし待たない


言葉は届かなかったように子供の首をはねた


「お待ちください」

光育は叫びながら

今度は躊躇なく身体を刀の前にさらし目の前に座った


「何故子供達まで。。。」


振り上げた刀を下ろさずそのまま


「どかれよ」

と変わらぬ表情の御前は答えた

口を開かない御前の代わりなのか

栖吉の武士が答えた



「その子供たちは蔵破りの手伝いをしたのです」


光育の背中で泣き出した子度たちの顔は

まだあまりに幼かった

上は十歳ぐらいか?年下の子たちにまだ言葉も話せないような幼子おさなご


「幼子です。。乳飲み子さえおります。。」



御前は読めぬ表情のまま首を傾げて

「どかれよ。。天室光育。。」

冷たい声


「どきません」

子供達を守るように座り込んだまま返事する

おトラの目は大きく開かれ

ふりかぶったままの状態で言った



とがに大小はない。。。等しく斬る」


そうだ

それが「秩序」を取り戻すための「英断」なのだ。。。

しかし

泣き叫ぶこの「幼子」たちを斬る事が「秩序」の復帰として正しいのか?

蔵を襲った者たちのおこぼれに食いつかねばならぬほど飢えた子供たちが「罪人」と?







「では御前の罪はどこで斬られるのでしょうか?」


栖吉の男たちは凍りついた

未だ「おトラ」に意見して生きていた者はいないのだから

ざわめく

小声ながら光育を止めようと注意を促すが間に入る事はしない


「私に罪があると?」

高く

身構えはそのままの姿を

栖吉の男達はおそれている


光育はそれでも答えた


「はい。。。「越後」のために大きな罪をしょっておられます」



無言の「おトラ」の前に

さらに前に見を乗り出した


「あえてです。。。この地を想い剣をもたれた罪です」


漆黒の瞳は何も言わず言葉を聞く


「大きな慈悲の心で罪をしょわれ国のために涙していらっしゃやる。。あなたならばわかるハズです」



守護殺しの汚名を夫と共に背負い

「越後」を想い,くちくさ者の豪族を平定していく

どれほどに叩かれても「信じた」道

過酷なれど

求め続けたもののためにその手に剣をとった「あなたなら」


そしてその戦いの下

いまだ収まらぬ乱世の中

住むこと,食べることもままならなくなってしまった

焼け出された地に,飢えた子らをまだ「救えていない事を」




「その心でこの地の明日しょう子供達に慈悲を頂きたい!」


光育の態度は毅然していた

振りかざした刀をけっして下ろさなかった御前に対して目を背けなかった


静かな一息を吐き

御前はゆっくりと刀を下ろし懐紙で刃を拭った


「許す」


ただ一言そういうと踵を返し城に帰った













「あの時,預けた幼子たちはどうしておるか?」


茶を勧めながら御前は光育に問うた


「寺にて奉公しております」

器をうけとり静かに飲む

研ぎ澄まされた手前,美しい所作




歳を重ねた虎御前の姿はあのころと変わらぬ姿勢を保っている

屹立とした「己」持ち

いまもなお「戦」に身を置く者の姿だ


「背負ってきた者」



その姿は自然と人を恐れさせる

晴景はるかげが逆らえないのも無理からぬこと

晴景より遙かに過酷にそして「苛烈」に戦を生きた女「虎御前」




静かなる美しき刃物




光育が早朝にココに来たのは「影トラ」の事で話し合いにきたのだが

変わらぬその姿を見た瞬間に

それが無駄骨に終わる事を予感した




しかし


それでも今日は話をしよう。。。。

覚悟を決め器を降ろした


「良い茶でございました」

そしてゆっくりと口を開いた

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