その13 晴と影 (2)
寝所に戻ったのは
夜もかなり更けた時間だった。。。。
ずいぶん長い酒宴だった
心をいっぱいに満たすことができた良い宴だった
今朝
春日山に入城した時少しだけ雪が降った
降るというより「舞う」ように
優しくそぞく雪
和歌を詠みたくなるほど美しい景色
登城途中
林泉寺の前を通った時
住職の光育が迎えてくれて嬉しくなった
「大きくなられましたな」
師は顔をほころばせ
喜んでくれた
それでもまだ師よりは小さな私
城に行くのが先だったので,後日伺う事を約束して屋敷にむかった
何もかもが「鮮明」に懐かしい
元服でココに来たのは「初夏」の頃だった
その年の秋には
慌ただしく「栃尾城」に向かった
二年ぶりの帰参
謹賀の宴の間
上座からそのまま退席してしまう兄の後ろ姿に
一言も声をかけられなかった。。。
「黒田秀忠」の事
それは重要な話だったハズなのに何を意見する事もできず
ただ
兄の機嫌を損ね終わってしまった
「兄上。。。。」
今まで
あんな風にお叱りを受けたことはなかった
どちらかと言えば
「温厚」な兄
それほどに叱咤される「失策」だったのか。。。
私は。。
重要な事だと思っていたからこそ何度もの手紙を送り
指示を仰いだ
もっとたくさんの言葉を交わし理解を得たかった
良い治世の手伝いをする者として
重要な責務と信じてやってきたのに
悲しくなってしまった
もっともっと忌憚なく兄と語り合いたかった。。。
「長尾」の一員として「守護代」を助ける者として
置いていかれた気持ちでいっぱいになって
悲しくて,しょぼくれたて。。。
涙が出そうになった
。。。。
「すまない。。。」
楽しく酒を飲んでいた家臣たちが静まりかえってしまっていたことに気がついた
なんて事だ。。。。
せっかくの祝いの席を自分のせいで。。。。水を差してしまった
「気にせずやってくれ!」
これも勤め明るく振る舞わねば
涙を見せぬように袖を振って酒を貰おうと手を振って見せた
「お初にお目にかかります!!!」
態度とはうらはらに
うなだれかかった心に「喝」を入れるような大声が耳元に響き
右に身体を反らせた
徳利をひっくり返しそうになりながら
顔をあげると
大男が立っている
男はそのまま板の間に大きな音をたてて座り
「柿崎和泉守景家と申します!!」
と
これまた遠慮のないデカイ声を耳元で発した
大男には慣れている
栃尾にはやたろー衆の大男組がいるから身の丈ごときに驚きもしないのだが
ココまで「声」のデカイ男は初めてだった
身体の芯に響く
「影トラである。。」
気を取り直しつつ
顔を見た
「鍾馗」さまか?
って言うぐらいの口から顎にかけと続く髭
しかもかなり「硬そう」な毛
眉も同じぐらいにがっちりとした毛
とにかく
「毛」
直垂の胸元からも溢れるほどの胸毛
手の甲も
座った袴の裾からみえるすね毛も。。。
「熊。。。。」
つい言葉に出てしまった
その言葉を聞いた柿崎ニヤリとすると私の肩を勢いよくボンと叩いて言った
「栃尾の熊は元気にしておりますか!」
と
私の顔はすぐ前にあるのに声の勢いは落ちることがない
つばが。。。。とぶ。。。
柿崎の声の大きさに少し下がった
すごい「音」だ
顔を袖で拭う
大きな手に二本もった徳利の一つをむけられたので
杯をだし酒をもらいながら聞き返した
「栃尾の熊。。。?」
「実乃ですわ!!」
実乃!!
パッと浮かんだ実乃の顔につい笑ってしまった
そうでなくても
やたろーと二人揃って歩く姿は「熊」だ
うまい事を言う
「もう一人の「熊」も来ておりますわ」
と指さした
「直江!!」
そこには懐かしい顔がいた
直江は柿崎の頭を叩きながら
「熊ではない!!」
と
徳利を差し出した
急に嬉しくなった
が
さきほど
兄を怒らしてしまった事を思い出し自重しなくてはと笑いを抑えようとした
こんな所で笑っていいわけない
叱咤されたばかりなのに。。。
私は言葉を控えようとした
すると直江が小声で
「今日は無礼講ですよ」と
続けて
「守護代様は身体の様子がすぐれなかっただけです,怒っていらっしゃったわけではないですよ」
と言った
私が口ごもったのを見抜いていた
直江に隠し事なんて無理だ
苦笑いした
「そんな事より!!「戦」の話を聞きとうございます!!」
間を割って柿崎が入る
そんな事をしなくたって
十分に声は届いているのに
その柿崎の言葉にまってましたと他の諸将が集まってきた
みんな杯をもって前に並ぶ
なになに!!
栃尾にいた時と変わらないぐらいの勢い
男達は名前名乗りだした
「ちょっと待って。。。どうしたの?」
あまりに多くの家臣が集まるのでびっくりして聞いた
「みな影トラ様にお会いしたかったのです」
えっ。。。。
私に。。。
なんで?
すでに出来上がっているのか
顔を真っ赤にした者から
真面目に私を覗き込む者まで。。。
若い武士が言った
「守護代様を助けるみごとな戦する影トラ様にお会いしたかったです!」
「お話お聞かせください!!」
「助ける。。」
そうだ
どんなに多くの兵の血を見る事になったって
どんなに苦しくたって
長尾の家のため,ひいては越後守護者,上杉様のため
そして
「越後」のために戦ってきた
そのために
たくさん自分を叱咤した
何度も一人で泣いた
嬉しい
兄上にそう言ってもらいたかったんだ
兄上からその言葉が欲しかった事に気がつかされた
急に「涙ぐんで」しまった
目に涙を浮かべた私の姿に
驚き顔を見合わせだまってしまった諸将
しんみりしてしまった
ハッとする
いかん。。。いかん!またまた
そこに
柿崎が大声で笑いながら
「酒は強いのに「泣き上戸」ですか!!影トラ様は!!」
わわわわ
恥ずかしい
でも
でも
嬉しい
少しでも自分のしてきたことを知ってくれようとする「良き家臣」たちがココにいる
徳利を柿崎から奪いとり
「言ったな!!さあ!!飲め!!」
並ぶ男たちに酒をそそいでいった
みんないい顔をしている
みんな良い春日山の将たちだ
浴びるほど飲んだのに
早朝を駆ける
馬の音で目を覚ました
日の出を見られる良い時間だった
気持ちを改め
変わることなく「越後」に「守護代様」に尽くす事を近い「禅」を組んだ
高い御山の上の城
空に一段近い場所だ
久しぶりの直江は酒を飲んでも「冷静」な人だった
初めて会った柿崎は豪快を絵に描いたような人だった
寝所に帰る前
夜も深まっているのに大きな声で
「次の戦には是非にお呼びくだされ!!良き槍働きをいたしますぞ!!」
と半ば暴れていた
多くの諸将たちと意見を交わし話を出来たことも
すばらしい「経験」になった
みんな
力強いし
心強い
私も,もっと励まねば!
そう
もっと兄上を悲嘆させるような事のないようにがんばらねば
心を引き締めた
「禅」から立ち上がって
空をみながら
きつく結んだ誓いとはうらはらに
今日はジンに会える。。と。。。楽しみだと一人ではしゃいでしまった