その13 晴と影 (1)
衆道(男同士の性的関係)の描写があります
苦いな方はご注意ください
「朝なんか。。。。こなくてもいいのにな」
まだ薄暗い
夜明け前の空の色を恨めしそうに晴景は眺めた
腕下には水丸が同じく目を覚まし
厭おうように晴景の胸に手を伸ばしている
「寒くはありませんか?」
首を振り
もう一度布団に身体をもどした
寒い日に一人で寝るなど耐えられない
水丸の若い身体を抱いて寝るのはそういう理由もあるが
ココ何年かは一人でいられない「寂しさ」が常にあった
治りの悪くなった「病」
妻との「確執」
そして「影トラ」だ
昨日,約2年ぶりに影トラは春日山に戻ってきた
たかが
そんな事だ
そんな事で城の中は大騒ぎだった
本丸前の櫓からその姿を見た時
その「成長」ぶりに驚いた
元服を言い渡した時も
栃尾に出て行った時も
あんな「幼女」をとまともに見たことはなかったが
ココを出たときとは
身体の大きさが一回りは違う「トラ」見て
「やはり「獣」か。。。」
と
言葉がこぼれた
苛立ちのこもった言葉が
それを水丸はしっかりと聞いた
本丸の表座敷は去年の謹賀とは比べ物にならないほどの家臣が集まっていた
毎年
年頭のあいさつをするため「よほどの事」がないかぎり越後の「国人衆」「豪族」はココの集まる
しかし
晴景が「守護代」に就任してからは減る一方だった
それはそれでよかった
いちいち
年頭に祝賀の酒盛りなど。。。
よく知りもしない領主たちのご機嫌をとるような酒は飲みたくもなかったし
ただ
めんどうな事だけで
なければないでも「良い」と思っていたぐらいだった
「めんどくさい事だ。。」
なのに今年は各々
城主のみならず,息子を連れてくる者
およそ腹心とも思われる将を連れてくる者でいっぱいになっている
目的は決まっている
今この「越後」にその名を響かせつつある「影トラ」を見に来たのだ
その武功にあやかりたいと思っているのだろう
だが
まあ
「がっかり」な結果になる事だろうと晴景は思っていた
どれほど功を挙げたとしても
しょせん「将」にはなれない
「女」だ
城主になる事があっても
いつかは誰かの「嫁」に行く
しかし
あれほど背丈を伸ばしてしまってはもらい手もなかなか見つけられない事だろう
と
卑屈に笑った
それでも「噂」多きその姿を見てみたかったのだろうな。。。
「あけましておめでとうございます」
参賀の席
真正面に座した晴景色に向かって影トラは深く頭を下げた姿は「堂々」という言葉がホントに似合う「若武者」ぶりだった
並ぶ諸将も興味を十分に示した視線だ
自分と比べる事などない。。。
そんなふうに思っていても
「病」を持ち痩せてしまった姿の「守護代」が
影トラを物見している諸将たちによって同じぐらい見比べられているのを感ぜずにはいられなかった
イライラしてしまうが
影トラの表情が言葉を待っているのに気がつき
「ごくろうであった」
と
静かに返答した
すぐに
「はい!守護代様,母上ともお元気なようすで大変嬉しい事でございます!」
と
元気の良い声が帰ってきた
やけに明るいトラの表情がよりいっそう気に入らなかった
何が嬉しいのだか?
卑屈になっているのか?自分が?
隣に座る虎御前はいつも通り
笑いもしない表情で影トラの話を聞いている
晴景が言葉が少ないせいもあって
痺れをキラしたのか諸将が影トラに話かけだした
いつのまに
こんな明るい「酒宴」になっているのだ?
晴景が守護代になった時
良い顔でそれを祝ってくれた者はいなかった
ただの
どさくさに「守護代」の地位を受け取った息子としてむしろ「疎まれた」
それが辛くて
かつて父が追放したり「隠居」させたりした領主を復帰させた
地位を取り戻すかわりに「平安」に過ごしたかった
だが
結果は無様な事だった
影トラが栃尾に入るまでのたかだか5.6年を抑える事ができなかった
それだって
苦渋の選択だったのに。。。
誰もそれに報いてはくれなかった
もともと
自分が「守護代」など。。。。望まれていなかったのだ
どこかで
狂ってしまった
そうだ
それだって「影トラ」の責任ではないか?
父は。。。。
虎御前が懐妊したとき跳んで喜んだ
「我が子は御仏に選ばれし子」
産まれる前から羨望を得ていた影トラ
まだ「トラ」がこの世にいないうちから
「いずれこの子が「越後」を一つにする」
などと聞かされた時の。。。この気持ちが誰にわかろうぞ。。。。
あのころ
まだ若かった晴景
父を支え一緒になって山河を駆け「戦」をする日々を送った
この身体の各所にその時の怪我が残っている
それが元で
今は「病」を自力で癒す事もままならぬ身体になってしまった
自分は。。。。十分に「越後」に尽くしたではないか。。。
だからこそ父は自分に「守護代」の地位を譲ったのではなかったのか?
何故だ。。。。
急に苛立ちの炎が目の前を赤くした
前に座る影トラは許し難い存在になった
「それにしても黒田秀忠の事は早計であったな」
重く口を開き
酒盛りで浮かれた雰囲気を裂いた
家臣たちは水を打ったように静まりかえった
いつになく
いや
今まで見たことがないほどに「凶相」を纏った晴景に驚いた
怒りもしない「柳」のような存在ぐらいにしか思っていなかったのだから
「噂だけで兵を動かすなどと。。」
影トラはすでに姿勢を正している
しっかりと目を見て返答した
「しかし黒滝城内にある備蓄,浪人の量,数とも通常ではあり得ない物でした」
だからなんだ
秀忠の手紙では去年の凶作で職を失った者を養い
兵糧はその事を鑑みて「備蓄」していたという
それを説明した上で続けた
「あくまで「疑い」だ調べもしないで「戦」をしたかったのか?」
影トラを詰問する晴景を虎御前は静かに見ている
きっと
影トラは「戦」好きなんだ
そう思うとさらに腹が立った
「つまらぬ「流言」に腹を立てて出陣など。。。やはり「女」のする事よな」
今まで何かに口憚って言わなかった言葉をさらりと言ってのけるほど
晴景の怒っていた
影トラはすぐに頭を下げた
「申し訳ありませんでした」
家臣の中にはどよめきもあったが怯むことなく続けた
「それでも秀忠は私に忠勤してくれるそうだ。。今日も「干物」をたくさん送ってきてくれた」
祝いの膳にのった干物を指さしながら笑った
笑っているのに心は痛むばかりだった
気など晴れもしない問答だ
「それと旗が良く見えなかったそうだ。。」
と
最後の釘をさした
先に火矢を射たと
影トラがごねでもしたら話が長くなってしまいそうだし。。。
そこまで言ったところで
息苦しくなって逃げた
あんな場所にいたくない
「病」をこじらすだけだ。。。そう思い
そのまま「退出」した
昨日それだけの事をしただけだ
それなのに
身体中が痛む。。。。
寒い季節は辛い
布団の中で身体を丸めた
水丸がそれを覆うようにかぶさり傷跡を少しづつさすった
不意に
心も体もすべてがまとまって震えた
「なんのための「守護代」なのか。。。」
泣くような声でこぼした
ただ辛かった
自分の前では笑いもしない家臣たちの声が耳について
まだ腹だたしかった
「晴景様あっての越後です」
凛とした少年らしい清々しい声で水丸は答えた
手を伸ばし肩を抱き水丸の口を舐めた
「近くにいてくれ。。。」
「はい。」
「水丸は晴景様一の家来です,いつも近くにおります」
そうだ
その言葉が欲しかったのだ。。。
暖かいその身体を強く
強く引き寄せた
今,安らげるのは「水丸」の身体だけだった