その1 元服(3)
11月に入ってからの改訂により内容のつながりがぎくしゃくしている部分もありますが
おおよその部分では変更はないのでご安心ください
訂正改訂が多くてごめいわくおかけしております〜〜ヒボシ
「兄上はお体の様子がよくないのですか?」
会食の座どころか謁見以降兄上は姿を見せてはくれなかった
不安。。。
兄上には歓迎されていないのか?。。。
それよりも何か具合も悪そうな感じだった
昼に謁見した時も覇気のない。。。
というか
私の頭はクルクルと動く外の世界の広さに反応しきれていないからか?
不安な方向に考えが傾く
兄は冷たい?というか。。。
何か隠している感じだった
そんな私の不安を知らぬ顔か。。
「守護代は責任の重いお勤めでしょうから。。。」
母はつまらなそうに答えた
なにもかもに
どう反応していいのか?
母と話しをする事さえぎこちなくなってしまう
言葉のすくないこの人に
私は子供の頃,甘えたことがあったのだろうか?
よからぬ疑問をもってしまう自分に気がつき頭を自分の拳で叩いた
寺を出てから
色々と考え過ぎている
城内の色々な部分を思い出せない事に迷いがある?
そのぐらいの月日がたってしまっている
林泉寺にいた時に「城」での出来事についての話をした事はなかった
そういう事を考える事態が「俗世」に未練をもっている事であって
御仏の教えに真摯でない気がして
兄が「守護代」として難渋の執政を何年も重ねてきた事は
聞き及んではいたが
それに関して「どう思う」という疑問をもった事はなかった
ついご飯を食べる手が早送りされて。。。
チラリと
母を見る
代わることなく平静な姿に。。。反省
舞上がってるな。。。。
ふってわいたような「元服」に
「あわただしい。。。。」つぶやいた
自分に向かって
食事も終わり
少ないながらの会話を楽しんでいたところに
侍女「萩」が静かに襖を開けて
「湯をもたせました」
と
小桶の湯を見せた
母は湯に指先を入れ
ほどよい熱に満足したような笑みで私に言った
「トラ,身体を流しましょう」
「はい?」
とまどって。。。変な返事
というか。。。突然の事に固まってしまった
母と会えたのは七年ぶりだ
たしかに嬉しい
一緒にご飯をいただける日がまたくるなどともおもっていなかったし
そのうえで「湯」とは「馳走」。。。ですが。。。
そんな私を尻目に母は席を立ち
萩は私に
「こちらへ」と案内をする
奥の間に,たらいがあり別の桶に湯が満たしてあった
「着物を。。。」
「はい」
私はそのまま着物を脱ごうとした
「私がしましょう」
「えっ」
すでに,萩の姿はなく母が私の前に座り支度をしている
「自分でいたします」
「いいえ,母がします」
あくまで淡々と答える母
表情さえ変えない
逆らうものではない。。。。
母にされるまま着物をすべて脱いだ
裸の私を母はじっと見て
「さあ,お座りなさいな」
と,たらいの真ん中に座らせた
背中に湯をかけながら
「大きくなりましたね」
母の手はやさしいのだが。。。。何かさぐられているような感じでもあった
しずかに身体を流してゆく
細やかな指を持つ手が胸に触れたとき
「。。。「大人」になっていませんね」
と目を見て言った
私は
私の事を少しだけ理解し始めていた
この身体は「ジン」のそれとは違い始めていた
黒く焼けた顔に,たくましい四肢をもつ修行僧である彼らとの違いを
自分で感じられるようになってきていた
私の身体は
あれとは違う
城下の総構えで働く「娘」に近い,細い手足
寺で仏間に入る前の「お清め」を
一緒にうける事がなくなったのは十歳をすぎたあたりから
最近になって微かにふくらみ始めた「胸」は。。。女の物
「母上。。。私は「女」ですか?」
何も言わない
返事はない
「元服してもいいのですか?」
元服と言う話しが来たときからもっとも疑問に思っていた事をぶつけた
母は目を見開き厳しい顔で向き直った
「長尾の家のために。。。。あなたの元服は望まれておるのです」
「ですが。。。」
「あなたは。。御仏に選ばれた子供なのです」
その目は二の句を告げようとはしていなかった
灯籠の火に照らされた母の目は鋭く
信念の「炎」を感ぜずにはいられなかった
それでも
「母上。。。教えてください」
沈黙。。。
答えは頂けなかった
その日の夜
母は寝所の前まで私を送った
「夢を見てください。。。必ず」
そう言うと
静かに廊下をもどっていった
静寂がこだまするほどの屋敷の一室で
私はまたも
考えこんでしまっていた
私の身体の事を母は知っていたのだ
何故,私に教えなかったのか?
誰も知らないのか?
亡き父は知っていたのか?
。。。。。
兄は。。。。知っている?
師,光育は知っていた。。。。
天井の木の目を追いながら色々と考えてしまっていた
こんな雑念。。。
「雑念」なのか?
まだ
わかり得ないこのことを
今 いっぱいに考えてはいけないような気がした
「夢を見てください。。。必ず」
母がこう言ったのは初めての事ではなかった
林泉寺に送られたときにも母は「確かに」それを言っていた
しいていうのならば
「夢を見ろ」と言っている
「夢に。。。何を見たらいいのですか?」
私は声にだしてこぼした
母は「夢の中に」何かを「見ろ」と言っているのだろう
。。。。でも
今すぐは「何か」わからない
考え過ぎている事だけ
頭を振った
もうやめようと
今できる事を
夢に繋がる眠りに入っていく事だけ
静かに目をとじた
山城「春日山城」がとりあえずでも戸板だけの城壁がなくなり
三の丸までのつくりの原型が出来たのは父の後をついだ
「守護代」長尾晴景の時代になってからだった
そして今その苦心の「守護代」
晴景は不満の中にあり
地味にまとまった着物に不似合いな煌びやかな扇を何度も手に打ち付けていた
晴景は守護代という仕事が好きではなかった
父,為景の苦難を見れば
望んでそんな官職にはなりたくもなかった
どんなに
気苦労を増やしても「国人衆」の反抗は続き
不平不満は留まる事はなかった
父の絶大な指示の元で跡目を継いだ「晴景」の評判は。。。良き執政を施しても一族の中にさえ浸透してはいかなかった
越後の中でもこれほどの「平穏」を得ているのはココ春日山近辺だけ
この周りだけだ
そこにきて。。。
「虎千代」。。。。思い出したくはなかった者
灯籠も一つだけをともした部屋の中で「トラ」の事を話し合っていた
相手は寺に使者として出し
今日もトラをココまで先導した男
「直江実綱」(なおえさねつな)父の代からの重臣である豪将
「虎千代は「嫁」にやれないものか?」
トラ,事「虎千代」の参内の話が「虎御前」から出された時晴景は「輿入れ」の話だとばかり思っていた
思い返せばそんな「年頃」になっていたのかと忘れてさえいた
御前が騒ぎ出したのも娘の「年頃」を考えての事だろうぐらいに思って
これはいい「進言」だっと頭を働かせた
「トラ」の事を利用しようとしたのだ
「長尾」の家の力をより地域に根付かせるために「輿入れ」するのは良いことだ
かつて虎御前の一の娘「綾」を長尾宗家に輿入れさせたようにと
ところが
いざ事を始めようと使者を立てたら
御前は「元服」の儀だと言い出した
「なにか。。。企んでいるのかな?」
うすらぐらい部屋の片方の壁側に腰掛けた直江に晴景は扇で顔を煽りながら
わざと「不穏」な物言いをしてみた
「トラさま「元服」の儀については林泉寺住職光育さまの威光もあると。。。。聞いておりますが。。。」
「光育の威光?それは聞いていないな。。。」
トラ。。。虎千代の事はいつも虎御前が決める
それは父の存命していた頃から代わらない
推し進めているのは。。。。虎御前なのだ
光育ではない事は。。。わかっている
扇を強めに閉じる
苛立ちを現してみせる
父の後妻である虎御前。。。。
父,為景亡き後実家の「栖吉」に戻す事はせず春日山に置いていた
それにしても
もともと「変な女」だと思っていたが。。。。
ここにきて
「女」のトラに「元服」などと
苛立ちは募れど。。。
はっきりとそれを言いたくはなかった
晴景は御前が苦手だった
あのギョロ目。。。睨んでいるのか?怒っているのか?
笑いもしない「母」の姿は不気味で。。。気味が悪い
「元服」を言い放った彼女は頑としてそれ以降の話しを聞き入れなかった
あげく決め台詞の
「御仏の示すままにと。。。」
その答えが返ってくる事は。。。わかっていたが
もう一度扇を開くと直江に言った
「御仏の示す道が「元服」と。。。。思うか?」
釈然としない心の内を重臣に聞く
「わかりかねますが。。守護代家の血統という意味では。。。あってもおかしくもないと存じますが」
直江の答えに引っかかる。。「血統」か。。。
「血統なぁ。。。」
晴景の整った顔にある眉がピクリと怒りを示す
直江はそれをしっかりと見てなおも言った
「守護代家の親族が多くいる事は。。。悪い事ではありません」
それはわかっていた
父,為景は子種にはあまり恵まれなかったし
晴景も。。。子供は早くになくしていた
このままというわけにもいかない事は確かだが。。。。
「それにしても。。。虎千代。。。」
あまり会話したくない議題だった
晴景はつまらなそうに別の事を考えた
婚儀でも守護代家のために「働く」という事には変わりないものだ。。。。
それを男のように「元服」させる理由が少なからず不快な考えを呼び起こしていた
何を考えるのか。。。「虎御前」と深く勘ぐるが
これが
「お家」のしいては晴景の利益にはつながらない気がしてならなかった
悩みの中で目を閉じた晴景に直江は声をかけた
「それほどにお悩みであるならば。。まだ日にちはあります今一度御前と話をされては如何でしょうか」
直江の進言に両手を上げて諦めた態度を見せた
それはもう手遅れだと。。。声を大にして言いそうになったが
扇をひろげ意見を払った
御前の前で一度自分の口から「元服」の儀を行うと言ってしまったのだから
今更押しとどめでもしたら
あの女は太刀を抜いてかかってきそうだ
「無理だな。。。」
そう
考えるだけでもうんざりだ
虎御前に逆らう気力はなかった
父をも。。多分ないがしろにした女と城でケンカなどする事自体が「無駄骨」だと
疲れるだけだ
疲れる。。。。晴景はもう一度目を閉じた
疲れる以上に心を騒がせる「いらだたしい存在」を思い出してみた
朝
参内してきた「トラ」を見たとき
なんともいえない気持ちになった
この城内で未だ大きくその力をふるっている「御前」にそっくりな「トラ」の顔
実に腹立たしくなった
と
同時に。。。。。
「嫁に貰ってくれるところがないか。。」
対座の向こうで主の様子をうかがっていた直江にこぼした
自嘲気味に
「それは解決にはなっていません」直江は切り返した
「女丈夫の虎御前の娘。。。。」
そんな「女」にそっくりな「女」
皮肉を込めてのらりくらりと立ち上がった
「たとえ行き遅れになったとしてもそれこそわしの責はなかろう」
それが御仏の示す道だったのだろう?
と
説教でもしてやればイイ
女の考える事にいちいち口出しするのは「守護代」のする事でもない
もちろん心に登る「不安」はあったが
実際「女」に何か出来るわけでもないと思い返し部屋を出た
「まぁなるようにしかならん」
と
朝
私は
いつもの時間に目が覚めてしまった
城での生活にしては早いか
早すぎるか?
そう思って障子を開けた
初夏の熱気はまだそれほどココにはきていない
でも山の木々はそこかしこに新しい「緑」を実らせ良い匂いを朝露と一緒に届けていた
夏はすぐにやってきそうだ
後しばらくココでの日々を送ったら「元服」する
背伸びしながら「夢」を思い出してみたが昨日は見られなかった
母の願いが今は何かわからなかったし
でも今は
それに悩まされることなく間近に迫った「元服」に備え
住職の言葉を守って進む事にしようと思った
支度はもうすましている
「良し!!座禅をくもう!」
初心を思い直した私は板間の部屋から進み出した
「心」を鍛えようと決意し歩いた
迷いをなくし立派に「元服」してやろうと
決意と共に一人笑った