その12 将器 (1)
「将器」
それは城を預かる者である秀忠には痛いほどわかるものだ
肌にピリピリ感じるのだ
かつて
為景に感じた物と同じ「気」を
顔も姿も違う
なのに目の前にいる
「影トラ」に同じものを感じる
「苛烈」という言葉をしょった若き「トラ」は
獣と呼ぶには「美しすぎる」顔だ
なのに
そこから放たれる「将器」はまさに野獣だった為景のそれと一緒
これが「血」と言うものなのか?
奇妙なものだ
秀忠は思いとどまり脇差しに手をかけるのを止めた
「知らねばならない」
それが「使命」だ
今まで聞き及んできた物
聞かされた物
「噂」だけで
この「器」を量れるわけがない
それを今「知るのだ」
これほどの近さならば
その細首を掻き斬るのは容易だったハズ
しかし
。。。。
何だこの違和感は
秀忠は首を小さく振った
ダメだ
自問自答しては目の前のこの「女」が何者なのかを知るためにも
話を続けるしかない
「見えませんでした」
気を取り直し
さらに読まれぬように自分を律して答えた
「駆け引き」をしなければ。。。
そう
「一世一代の大芝居」をココに始るのだ
陣幕についた父の「寵臣」を初めて見た
それまで
栃尾に入城して以来
一度として私に顔をみせようとしなかった「老将」黒田秀忠の姿
背はそれほど高くない
白髪を多く持った頭はキレイにまとめられ
同じく髭にも白髪が見受けられた
離れた席で伏してしまったので顔を確かめる事ができなかったが
ならば
近づいて
その「真意」を問いただせばいいと思い
目の前まで歩いた
先にかたった「言い訳」などを聞かせるためにココにやってきたのか?
私はそのまま顔を近づけて
しっかりと表情を見た
痩せてはいるが
顔立ちはきりりとしている
細かな刃物傷が顔にある
私の覚えていない「父」の臣下だった男の目はやはり「鋭い」
「長尾」の旗は見えなかったと答えた言葉にしっかりと
苛立ちはあった
だが
毅然とした態度は今まで退けた「豪族」とはあきらかに違う
敗軍の将らしからぬ態度
ならば
「聞くしかない」
何故こんな事になったのかを
「真意たるものを」
慄然としたその目線の前で
「それで突然,矢を射かけたのか?」
私はどっかりと
秀忠の前に座って問いかけた
老いても輝きの深い
目を見て話を続ける
間をおかず
秀忠は答えた
「最近この地に「守護代」の旗を持った族が出ておりまして。。」
困ったような口ぶり
額に手をあて苦痛を表す「姿」
初耳だ
黒滝城と栃尾城は春日山にくらべれば「遠い」場所ではない
むしろ近い
ただ
「初耳」だと答えるのは控えた
何しろ「猫又」の風評の事だって
私自身には宇佐見から聞くまで耳に入らなかった事だ
私の手の届く範囲とはまだ浅瀬ものだったと痛感するしかない
頭ごなしに否定はしない
なにより
時間をかけて話をしなければと思った
いつものように早計に言葉を進めてはいけない「気」がするのだ
そのぐらい秀忠の姿はしっかりとしている
軽んじてい良い相手でない「気」を纏っている
うなずくだけにした
「その手管はあまりに巧妙にて手前どもの城兵にも判別しかねました」
私から目を離さず
眉間のしわをよせ悲しそうな顔をする
「恐れを抑える事ができなかったのでございましょう」
またも深く頭を下げた
確かに
そのように「悪」が横行してしまえば
たとえ近くに「義」があったとしても迷いが出てしまう事はあるハズだ
考えられない事でもない
しかし
「だから問答無用の火矢か?」
聞きたいのはその「言い訳」ではない
どちらの野党ともつかぬものとは口上も聞かぬというはあり得ない
その態度で
どんなに「悲しみ」を表しても
「不手際,不始末」という言葉ですまされる事でもない
「秋山の口上は聞こえなかったのか?」
私の声はさらに「奥」を斬るように聞いた
答えよ
この目を見て
余分な事は一切いらない
重ねて言う
「言い訳をしにきたわけではないだろう」
門前で二度の口上を大きな声で果たした秋山を火矢で討った事は許し難い事だ
秋山が口上に「義」を欠いていたのならいざ知らず
十分な時間もとっているのだから
それを
「賊軍」と見間違う
その「了見」を聞かせて貰いたい
「まことに不手際にございました」
深く頭を下げる
重ねたその手が微かに震えた
その態度はまるで「顔」を見られないように「逃げた」姿に見えるが
落ちた表情から「嘘」を見るのは難しい
何故だ。。。
「不手際。。。不始末。。。」
何度もあらわれるこの言葉に「謙虚」を感じられない
非を認めながらも何かを探しているのか?
違うような
言葉をならべたって「試している」感じは拭えないぞ
怒りはふつふつと沸く
こんな問答をしにきたのか?
「不手際で済むのか?」
私は向き直った最後の「言葉」として
これ以上「無駄」な問答はしない
怒りを目の中に十分宿らせて
秀忠は一瞬顔を曇らせたが
あえてなのか
私の前にズイと出て頭を伏した
「不手際で済む事ではございません」
いったん前に出した身を立ち上がって陣幕の際まで下がり座した
「城主たる私の不行き届きにございます!この上のご沙汰は春日山におられる「守護代様」に仰ぎどんな処遇も受ける覚悟はありまする」
「春日山に?」
この言葉に宇佐見が顔をしかめたのは後になって知った
私が知りたい答えは出ていなぞ!
立ち上がって問いつめようとした瞬間
秀忠は深くに隠し持っていた脇差しを素早く「抜いた」
陣幕の一同は身構える
それが本性か?
私は刀に手をあてる
秀忠は
光る刀を自らの頭にかざしそのまま「髷」を落とした
なんと?
瞬く間の出来事にあっけにとられた
ばっさりと落とした髪をそのままに秀忠は言った
「信心深き影トラ様にお会い出来たのもまさに御仏の思し召し,私も今より僧となりて仏門に帰依したいと思います」
目を見なければ解ること
秀忠の目は燃えている
活き活きとしている
もはや
私との問答は終わってしまったようだ
これ以上は聞く術がない
。。。。。
「春日山のお沙汰を待とう」
私の言葉に「髷」を差し出しまたも深く伏して頭を下げた
昼を待たずして包囲は終やめ
今ひとつ釈然としないまま栃尾城への帰路についた
あれが
人生というものの
山谷を歩き続けた男の「老獪」なる芝居であった事をしるのはしばらく後の事であった
黒田秀忠について
色々しらべてみたけどあまり文献にも残っていない人物でした(単に勉強不足なヒボシ)
ただ
歴史の視点というものは「偉大」だった者の目線だったり「勝者」の目線で書かれたり
そのあたりは「上杉家」になってから書かれているなら
尚のことおざなりな感じに書かれてそうですが。。。
そういう見方で書かれた者を見る限りでは
秀忠は凡将
なんて感じで書かれてます。。。
でも
侍大将までいった男の将器がそんな些細なものであったかなんて
ヒボシには今ひとつわからなかったし
やっぱり
城持ちの人なんだから
それなりに責任ある人物であったとも思いたい(あくまで思いたい)
で色々考えたら
逸脱したりしました(藁)
こんな状態ですが
がんばって走って行きます!!!
ではまた後書きでお会いしましょう〜〜
ヒボシ