その11 暗雲 (4)
「開門!!!開門!!!」
太鼓や貝の音をかき消さんばかりの怒声が黒滝側から響いた
「開門!!!開門!!!」
何度も何度も
こちらに気がつかせるようにしているのか,大きな声は大手門各所から聞こえる
本陣で
私は緩い笑みを浮かべながら何がでてくるのか?と待った
最初の一手以降忍耐強く「黙り」を続けていた敵方の出方に
陣幕は忙しくなる
「黒滝側,門を開きます。。。どうされますか?」
右手に控えていた
安田長秀が前に来て進言した
「攻撃は止めよ。。。。構えはそのままだ」
小さく答える
一度ならずも二度も「卑怯」討ちにあうほどのんきではない。。。
十分に間合いをとった軍団を見て
私は立ち上がり
諸将に指示する
「構えは解かない。。。そのまま待て」
そういいながらも
長秀に
「油樽と焙烙の準備をしろ」
と敵を射殺す指示も下した
開け放たれた城門を見る
城内に備えはなく
人影も見えない
誘っているのか?
そこに私はいかないぞ
門を開ければ兵を動かす
ココぞとばかりに殺到する「猪」と私を見ているのならば
睨み笑う
そう思っているのならば「勘違い」も甚だしい
今ココから先にあるのは「死」だけだ
重く軋む音と共に「黒滝城」の大手門は完全に開かれた
私は答えを待っている
開門の報を自分たちで出したのだから
「どんな回答を持ってくる?」
今一度
床机に深く腰掛け
火と煙に霞む門に立つ男を睨んだ。。。。
秀忠は開かれた門前,眼前にやはりと感心した
「動かないか。。。。」
わかっていた事だ
普通なら無条件に開けられた門に「功」を求めた武士が殺到するはずだ
しかし
それを「影トラ」が求めていない
主君たる者の求めに忠実なこの軍団は城を「ただ」落としにきたわけではない
それを
毅然とした態度で表している
弓隊
長槍隊
構えは解かれていない
黒田の出方を「寡黙」なこの軍団は
のんびりと「伺う」ではなく
全ての将兵が
じっくりと見ている
その後ろに「仕寄り」の準備が成されている
「勝てるわけがない。。。。」
もう一度秀忠は強く歯を食いしばった
しかし
「反省」はそこまでにした
ココから先に専念しなければ
今日を乗り越えるのだ
場合によってはこの身一つで「トラ」を討つ覚悟はできている
決意の表情で影トラの本陣に向かって歩き出した
軍議の陣幕に馬廻りの男,長秀の導きによって到着してすぐに
その場に伏して秀忠は頭を下げた
下ろした頭からその場の気をさぐった
床机にすわった諸将の足はびくりとも動かない
どこまでも静かな間合い
将からして「寡黙」に任を守っている様子だ
「面をあげよ」
己の出方を考え伏していた秀忠に声がかかった
若い声
若いというよりもやはり「女」の声だ
しかし「癇癪」や激によってかすれている事もなく
落ち着いている
秀忠は覚悟を決めた
ココからは「交渉」術の世界だ
伊達に歳を経てきたわけではない
「城主」という地位をもつ武士には年季と「老獪」さが必要だ
これまでの「経験」も
それをもって
どこまでこの「若き影トラ」を知ることができるか?
どのような「人物」か?
「騙せるのか?」
そして「殺せるか?」
秀忠は厳めしい顔をそのままあげた
陣幕の奥の座にいる。。。。姿に目を走らせた
「女」?
鎧を着け姿をみただけでは判断しかねた
顔がよく見えない。。。。
それにしても「小さく」見えない身体だ
他に並ぶ武将たちとさして変わらぬ体つきにみえる
「黒田秀忠か?」
柔らかい声
もう一度聞こえた声は間違う事なく「女」だ
大女か。。
それにしても
この整然とした陣幕中の様子をみれば,ただそれだけの人物でない事は
用意に理解はできた
あなどってはいけない。。
すでにそれで「敗北」をしている
とにかく。。。。近くに来させなくては
秀忠は再び伏してして挨拶をした
「黒滝城主,黒田秀忠にございます」
「かけられよ」
本庄実乃が手を伸ばし
支度されていた床机を進めたが
気味が悪くなった
いや
気に入らなかった
フン。。。。何もかもが静かとは
先ほどまで荒れ狂っていた「戦場」が嘘のように感じだ
もしや待ちかまえていた
すでに自分の方が「計略」に落ちている?
そんなふうに勘ぐってしまうほどだ
「ハァッ」
と返答
頭をもう一度伏して深く下げた
こらえよ「心」
負けてはならん。。。
深く呼吸をして顔を上げた
そのまますくりと背を正し
並ぶ諸将の姿を目で見回した
宇佐見。。。。
やはりいたか。。軍略者め。。。
しかし
宇佐見の存在などこのさいはどうだっていいほど
この陣幕を仕切っている「影トラ」が見たい
どうでる
いまさらノコノコと現れたのだからお怒りのところは当然だろう
どうやってココまで影トラを近づけるか?
短気という人物表は今ひとつ当てにならないが
行動を起こすしかない
覚悟は決めている
ゆっくりとした口調で秀忠は話し始めた
「このたびの不始末まことに申し訳なく思っております」
静かに
冷静に,さも「不始末」であったと言い続けてやろう
来るか
来ないかは「賭け」だ
「不始末とは?」
遠い上座の床机にすわった「影トラ」が問いただす
「影トラ様の軍とは知らず,矢を射ってしまった事にあります」
「知らず」と言ったのはまさに賭け
「戦」に知らぬはあり得ぬ事だろう
その場で打ち首になる可能性だってある
だが
生半可な覚悟では「影トラ」を自分の側に惹きつける事はできない
どうでる
「知らず。。。だと」
声に怒りの響きがある
周りの男たちにも伝播するほどの「怒り」
いい反応よ,つづけるぞ
もうひと押し
「まだ夜も明けきらぬ時間でした故に」
言葉を遮るように
「言い訳をしにきたのか?」
その言葉に畏れをなしたように頭を伏せてみせた
影トラは
床机を立ち近づく
やはり気短者
自分で問いただしたくなってきたな。。。そうだ近くに。。?
地べたに伏す秀忠の前まで足が止まった
「面をあげよ!」
。。。。。
静かに足下から順に顔をあげた
なんと?
見あげた姿は
自分と同じぐらいの身の丈
驚いた
いや
さらに驚く事になった
そのまま秀忠の前に膝を折り影トラは顔を下ろしてきた
「秀忠殿には「守護代」の旗は見えなかった。。。という事か?」
なんだ
この
悠然とした態度は
ココまで近づいてきたうえに顔をのぞくためにそのまま
前に腰を下ろした
「影トラ」。。。
だが色々な考えを別に
まずその「顔」に見入った
虎御前によく似ている円弧を描く眉
大きな目
白い肌
戦の中にいるのが不思議なほど「美しい」
これが
噂に聞いていた「影トラ」?
あんな「苛烈」な戦をやってのける「女」
見とれた事に気がついた
いかん。。
動揺している事を見られた?
いや違う
何に見とれた事に気がつかれた?
とにかく表情を読まれてはならない
言葉とともに
「大変申し訳なく思っております。。。」
頭を伏せようとしたが止められた
「目をみよ」
さらに近づく影トラ
息がふれるほど近くに顔をもってきた
信じられん。。。
そもそも
不意打ちをしたこの将にこれほど近づいてくるなど「うつけ」なのか?。。
いや
違う。。。
秀忠はじっとりと背筋に汗をかいている自分に気がついいた
この機会を待っていたのに,近くに来たのに。。。隠し持った脇差しを抜く事が出来なくなってしまっていた
わからないものだ
とかく噂ばかりが先行していたこの「影トラ」を目の前で見て
色々な事に
怯んでしまった自分に気がついた
これが「器」というものなのか?気を感じる巨大な
なのに
あまりに普通に「見せる」影トラ
「見えなかったのかと聞いている」
言葉は静かだが怒りをヒシヒシと感じる
よし。。。
ならばこの「トラ」をもっと知るしかない
老将は今一度自分の意志を持ち直し
ココが「戦場」である事を心に刻んだ