その9 別れ (3)
ジンが直江に兵法の修学を頼んだのは
直江が春日山に帰参する一ヶ月前の事だった
もちろん
この時点で直江のが春日山にもどってしまう事など知るよしもなかった
「ジンは城の中に!!」
戦に出る時トラは決まってそう言った
絶対について行く事を許さなかった
トラを助けたい
いつだって近くにいて助けとなりたい
と言う思いは
トラの初陣以来ずっと募る思いだった
そもそも
そのために寺を。。。。
実は抜け出して来ていた
師,光育にはトラ共々幼かった頃から
「支えとなれ」とは言われていた
だから
どんな事をしたって
「支えたかった」
身体を鍛えた
いつだってその「楯」となるために。。。
だけど
現実は「城の中」
「弱き者」たちの助けになってくれと置いていかれる
林泉寺時代から常にトラの身の回りの事や
その後に来るべき事のために「備え」てきたのに
いざ外の世界にやってきたら
驚いたことに
「僧籍」の者であるがために
戦うことを一切許されていないという状態になってしまっていた
何度もトラに食ってかかった
「オレはどんな馬廻りより役に立つ」
答えはいつも一緒だ
「わかってる」
「わかってる?」
何がわかってるんだよ
なんで
オレを連れて行かないんだよ
今までずっと一緒にやってきた事を
ココで拒否するなんて
思いは怒りにだってなってしまう
でも
それさえできない
戦から戻ってくるトラには
絶対に心の「支え」が必要だった
戦に出て行く時はまるで「鬼神」のごとくなのに
帰ってくるとガタガタになってしまう
いつも涙にくれる
トラを励ます
そんな姿を見たら
自分の不甲斐なさがさらに増すだけで
怒ってなんとかしようなどという気持ちにはなれない
それだけでも「支え」なんだと言い聞かすしかない
そんな歯がゆい気持ちで城門を出て行く軍団を何度も見送った
「私を直江様に「仕官」せて頂けないでしょうか?」
戦から屋敷にもどった直江に
ジンは引くに引けない態度があふれ出てしまうほどの表情で言った
陣江を部屋に通した直江は
城内整備の書き物をする手をとめて
しばし黙ったが
筆をおろすと姿勢を改めて聞いた
「影トラさまに仕えるのではなかったのか?」
確かに
陣江は唇を噛み思い出した
男に「二言」があるのはよくない
栃尾に来たときその事を直江の前で「誓って」いる事
トラに仕えると言ったのに
直江に「仕官」しようとしているのは
矛盾
目の前拳をがっちりと握った陣江は答えた
「戦場で働きたいのです」
思い詰めた表情
直江はいぶかしい。。。といった表情になった
実はずっと気にしていた事でもあった
影トラ様はこの二年で多くの戦に参加してきた
それも驚異的だ
一度として「敗北」を喫した事のない影トラの戦いは
多くの武士を惹きつける
その迅速で烈火のごとくの戦いぶりはいまや越後の何処に行っても聞かれるようになった
「栃尾城に住まう虎」
それは各「国人衆」にとって今までにない脅威となっていた
だけど
その実「心」の弱さをいつも持っていた
戦に一区切りがつき
帰路につくとその疲労は顔にありありとでている
もちろん
まだ十六歳になったばかりの若様
体力的にも辛いものがあるのかもしれないが
直江が問題にしているのはそこではなかった
城に戻ったとき
「陣江に会う」
それが問題だった
実乃もその事をひそかに懸念していた
今「ただの女」
になってもらっては困る
いけないのだ
戦場からもどった影トラが祝勝の宴の後
陣江に会いに行くのはずっと気にしていた事だった
今はまだ
「何」をしているわけでもないが
陣江は十九になる男だ
鍛えられた立派な身体
そして「心」を支える優しい「男」に
「その気」になってしまったら?
影トラは自分が「女」だから陣江の元に走るという意識はないようだが
「女」の身体である事はわかっているようだ
それは陣江もご存じだ
何かあってからでは遅い
この「強き」将が今はまだ越後に絶対に必要で
そして
その後
さらなる力になる可能性は高い
「越後」を円滑に支配するに一番「必要」な方になっているのだ
「女」である影トラ様の意志は
この最考慮の内には入れてはいけない
何もかもが始まったばかりなのだから
「ふう」
結んでいた唇から思い息を吐き出した
どこかでこの「心配事」に決着をつけねば?
そう
思っていた矢先の申し出だった
「願ったり叶ったり。。。か。。。」
思った
帳簿を下に置き向き直って
「影トラ様と離れる事になるぞ。。」
試すようにジンに言った
ジンは口ごもった
困った顔になっている
「正式に仕官するのであればそれなりの時も必要だ」
二の句を間に挟まぬ早さで
言葉を積み重ねる
「戦場で役に立ちたいのならなおさらだ」
直江には大人の余裕があった
たたみかけるように仕官に望む心得を告げる
逃がしてはいけない
本人が望んでいる事で「ココ」を去るのなら
別離は本人の意志であり
それによって
良い結果を導き出したい
。。。。
矢継ぎ早に「覚悟」を迫る言葉をかけられ
陣江は
深く悩んでいた
でも
ココで仕官が叶えば
この先ずっと「トラ」の行く「戦場」に着いていく事ができるハズ
という思い
その想いに今までの「悔しさ」が相乗される
今のまま
城に残って帰りを待つなんて「女房」のようなこと。。。
目をつむり自分心に抑えていた事を
ジンは
もう確信していた
どうやったって「報われる」事はないのだけど
やっぱり
「トラが好きなんだ」
好きな女が戦に出て行く
そんな姿をただ見送る「男」ではいたくなかった
帰ってきたとき
泣いて苦しんでるトラ
その重荷を戦場で少しでも減らせられるのなら
近くにいて
支えてあげたい
ただ
近くにいて守ってあげたい
想いは一つだ
胸の真ん中を強く抑えて
「覚悟しております」
ジンは真っ直ぐに答えた
その表情をしっかりと見据えて
直江は一言
「あいわかった。。」
と
答えた
陣江の去った後,直江は一人
釈然としない気持ちになっていた
自分で仕官したいとは言ったが
。。。。。
若い者の「純情」を踏みにじった
そういう自責の念は拭えなかった
あれほど真っ直ぐに「惚れている」男の気持ちを。。。
年甲斐もなく胸が痛んだ
仕事の手をおろし
「しかし今はそれしかない。。。」
そうこぼし
春日山に手紙をしたためた
娘の「おせん」を呼び寄せるために
そして過日その事を実乃に。。。。告げた
告げた時にも直江の心にはわずかながらに痛みがあった
昨日の夜
トラに別れを言った
もちろん一方的な「懸想」(恋心)を押しつけた訳じゃないし
そんな事今は言う価値もない
もっと強くなって帰ってくることを誓う
トラを守り支える者になる
「トラのところにしか帰らない」
不器用ながら
今言える精一杯の言葉を残した
あのとき目の前にいる
華奢なトラを抱きしめてしまいそうになって
腕が宙を彷徨った
ダメだ
まだ。。。今はまだダメだ
強くなるんだ
誰もが認める武士になって
大きくな男になってその時には
もう一度「この想い」を。。。。
拳を握りしめた
自分に誓う
偽り無い心を
そんな決心を滾らせながらも
顔は少し笑っていた
今はまだダメだろうな
トラはニブイから今はオレを「男」だなんて見てないだろうし
そんな事を考えて自分を笑った
朝
トラは
栃尾衆の中,帰参する直江殿の後に
自分の前にきてその手から「数珠」を渡してくれた
「影トラはいつも共にいる。。。励め加当陣江」
震える唇をキッと結び
送り出してくれた
泣かずに
。。。泣かないよな人前だし。。。
「わわかりました。。。影トラ様」
深くお辞儀した
やたろー達が城壁に昇ってが大きく手を振っている
栃尾の城を下り
一度振り返った
初陣の日
激を飛ばした櫓近くの石垣に
足を投げ出して座っているトラが見えた
「泣くなよ。。。」
注意するように独り言を言った
絶対に帰ってくるよ
絶対に
オレの帰れる場所は「トラ」の所しかないんだから
待っていて。。。
そう自分を叱咤して春日山に向きを変えた
毎度です
昨日までに
初陣からココまでをまたも。。。。修正しました
ごめんなさい
ポロポロと書きこぼしていたりするんですよ。。。
後
予定を一話オーバーしてしまったりで
なかなか
ままならないものです。。。
次回からは
より「戦国」の世界に入っていきます
が
例によって例のごとく
ココでは簡略化されていたり
解釈の差があったりもします
そのあたりはご了承ください
また
「残酷」な描写も増えるし
「性描写」も出てきますから
十分に注意してください
それでわ!!
これからもがんばります!!
ヒボシ
ココまでの登場人物
長尾影トラ(トラ)
本庄実乃(親ばか,4熊の一人)
小嶋弥太郎(親ばか?4熊の一人)
その娘(藁) つや
直江実綱(4熊の一人)
その妻
その娘 おせん(しっかりさん)
加当陣江(只今兵法修行中)
長尾晴景(影トラ兄,現守護代)
虎御前(影トラ母,怖い人)
長尾為景(影トラ父,故人)
長尾政景(影トラ従兄弟)
その妻 綾姫(影トラ実の姉,キレイ,M?)
柿崎景家(長尾家臣,4熊の一人)
秋山史郎(影トラ馬廻り,白くなりました)
善治郎(やたろー部下,投げられました)
弥平(同上,驚きました)
4熊とは。。。。
適当に熊っぽい人たちって事で
ただ
直江さんからは抗議がきている事も。。。