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その1 元服(2)

小さく荷物をまとめた

寺での暮らしで必要な物などたいしてない。。。

学べる事

祈ること


そういう全てがあった場所から私は引き離される事になった

最小限の生活の中に最大の喜びがあった場所から

どこまでも広がってゆく「武」の世界に戻る。。。。


眠れなかった



昨日

見あげた春日山

あの高みにいったい何が「待っている?」

仕切られた世界で生きてきた私には。。。頂から全てを見下ろす広い見識がない


実家ある城に戻れる事は。。。

実はかなり嬉しい

母上に会える

幼い日に別れてしまったままの母上


父を思い出せない私にとって母は帰れる場所の一番大事な人だ

だけど。。。。

それ意外の事がこの城では。。きっと待っている



不安。。。。


私は不安で落ち着かなくて

自室をうろうろしていた

城からの迎えが来るにはかなり早い時間だ



「トラ!!」


禅でも君でこの気持ちを落ち着かせようとした時だった

外から大きな声が呼びかけた


「トラ!!泣いてるのか?!!」


泣く?

私はその部分に強く反応して勢いよく襖を開けた

縁側の前

軽口を叩く着崩した作務衣姿の男

だらしなく前を開いた状態

日夜の修行で服はすぐにボロになる。。。でもこいつのボロさ加減は尋常じゃない

寺の裏で畑仕事をしているのもそれを手伝って泥もヒドイ

しかも

あちこちすぐに破く

それを私に繕わせにくる。。。

でもって臭い。。。何度も洗ってるのに。。。


「臭うぞ。。。」


朝から何やってるんだか?

泣くなんてあり得ないと私は鼻をつまんで言い返した



「破れ坊主」の陣江じんえ。。事「ジン」


「服はきちんと着なよ」


いつもの挨拶をいつもどおりした

そういえば。。。ココに来たときから馴れ馴れしい彼

その頃から。。。汚かったなぁ。。。

ジンは結構に小汚いが本人がそれを気にしてないから始末におえない

私の注意を気にもしない態度で彼は言った


「気にするなよ」



私は性格なのかきちっとしていない事がキライだから

何度も注意はしている

その事をよく知っているのに「癖」なのかちっとも直らない。。。


そんな気持ちを察する事なく石段の上にのぼり機嫌悪そうにしている私に耳打ちした



「昨日の続きをしようぜ!」

と手のひらの碁石を見せた


「昨日の。。。」


私は師の部屋に続く渡りをもう一度見た

まだ春日山から使者はこないし

今日も師匠は昼までお堂に来る事はなさそうだ

最後の説法は昨日の夜に聞いた


今日はここを離れるばかりだ。。。

ならば

ジンがせっかく挑んできたのだから相手になってやらないと


「勝てないのに。。。がんばるね」


顎をあげ嫌味の目線で一言


「勝つまでやる!!」


ジンには今までいろんな事で勝ったり負けたりしているが「囲碁」はまだ一度も負けた事がない

ジンは勝てない事にこだわっている

私がいいよと答えたところか勝負は始まった


ペラペラの板に自分で線引きした簡素な碁盤を縁側に置いた


私の打つ手は早い

碁盤の目は白黒の別れたきっちりした「土地」のようだ

そんな私とは対照的に

指し手に悩みな時間をかけながらのジンが話しかけた


「城に戻って。。。「長尾」の家のためにどんな仕事するの?」

私はジンの手の内を予測しながら


「さあ?」

言われてみれば「何」をするかなんかわからない

ただ「元服」をして。。。。


顔をあげた

ジンが変に心配そうな顔をしている事に気がついた

「元服して。。。。どうするんだろうね」

自分の事なのにさらにまぬけな返事


「嫁に行くの?」

目と目が合っての。。。。


「嫁ぇ〜〜〜」


顔をしかめて

つい大きな声をしかも変な感じに


「声がでけぇ!!」


慌てたジンが口を押さえようと両手を向けた

私の声はかなり大きいし。。よく響くらしい自分でもこの静かな寺院の中に響いた声にかなり驚いて

口を押さえた

両手で口を押さえてしばし周りを伺ってみた


「アホ!」


目をとがらせたジンに

手を下ろした私は首を振った


「考えた事もない事言うからだろ。。」

「そうなの?」

何か安堵した様子


「だってさ。。嫁の修行なんて積んでないぞ」


実はいまいち「嫁」という物のありかたさえわかってない私は真顔でジンに聞き返した


「アホだ」


にやけた顔を隠せないジンが私に顔を近づけて言った

「トラって。。。そういう「女」の部分が全部抜けちゃってるんだな」

「仏僧に必要な事しか無いと言ってくれ!!!」


私は恥ずかしくなって取り繕った

そんな姿をみながらジンは笑った

「良かったよ。。。元気になって」と



昼一番

直江実綱と数名の使者がやってきた

門前には師と門弟の僧たちがずらりと並んで見送りに出てくれていた

長かった雨はやみ久しぶりの晴天でもあった


「気をつけてな!」

ジンは門前でそう言ってくれた

仲間だった坊主たちもみな励ましを送ってくれた

私は笑顔でそれにこたえた


「行って参ります」

師,光育住職の前に立ち深々とお辞儀した


「トラ。。御仏の心忘れるでないぞ。。」

その慈愛に満ちた手が肩を優しく押してくれた

幼き日。。。その手は怖かった

今は。。離れてしまうその手が寂しい。。。


名残惜しくなって涙がこみ上げて。。。挨拶の後

もう一度

師に頭を下げた


「トラ。。慈悲の心を」

そう言うと自分の胸に手を当て

深くお辞儀をなさった


「はい」

素直に返事した


春日山城。。。晴れた空の下。。頂にみえる屋敷に目を細めた


思えば

「城」にいたときの方が「思い出」と称する物は少ない

特に

父の事をまるっきりといっていいほど覚えていない

失礼な話だが

顔さえ浮かばないほどに憶えていないのだ


逆に母の事は良く覚えていた

ただそれは「母性」という物とはほど遠い形だった


母の姿で覚えているのは

あの日

城から寺に行く私の姿を送ってくれた姿


痩せた身体に不似合いなほどギョロリとした「目」

その目はまるで何もかもを見透かすかのような漆黒

着物は京仕立ての小袖を上品に着ていた事。。。その姿に

脇差し。。。それと朱色の刀をつねに持っていた事


寡黙だった母の背中



そんな「乱れ」とは別に

静かに生きる事が母の望みだったのだ。。。と信じていたのに


今また城にもどる私


俗世の事は考えないようにしてきた私は

道すがら色々と

思案していた



まるで

寺の戒律から解き放たれた「煩悩」がそうさせているのか?


何故私は寺に送られたのだろう?

そして

父がどのように亡くなったかさえしらない自分に気がついた

頭をたくさんの言葉が悩まし始めていた



山城につづく細道を

うまく馬を歩かせた

「思うていたよりお上手ですな」

直江がやけに神妙な顔であれこれと頭を使っていた私に話しかけた

「そうか」


「馬は誰に教わりましたか?」

「住職に」

半分はジンにも教えてもらっていたがココは師を立てて


直江は話しついでなのか

私の顔をジロジロと見ながら

「無病息災な方と聞いておりましたので。。」


確かに健康だ

「御仏の加護もあって病になった事はほとんどありません」

「良いことです」

確認しているかのような返事そのまま


「良いお顔をしておられます」


近づく城門の前で彼はそういった

そして大きな声で

「開門!!虎千代さまご入城!!」



山城の門が軋む音をあげて開かれる


響く音

おぼろげな記憶の中

かつてこの門を雨の中,山をくだった時の事を

思い返した


黒い門


あのときとは違い戻ってきた

なのに

あの日

あの雨の日に寺社をみた時のような。。。。

晴天の空の下なのにうすら寒い感覚を憶えた


私の心は何かに怯えている。。。そんな感じだ


城内に入って目を見張った

幼すぎてあの頃の「城」はほとんど覚えていなかった事もあって

新鮮な感じだった

と同時に



門をくぐる前から感じていた奇妙な感じが

三の丸に入って何なのかわかった


というか

何故かはわからないのだけど

城内の視線が私に向いている

私の入城に合わせた支度のためかそこそこの城人がいる

みな一応に頭をさげるのだが

好奇心を持った視線で向き直る


たしかに。。。

七年ぶりの帰路ではあったがそれほどに珍しいのか?

私は?

それともまだ「子供」にみえてしまう?

「元服」するといわれてココにもどってきたのに

そんな風に見えてしまっていたら。。。。


恥ずかしい


「みなが見ていますが?」

せっぱ詰まって

馬前にいる直江に聞いた


「御前様に,よく似ておいでですから」

彼は振り向かずにそう言った


御前様。。。

私は母上に似ているのか。。。

思い出にある母の顔はあの「目」だ

ギョロリとしたそれでいて鋭いあの「目」

どこが似ているのか?


「似ていますか?」

「はい。。お目などそっくりにございますよ」


「目」がにてるのか。。。。


感慨深かった

思い出の中の母の目

それに似ている私



何にしろ

兄にはもとより母にも面と向かって会うのは七年ぶりだ

城門をいくつもくぐっていく間に

粗相のない支度はできているだろうか?そっちの方が気になって仕方なかった


本丸に入った後

表屋敷に入った

大きな建物

山の下から見ているだけだった世界に私は戻ってきた



まだ初夏に入ったばかりでひんやりとした

板間に通されてしばらく待った


ひさしぶりに見る城という建物の上座位置に父がいた時の事を思い出そうとおもったが



やはり

思い出せなかった

父は戦にあけくれた人だった。。。。そうだ

きっと父の方も私の事など思いだしもしなかった事だろう

そのぐらい遠い存在だったんだ

きっと。。。



「良く来た」


またも考え事で頭を満腹にしていた私に濁りのない涼しい声が掛けられた

細身の身体

簡素な着物に覚えているあの豪奢な「扇」

色の白い細い顔立ちに切れ長の目

あご髭を蓄えた姿


「お久しぶりです兄上さま。。いえ守護代様」

呆然とひさしぶりだった兄上を見てしまい慌てて頭をさげた


兄の足音に続く多数の足音の後は静かな歩。。。。「母上」の音


「面をあげよ」


兄の声は初夏の朝のように冷たい感じ

私はゆっくりと落ち着きをとりもどすように顔をあげ最初に母上を見た

久しぶりの母は少しふっくらした感じではあったが

相変わらず上品な京仕立ての青い打掛を羽織っている

もちろん脇差しも刺していた


「似ている」


そう言われたその「目」は健在な様子だった


「母上もお久しぶりです」


おもてをあげた私の前に二人は座り

兄のまわりには小姓たちが控え私を。。。。キツイ目線で見ていた


「オマエに春日山に戻ってきてもらったの「元服の儀」を執り行うためだ。。それは聞いているな?」


前触れの話はなかった

急に本題?

もっと寺での生活などの話をした後にその。。「元服」の事はその後でと悠長に思っていた

だから

私は返事につまり困った顔になってしまったが


むしろこの「元服」を発した兄の顔が困って見えたのがよけいな事を言えなかった



兄の態度は何かおかしかった

言葉につまりながら「元服」をいつ行うかについての話をかなり早口で述べて


「今月の八月十五日に執り行う」

と日取りを言うと小姓たちを引き連れ奥に戻っていってしまった


歓迎されてはいない感じに

立ち去る兄を見ながらも不安が表情にでてしまっている

どうしてココに呼ばれた?

それをもっと知りたかったのに。。。




「トラ」

静かな声が私を呼んだ

兄の短い謁見に残された私を見ていた母の久しぶりの声


「良く帰ってきました」


父亡き後,剃髪し頭をおおった

母は笑うことなく言った


輝く目は相変わらずの強気な視線で続けた


「今日は母とゆっくり過ごしておくれ」


母親らしい

一言とは別の「何か」が私を見つめている

そんな雰囲気を感じたが

母と久しぶりの食事をとれる事に


やっと私の心は安心した

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