その9 別れ (1)
「何事もなく無事で良かったです」
二の屋敷。直江の部屋にてまだ傷も生々しい実乃は面目なさげにしょげたまま頭を下げていた
「直江様には。。。まったくもって申し訳なくおもっております」
例のつやの事件以前から。。。二人の重臣は「影トラ」に対して規制をしいていた
「加当陣江」を影トラに近寄らせない
もちろん
二人の中で決めたことで大々的に実施していたわけではなかったが「注意」を怠っていたわけでもない状況の中での事件だった
「その。。影トラ様の様子からして「何か」あった。。。という事はなようですが」
「でしょうな」
事の重さを十分に認識している直江の答えは冷静だったが
実乃の迂闊さに多少に苛立ちがあった
そもそも実乃が影トラを望みその底知れぬ「強さ」を欲していたのにと思えばこそ余計に「迂闊」。。。。
直江は書棚から紙を取り出すとそのまましょげている実乃の前に座った
「実は春日山から手紙がきまして」
文台におもむろに出された手紙に頭を下げていた実乃のは体をおこした
「こちらに着いて早。。二年ほどになりますだいぶん下地も固まった事でありましょう。。。春日山に戻らねば。。。なりません」
「春日山から「疑い」が懸かっている?と言う事でありましょうか?」
文台の書を改めるように眺めながら直江は吹くように息をもらして答えた
「。。。「疑い」ですか。。。。どういう意味かわかりかねますが。。。」
微妙な駆け引き
実乃の知る「あの日」の出来事を直江は知らない
直江は。。。。影トラにとって「敵」なのか?それがまだわからないところだった
「わしは。。。影トラ様がこれからも越後にとって大事な仕事をなさる方である事は「確信」できましたが」
実乃は直江の言葉にただ頷き
「そう信じて頂けたのならば。。。わしも安堵したというものです」
とひれ伏した
その姿を横目に直江はもう一つの心配事に触れた
「加当陣江の処遇についてはもはや解決しております。。。心配は無用でございます」
静かだが
少し悲しげな声に実乃も何かに気がついた
「越後をより良い方向に進ませるためにココで躓く訳にはいかぬでありましょう」
実乃は直江の言葉を心強く感じた
そのまままた頭を伏せ
「では。。。よろしゅうお願いいたします」
返礼に直江は遠い目をした
「正しく義を成し,越後のために尽くすように」
それは
初陣を飾った時に母から送られた手紙に書かれていた言葉
手紙は
戦勝の祝いと後はまるで「教訓譚」のような内容だった
母上らしいといえば。。。
らしい
母の手紙はそれ以降はなかった
言葉の少ない母を象徴するような手紙だった
私は書かれた「訓辞」にならってその後の日々数多の「戦」を走った
そのかわりと言ってはだが
師,光育からは頻繁に手紙が届いた
戦に望む武士の心得や
人の上に立つ者の心得
事細かに書かれた手紙は
これまた
師をよく表していた
栃尾城に入ってからのこの二年は怒濤の日々だった
最初の三条衆から始まってその大元である同族でありながらも「誇り」を失い己の権力に執着した「叔父」とも言える人「長尾俊景との戦いは長かった
何度も戦った
負ける事は一度としてなかったけど
同じ一族であったとしてもこうも「志」に差がでて
「己」を中心に全てを平らげようとする卑しさに呆れ「怒り」に燃えた
「人を屠る日々」
決して慣れない事だ
戦にでる時にその前日から仏間に入って
心を静めた
「怒りにまかせたままではいけない」
そうして
迅速に「戦」(いくさ)を行い
恐怖に自分が負けてしまったり
怒りの「闇」に落ちてしまわないようにした
あの祠での言葉
「僕は戦う」
。。。。
いや私だって戦うだけどそれがただの「怒り」によって行われてはいけないと
自分を律するために
師の手紙に書かれていた言葉を胸に深く刻んだ
一度乱れてしまった
治世を良い方向に取り戻すのは
大変な作業だ
戦にでている間は
直江や
実乃が
「戦」の道理というのを教えてくれた
それこそ見たこともない。。。いや正確には覚えていない父の「戦」を習えと教えられた
でも慣れない
でも
泣いてばかりもいられない
もっと涙を流している者たちのためにも
私は「戦わなければ」ならない
自分の意志にキリをつけるためにも
頭の中で入れ替わる「黒い意識」については
出来るだけ考えないようにした
とにかく不慣れながら自分の責務を果たす日が続いた
「トラ!背が伸びただろ?」
朝,禅を終えてから
武具の日干しをしているところにジンとやたろーがやってきた
「伸びたか?」
そう言えば前はドンドン背を伸ばしていくジンを見て
自分はいつ?
伸びる
なんて気にしていたのに
忙しさに忘れてたよ
「伸びたよ」
ジンは目の前にきて言った
私を見回すように
戦のない日
そういう静かな日にしかジンには会えなくなっていた
久しぶりだ
戦が決まれば
いつも
いつも
ジンを城に残した
ジンはいつだって一緒に行くというのだけどやはりダメだと思って
だから
こういう日にしか会えない
会わないようになっていた
「ジンもまた伸びただろ?」
だから久しぶりの友の訪れは嬉しい
「オレはいつかやたろーを抜くの!」
ジンはやたろーの大きな胸を叩きながらきっと伸び悩んでいる自分にちょっと苛立ちながら答えた
ジンは極力「戦」から遠ざけてきたが
逆に大男のやたろーは毎回の戦に参陣している
かつては盗賊だった仲間を引き連れ
私の行く所,何度もの戦に
共にでる家臣になった
やたろーは最初身体に合わせた「鎧」がなくて困っていた
なにせ大きい身体
おそらく栃尾城で一番大きな武士だ
そこで実乃の古い鎧を貰い
自分で手直しして使っていた
そんな事もあったが例の「つやの事件」以来さらに
やたろーは実乃は親睦を深めていた
もちろん年の差があるから「あの日」みたいな
無礼な事は出来ないけど
よく一緒に酒を飲んでいる
しかも
子供が好きみたいで
城内にともに住まう「小嶋」の一族の子供たちをよく世話している
子供達の服もよく繕っていた
あの大きな手でせっせっと裁縫をする姿が微笑ましい
「おトラさま。。。今日,お客様がくるんじゃなかったの?」
相変わらず
身体に合わせたのかゆったりした言葉運びでやたろーは聞いた
「ああっ昼にいらっしゃるそうだよ」
籠手を並べて答えた
やたろーの後ろに付いて歩く子供「つや」が
心配そうな顔で私に言った
「おトラ様帰っちゃうの?」
「帰らないよ。。私の城はココだから」
私はしゃがんで言った
やたろーに付いて歩き今では「娘」としてみんなにも良く知られるようになった
「じゃあまた「字」を教えてくれる?」
もじもじしている姿が可愛い
「もちろん。。」
戦のない日に私はジンと一緒に
子供達に「字」を教えたりしていた
つやは利発でよく学ぶ子だ
「私が戦でいない時にはジンに教えてもらってね」
と頭をなでた
その時
ジンがどんな顔をしていたのか。。。
気がつく事はなかった
昼過ぎ
やってきた物達は新たに私の馬廻り衆となった者たちと
「安田城」から城主「安田長秀」が共を連れて訪れた
「直江実綱殿には春日山に帰参せよとの事です」
うすうす気がついてはいた事だった
直江はかれこれ二年もココに駐留して
共に戦ってくれたが
そもそも
春日山に欠かすことの出来ない人物だ
労をねぎらいたい気持ちでいっぱいだ
初陣から向こう
どれだけ助けられたか
「直江。。本当に今日までありがとう」
人払いをした部屋に
実乃と私とで
直江に深く礼を言った
直江は笑って
「春日山に戻るだけです,これからも影トラ様の事見ておりますよ」
大きな男だった
父を思い出すことのできない私にとって
本当に大きな存在だった
そう思うと
こんな事で泣いてはいけないのだけど。。。涙が貯まってしまう
「ところで紹介したい者がおります」
私のそんな感情を察したのか
直江は続けてその名をよんだ
「おせん」
呼ばれた名に続き襖から出てきたのは
私より少し年下だろうと思われる「女子」だった
「おおっおせん殿,久しいのぉ」
実乃は知っているようだ
「大きくなられた。。」
彼女は私の前に座ると頭を深くさげ
「直江実綱が娘,おせんにございます」
と
挨拶した
「私の娘です。。今日からここで影トラ様の身の回りの仕事をさせたいと思っております」
すこし面食らった
娘と言われた彼女は
父によくにてきりりと結んだ唇を開いて
「よろしくお願いいたします」
と
もう一度頭を下げた
急な事でびっくりしてしまったが
実乃はすでに知っていたようで何も言わなかった
「ああっ。。長尾影トラである。。よろしく」
声がうわずって変な返答になってしまった
が
続く直江の言葉に
ただでさえ急に決まったこの出来事を凌駕する驚きに言葉を失ってしまった
「今回の帰参にあわせ,加当陣江を連れて帰ります」
本当に
言葉を失ってしまった
衝撃を受けるというのはこういう事なのだ。。。。
「阿虎」なるお酒がある事をメッセージで頂き知りました
是非飲んで見たいものです
そんな
お酒を飲むことで
少しでも
影トラの考えに近づく事ができるような。。。。
迷信的に思ってしまう火星です