その8 祠 (6)
「。。。。。。「毘沙門天」。。。さま?」
知らない仏神ではない。。。
しかし
これほどに異形を連ねた姿を知らない
逸る鼓動を抑えつつ
凝視し
耳をひそめ。。。。部屋の隅々を見渡す。。。。誰だ。。。
さっきの「声」は。。。。
「つや?」
胸元にうずくまったまま少しも動こうとしない頭を撫でてみたが
返事はない
顔をあげ少しずつ動く光の元
暗闇から明るみに浮き上がった仏の「全て」に目を凝らした
まるで「二つで一つ」になる別の形が背中合わせにくっついている
一緒に彫られたものではないようだが
立ち上がった女神の首筋。。。その後ろには女神とは似ていない三つの顔。。。。
「怒り」「悲しみ」「喜び」が背負われている
溢れる髪の中からのぞき見るように現された顔たち
その下
背中から力強く伸びた十の手
右手に「槍」左手に「仏塔」
それ以外の手には全て「刀」が握られていた
その後ろ
壁に続く炎の影の向こう
円を巻く曼荼羅のように見えるそれは
大小様々の「地獄」
ハッとする
めぐる姿の中
その姿は「御仏」たち
なのに各々が地獄の使役についている
ある者は「血の池」に同じ姿の仏をけ落とし
ある者は「針の山」に同じく仏を歩かせる
「鬼は。。。どこに。。。。?」
私は救いを求めるように目を凝らし「悪」を探したが
壁の曼荼羅には「鬼」は見つからず全てが「仏」の所業によって書かれていた
目を動かさず。。。静かに注意を高める
暗くはないこの部屋が。。。。恐ろしい
リーン
とした耳鳴り
異様。。。。何もかもが違う姿
リーン
頭に鈴が響く
違いすぎる
見たことのない御仏の
見たことのない曼荼羅
これはなんだ。。。
何故仏たちは「争い」の中にいる?
私の疑問
「怒り」を感じ取ったかのように答えが響く
「現世だ」
。。。。。
頭にまた響く
そして「毘沙門天」は現世にはいない。。。。。
「知らねばならぬ事。。。目をつむるな」
声は神々しい。。。
「これを?知れと?」
私は誰に話すでなく答えた
「これが世の真理だ」
頭に声が響く
これが真理と?
悪趣味な。。。。。
仏の身を借りて「地獄」を演舞する絵巻を「真理」とはなにごと!!
私は四方を見回す
「どこにいる!!」
「戦え!!!」
即答
胸が逸る汗がこぼれる
「戦え「虎千代」。。。。。オマエの願いのままに「敵」を屠れ」
「やめろ!!!」
暗い闇の中私は怒鳴った
いつ。。。いつ私はこんな「闇」の中に身を滑らせてしまったのか?
胸の中にいたはずの「つや」はいない
御仏の姿も消えている
正面に見えるのは。。。。「小さな影」
「戦え。。。。それがオマエの願いだ」
「違う!!!」
私は否定する
だが影は別の声でそれを笑った
「嘘だ。。。。。戦うハズだ。。。「僕」は戦うから「トラ」も戦う」
影は私に近づく
私は
「争いなど。。。。のぞんではいない」
「いや。。。望む。。。戦う事を。。。敵を討ち滅ぼすことを」
私の肩に手を絡ませ
息を吹きかけるように近づいた顔は笑って
「僕は戦うよ」
闇の影。。。。それは。。。。「私」?
「うわあぁ!!!」
亀裂
頭の中に大きな音の鐘が響く「闇」に堕ちる
「トラ!!!」
闇が一瞬で割れて消えた
私の肩を激しく揺らしているのはジンだった
息を呑み目を見張る
「トラ?。。。。「虎千代」?。。。」
肩ににかけられた手を
ジンの手を握る
ジンは私の顔を「疑う」ように。。。ゆっくりと見ている
確かめるように聞く
「どっちだ?」
「何が?!!」
おかしな質問に私は掴んだ手をはね除けて聞いた
「ジンなのか?。。。。ココはどこだ」
じっとりと汗をかいている
刀の柄に手を伸ばしていた。。
「オラんち。。。だよ」
ジンのすぐ隣かなり驚いた顔をしたつやがいた
私は当たりを見回した
気配はもうしない
「黒い」影もいない。。。感じだ
誰の声だったのか?
「トラなんだな?」
落ち着かない私にジンは念を押すように聞いた
返事はせず背中に感じる気配の方に向いた
暗闇に輝く
黄金の目をじっと見返した。。。。
生きているかのごとくの表情に問うた
「あなたの。。。声。。。?」
そんなハズはないと思いながらも正面に座す「刀八毘沙門天さま」に問うた
静かにもう一度問う
「あなたなのですか?」
黒い女神の目は何処を見つめているか。。。。わからなかった
?
「揺れてる?」
闇に捕らわれ固まってしまっていた私には感じられなかった微妙な響きをジンは感じた
「なんか。。。。揺れてねえか?」
私の奇声で驚いてしまってたつやも何かを感じたようでソワソワしている
刀に手を置いたままだった私は二人の法に向き直り冷静さを取り戻して聞いた
「このあたりは山犬でもでるの?」
つやは答えた
「いないとおもう。。。猿かな?」
不安げな顔
「山犬」ではない何か。。。
さっきの声では?今一度振り返ったが木漏れ日野中に立つ女神にはもはや何も感じる事はできなかった
「群れでいるのかな?」
ジンの臨戦態勢にはいり堕ちていたこん棒を拾い上げた
「群れは。。。ヤバイ」
考えているうちに
今度は揺れを感じた続く音
その不気味な地鳴りのような音はつやの耳にもとどいていたようだ
「明るいうちに帰ろう」
私は刀を抜く仕草をして見せた
僧の姿で持てる刀は小太刀程度だこんなものでは山犬が群れに囲まれたら対処はできない
つやは
いそいで
先ほど見つけたと思われる小さな袋を手にとり
胸の中に入れた
「これだけあればいいから。。。行きましょ。陣江さん!!おトラさま!」
慌ただしく私の手を引いて御仏達が並んでいた最初の間に走った
一番角の仏の半身を引っ張ったところに小さな小窓が出来ていた
「入って!!」
つやに呼ばれるまま体をかがめ小さな入り口をくぐった
暗く湿った通路は私たちには小さすぎて
背をかがめたままでしか前に進む事はできなかった
が前をジン後ろを私が守るかたちで進んだ
道を行く途中
一度今来た
小窓の方を振り返ってみた。。。
もう
何も感じる事はなかった
「僕は戦う」
無慈悲な笑みで闇の中。。。私は言った。。。あれは
忘れよう。。。
頭を振った
疲れていたのだ。。。
もしあれが私ならば。。。それは「戦」に対する「嫌悪感」からでた「心」だ
ココにくるまでの間色々と忙しかった
疲れた心が普段は「禅」によって律されている「不安」を具現化したんだ
強く頭を振った。。。。「邪念」に言いように言われて。。。
これだから「禅」組まぬ朝などあってはいけない
ささいな「不安」に笑われる
とにかく。。「反省」だ
闇を行く中
警戒しながら前を歩く
つやに話しかけた
「あそこにあった仏像はいずれ全部運び出そうか?」
つやは止まって首を振った
「いいの欲しかったのはコレだけだから」
と言って
胸に入れた袋の中身を見せた
小さな駒のよう物が
その手のひらにあった
よく見ると
それでもしっかりと彫り込まれた「仏像」が三つ入っていた
「これは。。。」
しゃがんで顔を近づけて見た
「これはとと(父)さまが私に造ってくれた物なの」
大きさも
親指ぐらいの物二つと
小指ぐらいの物一つ
一つ一つ
つまみ上げて言った
「とと(父)さま。。かか(母)さま。。。。。。オラ。。」
ああっ
そうだったのか
つやは
家族をとりにココに来たんだ
小さな手のひらに乗せられた家族の仏像
大切な思い出と
大切な「宝」
優しいつや
「後の物は死んじゃった人の物だからいらないの」
私に向き直って話した
つやの頭をなでた
「そうか。。。わかった」
考えてみれば
御仏さまだって
あそこで静かに
そして大勢のお仲間と暮らされた方が良いのかもしれない
しばらく進むと
まったく光の無い場所に出てしまったが
被せたふたのような物を押し上げてみると
昨日泊まった
お堂の裏が見える小山のところに出た
日は真上にのぼっている
きっと昼近くだ
「はぁ。。。。」
大きく腕を上げて深く呼吸した
澄み切った杜の香りをたくさん吸い込んだ
つやは開けたふたを元通りに被せて
小声で
「おやすみ。。。じぃさま。。」
と手を合わせた
私とジンもとなりにすわり一緒に手を合わせた
「おトラさま。。。」
武士が名も無き百姓に手を合わせるなんてありえない事だったのだろう
驚いた表情のつや
でも
私がそうしておきたかった
そうする事で少しでもつやの家族に安心してほしかった
つやは元気にしてますよ。。。。家族のみなさん。。。心配なさらないで浄土に向かってください
いや
真実の浄土は仏さまの住居する場所だと言われるのならこの杜はまさにその「地」だ
多くの御仏と共に。。。。静かな平安なる世界
「ジン!しっかり経をとなえろよ!一応坊主なんだからさ!」
「うるせー!!わかってら!!」
軽く私に頭をこづかれ
手に数珠を通しながらジンは丁寧に経を唱えだした
私とつやは顔を見合わせて笑った
「終わったら行こう」
私は顔をあげ杜を。。。草木と古木に埋まった社をもう一度見回したが
浄土にもっとも近いこの地にもはや「闇」を感じる事はできなかった
不安で。。。顔を少し強張らせて
それでもつやに微笑み
手をつなぎ山を下り始めた
その背に経を終えたジンが
「虎千代?」
またも変に小声で聞いた
「それは子供の時の名前だ!私は影トラ。。。なんだってんだよ」
振り返った私の前ジンの顔は何か不安げだった
「いや。。。。何でもないよ」
「まったく」
変な応対
背中にあたる風を感じた私はただ早く城に戻りたかった
「つやぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
「影トラさまぁぁぁぁぁ!!!!」
杜の静寂を破る大声がお堂の方から響いた
前を懸命に走ってくるやたろー?実乃?
二人共怪我をしている
「どうしたんだ実乃!!」
私の前まで全力で走ってきた実乃の顔は。。。。
赤く腫れ上がったばかりの
「新鮮」な傷だらけに血の跡
実乃は息を切らせながら
「よくご無事で。。。ご無事でよかった。。。」
そう言えば朝から向こう昼まで私はいなかったのだから。。。
「ああっすまない。。と。。いうかどうした?この怪我」
どっかりと目の前に座り込んだ実乃は涙目で
「なんでもござらんです。。。このわしの未熟さが招いた罰ですわ。。」
いやいや
何がなんだか
私はまだ濡れていた着物の袖で腫れ上がった額を拭って
「心配かけた。。。でも。。つやも見つけられたよ」
と労をねぎらった
「つやぁぁぁぁぁぁ!!つやぁぁぁ!!」
となりでは
つやを抱きかかえ号泣のやたろー
実乃と同じく凸凹になった顔
びっくりと。。困った顔の混在するつやが
「アホ!やたろー!!手紙置いてきたでしょ!!」
抱えられたまま
つやはやたろーの頭をポコンと叩いた
「えええっぐぐ。。えぐ。。」
涙と鼻水をたらして
形無しのやたろーの顔を
じっと睨んで
「おトラさまにまで迷惑かけてしまったわ。。。」
でも
すぐ微笑んで
「探しに来てくれてありがとう。。。」
素直なはにかみ
うんうんと
うなずくやたろー
「良かった」
私の言葉に
実乃も号泣
「よかった。。。ホントに。。よかったな。。やたろー」
二人の男は向きあって
お互いの健闘を祝すようにうなずき肩を叩きあった
とにかく
良かった
私はつやの顔をみた
口を尖らせやたろーに説教している。。。。笑ってしまう
こうして
ちょっとした騒動は幕を閉じ帰路についた
帰りすがら
怪我の事を馬廻りの秋山史郎に聞いた。。。
なんとも。。。
「親ばか」な。。。
つい声をあげて笑ってしまった
帰る道の間じゅう
つやに小言を言われているやたろー
きっとそのうちに
尻に敷かれてしまうな。。。。その日は遠くなさそうだ
そんな想像をして
クスリと笑った
「そうだ。。。ジン「腹」の方は大丈夫か?」
思い出したように聞いた
道すがらやたろーの話しに笑っていたジンの顔が気まずそうに変わった
「大事ないよ。。。」
焦ったように小声で答える
隣を歩いていた実乃に
「よくわからんのだけどさ。。。ジンは腹を打ったみたいで「抑えてたから」後で見てやってくれ」
と
頼んだ瞬間
実乃はジンの方に向き直った
「陣江。。。」
なんか怒った感じの声
私の方からでは実乃の表情はわからないのだけど
ジンが必死に首を振っているのだけはわかった
「遠慮するな。。ちゃんと傷を癒せよ」
「違うっつうの!!」
「違うのか?」
詰問される?
実乃に詰め寄られるジン
「股打ったんだろ?」
「違うっ。。。。。」
私のとなり歩きながらも顔を真っ赤にしてしぼむジン
それを睨んでる実乃。。。。
「よくわからん。。。」
そこまでいって背を伸ばした
昼の日差しは高く。。。。涼しかった
細道を歩き離れた所に来て
もう一度「社」の方に振り返ってみた。。。。連なる山陰の元の「国」
何も感じなかった
ただ
あの崩れた社で見た「奇妙」な毘沙門天の事と。。。。「闇」の顔が自分自身であった事は。。。
不気味で深く心に残った