その8 祠 (4)
所々に穴が空いた屋根の奥にしなやかに立っている「像」は
他の御仏とはあきらかに違っていた
風に揺れるがごとくに軽やかな姿
「女」の顔
いや
お体もきっと。。。
まるで違う
今まで寺院で見た
御仏たちの姿は
どこか「質素」で静かな微笑みをもっている方が多かった
静かに
手をかざしこの世のすべてを薄く開いた目で「達観」している御仏様
それは少しの光を我らに
少ない目で現世を透かし見る姿
また
荒々しき「戦神」たちとも違った
太き雄々しき腕に武具を持つ荒神は良く見たが
この方は違う
細い腕。。。いや身体自体が華奢な「女」なのだ
なのに武具を手に持ち楯には生首を飾っている
「黒い女神。。。。」
「おトラさま?」
呆けた顔で像を見入っている私の袖をつやが引いた
自分の意識を正すかのように私は首を振って聞いた
「これは?」
「わからんの。。。でもおトラ様に似てない?」
私の手を握ったつやは女神の顔を見ながら言った
「わっ。。。私に?」
とまどったこんな美しい方に似ているなんて。。。
「名前はわからんのだけど。。。かかが言うにはこの仏様は国を守るために「戦」をされた方らしいの。。。小高い山のうえの大きな寺に住んどって。。。」
つやは
昔話を思い出すように頭をこくこくと揺らしながら話した
「とにかく「戦」に強い女神様なの。。。らしい」
「戦に強い女神様。。。」
私はもう一度見あげた
髪をなびかせた美しい女人。。。。隙間からこぼれる光を受けて影さえも美しい
「おトラ様に似てるしょ?オラはそう思うたんだけど」
照れた
思わず顔を背けて別の質問をした
「これもじぃさまが造ったの?」
つやは否定した
「これは持ってきたの。。。とと(父)さまの故郷から。。。。」
越後以外ではこんなに美しい仏様がいるのか。。。
「どの国から持ってきたの?」
純粋に知りたくなった
これほどに人の姿を生々しく現した御仏様はいったいどんな国の物の手によって姿を現されたのか
感心の眼差しを向けた私に
つやはキョロキョロとして
仏間の入り口の方に走っていった
それから向き直って「左」の方角を向いて
ピョンピョンと跳ねながら
遠くを一生懸命指さすように言った
「あっち!!あっちの海の「向こう」!!」
「海の向こう。。。。」
その指のさした方角を見ながらつぶやいた私を
つやは満点の顔で笑った
利発でホントは底抜けに明るい
つやの
笑顔が海から渡って来たものだということを初めて知った
昼近く
私たちが姿を消してからだいぶんと時は進んだハズだが
一行に助けの来る気配はなかった
だけど「心配」になってしまう事もない
つやがココにいるという事は
通った道もあるわけだ
だからとりたてて慌てたりはしなかった
私とあの部屋から戻ってきたつやジンに頼み込んだ
「捜し物してるの」
私は快諾した
無理にひっぱって帰る事もない
むしろ
捜し物の手伝いをして憂いなく帰れればそれが一番だ
「ジン。。。もう身体の方はいいのか?」
鎮座で列を作っている仏様を少しずつ動かしながら
つやとともに捜し物をするジンに聞いた
「もう平気だよ!」
元気そうな返答
「そりゃ良かったが。。。後で傷は見せろよ。。。大事になってからで」
「もう大丈夫だっての!!」
「あんなに痛がってたじゃないか?」
ジンは向き直った
両手を腰に置いて少し怒った声で
「もう治ったの。。。。気にするな!」
私は「何か」隠しているジンが気になったがしつこく追求するのはやめた
「そんな事よりトラは朝なんであんな所にきたんだよ?」
背中を向けつやの手伝いをしようとした私にジンが聞いた
。。。。。
そういえば。。。。
「手水。。。。」
ずぶ濡れになって冷えた身体が震えた。。。体の下の方に「水」の気配
つい身体を前に倒した
「まさか。。。手水。。。。」
背中後はどこか「悪意」を感じるジンの声
「どこか。。。ないの?」
「おい。。。手水なの?」
ジンの声は微かに笑っている
「うるさい。。。。」
身体をかがめ腹をおさえたまま怒鳴りあいになりそうな私の手をつやが引いた
「こっち。。。あの奥行って角あっちに曲がったらいいよ」
顔を真っ赤にした私は後ろできっと笑っているジンを無視して突っ走っていった
「ふ〜」
体中が力んでしまっていた
色んな意味でやっと力が抜けた私は教えられた所から通路を回って戻っていた
戻ったらジンをとっちめてやろうと思いつつも
そんな事よりもつやに聞いた話を思い出していた
本当に大きな世界の話で衝撃だった
つやの家族
父親は海の向こうからいらっしゃった方だったこと
越後で母親になった女と出会い
つやをもうけたこと
祖父が彫仏師で
父が持ってきた
海を渡ったこの「御仏様」に惚れ込みココに飾った事
つやの父の「国」からいらっしゃった「御仏様」
生き生きとしたお姿
通路を途中まで歩いたところで私はあの仏の部屋についていた
「摩利支天様。。。かな?」
女神と言う仏の名前を浮かべながら闇に少し慣れた目で周りを歩いてみた
天照大神。。。
私の知らない仏はどんなお名前なんだろう
まだまだ
私のしらない世界がいっぱいあるんだ。。。溜息
私は少し離れた台座に座ってみた
まだ見ぬ世界に思いを馳せてしまったせいか?
初めての野営で寝不足だったのか?
うとうとしながら
さきほどの美しき黒い女神の前にきていた
「おトラさま。。。」
「うん」
いつの間にか隣に来て
じっと私を見ているつや
「どうしたの?」
何かもじもじしている
手伝って欲しい事でもできてのかな
「どうしたの?」
もう一度聞いた
照れた表情のつやは上目使いで言った
「お膝にのってもいい。。。。」
膝?
私のか?
私は自分の丸まった身体を起こして膝を両手で指さして
「ココに?」
突然の申し出に戸惑った
予想していた言葉でもなかったし
でも
ペコペコと首を動かし
うなずく
つや
「濡れてしまうよ」
心配なのはそこだけなんだけど
乾かすすべのない仏間の中だ
動き回っても
服が暖まってくれたり乾いてくれるわけじゃないから
座ったら
つやまで濡れてしまう事の方が心配だった
それでも。。
つやの目は「お願いしている」
軽く一息
手を開いて言った
「いいよ。。」
パッと明るくなった表情で飛びつくようにで私の膝に座ってきた
ちょっとびっくりした
子供にそんなふうに飛びつかれたのは初めてだ
私の膝に乗り
抱きついたつやは胸に顔を埋めた
えっ。。。。
目をつむり胸に顔をすりつけると
「かかさま(母)と同じだ。。。やわらかいよ。。」
去年ぐらいから
私の身体には「女」の持ち物と同じ胸があった
立禅(弓)をするにも邪魔になれば
刀を持つにも邪魔な物だったが。。。。
鎧を着けてしまえば問題はないので気にもしていなかった
その胸に
つやは深く顔をうずめ安らいだ表情を見せた
「母さまと同じ?」
顔を埋めたまま,つやはうなずいた
「うん。。。乳だ。。。あったけぇ」
ぴっとりと身体を寄せる
「かかさまに抱っこしてもらったの。。」
そうか
そうか。。。。
私はつやの頭を優しくなでて
身体を支えたあげた
深く頭を埋めるつやの顔が泣いているようにも見えて
たまらなく愛おしくなって
抱きしめて何度も頭をなでた
不思議な感じだった
いつもは武術や修練にあけくれる
私に
なんとも言い難いこの感情。。。これはなんだろう
でも
こうしていてあげたい。。。
腕の中の小さな子どもが可愛くてしかたない
こういう感じなのかな。。。
やたろーも。。。
ふいに
「おトラさまは。。あの仏像みたい。。。」
胸から顔を少しだけ上げてつやは続けた
「戦は怖いところでしょ。。でも綺麗なお顔のまま「戦」に行く」
急に
頭がぴりっとした
つやの言葉だけじゃない。。。。
私のこの姿を
目の前の女神の。。。別の視線
何?
目の前の女神を恐る恐る見あげた
あの時。。。朝のこぼれた光の中ではみえなかったものが。。。。部屋の隅々までをさらにまだらに照らし。。。私には見えた
女神の背に。。。。数多の手。。。。
黒い凶器を持つ姿。。。。
首の後ろに連なる別のお顔
光に照らされた壁の「曼荼羅」
御足の元に横たわる「獣」
その部屋の壁に至るまで隅々までが「女神」の本当の姿だった
「あなたは。。。。。誰ですか?」
私の中心がすくみ上がりそうなほどの悪寒が声を押し上げて聞いた
その答えは女神からではなく
胸のところで顔を伏せたままのつやが答えた
「この仏様は毘沙門天さま」
響く声。。。私の胸に。。。心に直接言葉を与える
頭の中にそれが届く
この像の名前を聞いてきたハズのつやが答えた
続けて
つやの身を借りて「何か」がしゃべっている?
声は誰のもの?
「我の名は刀八毘沙門天。。。戦神」
鈴の音。。。。祇園精舎の。。。
仏神の目が静かに
鋭く輝いて私を見ていた