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その8 祠 (3)

まだ日の差さない暗い朝を感じた

結局私は眠る事ができなかった「僧服」の下に持った小太刀をにぎったまま

きっと眠ってしまったら「悪夢」を見たに違いない


昨日は夕暮れが近かったにもかかわらず

「およそ」つやが暮らしていた村に一里ないところまで歩いてこられた

やたろーを始めみんなの気が色々な意味で急いていた事でかなり早足だったのだろう


ただ


夜も同じように足早にやってきてしまい

闇に道を失った私たちは街道はずれの山裾にあった寂れた「お堂」に宿を取っていた


宿といっても

住んでいらっしゃるのは「名も無き御仏様」だけ

それでも一晩の屋根を借りるのだからきちんと挨拶をしての宿だった


寂れたお堂の継ぎ接ぎの板葺きから

木々が小さくささやく風の音が聞こえる



晴れない気持ちのまま目で早くから忙しく動く実乃を追った

昨日

頭の中に渦巻いた「闇」の事をどうしても知りたかった

だから実乃に問いただそうと思ったが



何故か出来なかった



きっと私と同じように眠ってはいない実乃。。。

聞きたい事はたくさんあったが。。。。

意図的にそれを避けているのか

私から離れたところで火の番をして。。。けっして私の顔を見ようとはしなかった


あれは。。。

あの闇は。。。


胸の中に何かが刺さったまま。。。朝を迎えてしまう


「とりあえずは弥平が戻ってくるのを待ちましょう」

ぼんやりと木々の間に霞みをかけている狭い空を見あげていた私に実乃が「握り飯」を差し出しながら言った


私の疑問に答えてくれない実乃。。。。

私も顔を見なかった

見ずに


「いい。。。飯はいらない」


話しを避けるように立ち上がった

「どちらに?」

ついてこようと腰を上げた実乃に


「用をたしにだ」


気持ちの荒れたまま答えた

さすがにそこまで言われてはと実乃は元の場所に座り直した


「あまり遠くにはいかれませぬよう」

「行かない」


突き飛ばすように

ぶっきらぼうに答えた

私の曇る心中になんの返答もよこさない実乃にただ苛立っていた

そんな自分未熟さにも腹が立っていた


とにかく近くにいたくなかった

私はいそいそと寝泊まったお堂の後ろに向かった



裏に回って驚いた

昨日は深夜で気がつかなかったがこの木々に埋もれた小山に飛び出ていたお堂が本当は大きな寺院?杜に繋がる入り口でそれも

かなりの大きな仏閣であった事に呆然とした


だらしない顔だったに違いない

口をあけ


「はぁ。。。。」


少しだけ白い息を吐きながら見回した

遙か昔に倒壊してしまったこの「寺院」はまともに立ち上がっている屋敷は一つもなかったが

つたの絡まった「柱」の後などみまわすかぎりの大きな「骸」だった


「見たことない。。。模様」


かなり

古い造りのようだ

唐花の彫り物が施された欄がそこかしこに散らばり

この「骸」となった社が生前は絢爛たる大寺社である事がよくわかった

私は四方を見回しながら興味の目で

少しづつ回った



朽ちた骨となった柱を止まり木に鳥たちが小さくさえずる

紅葉が近づく寒さに何度枯れ葉の衣装を纏ったのだろう。。。。


静かすぎるこの寺院が荒れていた心を十分に落ち着かせた


「昨日もきっと御仏に。。。このもりに守られていたんだ。。」



実乃の事や

わからない「何か」に悩む事がバカバカしく感じるほど

穏やかなる世界だ


大きく呼吸をしてみた

静かで

涼しい朝

静けさを奏でる。。。。。。



「ジン。。。何してる」


背を伸ばし心をほどいた私の耳に入る「音」とジンの姿は。。。。

男特有の。。。。



「仏閣の社の中で放尿とは。。。。不謹慎な」

何か

晴れた心に唾を吐きかけられた気分

睨みながら言った


「注意しているのに行為を止めない者には「処罰」が必要だな。。。」

相変わらず腰を前に突き出した姿のジンは首だけ後ろに向けてわめいた


「ああっアホ!!わかってても止められないんだよ!!こういうのは!!」

「やめろ!!」

「やめられるか!!」


私は首を右に傾げた不謹慎な音はまだ勢いよく続いている

ユラユラと首を揺らしながら小太刀に手を掛けて


「斬るぞ」

ジンは両手を挙げた

「もう終わるから。。。斬るなよ。。」

焦ってじたばたし始めたジンに私は近づいた


「トラ!!近づくなって!!もっもっもう終わる!!終わるから!!」

そういうと私から離れよう変な体勢で横に動いた

「逃げるな」

「逃げるわ!!!手水ぐらいで斬られてたまるか!!」




「不心得者め」


私は苛々していた

せっかく曇ってしまった心をこの悠々の時を教え小事にこだわる事の愚かさを知らしめてくれた「朝」をジンに汚された気持ちで

だが

そんな「怒り」さえ「小事」であった事にこの後すぐに気がつかされる


作務衣をひっぱりあげ逃げようとするジンの背中を捕まえた私の身体は。。。。すべり

そのまま草木に隠されていた隙間にずり落ちた



私に掴まったジンもろとも。。。。





「痛い。。。。」

真っ暗な闇に落とされた私はとりあえず手をあげ周りをさぐっりながらジンを呼んだ

かべのように切り立った石の表面は苔で滑っているうえに。。。

どうやら下には水たまりがあったようでびしょ濡れの状態だ


「ジン!!」

「ココ!!」

私の身体の下から声

どうやらジンの上に乗っかっているらしい

「何処に顔?」

私は手をさげた所であたった柔らかい物体を掴んだ

「鼻!!鼻!!痛いって!!」


身体を起こした私の真下に頭があるらしい

「手は?」

「ココ。。。。重いどけよ!!」


完全に上にまたがった状態の私に苦しそうにジンは吠えた

なんとか上体を起こそうとするジンの手が私の「胸」に当たった

私はその手を引こうとそのまま掴んだ


「ちょ!!ちょ!!ちょっと待て!!何!!何にかにあったってる!!」

急にうわずった声

「騒ぐなよ!!」

「いや!!なんか!!やらかい!!それダメ!!!」


「おい!!手!放すなよ!!」


真っ暗な闇でまた手を放してしまったらお互いがどこにいるかわからなくなってしまう

私から離れようと暴れるジンに抱きついた


「トラ!!トラ!!!ダメ!!ダメだって!!!」

「何がダメ?」

大暴れの私たち



「何してるの?」


混乱の暗闇に急に光りが割って入った

同時に幼い声が。。。。


「おトラさま?。。。。陣江さん?」


聞き慣れた声

さっきまで暗かった場所の木戸がはずされまだぼんやりとした陽の光が入り込んだ

その向こうに見慣れた影


「つや!!」


そこには目を大きく開いて。。。驚いているつや

「。。。。何してんでか?(何してるの?)」


かなり怪訝な表情

私の下にいるジンは何故か「般若心経」を唱えている

。。。。


「城からいなくなってしまったから!やたろーもみんな捜しにきたんだよ!」


いよいよ困った顔のつやはポツリと言った

「文を置いてきたよ。。。」


やっとジンからはなれ駆け寄った私に

つやは

出かける前にやたろーに宛てて手紙を書き置きしてきたと言った


「三日ぐらいで帰るてきちんと書いたのに。。。」


不満顔で口をとがらせた


それもそうだ

手習いの成果を見過ごされた気分なのか

とにかく安心して

私も気が抜けて腰を降ろした


でも

早くに不安が解消されて本当によかった

息をついた

やっと落ち着いて自分たちが落ちてきた「道」を見た。。。

相変わらず水たまりの中でかがんでお経を上げているジン

「何やってんだよ。。早くこいよ」

「すぐには立てないんだよ。。。」

「何で?。。。。怪我か!!!」


私はもどって上を見たかなり高いところから落ちた私たち

ジンは怪我を。。。


「どうした!!何処打った!!見せてみろ!!」

背中を向けているジンを揺さぶった


「だぁ!!ちょっちょっとほっといてくれよ!!」

「ほっとけるか!!傷みせろ!!足か?」


座ったまま下腹の前あたりを抑えうずくまっているジンをおこそうとした


「頼むから。。。そっとしといてくれ。。ホント。。すぐ「治る」から。。」


引きつった表情。。。真っ赤な顔。。。かすかに涙目なのに。。。怖いくらいの気迫


少し驚いて身を退いた私の袖をつやが引っ張った

「大丈夫だよ。。。怪我じゃないから。。多分」

「そっ。。。そうなの?」


気迫に押されたのもあったがつやに引かれるままジンから離れた





導かれた部屋というか小屋は仏像で溢れていた

そんなに大きくない板間にも大小多数の御仏が両の間に鎮座している

おどろきながら狭い間を通り抜けた

広がった仏壇の前で私は来た道の仏像をもう一度見回し呆けてしまったが気を取り直してココまで来た本論をつやに尋ねた

「どうしてこんな所にいるの?」

水浸しになった着物の袖を絞りながら

城を抜け出してまで「何」をしていたかは確認しておきたい


「ココ,オラのうちだもん」

明快な答え

「つやの家?」


仏像を見渡しながらつやは言った

「そう。。。ずっと昔から」


「じゃこれは?」

仏像を指して聞いた


「じぃさまが作ったの。。。昔に」

懐かしそうに答えた


彫仏師ほりぶつしだったの?」

私は感心して聞き返した

「ほりぶし。。。?」

つやには難しい言葉なのか?首をひねった


少し笑ったが

「全部そうなのか?」

とつづけて聞いた


「わからん。。。」



到底一人で作ったとは思えない数だ

うっとりしてしまう


「おトラさま」

部屋を見回し目をキョロキョロさせていた私の袖をまたもつやはひいた


「こっちきて。。」

引っ張る方につれられて私はさらに奥の仏間の方に歩いていった



もう一つ部屋をまたいだ

その間にも

いっぱいの仏像があったのだが。。。。

何か先ほど見た物と違う感じだ

何というか。。。。本当に生きているような白い彫像の群れ

かっちりと留まった感じの多い御仏様の姿とは違い今にも動き出すかのような。。。


「これはなんて仏さまなの?」


引っ張っていた袖から手を離したつやが指さした


漏れる光でようやく姿が見える

真っ暗の中にあったのならば決して見る事はできなかっただろう

真っ黒な台座


私は顔を上げた

さきほどの間にあった物の倍の大きさはある像だった

大きさにも目を見張ったが

そんな事よりも。。なによりの驚きは異形なるお姿にだった


雨漏りを治せないほど痛んだ藁葺きによって所々に光りを浴び黒く輝く姿


風になびく衣

着物ではない

まるでただ布を折り重ねて着たような感じとても石とはおもえないほどの動き

深い光沢

もしこれが本物の布として目の前にあったのなら。。。きっとそういう輝きをもっていたに違いない

その衣の前が少し開いている感じで今にも歩きださんという勢いを感じる

真っ直ぐに綺麗に伸びたおみ足は長く

身体にぴったりと寄り添うようにつけられている具足

豊かな胸のふくらみ

右手に天に届かんばかりの槍を持ち

左手に丸い楯

楯には蛇になった髪を持つ鬼の頭が生首のように付いている

右肩には鳥。。。


ふくろう?」


死を司る者?


「この御仏様は。。。。女人にょしょう?。。女神?」


私はつやに聞いた

「名前は。。。わからんの。。。」

仰ぎ見た

真っ黒な石像の精悍なお顔

慈愛を含み少しうつ伏せたような目

物言わぬながらも形良く整った唇


「女」の顔

頭には鶏冠のついた兜をかぶり

髪は風になびくさまを写実的に現したのか細かな筋彫りがされていた



異形の仏

黒き石像は凛とした姿で立っている


これは。。。。。。


思わず手を伸ばし鈍く輝くおみ足に触れた


頭の中に光るもの

身体が痺れたように背筋が

ゾクゾクする


「何?」


息苦しさ

そのままの位置で顔だけを御仏に向け問うた


美しき顔を見つめて。。。。。


「あなた様は。。。。」



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