その8 祠 (2)
「それで。。。こんな遅くに出立したという。。。事ですか?」
僧服を着た私たちの一行に追いついた実乃は呆れたように溜息混じりで答えた
私も少し軽率だったと思いながらも
「ほっておけなかったんだよ。。。」
と答えた
事の始まりは「つや」の失踪だった
「つや」とは
私が三条との最初の「戦」決意したきっかけになった「女の子」の事だ
あの後
一時非難のため栃尾城の総構えに来ていた村人たちは
やはり自分の土地が心配なのか?恋しいのかでバラバラと帰宅して行ったが
「つや」は。。。。
唯一の親族であった母を失ってしまい。。
住む場所さえも無くしてしまっていたらしく
総構えに残っていたのだ
それを
いつの頃からかやたろーが養っていたのだ
私は断続的に続く戦の日々で。。。
たしかに三の丸あたりで「つや」らしい子を見てはいたが
いつまでココにいるのだろう?程度にしか気にもとめていなかった
だけどジンはよく憶えていた
「長屋にトラが来たとき字を教えてって頼んだ子がいただろ?トラ教えてたじゃないか」
。。。。
多忙な日々が続いて顔ぐらいしか思い浮かばなかった私はちょっと恥ずかしかった
そういえば
やけに人なつっこい子が最初はおどおどとだったが私の後ろを遠目についてあるいていた
気になって
話しかけたら
「字。。。。おせーてくだせ(教えてください)」
可愛らしい
上目遣いでも恥ずかしそうに頼んで来たのを思い出した
「あの子か。。。。」
私は手を打って思い出した
あの子,事つやは一緒に生活させてくれるやたろーの役に立ちたくて「字」を教えて欲しいと頼んできていた
何回か教えてすぐに利発な子である事はわかった
「ものわすれ激しいなぁ」
呆れた顔で私をジンが見る。。。まったくだ。。。「戦」ばかりで。。。
もうしわけない気持ち
とにかく
何故かつやは消えてしまい大男達は大騒ぎの状態になっていた
親族を失い行く当てのないつやがいったい何処に行ったのか?
「攫われた」
だの
「誰かに捕まえられて。。。。売られた」
だの物騒な意見が横行し
結果あんな大騒ぎになってしまっていたのだが私の怒声で騒ぎは止まり
しばし冷静になった話し合いの中で
「墓を捜しにいったのでは?」という結論が出た
やたろーのおぼろげな記憶の中でつやは
「かかさまの墓を。。。。」と告げていたらしい
ジンは殴られてぐらついたままの首をならしながら言った
「きっと弔ってもらえているかが心配になったんじゃないのか?」
私は直感的にそうだと思った
唯一の親族だった母が無縁仏になってしまったり未だその身を野に晒したままだったりならどれほど辛い事だろう
そう思ったら最後私も留まってなどいられなくなってしまい
こんな夕刻近くだったのにかかわらず近くの寺からジンが用意した「僧服」を来て城を飛び出してしまったのだ
「まったく。。。少しは自重して」
「すまない。。わかってはいたのだが。。。」
私たちが城をでて半刻(一時間)ほどの頃
馬を走らせた実乃と秋山史郎にもう一人の近習がいた
やたろー達の騒ぎわ黙らせるために激怒した私の声はしっかり本丸の屋敷にも聞こえていたらしく。。。。追いかけてきたのだ
着くなり
実乃は夜も更け始めている事で今日は城に戻った方が良いと言ったが。。。
私はもとより
やたろーと善治郎。。弥平達は戻る気など到底なかったようで
私もココまで来た以上は責任をもって最後まで「つや」探したい。。だから戻らない事を決めたため
そのまま
実乃も一緒に捜索隊に加わる事になった
こうして夜陰に紛れた一行が
歩く道の間実乃は。。。ずっと小言を言い続けていたのだ
「ジン。。。しんどい」
さすがにすでに四半刻(三十分)は説教をうけて私も参ってきていた
「お勤め。。お勤め。。。」
少し笑った顔のジンはそういうと
「先を見てくるよ」とこの小言の間から離れてしまった
こんな時だけ。。当主のお勤めだなんて。。。うんざりしながらも実乃の諫言にとりあえず頷いていた
「すいませんね。。。実乃様。。。」
私が少ししょぼくれ始めたところだった
やたろーの右腕的存在で初めて合ったときは無頼の輩の頭のように突っ立っていた長身の男「善治郎」がとなりにまで来ていた
「まったくだ。。。オマエたちも栃尾の。。いや長尾に仕える者としての自覚が」
相変わらず苛立ち一杯の返答の実乃のに善治郎はペコペコと何度もアタマを下げた
「今回ばっか見逃してやってくだっせぇ。。。頭ぁ。。つやの事亡くなった娘っ子と同じぐらい大事に思うとるんですわ」
「娘?」
思わず聞き返した
「ええっ」
「娘。。。。子供いたの?」
私はちょっと戸惑った返事をしてしまった
やたろーが元妻帯者だった事を初めて知って。。。。
「え。。影トラ様に出会う前の年までいました。。。」
善治郎は遠い目をした
私は目線の先のやたろーを見た
荒れた道をもくもくと進むやたろーの後姿。。。。
「いまは。。。。いないんだ」
善治郎に静かに聞いた
「え。。頭の奥方も娘っ子も。。。。わしらが「戦」に負けて落ちた時に。。。わしらの親族を逃がして砦にこもって戦って。。。わしらばっか。。助かってなのに頭の奥方様ぁ。。。敵の手に落ちる事を良しとされず。。みな自決なさって。。。」
混乱していた「越後」
ココにも傷が残っていた。。。
善治郎は涙ぐんでいた
落ちてしまった者たちの悲しみ。。。
「つやが。。。かわええてかなわんのですや。。逝ってしまった娘っ子が戻って来たみたいで。。。だから今回は許してくだんせぇ」
背の高い細い肩の善治郎は実乃と私に深々と頭を下げた
「そういう事は。。。。早う言わんか!!」
頭を下げた善治郎の肩を実乃は叩いた
「オマエ達は。。もう栃尾の「家族」ぞ!!。。。まったく。。。」
「実乃様。。。」
堪えていた涙を零してしまった善治郎の顔に実乃は気恥ずかしそうに手を振って続けた
「わしは栃尾衆の「父親」ぞ!!。。。。ほっておくことなど。。。できなかろ!!」
「実乃様ぁぁ」
怒って着いてきた手前なのか
恥ずかしそうにする実乃に善治郎はまたも頭を下げた
「ありがとうごぜます!!ありがとうごぜます!!」
おもわず私ももらい泣きしそうになったけど
そこは堪えて微笑んでみせた
「父親か。。。。」
一行が暗闇で道を見失ってしまわぬため今日の行程はココまでとなった
街道はずれのお堂にたき火を置き
明日を待つための仮眠に私は入ろうとしていた時だった
ここまでの道程一度として後ろを振り返らず
真っ直ぐ歩き続けたやたろーはそれでも拭えない不安を消すためか休むことなく見回りに。。。善治郎もお堂の入り口あたりに「番」に着いた
弥平は道の途中の村で「つや」の情報を仕入れるために別行動にうったったためココにはいなくなっていた
史郎はお堂まわりから木を探して歩いている
ジンは。。。見回りを手伝いに行ったのか?
私は燃えるたき火の日に目をウトウトとさせながら
。。。。
「実乃。。。私の父上は。。。どんな人だった?」
曖昧な記憶
私は父親という存在を憶えていなかった
いつの頃からか。。。いやいつも。。。この年になるまで人づてに聞いた「父,為景」しか知らなかったが
今日やたろーという「父」を見て
実乃という「父」を見た
それでか。。。。自分の父親をもっと知りたくなった
「お屋方様(為景)は越後統一にご尽力された立派な。。」
「それは知ってる!」
いつも聞いている
誰もがそういう「父親」の事を聞きたかったわけではなかった
私は。。。。知らないんだ父を
初めてその事を告げた。。。なんだかすまない気持ちでいっぱいになってうつむきながら聞いた私を
驚いた顔で実乃は見ていた
「なさけない話し。。。父上の事を思い出す事も出来ないんだ。。。だから」
「為景様を。。。憶えていらっしゃらない?」
夜の風の音
森の闇を揺らす風の合間
月明かりに見えた実乃の目は。。。驚き?
私が予想していた反応とはまるで違った。。呆れたように「何か」を話してくれると思っていた。。。なのに時がとまってしまったようだただ「唖然」としている感じではなかった
何かにひどく驚き。。。困惑している顔
何に?
私は眠りかかった瞼を起こし
実乃の着物の袖を引いた
「実乃。。。だから教えて欲しいんだ」
勘ぐるように私をのぞく目
「あの「雨」の日の事も。。。。憶えていらっしゃら。。。ない?」
「雨。。。。」
闇が弾ける
実乃の顔が急に遠くなった
何故私は父上を憶えていないのか?
春日山で七年も過ごしていたハズなのに
林泉寺に私が移った後。。。。
父上は。。。いったいいつ亡くなった?どうして。。。亡くなられた?
頭に亀裂が入る痛み闇は深く私を渦に飲み込む
そして
目の前には
「雨」。。。。
「雨」。。。。
暗闇の屋敷
白い甲冑に身を包んだ大男と朱色の刀を身構えた女が向かい合っている
黒い渦
大きく首を振って瞬きをする
「実乃。。。。あれは?」
「トラ!!」
起きあがって実乃を問いつめようとした時ジンの声が私の頭の中に渦巻いていた闇を吹き消した
「手水にイイ場所見つけたぞ」
一瞬ジンを見たが
そのまま実乃に
「静かに」
問いただそうとした私の口の前。。。人差し指で声を閉じる実乃。。。
「静かに。。。です。。。」
揺れる炎
「どうしたの?」
ジンは不思議そうに聞いた
私はそのまま腰を降ろし言われるまま小声で聞いた
「実乃。。。必ず教えてくれ。。。」
ジンには聞かれないように頼んだ。。。。だけど返事はなかった
夜の空が足早く雲を流していく
なんども表れては消える月光。。。。。
もう一度
目を閉じても。。。何も見る事は出来なかった
ただ
夜は静かに闇を落としていた
「あれは。。。。。誰?」
呆然とつぶやいた