その7 吉報(1)
その報は矢のごとし
「トラ」の初陣が大勝利で幕を上げたことは
二日後の朝には春日山にも届けられた
朝早くに山を駆け上る使い番は本丸に入ったとたんに大きな声で
この「吉報」を告げた
晴景は定時には起きていたが
その「報告」事態にはそれほど興味がなかったので
少し考えてから食事の後に話を聞こうと小姓につげた
「やれやれ。。。」
髷のうしろ,自分の痩せた肩を叩いた
武人とはほど遠い体格の晴景にとって
いまや
戦は「他人の仕事」のようにしか思えなかった
いうなれば
守護代の仕事は執政であり
家臣の仕事が「戦」
それに影トラが
初戦を勝つことが出来たのは
実乃や
初陣のために派遣していた直江のおかげだ
影トラの功績にはならない
そう考えていた
守護代の旗をそこに持って行った
というだけで
それなりの「成果」なのだ
中郡にもいまだ
守護代,長尾健在と示す事ができたのなら上出来か?
「騒ぐような事か?」
と欠伸をして
のんびりと飯を食った
勝てたのは
むしろ「あたりまえ」ぐらいな感覚だった
そんな事よりも朝早くから「執務」をする事自体が苦だった
できれば
報告も昼過ぎに来てくれればよかったのに
と
めんどくさく思ったが
それはそれ
この「吉報」を待っていた,御前にも家臣の手前でもあったので
支度はそれなりに急いでした
城内は「吉報」の到着で騒がしくなっている
慌てて紺色の着物に着替え
いざ表屋敷に向かった
足取りは余裕を表し自分ではゆっくり歩いているつもりなのだが。。。
やはり少し時間を遅れてしまった事は気になって
早足になっていた
屋敷の間に入ると
家臣一同はすでに整然と座していて
当然のように御前も鎮座していた
せきばらいをしつつ
いかにも堂々と構えた守護代らしく
「良い知らせのようだな?」
と顔色を変えずに聞いた
使者は待ってました
と言わんばかりに大きな声で
「一昨日,栃尾城にて景虎さま初陣で三条衆を打ち破ってございます!!」
すでに事態の大半を事を聞き及んでいたとはいえ
集まった家臣の表情は花咲くように明るくなった
「うむ」
浮かれる事なく
晴景は素っ気ない返事をかえした
守護代の一声の後なのだからと,言わんばかりに家臣は質問した
「どのような戦であったか?」
最初に口を開いたのは
柿崎景家だった
もっともな人物の質問だ
口周りに溢れるほどの髭をたくわえた大きな男は前に乗り出さんばかりの
勢いで返事をまった
猛将で知られる柿崎は実乃から影トラの事はイヤと言うほどに聞かされていた
だがまだ会ったことがなかった
だから「影トラ」が
どんな「人物」なのかを自分の耳でしかと聞きたかったし
「長年」確かめたかった事でもあった
もちろん
使者は自分の事のように喜びその戦のさまを話した
みな
食い入るようにその言葉に耳を立て
戦の流れを聞いた
そして
最後には
感嘆の息をもらす者さえあらわれた
「たった一日でか。。。。」
「すざましいものよ。。。」
柿崎もいちいちうなずきながら聞いていた
巨体を右に左に揺らして。。くせなのだ
この武士は参加できなかった栃尾城の戦に自分が参加しているような思いを
いっぱいに浮かべ話を聞く
いてもたってもいられない衝動で自然と身体が動いてしまう
事実,心は素直に躍っていた
「なんとすばらしい戦じゃ」
柿崎は嬉しくなった
「早くお会いしたいものじゃ」
と
これまた
自分の分厚い胸板を叩きながら思った
一方
家臣が盛り上がっている姿を上座から見ていた晴景は。。。
だんだんどうでもよくなってしまっていた
こんなに「トラ」の事で騒ぐのが不思議でならなかった
確かに
使者の話を聞く限りでは「トラ」の活躍と統率力はすばらしいのかもしれないが。。
実際は
直江や実乃の助力があっての事だろうしやっとで出来たことだろう
いや小娘一人で「戦」など絶対に出来はしないとなで高をくくっていたから
まさに不可思議な騒動にしか見えなかった
十三歳の「女」に何ができる?
何をそんなに騒がしくしている?
そう思えば思うほどにバカ騒ぎをする家臣の姿がうっとおしくなってしまって
だから
「なによりな初陣で良かった」
と
つまらないという表情を隠すことなく
水を差すように
言ってしまった
あまりにも感心の少ない守護代の言葉に
静まりかえり
家臣たちが怪訝な表情に変わってしまったのは言うまでもなかったが
「直江も実乃もついていてくれた事だ。。」
とさらに自分から追い打ちをかけてしまい
あわてて言い足した
「無事でなによりじゃ」
そこまで言うと一人不快な気分になってそそくさと退出してしまった
残った家臣は気が抜けた感じになって退出に頭をさげていたが
その後ろ姿を誰よりも冷ややかに虎御前は見ていた
昼過ぎ
侍女数人を後ろに控えさした「虎御前」は手紙を書いていた
奥座敷のこの部屋で静かに毎日をすごしている日に
入ってきた「吉報」だった
もともと
口数の少なく表情の変わらぬ御前だったが
この日は静かながら「険」の見られぬ
ご機嫌な様子だった
「手紙をしたためました「トラ」に持って行っておくれ」
隣に控えていた侍女の「萩」は
書を受け取りながら
「おトラさま初陣での勝利喜ばしいことです」
と賛辞を送った
虎御前は
いつになく陽気だった
その目だけではあったが笑っている感じで
「喜ばしいわ。。。」
と
うっとりと答えた
座敷から空を見ながらもう一度
「本当に喜ばしいわ。。早く「夢」を見て欲しいモノよ。。」
と自分に言い聞かすように
そして
穏やかに微笑んだ