その6 初陣(7)
警戒を怠る事なかったが
やたろー以下少数の部隊を掃討に残し
家臣の隊を城に引き上げさせた
城から残党を見つけることのほうが難しいと思われるほど
圧倒的な戦だった
敵はちりぢりになり
逃げ帰っていった
帰れた者は少なかった事だろう
山道の各所にもおびただしい死体があった
城下にも
折り重なるように
物言わぬ「体」になった人たちはどこに「帰る」のか?
これほどまでの「血」を見たのは初めてだ
私は夕刻まで
櫓から戦場になった城下に向かって「読経」を挙げた
そこかしこに残り火が,護摩の火にようにも見えた
緩やかな風に
煙は高く高く流されていた
栃尾城は「喜び」で活気ずいていた
戦功を挙げた男たちが次々と門をくぐり帰ってきて
それを女たちが迎えた
直江も実乃も
晴れ晴れしい顔で帰ってきた
櫓の石垣をおり
彼らを迎えた
「影トラさま!!みごとな戦でございました!!」
実乃はかなり興奮気味になっていて
私の手をとると強く握り
深々と頭をさげた
直江も横にならび
「みごとな戦運び(いくさはこび)でした。。感服いたしました」
と
いくさ人らしい笑顔をみせた
2人とも
返り血を浴び
土にまみれていた
私は出来るだけ「良い」表情を作って
「よくやってくれた」
と答えた
全員そろって
というわけにはいかなかったが
とりあえずでも
戦勝の宴を開いた
侍女たちが
次々と壺をあけ
諸将たちと酒盛りがはじまった
私はとてもその勢いにはついていけない気持ちだ
疲れがひどかったので
本音で
眠りにつきたかったのだが
直江の妻に
「これも城主さまのお勤めにございますよ」
と言われ参加した
参加というか
そうか「義務」なのだな。。
と
味わう事のない酒に口をつけながら思った
実際に自分が戦場の矢面に立ったわけではなかったのに
体中に疲労がたくさん残っている
気がつかなかった
鎧の下は汗でいっぱいになっていた
屋敷に戻ったとき
足がフラフラ身体も宙を迷うような。。感覚になっていた
そのまま
眠ってしまいたい。。。。
目を閉じてしまいたい
眠りたい。。。
宴の間
実乃がしきりに私の「軍略」という物についてしゃべっていた
諸将も興奮さめやらぬといった具合で
大声をあげての酒宴は
かなり長く続いた
「怖い。。。」
注がれた酒に写った自分顔を見たとき
心でつぶやいた
酷い表情だ。。。
私は酔い覚まししたいと席を立って
部屋に戻った
もどってすぐに足がもつれ
そのまま前のめりに倒れた
体中に痺れが残っている
まだ
握り続けた拳が痛い
動悸がして。。。
めまいを感じる
気持ちが悪い
冷たい板間に顔をすりつけて
今日の戦を思い出した
「あんなことを。。。」
怖かった
ホントは今朝,三条衆がココにこない事を願っていた
何度も
御仏に
ココに彼らが来ないことが「慈悲」だと
何度も
何度も
繰り返し
私が「哀願」していた
私を馬鹿にしてもイイ
臆病と罵ってもイイ
何か
もっと「血」を流さない方法はなかったのか?
確かに
許し難い出来事だった
カッとなった
我を失ってしまったかのようだった
そうした
その結果はなんだ。。。
私の手が振り下ろされたとき
その時
彼らの「命」を絶ってしまった
「恐ろしい。。。」
あんな事を平然と指揮してしまえた自分が怖い
三条衆の到着を聞いたとき
何かが入れ替わってしまった
「黒い意識」が目を覚まして
まるで
自分が自分でなくなって
戦うためだけに「生かされて」
イヤ
何度も
頭に
「戦え」
「戦え」
と
心の中の「影」が
うすらぐらい声で
繰り返す
身体のすべてに響き渡っていた
息が。。。
仰向けになった
酒宴の間
男達の
「二十は殺しました!!」
「イヤイヤわしは馬ごと槍で落としてやった!!」
自画自賛の戦功話を聞かされたが
聞きたくもない言葉だった
生き死にが,酒の肴なんて。。
涙がこぼれた
「恐ろしい。。。なんて恐ろしい事を。。。」
「トラ。。。トラ。。」
軒先の戸口で声がした
「ジン?」
聞き慣れた声が返事した
「大丈夫か?」
私は起きあがって戸をあけた
軒先には
いつもの着崩した作務衣姿のジンが立っていた
「。。。だから。。。着物はちゃんと。。。着なさ。。い。。って。。」
ジンを見て
安心してしまった
言葉に詰まった
涙がいっぱにでてしまって恥ずかしくなって下を向きながら続けた
「着なさいっていって。。」
「トラ。。いいよ。。」
ジンの手が肩に触れたとき
もう
限界だった
どうしても涙を止められない
うつむいて
肩が震えて
「いいんだ。。楽になっちゃえ。。」
ジンは何もかもわかったように言った
私は
下を向いて「泣いた」
栃尾の戦の時
ジンは一緒に行くと何度も言ったが聞き入れなかった
私が「修羅」の道を行くのは
「長尾」の家に生まれた「さだめ」だ
でも本音を言えば
僧であるジンにはあんな姿を見られたくなかった
「黒い意識」に従い
戦を喜びとしてしまう私の背中など。。。。
見て欲しくなかったし
そんな場所には来て欲しくもなかった
だから
どれほどに頼まれてもジンを城の中に押し込めた
「加当陣江!!城の中を守れ!!」
そう言って背を向け戦に向かった私
なのに
ジンが言ってくれなきゃ
自分ではどうにもならない「苦しみ」で押しつぶされてしまいそうになっている
「怖いんだ。。まるで違う人になってしまうんだ!!私が。。」
あの声が頭に響くと
自分が変わってしまう
それはわかる
でも
それしかわからない
それが
何かもわからない
ジンは私の前にひざまずいて黙って顔を見つめる
「あんな残酷な事ができてしまう私」
今まで
一心に御仏に仕えてきた心は
戦の時に何処に行ってしまうんだ?
「わからなくなったんだ!闇の声に。。心がそれに従ってしまうんだ」
まるで言い訳をしているようだ
人を殺しておきながら
言い訳ばかりを。。。
悲しいやら恥ずかしいやら。。。
「これが御仏の示す道なの?」
彷徨ってしまう心
「栃尾の人たちを守れたじゃん」
顔をあげた
優しい声でジンは言う
「トラが戦うって決めたからみんなこの地を守るために戦った。それが示された道だったんだよ」
あっけらかんと
「でも」
「初陣をがんばったんだから。。自分を責めるなよ」
ジンはいつものしゃべり口調で
横に座って
「じゃなきゃ栃尾の人が死んでたって!!」
少し悲しそう?
でも少し,はにかんだように
「お疲れ。。。トラ」
そうだ
戦わなければならなかったんだ
「御仏の示すままに。。。」
つぶやいた
「トラ」
ジンが手をにぎる
「オレはいつだってトラの側にいるよ,トラの行く道を信じてる」
私はしずかに
うつむきながら
うなずいた
「今はそれだけでいいや。。。」
月明かりの下
ひさしぶりに二人で話をした
心がだいぶん落ち着いた
助けられた。。。
その言葉に。。。私が助けてもらった
そんな
私たちの姿を直江が見ていた事には気がつかなかった
栃尾城の戦いは終わり
中郡を本格的に平定する日々はここから始まった
ふ〜〜〜
元服から向こう栃尾城開戦までを20話で書けてホッとしてます
ここまで読んでくださったみなさまありがとうございます
毎日,毎晩
何度も自分書いた物を見直し
日々「修正」「改訂」してきましたので
一区切りのココでもう一度見直しもしてみたいとおもっています
人間50年だった時代
13歳で「戦」に出て行った影トラには迷いはなかったのだろうか?
ヒボシだったら迷いに迷って遭難している事でしょうが
歴史書などでみる景虎様は大変立派に戦ったという事だそうで
でも
きっと色々と悩んだりもしただろうなぁ
でも
やっぱり進んで行ったのだろうなぁ
と
思うと
「僧になるには激情すぎる」と言われたこの人の生き方をもっと知ってみたいものです
ちなみにヒボシの中の影トラさまは割りとキツネ目(藁)のイメージです
ホントはどうかは置いておいて(藁)そんな感じなんです