表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/190

その1 元服(1)

寺院の朝は素晴らしい静寂で始まる

今日の静かな雨は思い出を浮かび上がらせる


それは


あの日から変わらない毎日の景色

ずっと続く七年の景色

この寺に私が来た日と変わらない雨



ココに来たとき七歳になっていたか?


雨音を聞きながら

寺に来た日の事を思い出してみるが

実ははっきりおぼえていない

憶えている事をいつも指折りしながら並べてみる


おうちゃくをして

少し部屋の襖をあける


目を細めて遠くを見てみる


雨なのか?霧なのか?もやのかかった道の向こう

山下から向こうの「お城」を見た

春日山城かすがやまじょう

確かに私はそこにいた

その日の朝まで


襖をもう少しあけて靄で見えない山の方向を指さしてみる。。。城の方角に据えて

あそこにいたハズだった。。。。と


いた

という所で記憶は途切れる

そして次につながるのはココ。。。。林泉寺の惣門の前

止まぬ雨なのに。。。空は赤く焼けていた。。。夕日の中。。私の身柄はこの寺に運ばれていた



「雨。。。降ってたなぁ。。」


サラサラとふる雨に

深く

曖昧な記憶を辿る


林泉寺についた時


突然惣門が口を開いたように目の前にあった

見回す全ての者が大きく私の視界の中に入ってくるようで。。。怖かった

赤く照らされた静かな仏閣が怖かった


蕩々と流れる雨粒


迎えにでてくれた住職が。。。。怖かった

いかめしい顔としわがれた手



しらない人たちの手に私はゆだねられた


ココまでが「あの日」の事で憶えている事だ



私がココにきたのは母の強い希望によってだった

後でそれは知った

母は信心深い人だった


とぎれどぎれの思い出の中母の姿は良く憶えていた

毎日を読経で始める

深く「観音信仰」に帰依した姿

母の細い身体。。。そして大きな目。。。

私の中を射るように見ていた目



忘れようのない母


なのに

思い出せない父




「越後に「尽くす」良き教義を身につけなさい」


短い別れの言葉を告げ母は春日山の門内に消えていった

見送ってもらった日以来会ったことがない



そんな事を思い出させるよく似た感じの雨で朝は始まっていた

なじめなかった仏閣の景色は今は心落ち着く大好きな景色だ

修練に明け暮れる

ココでのくらしが最上のもので

豊かに四季を惜しむことなく見せる寺の隅々まで全部が大好きだ

言うならば


朝の静かな音は四季折々の音を届けてくれる


春ならば桜の花びらの舞う柔らかな響き


夏ならば蝉たちの熱き合唱と青葉の目を潤すささやき


秋がくれば鳥たちが落ち穂を拾うためにはせ参じ可愛らしいさえずりを聴かせ


冬には白い使者たちの冷たい花が降りてくる深々とした身体に染みいる音を届ける



惜しみない四季の風景の中での修練が続くことが「宝」だ





なのに

今朝は陽も昇らぬ刻から騒がしい

寺の渡りをよく知る子坊主が「なるべく」足音を忍ばせてはいるが。。。。走り回っている

「禅」の支度をすませた私は

思い出から我に返って

あけた襖から寝ころぶように頭だけ床にすれすれで出し周りを睨んだでみた



朝の素敵な音を。。。かき消してしまう足音に気分はすくなからず「怒」方向に走っている

それがわかって溜息

修練の心が足りないと落ち着かせながら


小坊主の向かった先が師「光育」の部屋の方だとわかりまた溜息。。。


「説法は。。。無理かな。。。」



ゴツンと床に落とした頭を転がし廊下を右左と覗いてみるが。。。。

このまま。。。本堂にいって一人「禅」を組み修練に行こうか。。。。


朝一番の心地よさを失ってしまった心は浮遊して

私の頭は床を転がる。。考えもコロコロと



「おトラさま。。。。」

勝手にふてくされてゴロゴロとしていた私の後ろから声

そのまま首を回してて見ると小坊主の困った顔


いきなり後ろにいられると私も困る。。。

行儀の悪さを見られて

とりあえず。。格好悪いながらも姿勢を。。。慌てずに正し返事した


「失礼した。。。」


小坊主は廊下に座ると用件を言った


「光育がお呼びです」

「私。。。を?」


師が私を呼ぶ

それも個人として呼ぶのは。。。あまりにもひさしぶりの事だった

もともと

私は気短な部分をたくさんもっていて。。。「怒り」のたびに我を忘れ。。

いや文字通り「記憶」から自分が飛んで消えてしまうほどの癇癪をおこすらしく。。

恥ずかしい事だ

その事を師が根気よく諭して下さってきた

一人照れて頭を掻いた


「お話があるそうですよ」


あまり良くない反応

困った。。即座に固まった私の表情に小坊主は少し笑って言った


「お説教ではありませんよ」


返された返事に落ち着かない自分の姿を見られ恥ずかしくなって照れた


「守護代さまからの使者が来ておられるのです」


そんな私の態度を見逃しながら小坊主は「用件」に繋がる事を告げた


「そうですか」

そっけなく返事を返しはしたが内心「不可思議」な気分になった

守護代。。。。

私の兄。。。。もう長く会っていない人だが

守護代様の使者事態が寺に来ることはとりたてて珍しくもない事だ


守護代様は定期的に私の師である光育と政治的会談をもっている

民草を導く者にとって必要である「知識」は市井を常に歩く僧によってもたらされる事も少なくはないし

その「思案」が人の心に届く「御仏」の教えに添ったものであるようにする事も国造りの大切な部分だから


そうだ

そういう大事な会談の。。。

私は少し首を傾げた


「なんで私なのさ?」

つい愚痴のように声がこぼれてしまった

「さあ?」

横に並んでいた小坊主はいつものように方をすぼめて答えた

またも

思った事をその場で漏らしてしまった事に赤面しながら私は立ち上がった


「すぐにですか?」


「はい」

彼は返事をしながらもいちいち顔色の変わる私を見てやっぱり笑った



林泉寺の庫裡くりから少し離れた屋敷

住職が住まう本殿のとなりが私の部屋だ

部屋を繋ぐ渡りには少ない雨が少しづつ陣地をふやし踏み板を濡らし続けていた

足を汚さぬように奥の側に添うように歩きながら



考えた


兄上か。。。


五年前

父が亡くなる少し前に。。兄は越後を統治する要職を引き継ぎ「守護代」になった

苛烈な職務

争いの大地であった越後を生涯を使って纏め上げたと言われる父の後を継いだ人


まだ幼かったからか?私は兄の顔をはっきりとは覚えていない

細い切れ長の目

長い睫毛。。。


戦鬼いくさおに」と言われた父とは違って優しい顔の人だと聞いている


私の細切れな思い出の中では

簡素な着物に。。。。不似合いなほど煌びやかな衵扇あこめおうぎを持った姿。。。。

それと

闇の雨の中の具足姿。。。。

どちらもいつの時なのかは思い出せないが

逆に

そのぐらいしか兄の姿が浮かばないのも

なんだか

失礼な話しだ



その兄上は私の事を憶えていた。。。。と言う事なのだろう

歩の向こうに近づいてくる居間

少し胸が逸る


何が。。。。私に告げられるのか?と





運命さだめというものは急に動き出す

思いもよらぬほどに

部屋に入った直後に強まった雨の中で私に告げられた言葉は


「城に戻れ」という命令だった


師の部屋であった使者は「直江実綱なおえさねつな」と言った

大きな体で部屋を狭く感じさせていた

男り顔にはに刀傷

部屋に入った私をじっくりと。。。ゆっくりとした視線で見ると

男らしい太い声で言った


「城にお戻り下さいませ。。。これは守護代様。。ひいては虎御前様の決定であります」


簡潔な会話

身体の力ががっくりと抜けた

私の考える余地などないほどの動きで物事は決まっていく


これが「命令」であるなら従うほかない


彼の面前に座った私の顔には「不遜」な色が浮かんでいたに違いない

事実。。。。不愉快だった

かつては。。。。知らぬ間に「母」と引き離されて寺に来た

なのに今度は寺から引きはがされる?



城を出された

あの日の事が強くなった雨音のせいでか。。。。こんな事ばかりを鮮明に思い浮かばせていた


母の手から自分が引き離されていく事が。。。。きっと辛かったに違いない

幼い私は波に攫われるように流されてココに来た


無口になった私に直江は告げた


「亡き父上様も虎千代様がいずれ城に戻られる事を望んでおられました。。。その日が来たと思って頂きたいのです」


「虎千代」

私はまだ子供なのか?これほどに修行を積んだのに「運命さだめ」に流される

大きく頷いた

迫る「運命」の大きな流れの中で

自分を保ち続ける事は不可能なのだろう

ましてや若輩の私がこの状況をどうこうなどと考える事自体が「無意味」だ


悟りの心得のようになった

顔をあげた静かな目線で


師たる住職,光育が私と直江をみなから

深い皺をもつ顔を悲しげにしかめ

「これが示された道なのかも。。。。」


示された道。。。。。


そうなのか?

まさにその通りなのか?

自分で御する事の出来ない「波」であるのならそう思うしかないし。。。そうだ

天に与えられる「宿」という見方は正しい


これがそうだ御仏の示されるまま歩く事だ



お言葉に返事した

「あいわかりました。。。ではコレにて支度に入ります」

ケジメのように深く伏し自分の心に巣くう迷いに区切りをつけて部屋を後にした




雨は少しずつ。。。。静かに姿を消していた

ゆるい生暖かい風が本殿の前でぼんやりと座っている私の身体にふれる



理解して。。。

頭を掻いた

なんとなく「理解」したふりをしてしまった。。。。

差し迫った事に

有無を言わさぬ事態で。。。まるで自分の意志を継げる事なく流されてしまった気持ちは

高い空の向こうを急ぎ足で去っていく「雲」のようだ


「ダメだな。。。」


長く心身の修行を積んだ者として未熟な答えだったのかもしれない

ああいう時こそ己を律して理を得るための修行をしてきたハズだったのに。。。。


後悔やら反省やらあれこれ浮かぶ心が私の目をぼんやりさせている


「トラ!」


静かな寺社の中では元気すぎる声が名を呼んだ


着崩した作務衣の坊主「陣江」だ

「ジン。。。身なりはきちんとしなさい」

杜撰なカッコの彼のおかげで迷った頭はとりあえず心から離れた

毎日挨拶代わりを一言

チクリと言う


ジンはココにきた時からの友達だ

半分を信心半分を畑仕事という生活を送っている彼は

林泉寺の裏の畑を耕しながら

この教義を学ぶ生活をしている


私はココでは「客」の扱いをうけている部分もあるため

部屋外の出来事はあまりしる事はなかったが,彼と知り合った事で外の世界の話をする機会を得ていた


「城に戻るんだろ!」


とにかく元気がいい

よく焼けた顔は笑みを向けながら言った


「わからないよ。。」

寺の住人は外の出来事に敏感だ

使者の用向きなどあっという間に広まってしまっている

だから

余計に迷ってなんていられないのだけど。。。


「相変わらずの聞き耳だね」

「みんな知ってるよ」


まだ濡れたままの縁側に腰掛けてため息をついた私に


「いやなのか?」

とジンは顔をのぞくように聞いた

わからない事だったそのまま答えた


「それがわからない」

「帰りたかっただろ」


帰る?

改めて聞かれるとさらに「不思議」な気持ちになる

「帰る?」

このまま寺で生涯を過ごすと思っていた私が。。。。何故?帰りたかったのか? 

そんなふうに考えた事はなかったハズだ

私はココで御仏の教えと学問の世界に生きて行く。。。ハズだった



なんで今頃

城に戻らなければならないのだろう

またも

考え込んでしまう



「俺たちと離れたら泣いちゃうか?」

「ああっ?」


ジンの言葉にむっとして反応した

すぐに茶化す

まったく。。。。

泣くだなんて。。。

たしかにすぐ

涙がでてしまうけど。。。それは。。。「癖」だ


「涙もろいだけだよ!!私は!」


私より生意気にもちょっと背の高いジンは周りウロウロしながら

「じゃなんで考えちゃってんだよ?」


なんで?

なんでだろ

帰れる事が喜びではないから?。。。なんて。。。どう言って良いのか


「帰ってどうしたらいいんだ?」

「はぁ?」


今度は彼が不思議そうになっいた


「トラは武士の子だから。。。。やっぱり武士になるんじゃないの?」


そりゃそうだマヌケ顔で「当たり前の事」をあっけらかんとそういわれると

そう思うしかない

そんな感じで彼を見た


考えたってまとまらないのだし変わる事もない

あるがままを受け入れる事

まさに

御仏の示されるままだ。。。




「元服するのじゃよ」



二人して小突き合っていた間に声が入った

雨はもう消え始めていた

本殿に続く渡りから説法でも良く鳴り響く声が優しく言った


師.光育

年はずいぶんととってらっしゃるハズなのにがっしりとした身体の師は

ゆっくりと縁側に腰掛け私をみながら


「元服。。。」


その目は覆うように繁った眉毛に隠されているが

とてもやさしい

口調も静かで

はじめてお会いした時に泣きそうになった自分をふと思い出してしまった

いかめしい修験者とはちがい

必要である教義をやさしく教えてくださった住職




「トラ。。。オマエは元服して「長尾」の家のために働くのです」


「長尾」

久しぶりにきいた我が家の名


「それが御仏の意志でございますか?」


さっきは使者の手前はっきりとはきけなかった

これが「御仏の意志」なのか。。。と

真っ直ぐ師を見る私に

師の目が悲しそうにも見えた

変な事を聞いてしまったのか。。。


「トラ。。。。現世うつしよの事もオマエは学ばねばならないのでしょう」

私が。。。

「それが武士もののふの家に生まれたオマエの運命さだめであり御前様の意志でもあるのだからね」


。。

母の意志。。



風の音が耳元に響いた


私は振り返って

春日のお山のうえにある城を見た

朝靄にかすむ城を見る


七年ぶりに「家」にもどる事になったのだ

さっきまでの迷いとは別の衝動が心を騒がせている

これは。。。逸る気持ち

手を胸に当て自分に言い聞かせる

これが「御仏」の示しであり「母」の望みだと言う事。。。今は信じて



雨の終わり

風は温かかった

私はすぐに立ち上がり風に向かって歩き出した


遙かな山向こう静かに響く雷鳴

夏に向かう真新しい緑達を潤す中

変わることなどなかったハズの私の生きる道筋はココから大きく変わってゆく事になる



私の名前は「長尾虎千代ながおとらちよ」。。。。運命さだめのトラである

修正を繰り返しながら

文章を作っていくというのは

これまた小説家の皆様にしてみたら「邪道」なのかもしれないが

私にとって

これも「勉強」という事でゆるしていただきたい


なかなかままならぬものです。。。。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ネット小説ランキング>歴史部門>「カイビョウヲトラ」に投票 ネット小説の人気投票です。投票していただけると励みになります。 人気サイトランキング
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ