その6 初陣(6)
のろしは上がり
ホラ貝が城の各所から一斉に鳴らされた
城下にへたり込みまだ息も整えることのできない兵たちは
焦りの表情を見合わせる
もはや攻勢はまったく逆転してしまっているのだから
それ以上に
三条の諸将はうろたえている
馬を走らせ怒鳴る
「立て!!陣を組み直せ!!」
どれほど叱咤しても
一度「恐怖」を味わってしまった
兵卒たちはすぐに自分たちを持ち直すことができない状態だ
ましてや
山道を我先にと逃げてきた
彼らは満身創痍のうえ
なによりもの驚きは
まさに
まさに
よもやの強襲を「電光石火」で受けてしまった事だ
苛立ちをいっぱいに込めた声が
隊列のそこかしこに響く
甲高くて
良く聞こえる声の将
甲高くて。。。
まったく気に触る声!!
カッとなった
私は大きく手を空に伸ばした
さあトドメだ!参るぞ!!
「太鼓を鳴らせ!!進軍!!」
城下の四方から
歩測に会わせて低く淡々とした太鼓の音が
あらゆる隘路から
草陰から
今まで伏せていた
本隊が立ち上がった
城から転げ落ち
まだ「隊列」も「陣形」も立て直せない三条衆を囲むように
各方向から湧き上がるように姿を見せた
驚愕と,どよめき
悲痛な悲鳴
火矢と長槍を引き連れて堂々たる姿で
先頭を進む「やたろー」
その大男の風貌にも圧倒され
腰を抜かす敵兵
そしてすぐに気がつく
自分たちが
逃げ道を失ったことに
三条衆の統制はもはやどこにも効いていない状態になった
「囲みました!!」
物見が私の後ろで言った
いつになく
今までないぐらい
だれにも顔を
みせられないくらい
私は冷徹に
そして満面の笑みだ
「正しく義はなされる」
ふと
思い出した言葉が頭に響いた
満たされた心から
溜息と一緒に
うっとりした声で答えた
「殲滅せよ」
私の指示はすぐに馬番に伝わり
それに呼応してやたろーが拳をあげて「叫ぶ」
さあ
「不貞の輩よ!!最後の鬨の声を聞き死んでいけ!!」
手を振り下ろした
「はなて!!」
容赦のない火矢がはなたれる
なすすべなく
刀も,槍も,すべてを捨て逃げ出そうとする兵たちに降り注ぐ
瞬く間の「炎獄」
刺さった火矢を顔にうけ絶叫する者
喉を焼かれ息を失い倒れる者
火に怯え目をむかんばかりに狂った馬は兵を蹴倒す
その蹴りで
腕を
足を
頭を千切られ
悶え苦しみ
助けを連呼する
血と火の海に沈んでゆく「哀れな」者たち
矢の雨の合間を縫って逃れようとする者たちを
やたろーが刺し倒した
「ココは通さんぞ!!」
巨大なやたろーの仁王立ち姿に声も失う
同じく槍をもつ男達は包囲ジリジリと縮め
息のある者
死に損なった者を容赦なく追いつめる
もはや勝負はついた
轟々と昇る
煙の向こう
最後の掃討戦が続いていたが
私には
それはもうどうでもイイ事だった
一つ息をつく
たぶん
役目を果たすことは出来た
そう思った
私は石垣の端で「禅」を組んだ
「御仏よ。。。義は成されました」
手を合わせ,目を閉じた
と
同時に大きく声が響いた
栃尾衆勝利の雄叫び
直江隊が
実乃隊が
やたろーたちが
大きくみんな拳を上げ勝利を叫んだ
朝日はとっくに天を高く登り
青空が広がっていた
城内で戦の終わりを知った
民草たちはとびあがって喜んでいる
栃尾城の戦いは終わった
目を開けて
すべてを見回した私は。。。
気持ちが入れ替わっていく感じを憶えた
頭の中を
塗りつぶしていた「黒い意識」が遠のく
歓喜の喧噪が鮮明に響いた
自分を見直した
汗ばんだ手を見た
風を受けた身体は急に冷えていく
静かな心
急に怖くなった