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その40 開城 (1)

鳴り物を鳴らし歓喜の声を挙げる全軍の前私は春日山に向かった

地を進み続けた黒い軍団を朝日が照らし始め

厳めしい顔であった者達の警戒を解いた



争乱の中にあったこの数ヶ月の間の日々は

白い空に消えて行く

並ぶ者達すべてから殺伐とした諍いの心が闇の向こうに消えて行くのがわかった



大きな一つの区切りがつけられたことで私の心を騒がせてきた

全ての幻惑的な思いを抑える事ができた

父の事

母の事


兄の事


私は嵐となりてこの地に渦巻いていた「黒き想いの」砂塵を舞上げ

色々な思案により引き起こされた「争い」を摘み取る力を持ちそれらを打ち破った


私。。。。

髪が揺れる

朝日が少しずつ目を細めさせる

向かう側

日に照らされ始めた山を見て思った


女である私がよもや「守護代」の地位に昇るなど誰も考え及ばなかった事だったに違いないが

それが

この争いの唯一打開への道であった事を「上杉様」が示してくださったと思うほかない



「これで。。。良かったのか?」


私は自分の左手,数珠をきつく巻き付けていた手を胸に当てた

逸勢続けていた胸の痛みは止まっている

私の中の私が。。。。この結論を「許した」せいなのかもしれない

横に馬を並べる「直江」の顔を見た



「これで。。。。良かったと思っているか?」




だされた結論の前

驚愕の顔の後,沈黙を守り続けた「兄」の直臣である彼に,私は聞いた


ふいの私の質問に直江は顔を上げたまま固まっていたが。。目を落ろすと

馬の背に目線を落としたまま暫しの沈黙をした

彼が思い描いていた「長尾」の作る「越後」の来るべき明日とは違ったのかもしれない

だが

今は,こうなったままに進むことしか出来ない事も彼には解っていたようだ



「これが解決の方法であったと。。。今は信じます」



その顔には

いつものように苦悶に浮かぶ眉間の皺はなく

どこか遠くを見据えたような視線


「そうか。。。。。」


私も彼の見る遠い先を見た。。。。。これより私は「春日山」に入るのだ

かつて父がこの山に「長尾家」を襲った一難から一族を守るためにこもり戦った城であり

後に

上杉様が父に反し戦った城


そして

私が兄と出会い

母と出会い

「越後」の争乱を引き起こしココに治めた場所へ



並ぶ諸将達とともに軍団は華やかな中に整然と前に進む

この景色を今。。。。。兄はどんな顔で見ているのだろう?



「トラ。。。。」


張りつめていた心に

懐かしく響く声

私の隣に付いた者「ジン」


慌ててそれわ止めようと走る馬廻りの手を私がとめた


「トラ。。。。大丈夫か?」


馬上から私はゆっくり頷いた

「泣いてる。。。。」

馬の横,手綱に手を伸ばしたジンは私に言った

私は泣いてはいない

目に溜まる涙だけ


「眩しかったんだ」


思い出を振り払うように進もうとする足もとにジンは何も言わず近づいた

「眩しい。。。。」

私の言葉を反芻する



「近くにいてくれ」


縛られていた怒りの枷から解かれた私はジンを呼んだ

「近くにいるよ。。。ずっと。。。。」


手綱を掴んでいた手が私に近づく

強張っていた自分の手をゆっくりと開けて。。。閉じる

痺れていた感覚を思い出すように。。。そのままジンの元に手を下ろした

共に。。。。



私の無言

支えであるジンはその手を握り替えしてくれた






一方,春日山城内は先刻入った早馬で「和睦」が成されたことをみなが知る所に至った


緊迫の続いた城内の様子は一度に雪が溶けるように消え失せ

城壁の至るところで立ち続けていた兵達が座り込んだ

三日前始まった脅威の進軍は「上杉守護」の仲裁によって「越後」に混乱を呼ぶことなく収束したのだ


惣門にいた「水丸」は昇る朝日に照らし出された実城を目を細めながら見つめていた

張りつめていた刻の中では

後ろわ振り返る事は出来なかった

手にしていた弓を落とし

「長尾晴景」が和睦の条件として「隠居」と「守護代の地位」を譲渡した事に少なからず残念な気持ちを残したが



それでも。。。。

今まで共に歩,知恵と知識を惜しみなく与えてくれた主の最後の命(命令)に敬意を払った


「越後」を大乱と狂わすことを良しとせず。。。。



「晴景様。。。。私は最後まで貴方様にお仕えします。。。これからも」


握りしめていた手の力を緩め

春日山の主を降りた「慕うべく方」に新たな誓いを立てた







「長尾影トラ様。。。ご仲裁を受け入れ「戦」は止まりました。。。。」


実城,二の丸屋敷の一室

母,虎御前の侍女「楓」に打たれ,気を失った綾姫は布団の中にて「和睦」が成ったという報告を聞いたのは

朝が白く周りに光りを与え始めた時。。。。

銀色の結晶が少ないながらも初めて舞い降りた時だった


ぼんやりとした表情のまま目は潤み

「祈りが叶った」事をやっと実感したのは

屋敷の外に響き始めた,兵士たちの明るい声でだった


細い糸。。。。


女達の願いは繋げられ。。。。。叶たことに涙が頬を滑り降りた



「無策」と罵られるような策だった

それでも最後の希望に縋って走った

麻を送り出した後も,母にも負けぬ祈りを捧げてきた

いてもたってもいられない心で侍女の「土岐」と「初」で母を止めるために現場に飛び込んだ



ただの一日の中で綾は自分の生きる刻の全てを使ってしまったぐらいに疲れていた


それでもそれが正解であった事で心は幾分か和らいだ


「出来ることをしましたわ」


祈りを成就させるために

そしてもう一度,夫,政景と出会うために。。。。


「良うございました。。良う頑張られました」

「初」は自分の守りし姫が誇らしかった

夫への思いで走ったが結果的には「長尾」を救うための糸口となり「越後」を乱から救った事に


歳のせいか

涙もろくなった「初」の目からは降るように涙がこぼれている

その姿に

綾は頷きながら


「よかったわ。。。。ホントに。。。良かった」


背中を打たれた痛みで立ち上がれない綾の隣,「土岐」とその母である侍女「初」は最愛の姫が成した奇跡に共に涙した

三人は手とりあって笑い。。。泣いた





その頃

総構えより城内奥に位置した上杉守護の屋敷にも「守護代様,長尾影トラ様と和睦」の報(報告)が伝えられた

屋敷に詰めていた使用人達の顔から険がとれ

へたり込む侍女たちに女房達の中,男たちの喜びと安堵の笑いが響いていた




「良うございましたな。。。姫様」


惣門開ら向こう

眠る事なく

魂棚に向かい祈りを捧げていた麻の背中に侍女の「宮地」は達成された願いに頬を拭いながらの報告をした


緊迫の一日を徹して,愛する夫のために全てを賭けた「麻」の顔には疲労の色が濃くあらわれていたが

振り向いた微笑みは美しく輝いた


「晴景様。。。。。私の心。。。届きましたでありましょうか?」


切迫したあの日々の中

蔑ろにされ続けた守護代妻が最後に信じたのは己の「想い」だった


自分の殻に閉じこもった心を「無策」とはいえ「命」を繋ぐ道へと飛び込んできた「綾」に打ち破られてやっと気がついた。。。。想い



誰よりも晴景を慕っていた事


「きっと。。。届きましたでありましょう」


宮地は疲れた主の肩に打掛をかけ

二人とも見つめ合った。。。。。



「そう。。。届いたのならば。。。。良いのです」


収まった騒ぎの中

麻は静かに涙した

悲しみの色ばかりで流されていた涙ではなく。。。。喜び故に流される涙は差し込む朝日に照らされてきらりと輝いた





風雪を呼ぶ風の中

空は果てしなく遠く透き通った青に満たされた

「越後」を破滅に至らそうとした「争い」はココに終わりを告げ

春日山城はその門を大きく開いた

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