その38 月と星 (9)
春日山城,評定所には数少なくとはいえ
一応に鎧直垂に身を包んだ諸将が集められていた
丑三を越え
朝はもう一息のところにきている
ココに残った将達は覚悟を決めた者ばかりだった
「晴景」という守護代に最後まで従った者たちは「主」の決断を待っていた
正面に座る直江は静かに伏せ
他の者達は「ついに来てしまった」最後の「戦」への声を待っている
朝が近づくに連れて冷え込んだ間に
冷たい風と一緒に「晴景」は入った
誰もが伏せた評定の場に。。。。。
「良うしてくれた。。。。各々」
伏せられた諸将の頭にむかいかけられた声は。。。。以外な程に柔らかだった
みな
困惑のまま伏している
あの混乱の三日
信じられないほどに尖った「声」で「戦」を辞さぬと叫んだ。。。
あの声とは違いすぎていた
そんな周りの困惑を察したように晴景は続けた
「面を上げよ。。。忠臣達」
「守護代様。。。。」
顔を上げた者たちの中
一人,二人と驚き零してしまった言葉の前
晴景は普段の着物姿のまま鎮座していた
「戦はしない。。。。和睦を致す」
思い詰めていた家臣達の前どこまでも晴景の声は静かだ
顔から険がとれ
だが
目の前に迫った「妹」を脅威と不抜けたわけでもない
落ち着きのある
かつてこの「越後」を父から「任されたとき」のように静かな中に「信念」を持ち
「越後」に尽くすことを誓うと宣じた
あの時に似ていた
他の諸将には「落ち着きを取り戻した」。。。。
そういう風にしかみえなくとも。。。。
直江には全てが理解できた
「戦」は。。。。「戦」こそが今や父との約束を違える道に進んではまう「過ち」である事を。。。晴景は理解したのだ
「直江。。。オマエ使者として使わす」
そういうと「和睦」の内訳を簡単に話した
「上杉守護」による仲裁
「これは,一つ長尾を分断しいたずらに「越後」に戦火を起こすことまかり成らず」
と
誰もが
安堵の息と
理性的な和睦である事に納得し張りつめていた肩を落とした
この三日の日々は何日。。。いや何年にも匹敵する「緊張という戦い」だったからだ
落とした肩と
疲れた顔に少しのゆるみを晴景はゆっくりと見回した
「みな良うしてくれた。。。ココに残りし忠臣達の事はワシの「責」をもって良しとす」
そういうと
親書を前に出した
「これにて和睦致す」
直江は深く頭を下げた
これは決別
共に「越後」にな尽くす。。。そう近い
共に戦ってきた二人の最後の時に
涙を堪えた目をあげて告げた
「晴景様。。。我が主君。。。最後まで越後に尽くされたこと。。。まことに。。」
声がつまる
そんな直江の肩を晴景が叩く
「これよりもまた。。。さらに。。。オマエに託す」
「はっ。。。。」
直江は胸に抱いた親書に晴景最後の「命」を預かった
広漠とした草野に寂しく。。。細く続く道
海からの風と,山からの風が混じり合い深まる秋の中にあって「気味の悪い暖かさ」に変わった風で定実は夜を眠らぬ者たちが「この日」に跋扈している事を確信する
語らぬ風と
語る風
その中を
無言のまま。。。。心に渦巻く不安を思って進む
春日山の総構えをこえてまっすぐ進む道は,海に向かっている
港に近づくこの道
普段の早暁であるなら人の姿が見えてもいい頃だが
今日は。。。。
いや
柿崎に「恐怖」が現れた時から誰一人として通った者はなかったのだろう
少しの足跡も見えないだけで。。。
忘れ去られたように寂しい道程に変わっている
定実は少しを吐く
やはり寒いのか白く曇る
手を摺り合わせながら
後少し歩けば目指していた者たちを望む事のできる場所を見つめる
それは
この道を介さず
多く軍団を横一文字に向かってくる「脅威」
その頭とは
空前の「戦」を指揮する「鬼神」?または「鬼人」。。。
「春日山はどうなったことかな?」
潮の風を頬に受けながら
少しばかり解れた白髪の向こう。。。。後の春日山に目を向けて問うた
今まで
いや
為景に負け
「戦」から遠ざかって以来,離れたことのなかった山をみながら中西に尋ねた
「ことが解決しているのであれば。。。。直江様が「和睦の書」を持って走ってこられるハズですが。。。。」
中西の回答は段取りを告げる
手はずは整っていると
答えはそれだけで十分だった
定実がココまで歩いた時間が解決の時間だったのだから
春日山の中身で何があったとしても
今やこの距離を縮める術はない。。。。。
あるのは向かってくる結果と
それに対する答えだけだ。。。。。
「姫が,無事であれば良い。。。。それだけを願う」
「無事にありましょう。。。総門を出た時に「与板衆」とすれ違いました。。。あれなる者達は「忍」にございます。。。必ず「代理様」を助け良き結果を持って参りましょう」
中西はおよそ忍らしからぬ事をしゃべった自分に
薄汚れた着物の下で苦笑いを浮かべた
徹底した現実主義者である自分が。。。。。「一縷の希望」を語るのは。。。少なからず恥ずかしかったからだ
だが。。。。
「希望」がなければ。。。。。
今日。。。。
この希望がつながらなければ「春日山」は滅びる
すり切れそうな「糸」をつなげてきた「女達」の希望
それを強く寄り合わせる「男達」の手の中。。。。
最後の仕上げに繋がる道を行く
「ワシは。。。。信じております何も心配などしておりません」
中西は
直江に対する「忠誠心」を己のおかれた現実
そして迎える「真実」と位置づけ
元主に強い口調で続けた
「必ず「和」はなされます。。。守護様のお力を持って「乱」も終わります」
向かってくる風は勢いを増していた
まだ。。。生暖かい潮の香りに微かな「火」の匂いが混じる
「近いな。。。。」
定実は心配で見つめていた春日山から
正面に顔を戻した
「音」が聞こえる。。。。。
多数の足が大地を踏みならす「音」
中西は馬を止めた
まだ目の前にいなくとも大軍の「音」は聞こえてきている
もう
遠くない
「しばしココに。。。。見て参ります」
「いや」
主の身を案じて偵察に出ようとした中西を定実は止めた
「このまま。。。。このまま行こう」
「しかし。。。まだ春日山からは。。。。」
定実は笑った出来るだけ柔らかく
「どうしても会わねば成らぬ。。。。隠れて出方を伺うなど。。。無意味であろう」
心にはもう一つの希望がある
だから駆け引きはせず。。。推し量り定実は思っていた
もし
「春日山の説得」が失敗しているのなら。。。それは「実」の死であるかもしれないし
あるいは「晴景」の死なのかもしれない
ならば
戻れる所などもはやない,己の「命」を惜しむ事もなくなったという事になる
だが
それでも「乱」を止めるとするのならば
「乱」の根本であったとも言える「本人」に隠れる事なく会うこと
「影トラ」
これが為景を越える「器」なのか?
それともただの「鬼」なのか
それを命をとしてもこの目で見なくてはならないという使命
「越後」という国の行く末を見届ける義務
そして
出会った者の「意志」の向こうに何があるかを知ること
その向こうに。。。。あるいはの「希望」かを
「中西。。。。このままワシを「影トラ殿」の前へ」
そういうと腰に差していた刀を大小ともはずした
「オマエに預ける」
困惑
中西は首をふり
その場に控えた
「できません。。。そのような事はワシの一存で出来る事ではありません」
手渡そうとされる刀に手が出せない
「いや。。。オマエには最後まで付き合って貰うぞ。。。。覚悟いたせ」
目に宿る心はきつく中西を見据え震える手に刀を渡した
「さあ。。。参るぞ」
黎明の刻
見渡すどの陣営にも篝火は煌々と輝いている
生暖かい風に手を伸ばし指を何度も動かし絡めてみる
この感覚は。。。
「申し上げます!!これよれ台地をこえれば春日山までは目と鼻の先に!!」
「哨戒はいらない。。。そのまま進め」
私の前
春日山の姿は十分に見える場所に入っていた
真っ黒に染まっていた空は
月の顔に合わせ紫にかわり。。。。。いずれ青色に変わる。。。。ほんの少しの間の時間が近づいている
闇が去り空は。。。
急ぎ足で流れる雲たちの間に。。。。今日はいったい。。。
曇る視界の中
必ず晴れるであろう空
なのに
私の心は間逆に進んでいる
闇から「闇」へ
渦巻いているのは怒りと。。。。。失望
何故。。。。兄上はココまできた私に何も答えてくださらぬ。。。。
何故。。。。母上は同族の血を欲する事をよしとする
何故。。。。私は。。。私の中に「鬼」を持つ
そんなものを産みだし続けた「長尾」という一族に対する「怒り」
私は兜を取った
髪を揺らしゆっくりと馬の歩を進ませる
片手でもっていた兜を投げ落とし
願った
斥候てもいるのならば。。。この眉間を矢で射るがいいと
もはや「とどまらぬ戦」はココまでやってきたのだあとは「御仏」の意志を知りそれを見いだす事だけだ。。。。
風が髪を揺らす
沈んだ目が一点を見つめて。。。。何かがいる事に気がつく
「誰だ。。。。」
私は馬をさらに前に進めた
「それが私の運命を告げに来る」。。。。。そうだと直感して