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その38 月と星 (4)

吹き下ろす風に心も体も揺れる

慣れた馬上に居ながらにして「世」は周り

夜の闇とは違う漆黒の中に灯った「赤い記憶」に

私は汗を。。。。



浮かび上がった視界の中

幼かった私は,小さいながらの手,足に,胴にしっかりと具足を付けていた

覚えている

栃尾に行くときに持たせて下さったあの鎧は。。。母上が作って下さった「飯縄権現」の前立てを頂いた色々威


あの具足は。。。。栃尾の戦の時に。。。。初めて付けた。。。。ハズだったのに。。。。


よく

思い出す

割れそうに響いたあの音の中で見た「夢」はいったい何かと

目を細め

幼子の私はどうしていた?


「血」


艶やかなる具足はさらに派手な「色」を帯びていた



そうだ。。。「血」だ



座した目の前にも。。。。「血」のたまり


流されたばかりの気配を

匂いを

「味」を感じさせるほどの「鮮血の溜まり」



立ち上り揺れる湯気。。。。。

魂出でる

最後の熱を吐き出した「血」の靄の向こう

私は。。。。。笑っていた?



何かを語って



声は私には聞き取る事はできず

波のように響き続ける読経の向こう側に見えた白い棺の中にあった顔を見た瞬間に

闇は綺麗に刀で切り裂かれるように開けた。。。


後は

歩き続けてきた「夜」の真ん中に。。。残されて

「何が。。。。」


私は。。。私が語ろうとした言葉を探して四方を見回した

そこに。。。

もう「夢」の続きがないと解っていても。。。。

そうしなければと



「春日山。。。。」

「夜」が目の前に広がった時

見回した平野の先にあるのは「黒き城」だった

今まで漠然と見続けてきた「進むべき山」の向こう側にある城は大きく不気味に見えた


「父上だった?。。。」


自分に問いただした

息は少し上がっている

もう一度山を見つめた



大きな姿。。。。

城を支える山々の尾根

それは大きな父の肩

どうして。。。。倒れてしまったのか?

どうして父上が死んでしまったのか?

私は。。。。やっぱり覚えていなかった

なのに

「悪夢」は鮮明に事の次第を映してくれた


白い棺の中にいたのは


頭を抑えた

読経の真ん中に眠っていた人は

硬そうな髭も櫛(髪)も真っ白で

でもただの老いた武人という顔ではなかった

「戦」を駆け抜けた数多の傷

治世に尽力した数多の皺


この人は。。。。

きっと。。。いや絶対



「父上」


わかった

でも

何度も頭を振った

記憶を転がし色々な角度で見直したいのもあるが

そうじゃない


「私が父上を。。。。」


あの闇の中にあった「鮮血の溜まり」。。。。あれはきっと。。。そうなんだ。。。。


「トラ!!!」


恐れとふるえで行軍を止めてしまった私の膝をジンが揺さぶった

闇が消えて最初に見えたジンの姿

顔を私は殴り倒していた

ふいに叩かれた顎を抑えながら

ジンは血を飛ばして大きな声で


「トラ!!しっかりしろ!!」



何を覗き込んでいる

私の動揺を抑えようとするジンの目が。。。。何かを探しているように見えた




「ジン。。。。。聞きたい事がある」


行軍の真ん前を歩く私が「何かに」同様しているなどと知られたくない。。。

その気持ちが

心を少し落ち着けた

目の前「心配」という顔の中に「何か」を隠しているジンに問うた



「父上が亡くなった日。。。私は何をしていた?」


闇の世の下

進軍する軍団との距離は大きく離れていた

ジンと私。。。。ただ二人だけ


「父上。。?親方様(為景)が亡くなられた日の事か」

「そうだ」


月のない空の下

ジンの顔を凝視した


「トラは葬儀のために春日山に戻っただろ」


口元

目元の動きに「何か」を探そうとする私


「春日山に。。。。戻った?」


覚えていない

そんな記憶はない

私はずっと。。。ずっと。。。元服するまで春日山に戻った事などない。。。

だけど。。。

じゃあ父上が亡くなった前後の事を覚えているか?と言えば何もない



なんで。。。。途切れている?




「あれは。。。。私?」

「あれは「僕」だ!!」


頭の内側を殴打するような痛みと共に「あの声」が響いた

闇ではない

この夜の下に彼の声が私を呼ぶ


「戦え!!!」


割れんばかりの声が。。。。体全体に響き

私は悲鳴を上げた





「夢を見て下さい」




母の声。。。。

頭を抑えながら思いだした「元服」で城に戻った日に母は。。。。そう言った

「夢を見ろ」と

これなのか


この「真実」を思い出せと言う事だったのか?


父を殺した事を。。。


「トラ!!」


目眩で馬からおちそうになった私をジンが支えていた

「私が父上を殺したんだな。。。。」

「違う!!!」


ジンは私を馬から引きずり下ろした

引っ張られるまま降りた私はそのまま大地にへたり込んだ

「本当の事を言え!!!何を隠している!!」

「何も隠してない。。。。というか。。。あの日の事はオレにもわからないんだよ」

ジンは私の肩を掴まえて続けた


「オレにもわからないんだよ。。。。」

私は必死だった

この「夢」というものの中身がわからなければ。。。。。

気が狂ってしまいそうだった


激高

高まった自分の心に

ジンが答えてくれない事に


「ああああ」



肩を支えていたジンを殴りつけた

声が何度もこだまする

この頭をかち割らんばかりの「邪」の心は声高く私に言う

何度も



「戦え」

それは。。。。御仏の声ではなかったのか!!!


「戦え」


それは私の心に巣くう「欲」だったのか!!


無邪気な子供の姿のままでいるのは

無知の欲であるのか!!


何度もジンを殴りつけた



「言え!!私はあの日何をした!!私は父上を」

「違う!!!」

「何が違うか!!!」


天を仰ぎ

こぼれる涙のまま

泣き叫んだ



「争いにまみれた私の「しん」は無邪気なままに人の死を望む!!「邪気」だっんだろ!!だから今もまた「兄」を殺そうと」


「違う!!!」

ジンの手が私の頬を張った

それは

たいして力の入っていない蚊を打つようなものだったが

私の目にはジンの涙が。。。。



「違う。。。絶対に。。。オマエが親方様を討つような事,絶対にない」


ジン。。。。。


「心はそれを隠せない。。。。繰り返し私に言う」


はね除けられた手をもう一度強い力で私の肩を掴み




「あんなヤツに心を揺らされるな!!!」



誰に?


「オマエは長尾影トラ!!他の何者でもないだろう!!見知らぬ「心」に揺らされるな!!」


私の中の「誰」だと?





「影トラ様!!!」


進軍の前線を歩く私が止まった事に気がついた「実乃じつの」が異変を感じたか走り寄ってくるのが見えた


我に返った

そうだ今はまだ進軍の真ん中にあった

私は掴まれていた手を解こうとしたがジンはそのまま私を山に。。。。春日山に向けて怒鳴った


「あそこに答えがある!!!今は進むしかないだろ!!違うか?」


目の前に近づいていた春日の山

ココで逃げる事も

迷う事も


今更できるわけない



「答え。。。か」


そうだ

ココまできたのならば

己の目で耳でそれを知る事ができるハズだ


自らで歩くことを恐れるからこそ。。。。声に怯えた



「影トラ様!!!如何なされましたかぁ!!」


実乃の声はすぐ近くにまできていた

ジンはその場に控えた


「どうなさいましたか?」


私はゆっくりと立ち上がり春日山を睨みながら答えた

「何もない。。。。。月が見えてきたな」

身を正しゆっくりと

実乃に顔を見せぬように


分厚い雲と雨の残した闇の中にあった大地にうっすらと顔を出した月を指さしてみせた


「陣江。。。。」


私に近づいた実乃は

足下に顔を腫らし血を吐いたまま座り込んでいるジンの顔に驚いた

「どうなって。。」

「申し訳ありません!!」


答える気のない私の後ろでジンは言い訳を始めた

「行軍中でありますのに。。。その手水(便所)に出たいとオレが言うたので。。。当然の事ながら。。。お叱りをうけたしょぞんにございます。。。。はい。。」


私の方とジンの顔を交互に見ながら実乃こは困惑している様子だった

私は怒りを抑えながらも

熱くなったままの声で告げた



「下がらせよ。。。ココよりは一人で前を行く」


心との戦い

色々なものに押しつぶされそうな私は自分の胸を叩きながら誓った

同時に

ジンが何かを隠している事が棘となり。。。。許せなかった






「陣江。。。影トラ様に何があった?」


ジンはトラから引き離され実乃の陣に留め置かれた

血反吐で赤く染まっていた顔に実乃から手ぬぐいを投げ渡されて聞かれた


「何かあったのであろう?」

「わかりません」

ジンは口元に溜まった血を吐き出しながら小さく答えた

行軍する軍団の中

多くの音で声は紛れるのに実乃は顔を近づけて聞き返した



「高ぶっておられるのか?」

「わかりません」


繰り返し

頭を下げながら

そんな陣江の襟を掴まえて実乃は少し怒って聞いた


「大事な時ぞ。。。わからぬでは困る」

「じゃあ。。。。まずオレに教えてください!!」


実乃に引っ張り上げられたジンは泣いていた

泣きながら実乃に問い続けた



「親方様が。。。。お亡くなりになられた日に。。。いったい何があったんですか?」


涙の目を尖らせたジンの質問に

おもわず実乃が掴まえていた襟を離してしまった


怯む実乃をジンは逃がさなかった

「実乃様!!何かあったんですね」

実乃の反応にジンは敏感に動き今度は逆に詰め寄った

実際

ジンはあの日の事を。。。いやあの日の後の春日山でトラに何があったかを知らなかった


「親方様が亡くなった時。。。。越後は。。。春日山は葬儀に「具足」を纏わねばならぬような日が続きました。。。オレも寺でその様子だけは見ています!!」



親方。。。。為景が死んだ日

春日山は騒然としていた

最後の戦に負けて以来,調子を悪くした為景は二度立ち上がる事はできなかった

その頃,越後には不穏な空気が流れていたが

寺に入った「トラ」は外を見ようとはしなかった

「父」の事「母」の事「兄」の事

どんなに噂が流れてもあえて耳を塞いでいたかのようだったが


使者が「親方逝去」の知らせを持ってきたときには。。。。



「春日山から葬儀に参列をという使者が来たときから。。。。戻ってくるまでの間に「何が」あったんですか?。。。。ホントはトラが親方様を」

「陣江。。。。声を静かに!!」


実乃は離れてしまった体を近づけて陣江の口を塞いだ


「馬鹿な事を申すな」


そう窘めながらも

目には焦りがあった


「あの日。。。。実乃様は春日山におられましたハズ」

「陣江。。。影トラ様はその事で何かオマエに言うたか?」


ジンの質問をなぎ倒し実乃が質問を返した


「だから。。。わからないから苦しんで。。。。自分が親方様を殺し」

危険な言葉に実乃は素早く陣江の口をまた塞いだ

塞いだまま首をふり

静かに答えた


「そんな事があれば。。。これほどに諸侯が付き従うものか。。。」


わかりやすい回答だった

陣は自分がトラの事で焦り動転していた事に少し落ち着きを取り戻した

そんな大胆な出来事があれば。。。。

確かにと頭を抑えた


「でもトラはその事で。。。」

「影トラ様がその事で悩んでいるのか?」

「多分。。。だからあの日の事をオレに教えてください」


もう一度,実乃の襟に掴みかかってしまっていた手に実乃は言葉なく「離せ」と叩いた

「オマエが知ってどうする?」

一度は焦りを顔に出してしまった実乃だったが

今ココで「優先」されるべき事をよく知っていた



「オレがそんな事はなかったと話しを」

実乃の目は止まらぬ軍団の士気を維持するためにも「黙れ」と睨む


「実乃様。。。。。トラは「あの日の事がわからずに」苦しんで。。。」

「今。。。。ココでそれを知っても何もかわらん。。。。変わってもらっては我らが困るだけ」

「そんな。。。。親方様の事が誤りならば何も」


「黙るんだ陣江。。。。オマエは影トラ様と話しをしたのなら知っているハズだ。。何故詰まらぬ事を蒸し返す」

「それは。。。」



ジンは我に返った

実乃は何かを知っている「あの日」の何かを

だけど影トラの「何か」を知らない

それは


言ってはイケナイ事。。。。。




ジンは崩れた苦しみで一杯になっていた

トラの近くにいて苦しみを分かつ

いや

できれば「戦」という苦しみからトラを解き放したい

なのに行き場を無くした「嗚咽」が漏れた



大地に手を叩きつけ

行軍というさなかどこにも響かす事の出来ない「いっぱいの想い」を


「自分たちのためだけにトラに苦みに。。。何もできないなんて。。。」

「陣江。。。」


「止めればよかった。。。柿崎様の城に。。。いれば。。。」

いままで

ココまでの道程の間トラはずっと苦しんでいた

「進む」と決めた己の道であったとしても「合い噛む肉親」との戦いに

何歩も進んでも血を吐くように苦しんで


「陣江!!」


男泣きになっていたジンの首を実乃は掴まえた


「オレは。。なのにオレは「進めと」。。。春日山に答えがあると。。。。」


本当はそんな事は言いたくなかった

むしろ

春日山になど向かわず「和睦」を待てば良かったと思っていたジンにとって

柿崎の城からの進軍は。。。。

トラの首を締め続ける。。。。真綿の鎖だった



不器用で

まだ「逆らう」という仕方さえわからないジンはうつ伏せそうになっていたが

その首を腕でつかんだまま実乃は言った




「思うさま。。。ワシを恨め。。。それで今は許せ」


そんな言葉ではどうにもならない苦しみがジンの中でいっぱいになっていたが

今はただ

実乃の前で。。。。声を殺して泣くことしかできなかった

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