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その38 月と星 (3)

定実と麻が総構えの門で,水丸と対峙していた頃


実は品の一族に守られながら登城の道を進んでいた

一行は「天室光育てんしつこういく」の弟子の二人を加え,馬の早駆けにあわせての強行軍であったが

道筋は城道でありながらも「急な坂」

各所に篝火が立てられ足下を見失う事はなくとも。。。。「難攻不落」を唄う大きな坂道は

共をする全ての者の息を上げていた


だが当座考えていたほどの「人的」障害は無くなり

難関は自然の要害だけとなっていた


「登城願い」を持つ光育と

今や瀕死の春日山のありように,不安を隠せない衛視達は

上杉守護の威光の前に逆らうことはなく


「御仲裁である」という言葉に「戦」が止まるのではという淡い希望に縋り


各門衛達は二の句もなく門を開けていった

逐一門前での「問答」がなくなった事で一行の足取りは速かった




「代理様(実)のお声は必ず届きます。。。あせる事なく対処なさる事です」


馬に乗る実のとなりを

早駆けに合わせてとても「老人」とは思えぬ膂力で進む光育が,市女笠の中,眉間に不安を募らせていた上杉「代理(実)」に話しかけた


「その事は。。。もう覚悟ができております。。。この命に替えても止めてみせます」


墨染めの着物の下,光育の衰えを知らぬとも思える体は力強く

実の横に付きながら

覚悟を確かめたと頷いた



「虎御前様の事もご心配なさらず。。。愚僧も命を賭けてお止めいたします故に」


「お願い致します」


夜はまだ深く

丑を回ったばかりの頃の道

実城(本丸屋敷)を目指す一行の前にはまだ大きな坂道が控えていた

暗闇続く石畳

馬でも足を痛めそうな道にさしかかり,実達は坂の上までを歩く事にした

馬を降り手綱を曳き

それでも逸る心の力で早足で


吹き下ろす風という苦難に立ち向かいながら



二の丸の門前まで上がった時


「見えまする。。。」

門衛に「登城願い」を見せに走った光育の弟子達の後ろ

少ない休息を取り

息を整えるために空を眺めていた実に

走る疲れを見せぬようにしていた品が

吹き出した汗を拭いながら,闇夜の裾野に広がる「篝火」を指して言った


「影トラの火」



暗闇の海原を這うように「鬼火」は確実に近づいていた


「光育様」


共に隣で息をついていた光育に実は遠い目をしながら

迫る火を見つめながら聞いた



「我らの力で晴景と御前が止まったとして。。。。影トラは止まるのでしょうか?」


自らの着物の袖で顔を拭っていた光育も,闇に揺れる灯を実ながら答えた


「そのために「越後様(定実)」が向かわれたのです」

光育の答えは「お定まり」の回答に聞こえた

だからか

市女笠を上げ顔を露わにした実は

「ココまでやってきた」思いのような弾みで光育の前に座り聞いた



「晴景や御前には「一つの顔」しかみられないのに。。。。影トラには何か底知れぬ二つの顔があうるように思えるのです。。。ですから影トラだけは。。。止められぬような気が強いならぬのです」


それは抽象的で

ぼやけた印象を述べたに過ぎなかったが

光育の眉間には深い剣を素早く作った

だが

夜の闇にそれはうまく隠されれ,実の目には入らず


「大丈夫です。。。。戦に赴く緊張が顔色を変える事はあったとしても。。「心」まで変わってしまう事はありません」


光育は問答はせず

ただ目の前の困難に向かう事に意識を向けさせた

答えたくはない

今答えてはいけないという意志が働いていたか,顔を強張らせてしまった事を隠した


二人が少しの質疑をしている間に

二の門も速やかに開城され

休息を取った一行は足早に進み出した


進むことに集中しているかのように「答え」を濁らせた光育を見ながら

実の心の中には。。。。あの時の事が

何故か急を要しているこの時に蘇っていた



向かってくる者


決して背かぬ視線で前にくる者


それが「影トラ」であると思えば思うほどに。。。。蘇る記憶



謹賀の祝で会った時の影トラは「黒滝」の仕置きの件で晴景と揉めた

あの時に見た顔は。。。。その「力」は

十分に実を驚かせるものであり


今,蘇る不安の一つにもなっていた


怯まぬ己の「義」に「怒り」を相乗させたまま突き進んできた姿は尋常な者とは思えなかった

険の立った揺れる「怒り」

「悪」を滅ぼすために,根こそぎそれを葬る事を良しと「喜ぶ」者


父である為景がもっていた「戦」に向かう「力」とは違う「力」


言えば「母,虎御前」の持つ「怒り」にも似ているが。。。。そういう安直なものとも言い切れない「闇」を持っていた



「何か」に突き動かされた「怒り」は

「直江」や「柿崎」の仲裁で「我に返ったよう」にもとに戻ったようにも見えていた。。。。。


晴景が罵るように吐き出した言葉


「戦好き」という言もあながち間違ってはおらず

本当に「戦」に取り憑かれているのか?とさえ思えたのだ

それこそ。。。色々と噂のあった「童」。。。「鬼」にと。。。。


なのに

雪かきをしていた時の

偶然開けてしまった戸の前にあった顔は。。。。あまりに無邪気で

年に見合った笑顔

女の持つ柔らかさも十分に備えた顔で


声もまた柔らかなものに「変わって」いた


だからなのか

まるで一人の人なのに「別の人」のように見えた



「本城の門!!見えました!!」


馬上でふさぎ込んでいた実の姿に

不安を蹴飛ばす喝をいれるような大きな声で品が叫んだ

実城の門は黒く大きな構えの中に「狂気」を潜ませている

守りは堅そうだが

中身に刃を潜ませている状態だ


二の門から共に走ってきていた衛視たちが本城の門を守る者達の元に走っていった


門はきっとすぐにでも開かれる事だろう

「虎御前」が動く前に事に片を付けなくては成らない

目前にせまった「対峙」に

実の「疑問」の中に彷徨っていた意識は「影トラ」から離れ



晴景を止める事に戻った


「みな心して入城せよ。。。。我らの勤めは「止めること」無用な「戦」を止めることである」


「止めましょう!!!必ず!!」


主の覚悟に品一族は強く頷いた

一行は開けられた門の向こうに走っていった





「二つの顔。。。。。」


一行に付き従い

遅れ無き早さで走りながら光育は,実から発された言葉を小声で復唱していた


春日山を取り巻く状況は一刻を争うものとなっている今。。。。

無用な心配を増やさぬために実の質疑には答えなかったが。。。。

守護の妻「実」が。。たった一度「影トラ」と会見しただけで「感じた」印象というものには



身に覚えがあったからだ


「トラは。。。「あの時」のようになっているのでありましょうか?」

師の顔に映される「懐疑」に敏感に反応したのは宗門の弟子「彦一ひこいち」であった

面長で良く焼けた黒い顔

長身で体躯に優れた彼もかつて「虎御前」の下そうとした斬首から救われた一人だった


十分に事を気遣った声は小さく光育に耳打ちした


「もしそうならば。。。止められるのでしょうか?」


弟子の声は小さかったがそれでも注意を促し,口に指を当て「沈黙」と諭すと光育は答えた



「どんな事であっても我らは「止める事」に終始せねばならぬ。。。。その事は越後様にお任せしたのだから。。我らは我らの仕事をせねば成らぬ」

沈黙を守れ

その指示を良く理解しながらも彦一は返事した


「越後様は「あの時」の事。。。。ご存じなのでありましようか?」

自ら沈黙を模範した光育は声なく首を振った


「では」

光育はもう一度指を口に当て

声を高めてしまいそうだった彦一を諭しながら答えた


「それを知らせたら何か別の解決法を出すことが出来たわけではあるまい。。。今は。。。今のトラを信じねばならん」


師の答えに彦一は苦渋ながらも沈黙を守った




光育は走りながらも「あの時」の事を少しだけ思いだしてみていた

もしもの「解決法」があるかもしれない

不安を少しでも一掃させる何かがあるかもしれないと


だが

それは思い起こすにも「恐ろしい」事だった




為景の死の日。。。。。


それは蘇った「狂気」だった


「今は。。。今を生きているトラを信じよう。。何かの時には。。。ジンも共にいよう」


解決のなかった一つの「問題」を抱えたまま光育は己を律するように言うと

同じようにあの日の「闇」を思いだしていた彦一の肩を叩いた


「まず,目前にある事に望もう」


光育達は実たちの後に遅れることなく従い屋敷に向かっていった







何度も。。。。手を握り返す

馬の背に寄りかかって眠るような事はなかった

城が近づけば。。。。近づくほどに私の心は激しく波立ち始めていた


「ジン。。。。。」



私は行軍の先頭に立っていた

誰も

何人も私の前を歩かせるような事はしなかった



これは

私し「長尾影トラ」の「戦」なのだ

私が「戻らぬと決めた戦」なのだから

真ん前にたって「戦」の口火を切るのは私でなくてはならない

その行軍の中

私の馬の手綱を曳いていたジンに声を掛けた


「前に。。。。。こんな事はなかったか?」


私の問いにジンは少し考えて返事した


「前って?前の「戦」の事か?」

「違う!」


私の質問に間を持ったジンが何かを隠しているように感じた

春日山は。。。だんだん近づき

大きな影が目の前に。。。。


「私は前に春日山での「戦」を見ている気がする」

「城攻めは山に向かって行く事から始まる。。よく似ているからだろ」



今度は間髪入れずにジンは答えた

「ジン。。。。何か違うんだ」

私の目は虚ろになり始めていた

「ジン。。。私は春日山にいたときの事をあまり覚えていない。。。ハズなんだ」

ただ

ひたすら山を睨みながら

私は初めて「曖昧」である自分幼少の事についてジンに話し始めた


「トラ。。。。今,そんな事を思い出す必要なんてない」


ジンの声はすでに遠くに聞こえていた

「何で!!!何で私は!!!」






「私はココにおります」



頭が揺らいだ

苛立ちで隠し事を持っていそうなジンを叱咤しようとした瞬間

目の前が暗くなった

「私はココに?」


頭の中に響いた声は。。。。まぎれもなく。。。私の声だった


「オマエは。。。。」



次第に闇に消されていく目の前の景色と,入れ替わる情景

そこは

どこかで見たことのある部屋の中

多くの影の真ん中に


「私?」


そこには「飯縄権現いいづなごんげん」の兜をつけた私が。。。。幼い私が座っている

「何だ」

頭を振り

抑える

「黒滝」の時にも「鬼の悪夢」は見えた

それは眠ることのない時に現れた


今もまた私は眠っていないのに。。。。。。「黒い意識」の中に入っている

手に触れる事が出来そうなほどに

実際に目の前に部屋の襖を感じられるほどに近い。。。。「夢」なのか?


目を覚まそうと頬を張ってみるが。。。。。



「私はこの国を守る者なのです」


いよいよ鮮明になった幼い私の顔は。。。。「血」を帯びていた

そのまま口元を笑わし続ける


「修羅の国の者も従えましょう」


ざわめき

小さな私の前には何者「男」の姿が見える

みな一応に「具足」を身につけている


私は声を出して幼い己に声をかけるが

彼らには私は見えもしないのか

誰一人振り向きもしない


小さな私は誰かに話しかけている



相手はワカラナイ

キリキリとただ頭が痛む

画面は揺れ

目の見える幼い私の居場所が歪んで行く中。。。。


見覚えのある手が。。。。

幼子の私の肩を抱く




「為景様の後を継ぐのは。。。。。虎千代なり」


その手は。。。。

前に進もうとする私の体の中に大きく「鐘の音」が響き

読経が聞こえる

耳が壊れてしまいそうな音に膝が崩れた


苦しむ私の姿を見る

虎千代は。。。。笑った



「我こそが」



何!!!

何!!!

音が溢れ私の耳を塞いで行く

彼はただ笑い遠く離れて行く


波のように見えた影は。。。。。幾重にも並ぶ「僧」に変わり

経が続く

白木でつくられた「棺」

私は間を縫って前に進んで行く



見てはイケナイ。。。。見てはイケナイと思いながらも前に前に

その棺には。。。。。




闇は裂け終わり

呆然とする私の前には春日の山と

ジンがいた


「トラ?」


「ジン。。。。。」



汗より何よりも

またも一瞬だった「悪夢」の中で私は「何か」を見てしまった

そんな私の呆けた顔にジンが話しかけているのが小うるさく聞こえた

「どうした?。。。。体が辛いのか?」

心配している顔の向こうに。。。。。

今まで隠していたものが私には見えた。。。きっと。。。。



ジンは知っていんだ。。。

きっと知っていたんだと


私の心は怒りに揺れ始め

自らの意志で「黒い意識」を呼ぼうとし始めていた

「トラ!」


覗き込むジンの顔を拳ではね上げた






「私が。。。父上を殺した?」

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