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その38 月と星 (2)

夜の頂点である時を過ぎた時刻の中にあった

深い闇の中

月は。。。。「何かを」隠す為なのか輝きを決して見せようとはしなかった

そんな静寂が支配の色を濃くするときにありながらも

上杉の邸内は誰一人として眠らず「主」の出陣のために慌ただしく活動していた



いつもなら,名ばかりで囚われの身になっている守護の屋敷で「喧噪」を伴う動きがなどあれば


「これ謀反」ではと


すぐに「守護代」からの手入れでもありそうなものだが

最早そんな「多少の音」など誰も気にもとめなかった


「影トラ軍」が春日山から見える所まで来た事により,城内の騒がしさはそれを大きく上回り

これこそ

「虎御前」のもくろみ通り

春日山に大きな「隙」を作った


夜を休まぬ「声」はそこかしこに響き

実の心も波のように揺らいでいた



城道とはいえ

暗い山道を輿に乗るのは危険と判断し

馬に乗り登城する事になったため

侍従の者たち「品」の一族達は慌ただしく支度に走っている


その中

一刻前には闇の空に向けて燃えあがっていた炎のある場所

消し止められ少なくなった火の手の向こうにある「実城(本丸屋敷)」を実は見つめていた


先ほどまでは。。。。轟音の中に屋敷の崩れ落ちる音も聞こえていた

火に炙られきしみ崩れ落ちる音は。。。。不気味で心の底に響く程に「恐怖」を煽った

そのせいか?

色々な思いが。。。頭の中を目間ぐるしく駆け回り

同じように崩れ

そして

現実に。。。。。


この難局を打破するために自分たちの過去と「因縁」も巡り

一度は心身共に崩れ

目を回しそうな

心を折って屈してしまいそうな状況から。。。


一縷の光明に。。。。



でも

それが本当に「救いになるのか」というのには。。。。

山の向こうに行く暗く険しい道程のように。。。。実には遠く感じられてならなかった

それは

一同の決意

一人ではないという強い絆の中にあっても


ふるえの止まらぬ手が物語っていた



「姫よ」


怯えて小さくなっていた背中に,定実は馬上から声をかけた

振り返った妻に市女笠いちめがさを渡しながら


「われらも。。大切であった「想い」を一つ捨てて前に進む。。。。晴景殿もまた。。。「捨てねばならぬ物」がある。。。わかるな」


手渡された笠をかぶり顎紐を結びながら実は頷いた


「良い。。。そんな事はきっと晴景殿の方がわかっている事だからの。。。」


「それで治まりましょうか?」

不安は何度

同じ事を念を押すように聞く


「それは最後の結論じゃが。。。大丈夫,必ずそなたの願いは叶う」


そう言うと屋敷の表門に馬を向けた

門前には既に「あさ」が支度を調え待っていた

ココに来たときには色々な誹謗に押しつぶされてしまいそうなほど,か細かった麻は。。。

体こそ細くなっていたが心には硬へし折ることの出来ない強さを宿していた

それは

実の目から見ても逞しく愛する者のために「戦う事」に目を向けている


「麻殿も戦ってココに来た。。。そなたも戦ってあの子の元に行け」


「はい」

進む支度の中

一人「不安」に身を任せて良いわけがない

ましてや

愛するわが子の「命」が掛かっている。。。「守る戦い」

決意を宿した目でもう一度夫に頷いて見せた



「では先に行く。。。ワシが出た後。。。。。頼むぞ」


「お任せ下さい」

実の隣に控えた「品」は力強く返事く答えた



時はまだ。。。暗い夜の盛り

風の中に燃えた木の匂い

山裾の屋敷の中に流れ込んでいる



「よく抑えられものだ」


表門を出たところ

付きそう光育こういくに定実は,燻る炎が未だ見え隠れする春日山に目を向けたまま


「直江殿が春日山に詰めていた事が救いにございました」

「しかしこの火でその手も届かぬところが出来てしまっている。。。。」


目前に迫った「影トラ軍」に対処の戦術も確立していないこの城がいつ。。。中身から壊れてしまっても不思議ではない中での「火事」

それでも,騒ぎが起これども「暴動」にならずにいられるのは。。。まさに「直江」の手腕が働いているからと言えた

だが

同時に「火事」からの崩壊を留めるために使った人手により

春日山に巣くう「凶刃」には手が回らなくなってきていた



「城内の隙は大きくなりました」


光育の顔は曇った


「だがな,おかげで我らも動く事が出来る」


そう言うと定実は光育の近くに体を曲げて顔を近づけた

「光育。。。「影トラ殿」は御仏に選ばれし者。。。と,そちは言うたな」

不意の守護の問いに

返事はない

ただ言葉に頷く



「御仏は。。。「どちらの見地で」この「戦」を見るであろうか?そこに慈悲はあるのであろか?」



光育は答えられなかった

定実は馬の歩を進めるため手綱を曳き,体を元の位置に正しながら続けた


「今考えても詮無きことか。。。「影トラ殿」だけがココに向かって来ているわけではないのだから。。。全てを満たす答えを出さねば成らぬわけだ」


「虎御前様の事はお任せ下さい」

重い声

覚悟とは違う思案を含んだ光育の返事


「そうよな。。。門が開けども,晴景殿が止まらねばどうにもならん。。。。光育。。。御前は元より。。。姫の事も頼むぞ」


そういうと

馬の足よりも先に前に進み歩いて行く「麻」の元に駆けていった






総構えの正面に位置する門

春日山城の城下のもっとも大きな門の周りは

実城山腹に挙がった「炎」の沈下を見守りながらも騒がしく雑兵たちが行き来していた


その中

心を泡立たせながらも,課された責務に忠実に働いていた「水丸」の元に落ち着きのない兵が報告を持って上がってきた



「水丸様。。。」


火事から向こう情報を集めつつも

惣門の警備維持に専念していた水丸の前。。。困った表情で男は止まってしまった

美男で名高い主の顔に「焦り」が浮かび上がり

いつになく険しい目になってはいたが

こぼれた髪の姿は「女」を思い浮かべるほどに美しかったからだ


そんな目を丸くしたままの男に

水丸は枯れた声で報告しろと促した


「なんだ?」


切れ長の目が睨む

雑兵は思い出したように答えた


「門前に。。。「守護様」が,いらしてまして。。。」


水丸は顔に懸かった髪を掻き上げながら聞いた

「守護様?上杉様か?」

「へえ」


あいかわらず呆けた返答をする男を押しのけ水丸は門の下を見た


「火事騒ぎ」で騒がしかった門の前は確かに静かになっていた

みな一応に伏し守護の登場に驚いている様子は異常にも感じられた

「前方の見張りを怠るな」

律したように指示を飛ばすと

水丸は細い梯子を駆け下り


目の前馬上の人物をじっくりと見た



代理様(実)ではない。。。。

越後守護である上杉定実を見るのは誰もが久しぶりの事である

あまりに久しい人物なので訳のわからぬ輩が最初は突っかかってしまったようだったが

何人かに押さえ込まれたようだ

馬の隣には「守護代妻「麻」」の姿も見えた事もあり

多くの雑兵は伏せて動けなくなっていた



「失礼致します。越後様であられますか?」


門前馬上に顔も隠さぬままの白髪の老人に

水丸は立ったまま頭を下げて聞いた

篝火の下に映し出されただけではも来や「懐かしい人」になっている守護を思い出す事が出来なかったからだ



「うむ「越後」である。。。。久しいの,晴景殿近習。。「水丸」」


落ち着いた返答

威厳のある声

その昔まだ「小姓」だった頃に聞いた声と変わりない事に,水丸は相手が正真正銘の「守護」である事を確信しながらも毅然とした態度を崩さず聞いた


「このような時に。。。何用にありましょうか?」

「うむ。。守護代殿の頼みでな。。この「麻殿」をココより出た向こうの寺にお届けしようと思うてな」


水丸は視線を廻らす

守護の馬の隣。。旅装束に着替えた「麻」とお付きの侍女たち


「申し訳ありませんが。。。。門を開けることはできません」

「いいえ。。開けて頂きます」


控えて断りを入れた水丸の言葉が終わらぬ内に

彼の視線に目を合わせた麻は答えた


わたくし。。。守護代妻,麻は夫より「手形」を頂いております。。。ですから」

「いいえ。。。今はもう通行を許してはおりません」


水丸の苛立ちは麻の

それでも振り絞った勇気の声を絶った



「今。。。春日山がどのうな状態にあるか?わかっておられると思いますが?あまりに無知ではありませんか?」


勢い棘の言葉は飛び出し

そのまま

麻に向かって暴言を吐いた

それで下がって暮れるのなら

この「非常」の事態を早く収拾できる。。。そのぐらいに思って


ところが

麻は前にでた

怯むことなく

自分より頭一つ以上身の丈の高い男。。。水丸の真ん前に立ち


「開けて下さい。。。。私のために。。。あの方をお救いするために」

「できません」


水丸は最早目上の「女人にょしょうである麻に頭を下げようともしなかった

それどころか話しの腰をへし折ったまま手下達に手で「持ち場に戻れ」と合図をしながら

細い肩を強く押した



「上杉様の屋敷に戻ってください。。。いったい何をしようとしているのですか?これ以上「殿」に迷惑をおかけなさるのか?」

冷たい声に目は見下すように

麻は押されてその場に崩れるように伏した



「戦はもう始まっております」

「まだ止められます」


守護と話しをつけようと前に出た水丸の足を麻が引き




そのまま伏して懇願した


「同じあの方を「慕うた」貴方にならわかるハズです。。。こんな「戦」であの方を失いたくないのです。。。生きてほしいのです」


水丸の目は彷徨った

一瞬「麻」が何を頼んでいるのかがわからなかったが

「救い」を「あの方」にという真実に


麻の言葉に。。。顔を見返す事が出来なくなっていた

だが

「戦を止める?そんな事できるハズが。。。。」

「出来ます!!守護様が和睦の使者となって下さるのです」


二人のやりとりを黙して見つめる定実に気がついた水丸は手を大きくふって「否定」した

「そんな事を殿は。。。晴景様は必要とはしておられません!!我らは共に戦い。。。共に」



「共に死ねれば。。貴方の愛は満たされるのですか?」


刺さる言葉

水丸は具足の真ん中を手で押さえた

何かに射抜かれたように心の蔵は痛んだ

「わたしは。。。武士もののふで。。。」

吐き出す息の間を苦しげにこぼれる言葉



「例えそうだとして。。共に死ぬことが貴方の愛ならば。。。共にでなくとも「生きて下さること」を願うのが私の愛なのです」



「そんな事は。。。」

高まった感情で勢いよく引かれた足をふりほどいた水丸の前に麻は「手形」を差し出した

「殿と共に死ねるのならば。。。」

ならばの続きが。。。でない

本当の心が言わせない

言えるわけもない


強きな態度とは別に

水丸の美しい顔には苦悶が浮かんでいた



「生きて下さい貴方も。。。共に生きて欲しいのです。。。孤独なあの方に末永く仕えて欲しいのです。。。そのために私の全てを差し出しますから。。。。どうか門を開けて下さいませ」


震える麻の手から。。。。水丸の元に手形は繋がれた

受け取らざる得なかった


その手紙を開かなければ水丸は顔を隠すことが出来なかった

書状を開き

目を通す





水丸は黙して,手形に目を通して

そして

空を見上げて

あがってしまった呼吸を整えると。。。掠れた声で


「いったい何ができますか?」


「願いを伝えに行くことが出来る」

声なく伏したままの麻に代わり定実が答えた



「それでどうなりますか?」

水丸の声は確かに微かだか湿って揺れて


「わからぬ。。。だが「戦」を止める事を望んでいる」

「そんな事ができましょうか?」



「出来ます」


細い。。。

弱い。。。



願う手は重ねられたまま

空を見上げたままの水丸に向かいながら



「守護様も。。。代理様も。。。光育様も。。。みな,生きてくださる事を望んで「戦って」おります。。。貴方も共に。。。力を貸してください」


「共に。。。。。」


麻の前に。。。。雨が一粒






「開門」


水丸の手が惣門の前に並ぶ雑兵達に向かってあげられた


「越後様(定実)がお出に成られるのに門を開けないなど無礼であろう」

「しゅ。。。守護代様の命(命令)は?」


報告を持って,水丸に付いて回っていた男は驚いて聞き返したが

水丸は毅然としたまま告げた


「越後様は守護代様の頼みよってココを出られる。。。。問題無い「開門」せよ」


指示に手際よく大きな音を立てて門は開かれ始めた

三日間

このまま二度と内側から開かれる事がないであろうと思われた門は大きな音と共に道を開いた



「では。。。。行って参ろう」


開く門の姿に「麻」は泣き崩れいた

侍女たちに支えながら

ついに麻は「綾」との約束を果たした

外に。。。。この危機を打開する和睦という「策」を出した

その主である

定実は水丸に「麻」を守るようにと頼むと,まだ暗い街道に目を向けた

その時


「守護様」


開かれた門の前

整然と並ぶ男達



「与板衆,芝段蔵。以下五十騎。。。。そのまま実城に向かえ」


三日の間を門の前で控え続けた男達に,水丸は悪びれる事なく指示した

段蔵の顔は

かなり卑屈に笑っていたが,今は水丸に食ってかかる時間も惜しい

第一の手である「付け火」が行われてしまった後に控えている手を彼は知っているのだから

素早く馬に乗り手綱を曳いくと

守護,定実に挨拶も早々に駆けだしていった


すれ違う「与板衆」を見ながら定実は

己も時と戦っている事を思いだし馬を進めた

見渡す限りの暗闇の道

定実は少し笑った


「なんとも。。。光を探す道筋は,いと暗きものよな」


自らの従者も何もかもを「実」と「光育」に付けてしまっていた

それでもたいした数でもない

「何。。。真っ直ぐ進めば必ず「影トラ殿」の前に出る事だろう」


そんな気持ちで馬の手綱に力を込めようと見れば

共綱を曳く者の姿が。。。いつのまにいたのか見えた

「お供をさせて頂きます」

聞く前に男は答えた


「誰だ?」

名無しのまま連れて歩く訳にもいかない

見るに

男は背中も逞しい「武士」と思われる

定実は問うた


男は沈黙を守っていたが小足で進む馬と共に併走しながら答えた



「かつては上杉様に仕えておりました。。。。「中西」にございます」

かつて。。。。

まだ力を持っていた上杉が揃えていた「影働き」の者たち「軒猿のきざる」の中にあった懐かしい名前

今は手に無い力

「戦」に負け続け「養う事の出来なくなった者達」

彼らは主を「長尾」に替え

今は「直江」の下に統括されていた


「直江様の命により与力として守護様をお守りいたします」


積もる思いもあったが定実は何も触れなかった


「心強い。。。。わしをあの篝火まで無事に届けよ」

それだけを命じた



深い闇の道

希望の一糸は春日山より放たれた

足早に進む馬の背から春日山に振り返った定実は独り願った



「姫よ。。。。後は頼んだぞ」


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