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その36 運命 (8)

一致団結に事を急ごうとしていた「綾」に冷静さの中に「愛」を取り戻した「麻」は

むしろ慌てずゆっくりとした口調で策を話し始めた


「まずわたくしが昼過ぎに上杉様の元に「下る」事にします」


冷静な口調の麻

「いいえ!私が参りましょう!」

その間さえ惜しくなってしまっているのか

畳から中腰の状態のまま

綾は飛び出してしまいそうな思いをぶつけて言った


自分の言葉を信じ動くことに同意してくれたとはいえ

いままで

弱気でずっと自分の存在を自分で疎んでしまっていた「麻」にそんな大役はこなせないと考えていたからだ

だが

そんな飛び出すほどの綾の動きにも動ぜず

麻は冷静な顔で。。。静かに腰から扇を取り出すと「言葉」が外に漏れてしまうのを防ぐため開き顔を伏せて言った


「いいえ。。。。綾様が城からいなくなってしまったら,それこそ「問題」になってしまいます」

「でも。。。」


逸る心に火を着けている綾に

もっと近くにと麻は目で合図する

先ほど

掴みかかっていた位置まで自ら体を寄せた


「そもそも「手形」を頂いているのは私です。。。私が今から「上杉様」の元に身を寄せたとしても誰にも怪しまれません。。。事を順調に進ませるのでしたら当然の手順です」

それはわかっている

でも自分のいない所で「麻」が上杉様に言い負かされてしまうのではという不安で綾はまたも食ってかかった


「では二人で参りましょう」

「ダメです!」


今まで押していた綾の強気を

麻は手を挙げて「落ち着き」を促すために肩を抱きしめるように続けた



「城から綾様がいなくなってしまったら「守護代様」の権威はどうなります。。。貴女様は「上田長尾」からの。。。今は「人質」の身ともいえる方。。。そんな易々と姿を隠されたら「春日山」の動揺はいかばかりにございましょうや?」



綾はハッと自分が性急になり走り過ぎていた事に気がついた

背を正し

麻の目を見る


さすがに的を射た返答。。。


惣門の閉鎖から向こう

「春日山の番人,直江実綱」直下の侍たちでさえ「守護代」の指示なくして門をくぐることの出来なくなっている現状の中で

「上田長尾家,政景の妻」である綾が城からすんなりと「逃げでられた」などという事になれば

確かに「動揺」を産む事になる


麻の頭は迷いを振り切り明晰に動き始めていた

顔には微塵の迷いもなく

むしろ

美しく律された態度は「守護代の妻」という心構えを実践し,しっかりと現していた


逆に綾は今頃になって

自分「策」が穴だらけで「勢い」でココまでやってきてしまった事に恥ずかしさがこみ上げ

「勢いばかりの言動」で手足を震った姿を思い出して萎縮し肩をすくめた

そんな姿に

麻はゆっくりと微笑んで


「綾様。。。私の事は心配なさらないで。。。。「恥」も全て。。。殿の身を思えば「苦」でもありません」


綾は自分が少しは気に掛け心配していたもう一つの事をしっかりと見透かされて驚いた

「麻様。。。」

恥ずかしさと

沈痛な想い


それは「守護代」の妻たる者が「敵襲」におののき「主(守護代(晴景))」を捨てて自分だけが上杉様の元に「逃げる」という行為にも見られるであろう「策」

だがしかし城を去るというのは事実


「春日山」に残る諸侯の目から見ても「恥」である



夫の元に留まって

共に城にて討ち死にのほうがどれほどに「美しい事」か



「恥」を忍ぶ覚悟を決めてた麻の顔を

綾は見られなかった

持ち込んだ「提案」の安直さにむしろ自分を恥。。。ただ俯くばかりだった

そんな落ち込んでしまった綾の肩を麻は優しく両手で抱いた


「心配なさらないで。。。「恥」と罵られようと晴景様が生きる事の方が。。。私には大切な事なのです。。。それを綾様が気がつかせて下さったのですから。。。綾様もそうでしょう?」

「ええっ。。。」


肩を落とし

涙を落とし

心を震をした綾の思いも一緒だった


この後。。。。

この「戦」の後。。。影トラにしろ晴景にしろ。。。いや「春日山」の総意として「上田」を攻めるなどと言うことになれば


綾は「恥も外聞も捨てて」上田長尾の助命嘆願をするつもりだった

幾筋も涙が頬を流れ下り,畳にこぼれていく

未だ安否のわからない夫。。。。それでも「生きている」と信じる。。。ただ信じる

政景のためにだったら

どんなに頭を下げてもかまわない。。。。。


そういう綾の想いはしっかりと,麻に伝わっていた


「綾様は城に居てくださらぬば。。。私のためにも」

「はい」


俯いたままの綾の耳元に麻は小声で頼んだ

「いざというとき。。虎御前様を止める事ができるのは綾様だけなのですから」


思い出したように綾は顔を上げた


「そうでした」


返事に麻の目が念を押しながら「頼む」

そして遠くを見るように顔を上げ

天井の板目を見つめながら話した


「晴景様は「虎御前様」の中にも「母」を見ておられたのでしょう。。。。だから「人質」などという扱いをなさらなかった。。。その事が今は「危険なこと」に繋がっている」


冷静になった麻の前で

綾はまたも俯きあやまった


「すみません。。。母上を止めるために「春日山」の者をつかえば「酷い争い」に繋がってしまう。。。そんな事は。。。母上をそんな事の中は。。。」


こんな非常事態の中

「虎御前」の野心を「春日山」の誰に告げれば。。。。母を失いかねない事態は用意に起こり避けられない

いろんな

絡みあった思案に板挟みになり苦しみ抜いた末の

「綾」が見つけた最後の「抜け道」

それが麻を動かす事だった


「すみません。。。女の浅知恵しか浮かばず。。麻様ばかりに重荷を」


頭を畳に擦りつけ「足らぬ知恵の策」をさらに伏してあやまろうとした綾の声を

麻は遮った


「いいえ。。。よくぞ私のところに来てくださいました。。。私の役目果たしてみせましょう」



そこまで言うと

襖の向こうに控えていた侍女たちに命じた

「調度などは一切いりません。。着物を少し空箱を並べて山を下る支度を半刻でしなさい」

主の覚悟に侍女たちは手際よく動き出した


宮地みやじは私が上杉様の元に参る事を「殿」に告げてきなさい」


名前を呼ばれた老齢の侍女は

もらい泣きしていた涙を拭いながら

意志強く頷くと部屋を出て行った


力強い指示の後

綾を抱き起こし


「綾様。。。。ココから本当の「戦」にございます。。。共にがんばりましょう」


強く手を握り合わせた

そして「運命」を感じ告げた


「この仕事は私にしかできません。。。必ずや上杉様を。。。いいえ「あの方」を動かしてみせますわ」


綾は稚拙ながらも絞り出された自分の「策」の行く末が「麻」に繋がれたことにただ感謝した





昼を待たず

「守護代奥方「麻」」の春日山からの下山の報(報告)は城内を廻った

だが

「守護代」からの「手形」が発行されている事もあり

予想されるほどの騒ぎはなく

それでも「闇」の中では「誹謗中傷」の言葉が蠢く中での下山が行われた


二の丸の屋敷を自らの足で歩き「大手門」に向かい歩く「麻」の姿に

送る者はほとんどなかった


むしろ

城に残される諸将の「妻女」達の冷たい視線があるだけだった

守護代の妻。。。。。

この春日山の主の「女」は迫る「影トラ軍」に恐れを成し

不仲だった夫との手切れも兼ねて「逃げ出した」


そういうたぐいの言葉が

小さいながらも中傷となって麻の耳には届いていたが

誰にも

お付きの侍女の

誰にも顔色を変えさせる事なく「大手門」をくぐっていった



少ない侍女達を先に歩かせながら

麻は二の丸の向こうに見える「高井楼たかせいろう」に人影を見た


「晴景様。。。。。」


確信していた

自分の出て行く姿をきっと夫は見ていると


山を下ると通達した時にも夫からの「言葉」はなかった

でも

それが今,置かれた立場で出来る夫の最大限の「愛情」だと信じていた



「必ずや貴方様の命を救いましょうや。。。。私が貴方を慕っている事。。。見せてさし上げます」


手渡された直筆の「手形」を懐に。。。

堪忍するように自分の胸に手を置き

強く願いながら真っ直ぐに山を下っていった





「。。。。。それでいい」


高井楼の上

遠く米粒のように見えた「妻」の姿に晴景は誰に言うでもなくこぼした

側に控えた水丸は眉間に皺を寄せたまま尋ねた


「守護代の妻ともあろう方が。。。なんとも見苦しい事であります」


水丸の激した言葉に薄ら笑いを浮かべた晴景は

下りの梯子に向かいながら言った


「つまらぬ女だった。。。足を引っ張られる前に城を出てくれた助かったな」

「。。。はい」


歯牙にも掛けていないという晴景の答えに

水丸は少し戸惑ったように聞いた


「共に死ねとおっしゃれば良かったのです」

「死ぬのか?こんな「戦」で」


水丸は自分がとんでもないことを聞いてしまった事に即座に顔を伏せた


「申し訳ありません!!死ぬなどと。。。「戦」は我らに勝機ありです!!」


慌てた水丸の方に晴景は手を置いて言った


「そうだ。。。。こんな「戦」で死んだら損だ」

「はぁ。。」


降りる側の景色を今一度ゆっくりと見回した晴景は日差しに向かって言った



「共に死ねなどと。。。そんな酷い事が言えるものか。。。。」


秋の日差しは高くとも

刻限は夕闇の時を足早に連れてこようとする

ほんのつかの間の出来事だった

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