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その36 運命 (6)

張りつめた私の想いを

そのまま反映する。。。まだ朝日の射さぬ屋敷の一室

板間は冷たく

十分に心を冷やし

頭の中の煮立っていた迷いを凍らしてゆく



広い部屋の中には私とジン

二人だけ

部屋の前,廊下には控える者たち

屋敷外には私の下知を待つ武士もののふ達。。。。。



戻ることのない「戦」。。。。

それは私が栃尾で言った言葉。。。。


私は合わせた手のまま自分の胸を激しく動かす鼓動を感じていた

体を冷やすこの空間にいながらも

何故?

心を燃やすほどに熱く,高く,胸打つ鼓動

外の彼らに聞こえてしまうのでは。。。。そう思うほどの静けさの中

止まらぬ「激動」


目を閉じたまま

顔を上げ下げしてみる

何度も「夢」を思い出してみた




「戦え!!それがオマエの「責務」だ」



闇の中にいた私の顔

同じ顔を持っていた彼の言葉は。。。。正しい

彼は間違っていない

冷静に

自分の内にあった「騒ぎ」を凍らせる事によってじっくりしっかりと物事を見極められるようになってみれば。。。。

わかる事だ



私は戦わなくてはいけない

そうしなければ

この怒濤の「波」をいつたい誰が止められるのか?


この大きなうねりと

波を起こした私がそこから去ってしまう事など。。。。。絶対に出来ない事だ

みな

「戦乱」を止める力となれなかった「守護代」を責めている

もし

この重責である守護代に責任というものを「正統な方法」でとらせる事が出来る者がいるとするならば。。。。



それが私でなくてはならない事



他の者に「斬られる」ような終わりであってはいけない

「長尾家」のためにも。。。。



目を開ける

私の目の前には

やたろー達がつやにと作った「観音菩薩」があった


静かな目

少し微笑む口元



「これは「静寂」を尊ぶ女神だな。。。。私にはふさわしくない」


本心から思った言葉は

隠したり

遠回しに言う事なくこぼれた


母が信心し深く帰依した仏は

私にも母にも遠い方だ

親子揃って「血なまぐさい」のだから女神に申し訳ないというものだ


この手で責務を果たさねば成らぬとはいえ

血を分けた「兄」に向かうような事は「畜生」の所業だから

申し訳なさか

私は「観音菩薩」を右の棚に移していた



私が祈り帰依するものはまだ見えない。。。。。



小鳥の声が少しずつ耳に届くようになり

障子の向こうも明るくなり始めていた

もう

待つことは出来ない



「ジン。。。。。私は戦うぞ」


閉じていた目を開き

後ろに感じる気配に向かって。。。顔を向けず背中越しに告げた

彼の返事は簡潔で落ち着いている


「わかった」


黎明の時間

目を覚ました私の前にあったのは「怒濤」の軍団の姿だった

夢の中で見た「鬼」ではなく「人」

しかしそれは大いなる力となって

今。。。。私の元に集まっている


「祈れ」


障子を開けた向こうに見えた諸将に

即座に浮かんだ言葉

それだけを告げた


彼らがいったい何に「祈って」この戦に突き進んで来たのか

それはわからない

ただの「私欲」なのか

それとも過去の「怨恨」なのか


色々な「想い」が幾重もの「波紋」を作りそれが波になった

願わくばそれこそが「越後」を思う「波」で合って欲しい

そういう

正しい思いで合って欲しいと信じるために「祈れ」と言った



肩の力を抜き

数珠を回し組んでいた手をほどいた




「私は正々堂々と前を歩き「守護代様」と戦う」



拳に力を

板間を少し叩く



「わかった」


ジンの声は沸々と沸き立ち始めている私の心とは反対に,落ち着いている感じだ

その場で向き直った

目を合わせて


「修羅の道ぞ」


「心配するな。。。。トラが「トラ」である内は何処にだって一緒に行く。。。オマエの進む道を信じる」


安い甲冑

ボロの鉢巻きをしたジンは私の緊張を十分察しながらも

笑った

笑って


「前に向かう事でしか道が開けないのなら。。。「進もう」先頭に立ってその道を行こう」


希望を指し示す言葉をくれた

私は頷いて答えた


「そうだな。。。先頭に立って戦う。。「最善の道」も必ず見つける」


どんな顔をしているのだろう

自分の頬をさする

額をさする

決意を鈍らせる訳にはいかないという思いで立ち上がる


歩を進めジンの真ん前に立ち

その肩に手を置いた

少しだけ

まだ

少しだけ

私の手は震えている。。。。

起こってしまうであろう「最悪」を考えないようにしても。。。浮かび上がってしまう

だけれどココに留まる事も最早できない

私は前に進まなくてはいけない



「運命と戦う。。。。力を」


微かな震えをジンには隠せない

肩に乗せた私の手をジンは強く握った

「共に戦う。。。。トラの力となって」


彼は手は。。。。熱くて大きい

凍えている私の心を温める


「共に。。。。」


抑えていた一筋の涙が落ちる

ジンの頬に落ちる


「どこまでも。。。一緒に行く」


握られた手を握り返す

覚悟は決まった


お互いの顔をすこしだけ見つめ合った

変わらぬ思いで私に付いてきてくれるジン

今はそれが私にとっての大きな支えだった


「開け!!!」


号(号令)せよ!!!

屋敷を出て朝日を浴びながら

整然とこの時を待った全軍の前に私は立った


柿崎の城

二の丸の武者だまりに集まった者達の姿をゆっくりと見回し



「これより!春日山城に向けて進軍する!!我に従い戦え!!!」


割れんばかりの返答

秋晴れになるであろう空を突かんばかりに槍は立てられ

凍えていた風の間は瞬く間に熱い熱を帯びた


「いざゆかん!!!」


大きく手を

指を春日山に指し示した


戻らぬ戦。。。。最後の戦に私は歩を進めた








対陣三日目の朝

春日山には「緊張」と「混迷」の空気が澱んだまま流れ続けていた

それを象徴するように城の周りには霧が多く出て

マナ温かい

秋にしては気持ちの悪い風を運んでいた


動かぬ「影トラ軍」に対して

動かぬまま「開戦」を宣言してしまった「守護代」

混乱しているのに

目の前には確かに「軍団」が迫っているという状態に浮き足だちつつも

居心地のいい座り場所を見つけられない状態の諸将は磁路の中で言ったり来たりを繰り返している「喧噪」だけが聞こえていた


城内は何度もの協議が重ねられ

直江は「口伝え」なれども「晴景」に進言を続ける時が続いていた


そんな事態の中

惣門の前には「与板衆五十」を連れた「芝段蔵しばだんぞう」が宿に入ることなく門前にて日を過ごしていた


門衛の「水丸」にどれほど「護衛」として推参した事を説明しても門は開くことはなかったが

だからといってココを退く訳にもいかずの居座り状態になっていた

秋の中頃を過ぎた夜は肌寒く

「野宿」するには耐え難いものがあったがそうも言ってはいられない


ヒンヤリとした肌を刺す冷気の朝

段蔵の目は眠らず門を見張っていたが

この日の騒ぎは「外」からやってきた


自分たちの後ろに近づく「馬」の激しい足音に段蔵の心に「あってはならない最悪」が浮かんだ


「惣門!!!伝令!!!」


息を切らせた「使い番」は汗を払いながらも大声で門衛を呼んだ


「惣門!!!大事なり!!!」


朝靄が残っている城下の中に大きな声は響き門衛が高台の櫓から顔をだした

「何だ」



「影トラ様!栃尾衆合わせ,栖吉衆,柿崎衆共々進軍を開始!!!春日山に迫っている!!」


「何だと!!」


段蔵の声に水丸の声が上からかさなった

門の上にいる水丸と段蔵は顔を見合わせた

使い番はそんな二人にかまわず報告を続けた


「早ければ明日には府中に到着と思われます!!」


水丸の顔色は青く変わった

段蔵にもそれはわかった

府中は春日山の城下ともいえるほどに近い

本当に目と鼻の先


「水丸殿!!!聞いたか!!早く我らを通し直江様の元に使わされよ!!」


一度は青くなった水丸だったが

間髪入れずに発された段蔵の声に首を横に振った


「こんな事態の中,貴様達を中に入れることなど「よりいっそう」出来ぬ事だ」

「馬鹿な事を!!!」


食いつく段蔵を意に介さず水丸は

足早に門の階段を下りると自ら春日山実城に向かって走っていった


開け月の惣門に鳴り響いた「影トラ軍進軍」の報(報告)は晴景の耳に届いた時にはすでに城の者たち全てが知るところになった

それまで沈黙を守っていた影トラの進軍に春日山の城内は上を下への大騒ぎが

またも津波のようにおこり

手足を揃えられぬ「直江」は身動きのとれない状態に巻き込まれた





そんな城内の一角で「綾姫」もまた進軍の報告に心を痛ませていた



「。。。。。やはり来てしまうのですね」



お付きの侍女たちの顔も曇ったまま

綾も沈んだ表情で「母の予言」が徐々に遂行されていく事に「絶望」を感じていた

虎御前の目は既にこれから起こるであろう事を「確信」していた。。。。

綾は沈んだまま

肘掛けに伏して溜息を何度も落とした

騒がしさで目が覚めたが打掛を羽織ろうという気にまでなれなかった


「ココは。。。。逃げ場のない城ですわね」


誰にこぼすでもなくただ下向き。。。幾度目かの溜息

綾の目にはこの数日の間だけでもあわてふためき見苦しい姿を見せていた者たちが思い出されていた

「逃げる」ための算段をする者たちの姿



「何処に。。。。逃げられると言うのよ。。。。みなココで討ち死にね」


母の予言の通りに進めば

春日山は落ちる

難攻不落を誇ったこの城の守りが「影トラ」との和睦の最後の「切り札」になるのではと

やたらその事を誇っていた者たちもいたが。。。。

裏を返せば逃げ場のない堅固な「駕籠」とも考えられた


城があっても影トラに勝てる気はしなかった


そうでなくても「影トラ」は黒滝を城を山ごと燃やした女だ。。。。堅い壁に囲まれたこの城の中で内側から出ることもかなわぬまま。。焼き殺される。。。。そんな最後しか綾には思い浮かばなかった


「母上の言う通りになってしまう」


消え入りそうな声で顔を上げることもできなく

しなだれた綾に「脱出」を進め続けていた侍女が言った


「守護代様は姫様の兄上なのに。。。酷い処遇にございます」


気力無く

伏せて顔も上げない綾に侍女は恨みがましく続けた

「姫様は守護代様の身内で妹君なのに,ご自分の妻にだけは逃げろと「手形」をお渡しになられたそうで。。。城内には戦うと決まって逃げることも出来ない女子供もたくさんおりますのに。。」


綾は肘掛けに頭を寄せ顔を見せずに振った


「せんなきことよ。。。それに私は「上田」の女。。。兄上から見たら敗軍の将の妻。。覚悟はできてましてよ。。。。」



とそこまで自分を卑下した堪えをしたところで

飛び起きるように綾は顔をあげた

まるで操りの糸を急に引き上げられたように背を正すなり

恨み言を話した侍女の顔を目を見開いて見つめた


跳ね起きた綾の姿に侍女はかなり驚いた様子で白湯を取ろうとしたが



「手形を。。。。麻様にお渡しになった?」


その手が白湯の急須に届く前に綾はもう一度問いつめるように聞いた


「手形とは。。。城下に出るための手形ですか!!」

「はい。。。城下の「上杉様」の元に身を寄せよとの事ですが。。。」


綾の頭はフル回転で回った

これは与えられた最後の「賭」では


独り言をつぶやくように口に出して指を折り冷静に物事を整理していった

その姿に侍女は困った顔をしていたが

かまうことなく綾は質問した


「それで麻様は上杉様の元に行かれましたの?」

「いいえ。。。。それこそ妻の鏡にございます。。あくまで城に残られるとの事で」


そこまで聞いて綾は立ち上がった

「ど。。。どうされましたか?」

今の今まで溜息に埋もれ覇気を無くしていた綾が目を輝かせて侍女を見つめて言った



「脱ぎなさい」

「はい?」

突然の言葉に目を開いたまま固まった侍女にお構いなしに着物の襟を引く綾は叫んだ


「母上が祈り!願いを叶えるために行動するというのならば!!綾も祈りましたのよ!!だから後は行動するだけですわ!!!」


そういうとさらに声を荒げ侍女に命じた


「早く!!脱ぎなさい!!!母上!!私も戦いますわ!!!」


綾の決意の中身を理解出来ない侍女はただ驚くばかりだった

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