その36 運命 (3)
長尾政景,米山峠にて大敗
これを打ち破った「長尾影トラ」が春日山の目と鼻の先「柿崎城」に陣を構える
守護代晴景との間にあった誤解をとくために「和睦」を申し入れるも,晴景は拒否及び
「影トラ」と相対する事を宣言
この怒濤の出来事があった
その日から二日がたった今
政景の妻「綾」は春日山に留め置かれていた
まさかの夫の敗退
その理由を聞こうと晴景の元に向かったのだが
答えは
こともなげで心無い言葉だった
「負けろと命じた覚えはない」
あんまりな対応に打掛を引き上げ板間に音高く足音を響かせ自室に戻った
戻りすぐに筆をとったが
そんな事よりも自分が「上田」に戻った方が早いと
お付きの侍女たちに急いで支度をさせたが
その時には「城」を出る事は出来なくなってしまっていた
「守護代様は影トラ様を春日山にて迎え撃つため「親書」や「手形」なしで門を下る事許されませぬ」
戦のために身を固めた門衛たちに追い払われ
身動きのとれぬ状態
綾は眠れぬ日を過ごし
事の発端になった「母」を尋ねるために急ぎ足で渡り廊下を進んでいた
「今更,虎御前様に謝って頂いたとて。。。」
後ろに従う侍女は
何度も綾を引き留めようとしていたが
綾にとって「夫」の安否はわからぬままなど耐えられない。。。その上自分の留め置かれている「春日山」にはいつ進軍してくるか解らぬ「影トラ軍」が目と鼻の先にいる
「戦」を止めなくては春日山から「上田」に戻る事も出来ない
どうやっても心を穏やかになど出来ない
「母上が元々の問題を起こしたとはいえ。。こんな「戦」になる事を望んではいらっしゃらないハズです」
自分に言い聞かせてきた言葉を口に出して侍女に投げた
母,虎御前が宴であんな事を言わねば。。。。
「猿のぶんざいで無い知恵絞って人の挑む者。。猿が故に力頼みで人に挑む者これを「可笑しい」と言わぬでどう言うのだ?」
打掛を引く手に力が入った
何故あの時
あの日の内に母の「戯れ言」を許して下されとみなの前でひれ伏さなかったのか。。。
後悔ばかり
だが
今は
もうそんな後悔の時さえ無駄で
泣いて留まってもいられない状態になっている
政景の安否。。。。いち早く晴景が影トラと和を結んでくれるためにも虎御前の力が必要だった
「お止まりください」
そんな煮え切った思いで下を向きながらも早足で「虎御前」の住む奥屋敷に向かっていた綾に
冷たい声と肩に手が掛けられた
勢いよく歩いていたにもかかわらず
その手はしっかり綾の動きを止めていた
「何?」
自分の肩をつかんだ女は綾とはそれほど変わらない体格
単瞼の睨む目
着物から侍女である事はすぐにわかった
「無礼であろう!!」
一瞬で「強く」押しとどめられた事で驚いた綾だったが
まがりなりにも「上田長尾次期当主の妻」である自分に伏すことなく体に触れるなどあってはならない事
声も高く叱りつけた
だが
目の前の女は怯みもせず答えた
「虎御前様は只今「ご祈祷」の最中にございます故。。。無礼を承知でお止めいたしました」
「祈祷?」
綾は少し気持ちが落ち着いた
さしもの母も「戦」が自分たちの前に表れた事には「心を痛めた」
そうだろう「愛娘」ともいえる影トラがこの城を攻めるなど恐ろしい事だ
しかし
そんな綾の気持ちを見取ったか侍女は
少し
口元を笑うようにあげて答えた
「影トラ様のため。。。戦勝祈願の祈祷にございます」
「何を!!!」
その態度と言葉は綾の心を怒りで真っ赤にした
いくら母がそれを祈っている事とはいえ
お付きの侍女程度に笑い者にされながら聞かされるなど辛抱の堪らぬものがあった
「どけ!!!この無礼者!!!」
勢い相手を突き飛ばそうとしたが
女は軽く身をかわす
同時に綾が突き倒そうと伸ばした右手首を強く握った
それはほんの少し力を入れた程度のものだったに違いない侍女の顔に「力」を感じないのだから
なのに
綾は右の手首を縄できつく締められたような傷みにその場に崩れてしまった
「あっあっ。。。」
痛みで声が転がる
その姿に綾に付いてきた侍女が怒鳴った
「無礼者!!!上田長尾政景様奥方様になんたる無礼!!」
侍女の激怒に
綾の手を取った女は静かに答えた
「お静かに。。。。後少しで祈祷が終わります。。。ココでお待ちくださいませ」
そう言うと手を離した
まったく動じない姿はそのまま
綾の前にストンと座った
「どうぞココにてお待ちください。。。。ご無礼の罰は虎御前様からお受け致します故,ご容赦を」
動じない笑み
それは綾の「不吉な予感」を増長させていた
「つまらぬ用件だな」
奥屋敷の一室には「香」の匂いが立ち込めていた
いつもより遙かに「濃い」調合と煙の中
先ほど綾に無礼を働いた女と同じ「空気」を纏う侍女たちの中
「魂棚」に向かった虎御前は,顔を見せぬまま綾に答えた
「母上!!!そんな事を言っている場合ではありません!!!「和睦」のための「親書」を母上が認め送られれば「影トラ」も留まれましょう。。きっとこの「戦」も収まります」
必死の綾の懇願につまらなそうに虎御前は線香を吹き前に添えると
クルリと身をかえし綾の顔を見た
「晴景の事など。。。知ったことではないわ」
さめた目
冷ややかな口調
そんな態度を取られても今はだまってなどいられない
心を強く押して綾は続けた
「長尾家の危機にございます。。。確かに母上が兄上。。。いえ晴景様の事。。嫌っておられる事はわかりますが。。。」
言葉が途切れてしまう
どんなに自分を叩いて心を強くしても「氷の母」は解けそうにない。。
揺れる御前
香の煙の中を静かに睨む目
「晴景様が「戦」に負けたら。。。守護代家はどうなりますか?」
「綾。。。。。」
寡黙な母は目を見開き
いつものように首を右に傾げた
「晴景が死ねば次に守護代になるのは。。。。。「トラ」だ」
綾は首を振って「否定」した
「そんな事を未だに考えていらっしゃるのですか?影トラは「女」です!そんな者に誰が従いましょうか?」
「女?なれば目の前に軍勢を率いて来ているのは誰だ?」
綾は答えられなかった
猿楽の宴の後
母とこの話しをした「女」である影トラを「守護代」にと望む母の希望は「無謀」でしかなかった。。。なのに
その「トラ」は夫.政景の大軍勢を打ち破り「数多の将」を率い
今。。。。
春日山の目の前に来ている
しかし
「戦に勝つことと「守護代」になる事は別の話です!影トラが「守護代になる事は」
「なる!!!」
断ち切られる声
怒りの目に変わった御前は綾の目の前で立ち上がった
「成るのだ。。。「トラ」こそ亡き親方様(為景)が望まれた「大器」。。。「ただの男」などと比べる事などできようハズもない。。。御仏を守りし将成り」
母の妄執。。。。
綾は意見を続ける事が出来なくなっていた
何故に母はこれほどまでに「トラ」を「戦への道」に進ませる。。。
そして
トラもそれに答えるかのように進む。。。。
「政景も死んだ今。。。オマエも覚悟を決める事だ」
「死んだ?そんな事ありません!!」
沈黙
しかし
さすがに夫を「亡き者」と言われたのでは黙っていられない
うつむきかけた顔を上げたが
虎御前の顔にはさも「当然の事」と言わんばかりの笑みしかない
「オマエを晴景が軟弱だったがために「上田」などにやらねばならなんだ事。。。腸も煮える思いであったが。。。オマエは私の願いどおり孝行な娘であった」
母の話方はいつも「重要」な部分しかない
だから綾も聞き方に注意する
「願い?」
娘の慎重さに比べると御前は表情こそ硬く怖いが
何故かうかれている
「オマエは「子」を成さなかった。。。政景のような「つまらん男」の子種にはいらぬ。。願い通り孕まなかった」
「そんな事を祈祷されていたのですか。。。」
確かに綾は政景との間に「子」を持ってはいなかったが
それが母の祈祷「神仏」への願いによって成されていたという事を聞いた今。。。荒唐無稽とはいえ否定はできなくなっていた
母は祈ったその結果
進むべくように
「影トラ」もココまで「戦」によって来てしまった
本来ならあり得ないハズの「大将」として
恐れが綾の体を支配し始めていた
思い出せば
母はいつも「祈っていた」。。。父の「戦勝」を
その祈りの元に春日山の周り。。。「残党狩り」を自ら行い剣を真っ赤に染めた人だ
「祈り。。願ってきた」
その加護のせいで自分は子をもてなかった
そして今それを母は実行する。。。。政景は母の祈りによって「死んだかもしれない」。。。
「そんな事。。。。」
頭の中を廻る目覚めたままの悪夢に
何度も否定の首を振った
「そんな事。。。。そんなわけが。。。」
自分の願いの成就を満足したか。。。。少し柔らかくなった母の声
「孝行娘だ。。。オマエは」
綾の瞳から涙がこぼれた
何故「神仏」はこれほどまでに「狂気」とも思える母の「味方」なのかと
「いいえ!!私は政景様の子が欲しゅうございました!!!」
声を一段と高く大きく挙げて綾は逆らった
だが
御前は興味のない反抗に返事はしなかった
「政景は死に。。晴景も死ぬ。。。晴れてオマエは「栖吉」の一族の者として結ばれればよい」
むしろ余裕の回答だった
「いいえ!私は「上田」の女です!必ず「和睦」は成ります。。。こんな酷い事が。。こんな「願い」が叶ってしまうのでしたら。。。。神仏は「鬼」しかおりません。。。」
綾は必死に泣き声にならぬよう。。精一杯の「反抗」をはっきりとした声で告げた
だが虎御前は動じなかった
うすく
見下した視線で
「我が願いは絶対に叶う。。。。晴景は死ぬ」
御前の言葉に周りを囲んでいた侍女たちが頷いた
綾の侍女は震えていた
綾にも背筋に寒いものが走った
自分に背を向け魂棚に手を合わせる虎御前は。。。はっきりと言った
「いや。。。。晴景は必ず「殺す」。。。」
渡り廊下まで,最初に綾を止めた侍女が送った
この橋で彼女に「無礼」を働かれた事を咎める気力はなかった
「綾姫様は何もなさらず。。ゆっくりとしていて下されば,万事無事に終わります」
「あなた達は。。。何をするつもりなの?」
顔だけを少し有り返らせた綾は力無く聞いた
聞かなくても。。。。答えはわかっていたが。。。聞いた
「私たちは御前様と共に。。。。「祈り。。願いを叶える」だけにございます。。」
「そんな事が。。。許されるの?」
「これは「運命」にございます」
綾は顔を両手で覆った
涙で月は大きく歪んで見えた
綾は願った
どうしたらこの「戦」は止められるのかと。。。。
どうしたら。。。。愛する政景の元に戻れるのかと。。。。。
修練。。。試練。。。。修交
ちゃ〜〜後書きからコンニチワ〜〜ヒボシです
久しぶりです
最近。。。。本文の進みが滞りがちですが
ヒボシは生きてます
ホント
去年の三月に。。。。何を思い立ったかでこの「カイビョウヲトラ」を書き始めました
あれから一年を周りさらに夏に向かっています
色々な方に支えられこんなところまでやってきました
楽しみにしてくださる方
無償の愛で応援してくださる方
たまに愛のムチを下さりお叱りをくださり「知識」を助けて下さる方
多くの方に感謝してます
今まで「小説」というものを書いた事は一度もなかった
なかったが故に迷い
いまだに「混迷」しながら多くの章を「改訂.改善」しながら進んでおります
やっと
やっと
このあたりに来て
自分の手から生み出したキャラクターというものの動かし方が少しわかってきたところです
だから
常に申しています通り
相変わらず「改訂.改善と補修」を続けながらの連載ですが
がんばっていこうと想っております。。。。。よろしくお願いします
只今「改訂中の章」は。。。。。「晴と影」
そして
この「北越戦記最終章」が終わったら「武田編」を削除しょうかと想っております
武田編は。。。。
「越後編」を書くことに行き詰まってしまったヒボシが仮設定の状態で自分のために書いた章ともいえます
だから
次章の冒頭に持って行きたいと思っております
より良い「作品」へと昇華するために
こちらも頑張って叩き直ししていきたいと思ってます
しかし。。。。。
あきっぽいヒボシが良くココまでやってこられたものですよ〜〜〜
ホント感謝です
みなさまの応援でココまでこられた事に超感謝しつつ
このあたりで!!!
また後書きでお会いしましょ〜〜〜




