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その35 心

「待って下さい!!」


号令を発した晴景

背中を向け部屋の奥に戻ろうとする姿の後

発された指令に従い走り出した近習たちの

けたたましい足音に逆らうような大きな声で直江は晴景の足を止めた



「今まで。。。今まで戦を避けて「穏和」なる「政策」でココまでやってきたではありませんか。。。なのに何故!何故に今回に限って「戦」なのですか!!」


止まった足取りの上,必死の言葉に体は少しだけ揺れた

「穏和なる政策。。。。それで「越後」に平安な日々が訪れたか?」


弱く細った体の晴景だったが今日は。。。言葉にもその体にも熱いものがみなぎっている

背中を向けたままでも気迫は感じられるほどに

言葉は静かなままだが。。。。

きっと顔には「鬼」が現れていると感じられた

「希望」の一つも映すことのない漆黒の「覚悟」は尖ったまま直江にもう一度聞いた

「いつ。。平安になる?」



「これで。。。。今回のこの「事故」を遣ってそうなります」


直江は答えは。。。いつになくたどたどしかった。。

その答えをだしながら自問していたからだ

それは不可解な問いだった

何故に自分にその「問い」をしたのか?

それは

直江の領分ではない「志」であり



「平安なる日々」


それは。。。。

晴景が求めながらも「穏和」という「政策」ではどうしても得ることのできなかった「希望」

返された言葉の「真意」は


晴景自身が自分に問うた言葉だった



「力が必要だったのであろう」


深層にあった思いに口を閉じた直江に晴景は続けた



「故に,今こそ守護代たるワシが「力」を示そう」



直江の目に映る背中

晴景の姿は

あの茜色の夕日の時とかさなる。。。。


その昔。。。。。


己の「存在」という「価値」を捜し

命を投げ出すように戦ってきた「男」の姿



「力は。。。」


それを示すのは「守護代」である貴方の仕事ではない。。。。


口からあふれ出そうになった「進言」を腹に抱え込んだ直江


そんな事が。。。どうして「今」言えるものか。。。

体には震えが

ただうつむき。。。今まで戦ってきた日々の事を反芻する姿は

「苦痛」。。。。晴景はきっと感じていた


自分にも。。。直江にもできなかった「希望」の在処



背中越しに少し緊張を弛めた声



「直江。。。オマエはオマエに「課された」仕事をしろ」


そういうと奥へ。。。今度は止まることなく歩いていった

襖が静かに閉まっていく途中

「始末をつけねばな」とおそらく少しの笑みで語った

隙間が小さくなって行く先。。。まだほんの少しの間の中で

直江は引き留める言葉を探したが。。。。

見つける事はできず


ただ

拳を板間に静かにそれでいて重く打ちつけた



沈痛な想い


直江にも。。。。残っていた「痛み」

為景亡き後

二人で力を合わせて。。。「越後」に尽くしてきた日々

だが

願いは遠くなってしまっていた

そして「志」は,すり切れ


緩慢な「治世」


いや

各々の「痛み」を和らげる「曖昧」な治世しかできなくなっていた事を思い知らされた

そして

そんなふうに痛みは和らいだ。。。「妥協出来る政」を直江自身が探していた事に気がつかされた



きつく結んだ直江の目に。。。。光る痛み




晴景は「痛み」を忘れることはなかった。。。。

針のむしろに座りながらも「守護代」という仕事を


その責任を


どうやって自分の手でとるかを考えていたのだ

算盤そろばんの上

動かすことも計ることも出来ないものがあるとするならば。。。

どれほどに「利潤」が自分の側にあったとしても

その「富」を受け入れる事ができない想い。。。



それが「人の心」


理想とする想いに反した「政」に対する怒りと

落胆

それでも長く

十年は執政の仕事に関わった直江には。。。。それしか「妥協」の必要な「政」にしか行き着く事ができなかった


そんな曖昧な時の中に輝くように現れた「希望」

それは

親方,為景に約束された「御仏に選ばれし子」




影トラ



まぶしさに

心を

その「戦」に魂を揺さぶられた

「妥協」を必要としなかった。。。あの為景の強さを受け継いだ「当主」の出現

たとえそれが「女」であったとしても

その功績の前に。。。。


やっと

「平安」を手に入れる「力」そして「希望」が。。。


剛の男は頭をかかえた



「何故。。。今」


その希望を汚泥にまみれさせて。。。。「復権」を。。。。


「影トラ」を利用して「越後」を長尾の元に一つにする事

それも晴景の元に国をまとめる事ができる最大の「機会」などと思っていたのか


だが

絵空事ではなく「実施」できる策を奉じるのが家臣の勤め

目の上のたんこぶであった「上田長尾」は影トラによってあっけなく敗れ

今や「守護代」の仲裁なしには立ち直れないところまできている

その宿敵に「汚名」をあずけ

それを「許し」

国を纏め上げることが「容易」なところまでの「策」は


直江の鮮明な頭脳に出来上がっていた



なのに「心」はそれを受け入れなかった

直江自身も。。。。

また

晴景も


「妹の勝利」

因縁深き「血」の戦いは元より

そこには


「守護代」という尊厳がしっかりと残っていた



直江は背を正し天を仰いだ

深く息を吸い

残念を今度は音高く両手で板間に叩きつけた



「何故ですか。。。。どうしてですか」



謁見の間には直江しかいない

静かすぎる屋敷の間に一人


滾る想いは。。。もはや届かなく

ただ沈痛な静けさの中に。。。。沈むのみ


だから後ろに近づく足音は余計に大きく聞こえていた


「直江様!!」

「なんだ!!!」


周りの慌ただしさが酷く勘に障ったのか怒鳴ってしまった

縁側には重臣の一人が息を切らして

普段物静かな直江の激怒に少しばかり驚きながらも

真面目な顔のまま問うた


「春日山並び府内の全ての門を閉じて。。。。影トラ殿と「戦」するとは。。。本当の事か?」


それは

つい先ほど晴景が発した命(命令)

「いや。。。それは得策ではない」

「得策?何を悠長な事を言っておられるか?守護代様の近習たちが全ての門に人を配っておるのだぞ?」


「何だと?!」


白髪に細面の重臣は目を開き

直江を見つめ返して


「そういう指示を聞いていたのではなかったのか?。。。。直江殿?」


直江は自分の手足もとを見直した

晴景と話しをしてからどれほどの時を。。。。一人黙してしまっていたか?

それほどに長く「思案」にくれていたか?

時はどれほど流れた?


いや


思い直して「反省」している場合ではなかった

即座に立ち上がり回廊を足早に「評定の間」に向かった

その背中に白髪の重臣は従いながら聞いた


「我らにも「戦」の支度をせよとの通達ぞ。。。」


命令はすでに春日山の全てに流されてしまっていた






「春日山にて影トラ殿を迎え撃つ。。。。。との事ですが」


評定の間に余った重臣並び家老の全ての者達に困惑が現れていた

普段なら入る事のできない若い家臣も,所狭しと部屋を囲んでいる


「報告では影トラ様は「柿崎城」に本陣を構え,さらに打倒守護代に同意する者たちを集めていると!」

「向こうの数は今や五千とも六千とも。。。そんな者たちをどうやって迎え撃つのですか?」


晴景との謁見からたった半刻(一時間)

すでに春日山の城内には「無責任な」情報まで飛び交い始めていた

とりまとめである直江のいなかった間に広まってしまっていた「不安」



「おちつけ」


まるで自分の騒ぎ立ってしまった心にまで命じるように直江はざわめく家臣達を止めた

乗り出しそうだった老人たちを手で征したが

騒ぎが止まる様子はない

その間を割って年若の家臣が直江に問うた


「お教え頂きたい。。。「戦」になる事は間違いないのか?」


隠せない事

晴景が政景をたきつけて「戦」を起こしてしまった事実は

春日山に詰めていた者ならみな知っている



「戦になる」


隠し事で騒ぎを助長する事はしない

はっきりと断じた答えを直江は返した


その厳しい表情とはっきりと明言された「戦」という言葉に一瞬場は静まったがざわめきに変化してしまう前に直江は続けた


「このままいけば「戦」になる。。。だがそうならないようにしている」


「影トラ様は打倒守護代の旗印としてココまできたのでは!!その先にあるものは「守護代様」の。。」

せっぱ詰まった状態

誰もが熱く上り詰めた思考で「不安」と止める事ができない


「違う!!」


最悪の結果に急ぐものたちの気勢を止める

「断じて違う」

手をかざし気持ちを強く抑える


「しかし。。。春日山の目と鼻の先。。面前に陣を構えておられるのですよ」

最初の質問をした若き家臣の顔に苦悩。。。。


「たとえ「戦」になったとしても「春日山」は落ちん!!越後随一,難攻不落のこの城が落ちることはない!!」


直江の気合いの入った返答に家臣一同のざわめきは静まった


「今は各々守護代様の命に従い。。。。慎重な対応をして頂きたい」


慎重な対応。。。

それは

晴景との謁見で

自分を忘れ

時を過ごしてしまった直江自身への戒めでもあった




「いくさ」の支度に入り

評定の間は直江をおいて一人だけになっていたが

襖の後ろには「中西」が控えていた

「春日山はどうなりましょう?」


今やみなが心配に思っている事


「春日山は。。。。落ちない」


思い詰めた返事

拳を強く握った



「晴景様。。。。。」

血という因縁に縛られて自分を見失って「戦」の道へ踏み切った

そうであるならば

直江にも「止める事」が出来た


だが

「違う」。。。。

あれは「守護代」としての覚悟だった

そして「尊厳」



「妹の勝利に乗っ取った政」


そんなものに誰が従うか。。。。


もっともな事だ

だがもはやその尊い覚悟だけでは「戦」を征する事の出来ないところまできていた

何故今。。。戦う?


「春日山が落ちぬのならばその間に,影トラ様との「和睦」を結ぶ事もできましょう」


主の苦悩に何かしらの助けを出したい「中西」は襖の向こうから聞いた

問いかけに直江は首を振った


「春日山は落ちない。。。だが。。。春日山で「守護代様」と「影トラ様」がぶつかってしまったら。。。「越後」は深い混乱の時代に逆戻りだ」


そこまで言って

直江は。。。。目が覚めた


「始末をつける。。。。。?」


この「戦」は長尾の同族の力を著しく衰退させていた

「上田」は収穫期の集兵で「路銀」を遣い

そのうえ長く仕えた名将を二人も失った今

近隣の豪族に攻め込まれれば「坂戸」を守りきれるかも怪しい状態だ


春日山は

もはや考えるまでもない

どんなに兵をかき集めても「五百」が精一杯だ

いくら春日山城が難攻不落の城とはいえ,押し寄せる無数の「反旗」を押しとどめる事などできない



勝者は決まっている




勝者は「影トラ」だ

だが

それはあってはならない事


「戦の後は。。。。どうなる」


直江は誰に言うでもなく考えを進ませるために

言葉にしてみる


影トラはきっと勝つ。。圧倒的な「力」で。。。しかしその後はどうなる

「守護代」の地位は「空位」になってしまう。。。。

何度も頭をこづきながら


「影トラ様に。。。。守護代?」


勝者の長である者がその地位へ。。。


直江はじっとりと静かに汗をかいている


「馬鹿な。。。」

そうだバカげた結論

いったい誰が



「女」に従うか?

「女」を守護代に頂く事など出来ない事だ



なれば答えは出ている

「勝利」の後にくるものは「絶対的な混乱」であり「平安」ではない



「合い噛み続けた「長尾」という血を。。。。。それに始末をつける」


静かに自分言い聞かすように

答え

晴景は「滅び」を。。。。。


負けるための「戦」を計画する者などいない

直江は何度も自分の額を小突いた

そんな危険な考えを自分の中に浮かべてしまった事を信じたくはなかった。。。。



「実綱。。。。。晴景と共に「越後」を頼むぞ」


為景の。。。。。最後の言葉


「親方様(為景)。。。。その願いは消えてしまいそうです」

頭を抱えた

「もっと大きく学べ!!」


何度も頭の中に為景の声が蘇った。。。。。。直江は混乱する頭の中で懸命に「大儀」を探し続けた


しかし

そういう思案の時間が多く残されていたわけではない

時は刻一刻と状況を悪くしていた

それはなにも春日山だけの事ではなかった


向かい合う両軍の「主」の意志とは別に「戦」は止まれぬところえと,さらに歩を進めていた

手の及ばぬ事と嘆いている時間など。。。。まったくなかった







北の屋形にも「戦」の報告は届いていた

静かに顔を伏せた「侍女」たちの向こう。。御仏達に捧げられて「香」の香りの真ん中

揺れる「闇」は口元に笑みを浮かべていた


虎御前


握られた数珠

あがめられる仏の口元にも静かな笑み


「時は来たか?」


運命さだめの輪は周り

願いの時を告げた

揺れる登楼の火


全てが研ぎ澄まされた「殺意」の世界に中で虎御前の声だけが「神秘」のごとく響く


「よいか」



無言の衆は静かに動く

「侍女」たちの後ろ「影」の者達はそれぞれの「支度」に立ち上がり手際よく消えていった

差し込む風に合わせ揺れる御前は

目の前の御仏に今一度手を強く合わせた


見開かれた目

白く美しい顔に。。。。。赤く引かれた「紅」は




「晴景死すべし」


優しく微笑んで告げた

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