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その33 私は嵐 (4)

黎明の時間の攻撃

前衛が刻を稼いでいる間に本陣を米山の峠前まで移す事は出来た守護代軍ではあったが

中身はガタガタの状態だった

朝日が近づき

周囲が紫色に変わってきた頃見え始めた軍団の顔色はみな一応に焦燥しきっていた



「影トラだったのか!」


行軍陣形をやっとでほどいたはいいが

陣幕さえまともに張ることの出来ない現状

右往左往する近習達の間。。。。自分でも理解の出来ない事態に政景まさかげは枯れた声で怒鳴りつけた

だが

共に陣払いをしてついて回っていた近習は一人として守護代軍の現在置かれている状況を介する者はなく

政景の怒声にただあわてふためいてしまう始末


その政景に

唯一

わかっている事。。。


それは激高した自分に諭し「策」を与えてくれていた二人の「将」がいなくなってしまった事


「只今馬を飛ばし確認させております」


風の向こう側まくれ上がった幕の外で

雨と泥をかぶった老将が一人叫んだ


生意気な若造ばかり「勝ち戦」と信じ煌びやかで真新しい甲冑を纏った近習たちは自分が連れてきた兵さえまとめられないのに騒ぎだけは一人前だ



まるで機能していないの本陣の中

唯一の年寄りになってしまった政景の爺にあたる「中井外岡なかいとおかね」は努めて冷静さを失わぬように返答した

「今しばらくは陣の構えを改める事に徒事しましょう」


戻ってきた爺に

「宇佐見じゃないのか?」

まだ甘い認識。。。へこたれた表情の中「安心」を探そうとする政景


中井はすぐに否定した


「違います!!絶対に」

重く深く

もはや「甘い」見当など告げなかった


「影トラです。。。我らを追って走って来たのです」

「か。。。影トラ?影トラは明後日くる「予定」ではなかったのか?」


床机しょうぎに座った政景は額に手を当てながら考えの浅い答えを返した

中井の心は濁った

事。。。。ココに及んで。。。あまりに政景の「戦」の認識が甘すぎるという事に


宿老は首を振ると釘を刺すように答えた

「今宵来たのです。。。。国分殿が申していたではありませんか。。影トラは「戦」を待つような者ではないと」

「待て。。。。だが。。。。」


まっとうと思える返答する中井自身にも苛立ちがあった

「何故狐火に注意しなかった。。。。」


あれは。。。「警告」


あれは。。。「侵略」


苦みの走る眉間を抑え

政景の後ろあれこれとくだらない献策をする近習を無視して意見を続けた


「最初の朝駆けから半刻(約一時間)。。。。「国分殿」「樋口殿」は戻る事はないでしょう。。今我らが成すべき事は後半刻の間に軍勢を整え迎え撃つ体勢を」

「やめろ!!」


焦りで顔色まで悪くしてしまった政景は頭をふり床机を蹴倒して

それでも態度は弱々しく口を閉ざしたまま立ちつくした

隣に詰めていた「与一郎」が沈黙してしまった政景の代わりに口を挟んだ


「我らは山上に陣を張ったのです。。。ならば上から揉み潰しましょう!!国分殿や樋口殿と挟み撃ちに!!」

「そうだ。。。国分も。。。樋口もまだ共に戦えるハズだ」

与一郎の言葉に政景の迷う目は縋ろうとしていた


「若殿!!!」


「何か」に助けを求めようとしている政景に中井は回りくどい言い方はしなかった

台に扇を叩きつけ目を覚まさせると遠慮なく政景の襟首を捕まえて言った

言葉に「余裕」を持たせず危機を教えた



「我らは。。。。愚かにもココに腰を据えて「戦」の真ん中で休んでしまったのです。。。その上で奇襲された。。国分殿も樋口殿も。。最早生きてはおりません!!」


幼き頃から自分を世話した爺の顔に政景は縋るように答えた

「なんで!!。。。なんでそんな事が言い切れる!!昨日まで共にいた者達だぞ!!そんな事は絶対にない!!何かの間違いだ!!!」

中井に掴みかかった腕は震えていた

宿老は目を見開き両の手で政景の肩を掴んだ


「若殿。。。。目を覚ましなされ!!間違ってしまったのは我々なのです!!影トラは我らを追って「戦の中」を夜を眠らずココまで走って来たのです!!我らを討ち滅ぼしに来たのです!!!」


苦痛に顔を下げる

「彦五郎も。。。。帰らぬのか。。。。」


事の重大さ。。。。些少な時の間に失ってしまった家臣

あれほどに自信を持って出陣したのに。。。もう後のない状態だ

政景の意識を「戦」に向けるための説教が終わらぬ前

それは息を整える間を与える事なく

「嵐」となって向かってきていた





「来ました!!!」


物見の声には怯えと驚きの色が混じっていた

その後続く伝令達も口々に危機を叫んだ


「正面!!数三百!!旗印は「栖吉」!!その後ろにも軍団が見えます!!」


向きあったまま政景に説教をしていた中井もさすがに驚いた

まだ一刻(二時間)もたっていない。。。。

なのに軍勢を立て直し向かってくるその行動力に。。。機動力に舌を巻いた


「早い。。。なんという早さ。。。」



同時にやはり思い出していた

これは。。。。「戦鬼為景いくさおにためかげ」の戦い方

相手に息をつかせぬ神速


しかし

ココではすでにそれに感心している場合ではなかった

本陣を的確に指揮できるのは今は中井しかいないのだから

爺は

すぐに行動を取った


自分の中に募った驚きを振り払うように毅然とした声で使い番を呼んだ

そのまま

陣営前に進み集まった使い番たちに残った将への指示を告げた


「弓隊を前面に配置!!!急げ!!配置が終わり射程に入り次第放て!」


驚きの顔。。。

まだ固まったままの政景のまわりには「与一郎」や「勝六しょうろく」たちが集まっていたが

事態の急変に対処出来ていなかった

それどころかてんで的はずれな意見を叫ぶ


「数では我らがまだ有利!!ぶつかって来るならば力で押せばよいでしょう!!」


慌ただしく陣営を整えるために指示を飛ばす中井は振り返り

そういう「甘えた」事実に情けなささえ覚えていたのか一度頭を項垂れそうになったが

そんな時間さえ惜しかった

「そんな余裕が何処に。。。。数ばかりの軍勢にどんな価値が。。。」


数は問題ではなかった

もはや気力で負け知略で負け。。。。「勝つこと」は遠い目標だ

下がり懸かった頭を持ち上げると大きな声で上田長尾の各重臣の息子たちを怒鳴りつけた



「くだらん事を話しとらんと!!各々呆けたつらをしまえ!!兜をつけろ!!」


怒濤の戦場に備えもおろそかな者の意見など役にはたたない

自ら槍を持ちさらに各陣営からの報告を持ち帰る使い番達を待った

その後ろ姿に「勝六」が兜の顎紐を括りながら聞いた


「中井殿!!馬を飛ばし「柿崎殿」を。。。」

「既に飛ばしてある!!」



宿老である中井は多くの戦を戦って来ている

国分や樋口が抜けた後

若殿を「守り」戦を教えるのは勤めだ

ココに陣を移したときに「対処」出来うる限りの事はしてあり今更そんな事を弱腰のまま聞く近習を苦々しく見。。。。。ある思いをめぐらしていた


中井


国分より年を経て

樋口よりは少し若い中井。。。数多の戦にてすでに片目を失い若殿のお守り役の任について二十年と少し


その間に「戦鬼」は死に大きな戦はなくなった。。。。。

ほんのつかの間

その間に産まれてしまった政景の「戦」への無知。。。それに並ぶ同輩の近習たちに「戦の所作」を教えられなかった事を悔やんでいた


それほどに「戦」に疎くなってしまっていた「上田長尾」

なのに



なんと言う事か。。。。

今先代の時と同じように「上田長尾」を駆逐せんとする勢いが迫っていて

その勢いはまさに「戦鬼の血」という皮肉


あの鬼の血をしっかりと受け継いだ「女傑」が目の前まで来ている



槍のケツ石突きを大地に突き立て中井は未だ己の行動を律せられない政景を激した


「若殿!!!ココは戦場いくさばです!!!」




一方守護代軍の前線は半分も機能していない状態での開戦に

宿老中井の強い決意とは間逆の

手の打ちようのない「堕落」は目に見えていた


たった半刻前にいきなりの強襲を受け

続けて被害を被る事無く「退陣」し米山の前まで行軍してきたのはよかったが


それゆえに「恐怖」だけが増大し兵が言うことを聞かない

あちらこちらで不穏な言葉が飛び交い


「影トラ」に対する恐れで足軽たちも及び腰になっていたところに

恐れの根元である「軍勢」を目の当たりにしてしまった

雨に輝きを与え始めていた日輪を背負い勢いに乗って走る軍勢に歯向かうような気力はとっくに失われていた


「逃げろ!!!」


物見の最初の報(報告)に前衛の農兵が叫んだ


「もうダメだ!!!おトラ姫に逆らったら二度とざいご(実家)に帰る事ぁできねぇ!!」


小波大波

一人が絶望を叫んでしまえば後はもう止まることがない

そうでなくても面前に迫る怒号を纏った「栖吉衆」

集兵で集めた者などまさに脱兎のごとくだった

金で雇った者など死ぬのは損でしかない





「栃尾の時みたいに皆殺しだ!!焼き殺されちまう!!」



目の前で起こった鮮烈な恐怖はまだたったの三日前

焼き付いた恐れを今や御する「将」がいない

どんなに足軽たちが声を上げ逃げる足を止めようとしても無駄


まさに無駄だ


見る見る守護代軍の先手衆は崩壊


その崩壊の流れをせき止めたのは「栖吉衆」



最後の戦は始まった

脱走する衆群に激突して行く栖吉衝突の音は鈍く中井にも政景にも伝わった



そして

その向こう

楯と槍をもった大男たちの一群の真ん中


怒りの化身はいた

緋色の。。。。「血色」の衣を纏いまっしぐらに進む者


政景はおののいて。。。。こぼした



「影トラ。。。。」


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