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その33 私は嵐 (2)

守護代軍の対応はまったく後手に回っていた

というか

対応のしようがなかった

今まで「緊迫」し続けた行軍の後やっとで陣を張った米山の裾。。。。たった一日だ


体を休めた一日の「休息」を味わっただけで

後は暗闇にまっしぐらにたたき落とされた

そこにどんな「策謀」があり

誰が味方で「敵」であったかという見極めがで甘かった


そもそも

信濃川から向こうに所領を持つ

豪族は「遅参」はするが守護代軍に合力するという口約束だけをしていた


しかし


大勢力でのまさかの敗退は各豪族の「ある決定」を決めるための基準にかわり

みなが相対する勢力になった「影トラ」の出方を伺っていた

みな「越後」という国の進退を決する「戦」の動向を見張っていたのだ



だが

見張るなどという悠長な「緩慢」としたゆるみの間を影トラは迷わず斬り進んできた



誰にも考え及ばぬ奇襲だった





本陣の側から向かって左翼に陣を張っていた「樋口兼村ひぐちかねむら」はひさしぶりの休息に鎧を脱いでしまっていた


というのも

砦の合戦で老体は左腕付け根近くに矢を二本も受けてしまいココまでの行軍の間は止血程度の処置しかできていなかったからだ

ようやく一息いれ傷つき冷え切った体を解放した矢先だった



慌てて胴を体に巻き付けようと近習の者を呼んだが

呼び出された小男は息も上がりきった状態で告げた


「明後日にしかこないと言う話しではなかったのですか?!」


古くから自分に仕えていた小男は主人に似て無口だったはずだが。。。。そんな余裕は消し飛んでいた

愚問を大声で聞く近習の混乱具合は樋口にとって叱るにも値もしない醜態

ただ目で落ち着きを取り戻すように睨んだ

主の視線に乱れてしまっていた自分の状態を恥た近習は押し黙って胴の取り付けを進めたが

肩で息する「波乱」の揺れは隠せなかった


胴を括らせながら樋口は自陣から走った

状況を見極めなくては

雨はやはり止む事はなかった

風も少ないながらに吹いている


もっとも重要な場所は?



雨の「渡河点」



雨が降っていればなおさらその浅瀬を狙って来るそこを「奪われるか」「守れるか」でこの奇襲の成果が決まる

小降りになっているとはいえ必ず「敵」はそこを狙う


樋口の鉢巻きを自分で括りながら暗闇ばかりだった河川敷の向こう「篝火」の列を見た

まだ朝の訪れない川縁を照らしていたのは「栃尾軍」の道しるべ

並ぶ火の道


遠目には押し合いをしているようにしかみえなかったが

河川に並んだ火に対する場所の兵たちの「悲鳴」で何が起こっているのかはすぐに理解した

樋口は顎を刺すって唸った


「石礫。。。。。見えぬ石だけに。。。。小賢しい」



攻撃は「火矢」ではなく「石」である事を老将はすぐに見抜いた

夜の闇に見えぬ「礫」を防ぐのは無理に近かった

事実

いち早く対抗出来た国分の残った部隊以外の様子は酷いものだった


目を凝らし確認するまでもない

そこかしこに「救い」を求める恥の声が聞こえる

寝入ったまま頭を礫にかち割られ悲鳴に嗚咽

前衛で陣を張っていた者に無事な者を探すことの方がむずかしいぐらいの「泣き声」


夜明け前という夜陰に紛れ脱兎のごとくの者さえいるはずだ



「本陣はどうなっている?」


自分について走りながら胴を締め合わせていた近習に樋口は怒鳴った

付き添っていた一人の若造が答えた


「本陣も突然の事で。。」

「たわけ!!」


老骨は止血していた己の左肩を叩いた

「戦」は。。。。そうだココが「戦場」でそれを。。。迂闊にも「休息の場」としてしまった自分たちを叱咤した

疲労続きだった守護代軍

出陣も急だった。。。。。どこかで「余裕」を持つ時間が必要だったが。。。。


何もかもが裏目に出てしまった

これは。。。。ダメだ


見苦しい戦場から目を背け胴を結び終わった若造に言った



「本陣を米山の峠付近にまで後退させよ!!早馬を飛ばし「柿崎殿」と合力して「栃尾軍」を迎え撃つよう陣を再編するよう伝えろ!!」


怒濤の攻めで今にも「渡河点」を奪おうとしている栃尾勢

それを声高く指示する「影トラ」を見ながら樋口は用心でもう一人の近習も走らせ

自分のさらに後ろに揃い始めた部隊に向かって激した


「樋口隊はこれより国分隊と合流!!渡河点を死守する!!」


樋口のすぐ隣にいる小男の使いの目には苦悩が映っていた

「しかし。。。それでは殿様は」



わかっていた

それがどういう事か



死守

文字通りだ

「国分隊」も「樋口隊」も最初の戦で兵の大半を失っていた

合流したところで二百にも満たない数だろう


いまや

大波の勢いである栃尾軍に真っ正面から当たったら。。。幾刻保つか?

いや

保たせる為だけの戦い

この状態で本陣を退かせる事

自分が前にでる事は「死」を意味していた


樋口は何も言わなかった

ただ長く苦楽を共にした使いの小男の肩を叩いた


「行けません!!殿様を置いてなど。。。行けません!!」

「行くんだ!若殿を守るのだ」


手を置いた肩に力を込める

思いを込める


「負け」は

「負け」こそあってはならないものだった


「行け!!」

顔を歪ませ主を思って涙した男を樋口は押した

身を翻すともう顔を見ようとはしなかった

主の覚悟に使いも心を決めて本陣に向かって走っていった


「樋口隊!!!直ちに攻撃陣形をつくれ!!!渡河点に向けて進軍!!!」

やるべき事を明確にした老将は迅速に陣を固め自ら先頭に立った

未だ暗闇の戦場に楯を上げ前進を告げた



その声に

別の「隊」の声が混ざった

老将の声を塗りつぶすような雷の怒声。。。続く怒号は進軍に固まった樋口隊の横腹に音を響かせた


「栖吉ィィ!!!突撃ィィ!!!」



前方で展開している男たちの声ではない。。。樋口隊の声でもない


「馬鹿な。。。。」


樋口たちが陣を張っていた河岸からさらに左側の湿地帯からいっせいに火を伴った矢が飛んだ

避けることの出来ない矢の下あっけにとられた男達にあるのは「死」と


怒濤の恐怖


栖吉衆の気合いの「声」は湿り頭を下げた草木を大きく揺らした

歩行の長柄部隊が詰める行軍陣形の中程を火で炙られ横腹をさらに食い破ぶらんという「気勢」


指示もままならない「樋口隊」は瞬く間に崩れた



「樋口ィィ!!!兼村殿はどちらに!!!栖吉長尾家家臣「金津新兵衛かなつしんべえ」見参!!お相手ェ願う!!!」


もみ合いになった一団の中。。

風になびく雨の下に朱槍をもった色黒の男は馬とともに立っていた


その後ろから怒濤の槍隊が走る

混乱の樋口隊に栖吉衆は容赦なく槍を突き


隊列は朝露に血を滴らせ混ぜた


逃げ出す者たちの間

「止まらぬ戦場」の中

樋口は合力に向かう予定だった場所を振り返ってみた

「渡河点」



攻防を繰り返し「死守」に勤めるわずかな「国分隊」はもはや波に呑まれてしまいそうだ。。。。。

手を伸ばしてみる



「国分殿。。。。」



見える恐怖と

自らに降る恐怖

もはや樋口隊を「崩壊」から制御する事は不可能だった

己の不甲斐なさ。。。。唇をかみ切るほどに。。。。白い櫛(髪)が濡れたまま頬に張り付く

少しだけ口を開いた

呼吸とともに。。。国分隊にお辞儀した

喧噪の中胸を押さえ深く頭を下げた



だがそのまま伏してしまう事はなかった

まだ!

まだ「戦」が終わってしまったわけではない

下ろした頭のまま

胸の真ん中を激しく叩く




樋口兼村は自ら槍をとり向かう側をさした

逃げ崩れる者を引き留めて声を上げるなど愚行

そんなものより「獲物」だ


自分の名を大声で呼んだ男を睨んだ



「。。。。。栖吉。。。。。よかろう!!まずはその方から片づけよう」


老将の馬廻りたちも覚悟を決めた

少しでも本陣の立て直しが出来るならどちらの敵を屠っても一緒だ

腕をまくり

少なくなってしまった自分の守りと隊列を組んだ


「我こそは上田長尾家家臣「樋口兼村」なるぞ!!」



見あげる向こう

金津の向こう率いられたる栖吉の本隊が見える

およそ百の歩行武者達が揃えた槍の山は整然と前進を始めた

軍団の真ん前

大きくはためく「栖吉」の旗


馬から下りた黒い男「金津」の顔に積年の殺意

対峙する


「この皺首。。。。簡単にはとれぬと覚悟しろ。。。。」





まだ見えぬ朝日の中

台地の左翼に展開していた「樋口隊」と「栖吉」は激突した

空が紫に変わる闇の下

加熱する「渡河点」の攻防の元


大きな「戦果」は告げられた



「樋口兼村討ち取ったぁぁ!!!!」

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