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その32 狐火 (4)

後退戦から四日目の昼「兵糧」の欠乏に困った守護代軍に助け船を出したのは戦目付の「柿崎景家かきざきかげいえ」だった


「米山の峠を越えましたら我が領内です。。。ココまで近くに来たのならば兵糧を出す事が道義にございましょう」



今まで憮然と守護代軍の戦いを見守ってきた柿崎に

政景自信が口にしそうだった「兵糧」の供出が得られた事に樋口もかなり安心した様子だった

例の「噂」に続く「雨」不可解だった「火」


この上「兵糧」さえも事欠く自体になればいくら「守護代」の名をもった軍隊と言えども兵を留める事はできなかった

飯も出ないのに「脱走」に厳罰だなんて農兵には耐え難い事


「柿崎殿の心遣い。。。。政景生涯忘れぬ事であろう」

「いいえ。。。わしも未だ出番なくば。。手持ちぶさた。。しかしながらそろそろ「本当の戦」に備えたいとも思いますし。。。お気になさらず」


荒ぶる武人として知られる柿崎だったが

今回の戦ではまだ槍を手に構えた事さえなかった

砦の合戦の時は後衛に置いたからだ

柿崎が目付として従軍しているのに「何の」功績も得られなかった。。。。という事になれば当然政景への「評価」は低くならざるえない



「兵糧」の提供によって柿崎に多少の負い目をもつ事になったとしても軍団を維持しなくてはならないし

この後の「戦」でも十分な「仕事場」を作ってやる事が出来た方が己の評価を正すよい機会を得られるというもの



陣幕の中で軍議の最後に「兵糧」の提出を進言した柿崎は颯爽と立ち上がって

「ではまだ雨のあるうちに用意させます」



わずかに苦笑いを見せると足早に自分の城に近習を従えて帰っていった


政景にとっての吉報はこの日に限って続いていた

兵糧の心配がなくなったのはもとより

枇杷島の「宇佐見うさみ」からの「策」がもたらされていた


「さすがに宇佐見殿。。。。ただ時を送らせただけではなくしっかりと「策」まで講じてくるとは」

樋口は手紙を改めながら一息ついた


「収穫での出遅れを「挟み撃ち」に活かすとは。。。なかなかの「策士」だ」


後退戦以来沈んだ表情の多かった政景にも「勝利」という現実に己を近づける策がもたらされた事で声に弾みが戻っていた



「それにしても栃尾勢。。。信濃川を渡って来ていたとは。。。」


彦五郎は感心というよりは少し驚いたように言った

宇佐見の手紙には前日栃尾が軍団を持って信濃川を渡河した事が書かれていた

そのまま進軍してくれば

明後日には本陣である「米山」の守護代軍とかち合わせる事になる

また

軍勢には「栖吉」の隊が加わり数を増やし

推定「千五百」の部隊になっている事が確認されていた


「強気な。。。。」


人数に関しては国分は今ひとつ読みが甘いと思っていたようで着続けの甲冑から襟元をさすりつつ

「数はもう少し多く見た方がよろしゅうございます」


慎重論を崩さなかった

だが

政景は「運」がまだ己に向かっていると信じて強く言った


「我らの数は三千。。。ココに来るまでに「試練」を越えてきた兵卒だ!」

拳を台に叩きつけた

「次は負けない!!!絶対に負けん!!!」


大きく気を吐いた


陣幕から向こうに見える空模様は相変わらずの小雨

時よりは

晴れているのに雨は続いていた

奇妙な空の顔にやはり農兵たちは落ち着かない様子である事は彦五郎の報告した

政景はすぐに「兵糧」の調達に滞りがない事を陣内に告げた


決戦は迫っている


少しでも自軍の士気を高めるために






その頃

枇杷島の「宇佐見」は思わぬ窮地に立たされていた

本来なら今時分「守護代軍」との合力のために出陣していなくてはならなかったのだが

放っていた「間者」の出入りが二日前から止まった。。。。

同時にまさかの「使者」が城を訪れ身動きのとれぬ状況になっていた



「この手は。。。。宇佐見殿のものではと?「守護代様」が気にしておられます」


質実剛健を身体に表したような男は「与板よいた」からやって来ていた

目の前に置かれた紙。。。。



「長尾影トラは守護代の地位を狙って候」


己の流した「風評」ではあったが

自分で書いた物を流すなどという間抜けた事をした覚えはなかった。。が

目の前に置かれた文書は己の「手」によく似ていた


「枇杷島近辺からが出所と」

「迷惑な!言いがかりにござろう」


太い眉をピクリとも動かさない「直江実綱なおえさねつなの使いは

同じく表情を変えず微動だにせず細いながらも刃物のような目線で脅しの向こうに「策謀」を見ようとしている宇佐見に告げた



「宇佐見殿。。。なれば今時分何故に「戦」の支度をしておられますか?」


使者の来た時に枇杷島城は総構えにいたるまで「戦」の準備を整えた部隊を揃えてしまっていた

今にも出陣しようという軍団の「音」は屋敷の中まで十分に聞こえていた


「守護代様の軍団が」

宇佐見は隠すことのない言い分を口にしようとしたが

見かけと違い

大男の使者は素早く切り返した



「まさか影トラ殿に合力し守護代軍に「戦」を仕掛けるのでは。。。ありますまいな?」


それは宇佐見の予想していた言葉とは違ったが

だが「はかりごと」の手中に自分が落ちてしまった事を同時に知る事になった

宇佐見は細い身体を堅くした


「宇佐見殿は。。。。本庄殿(本庄実乃)と「よしみ」をお持ちで。。。わざわざ栃尾の城まで影トラ殿に会いに行かれたと聞き及んでおりますが。。。。」


苦しい息が漏れる

一言一言が「策謀」の重い計り

宇佐見は扇を少しだけ開いた心の平穏を数え息を整えると変わらぬ低い口調で返事した


「それは異な事。。。直江殿は二年近くも影トラ殿のために栃尾に同行しておられたではありませんか?。。これこそ強き「よしみ」を持っておられる方にそのように「疑われる」のは心外ございまするな」


震えを見せぬ意地の問答

「策士」を希望とする宇佐見の心は乱れていた

己の張った「策」。。。。越後に乱を呼び

自分の希望である「軍師」としての職務に有利につける側を探している事を


「逆手に取られて」いた


開いた扇を閉じ使者の返事を待った


「我が主は「守護代様」の命(命令)により影トラ様を「監視」しておりました。。。また我が主は今も春日山に詰めており「守護代様」の御為に働いております。。。そのように言われる事のほうが「遺憾」にございますな」


使者の返答に宇佐見は己の「敗北」を。。。。認めざる得なくなった

顔こそいつものように冷たくすましてはいたが

心にはあの日の敗北が蘇っていた

あのとき。。。敗北の戦の時。。。忠誠を誓った為景に「余分なことは考えるな」と言われた時に。。。。

為景の後ろに控えていた若造。。。。「直江実綱」の謀が。。。。己を上回った事に怒りに燃えた


だが

これ以上の問答は「美しく」なかった言葉を止めた宇佐見は手元に持った扇を腹に戻すと使者の「とどめ」を待った


それは

思った通りの言葉だった



「城内に準備された「軍団」を動かすことまかりなりません。。。それが「疑い」を晴らす唯一の作法と思いますが。。。いかがでございましょうか?」


「まことその通り。。。早計に逸る事なくココに留まりましょう」


宇佐見は屈辱に身を伏せた

枇杷島の部隊は守護代軍のために動くことは出来なくなった

そし

この非常事態を政景が。。。。「守護代軍」が知る事はついになかった





「宇佐見は来ないのか」


湿った地を馬に乗った私は段蔵に聞いた

「来ません。。。。正確には身動きがとれません」

雨で目の前を曇らせている道

私は顔あげてその粒を浴びながら


「残念だな。。。この大戦に来られぬとは。。。」


色々な思い。。。。

「策に溺れた策士」。。。情けを覚える事はなかった

たくさんの雲を早足で流す空

時は近づいていた夕方には雨はさらに降り我らの足音を消す

夜陰に紛れただ進めば朝を迎える頃には。。。。。あの政景と相まみえる。。。。


栃尾の全軍の前

私は大きく手を広げて言った


「見ろ!天地は滞りなく己の成すべき事を行っている。。。その行動に迷いも「謀」もない。。我らもまたそのように。。「あるように」戦おうではないか。。。」


空は夕闇を呼ぶ前

これから来る「戦」を予言するかのように

赤く燃え始めていた

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