表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
149/190

その32 狐火 (3)

信濃川河岸を揺れた「火」のごとく

「争乱」の「火」は揚北に流れるように伝播し姿を現し始めていた



守護代軍後退の報(報告)が届いてから三日後「黒川清実くろかわきよざね」は突如兵を挙げた

欲の皮も伸びきるほどに恰幅かっぷくのよくなった相撲取りのような体格で黒川は声高らかに宣言した


「我らは今より守護代様のためその「意(意志)」に逆らう不遜な「妹」影トラをが住まう栃尾を成敗する!!」


総勢千

栃尾という山城と相対するには心許ないが

「謀反鎮圧」を大きく掲げれば

これを機に所領を増やしたいと願う他の者も従える事もできるし

すでに複数の国人衆との連携もとれていた


「脅し」という征伐

頭をはっての戦を指揮するには十分すぎる数だったが黒川はさらに「欲」という収穫を大きく実らせたいと願っていた


己のだぶついた顎を揉みながら目指す「栃尾」の空を見た

暗雲。。。。


「殿。。。長年気苦労を振り払う好機。。。やってまいりましたのぉ」


若くに代替わりをした黒川にとって守り役ともいえた古参の家臣が後ろを従いながら

晴れる事のすくなかった主君の仏頂面が緩んでいる事で労をねぎらった


流れる雲。。それが運ぶ雨が長年の心労で干上がった心を潤したのか

小男黒川は機嫌良く大きく答えた


「うまくいけば阿賀野川からこちらにすむ豪族達の一つ頭を抜け上杉の譜代家臣にもなれましょう」

痩せた白髪の老臣も嬉々として告げた

黒川は満面の笑みで周りに頷く姿を見せた

従う家臣たちに笑顔をふりまき

馬までの道を共をする「稚児衣装」の愛姓あいしょうの手をさすりながら楽しげに語った


「そうよなぁ。。これでわしが揚北の名士としてなるわ」


長かった道のり

黒川は

守護代である晴景とは揚北の中では一番覚えがいいのは確実だった

それには自信があっただからこそ晴景の側にたって戦う事を決めた


もともと

上杉守護から拝領した土地を律儀に守ってきたのはこの地においてはもはや黒川ぐらいしかいなかった

それでも揚北の者たちと手をとりあってなかったわけでもない

人一倍の苦労の上に

微妙な「橋」の上を行き来していた


進む陣の中

幼い顔の残る小姓に馬を引かせながら「苦労話」を聞かせた


「今日。。。今までのわしの苦労が報われるやもじゃ。。。共に喜んでおくれ」



越後における守護「上杉」の力は長尾の先代「戦鬼為景いくさおにためかげ」の時には完全に骨抜きの状態にされてしまって

名ばかりの最上位各

あらゆる権利を「長尾」は独占した


その中に「領土」の問題もあり

それが未だに「越後」の混乱の一端となって諍いの元となり治世に暗雲を広げていた



長尾は自分たちの譜代になる家臣に守護の許可無く「領地」を与えた

そうする事で「上杉至上」の国人衆を抑えてきたのだが。。。。



黒川に言わすならそれこそが「不遜」の家臣でった


「危ない橋など渡れるか。。。。」


行軍する軍団の中今までの苦労の道程を歯がみして思い返した

為景の時にはなんとか「貢ぎ物」で難を凌いだ事

そのまま「強い長尾」が続くのなら自分が生きているうちはしかたなくとも従わねばならなかったが。。。

息子の晴景は守護代の地位に就いた途端「何故か」


「上杉守護」をもちろん名前だけではあったが「監禁」から解き

再び「越後」の頂点に据えたのだ


やはり「将軍」に任官された守護を頭に立てておかねばいつ何時「謀反人」に仕立て上げられてしまうかわからない。。。

だから晴景の弱さ自分に当たる風当たりへの緩衝として守護を復活させたと思っていた



それでも微妙だった「力」の綱渡り

だが

越後で上杉の力が弱まったとはいえ結局「関東管領上杉」が今も健在である事を考えれば

長尾の「分裂」は一気に滅亡に。。。いや「衰退」につながせる事は必至と見えた



関東に巨大な「力」を未だもっている「管領上杉」に従うのが上策であり

ともすれば越後における「管領家」の右腕にまで上り詰める事のできる好機は廻ってきたのである

黒川の顔はすっかりゆるみきっていた




「殿!!あれを!!」


稚児の細い手を馬のうえから撫でながら「取らぬ狸の皮算用」に浮かれていた黒川の耳に怒声に近い声が入った

「なんじゃ!!」


少なからず害された気分のまま目の前に走った使い番に

「慌てて事を言うでない。。。気持ちがそがれるわい」

まだ見ぬ勝利に酔ったように煙たがったが使い番は困惑の顔のまま「戦」の中にいるように答えた



「前方!街道沿いに軍団が陣を構えております!!」

「なんじゃと!!」


まだ

自領を出るところまでも進んでいない

年寄りの男たちは使い番を問いつめた


「旗印は?」



鳥坂衆とっさかしゅう中条殿のです!」


「中条。。。。。」

さすがに黒川もすぐに顔色が変わった

稚児を自分の馬の後ろに下げると自らも前衛に進み出た

目を細め確かめる

少ない風に揺れる旗は。。。。間違う事なく「中条」のもの



「とっつぁん!!そんな大人数でどこにおでかけだい?」


戸惑いの目。。向かう陣営を睨んでいた黒川にいかにも飄々とした軽い声がかかった

それはすでに「戦」に赴く装束をしっかりと纏った「中条藤資なかじょうふじすけの姿だった


茶色のおどしで仕立てられて大鎧

兜こそかぶっていなかったが中条の後ろには街道にそって陣を張った鳥坂の衆もがっちりと「戦」の備えにかたまっている事に黒川は素っ頓狂な声を上げた


「貴様!!何をしているか!」


中条は黒川の慌てぶりを楽しみながら馬を前に進ませながら顔を。。。

優男らしく方眉を上げながらせせら笑ったように答えた


「何って。。。そんな物々しいカッコで我が領内に近づかれたのでは。。。ねぇ。。」


脂汗を吹き出した黒川

「貴様。。。。わしと「事」を構えるつもりか?」

悠々と自分に近づく中条

もとより黒川とは所領争いで何度も小競り合いをした者同士ではあったが。。。

街道を通るのに争った事はない



「場合によっちゃ構えんにゃならんでしょうなぁ」


中条は悠然としていた

ただ一騎(もちろん後ろに控えの近習を従えてはいるが)で黒川と会話できるところまで進んできていた

黒川も自分の周りのものに手出しはするなと手で合図をした


「とっつぁん。。。。ココから先は通さんぜ」


とっつぁんと呼ばれた黒川は怒った

「今!!この越後にとって大事が怒っている事がわからんのか!!守護代様をお助けするのが我らの勤めであろう!!」

「守護代様からぁ何も要請はなかったが?」

相手の苛立ちを楽しむ中条は揚げ足をとる

顎髭を撫でながら



「とっつぁん。。。。。越後の大事なんてぇのはとっくの昔に始まってたんだよ」

中条の軽い態度の中に真実が見える


「だからだ。。。その大事を治めるために。。」

「その大事を治めるために「根」のはった尻を持ち上げてきたのか?」


ただ髪を引っ詰めただけの中条

馬を乗り潰しそうな目方(体重)の黒川に笑って言った




「守護代軍は「明日」負ける」



人のざわめきと同じく風が走る

「たっ。。。たわけた事を。。。。」

真顔なのか

いつものにやけた顔なのかどちらにしても中条の顔に「嘘」はなかった

真正面黒川の前に馬を進めてもう一度



「負けるんだよ。。。。守護代軍は。。だから今更ケツを揚げたって意味がねぇ」


悠々とした中条の言葉に

黒川は唾を吐いて返した

「たわけた事を!!たしかに緒戦では負けたらしいが数では未だ守護代軍が上回っておるわ!!この上信濃川を渡って栃尾が戦などに出られるわけがない!!。。。」

勢いそこまでを告げたが

終いになって声を濁らせた



「明日負ける?。。。。どうゆう意味だ」


「とっつぁん。。。さすがに吠えただけじゃおわらなかったか。。。いいところに気がついたな」


黒川とて今まで十分に「戦」とい日常を過ごしてきた男

中条が「何もなく」そんな大それた発言をするなどとは思えなかったのだ

。。。。。

黒川が頭を使っている姿を横目に中条は告げた



「守護代軍は。。。今「米山」の前に陣を構えている。。と言うことは?」


目を見張る。。。。



「栃尾は。。。。空か。。。」

黒川は愕然とした表情で

「ああっもちろん後詰めで我が家臣と栃尾の城の首尾隊は入ってるがね」


指をあげ風を読む仕草で中条は笑った

「とっつぁん。。。。あんたは何もかもに遅すぎた。。。」

「中条!!貴様にとっつぁんなどと呼ばれる筋合いはない!!だいたい貴様!!わしとそう変わらぬ歳であろうに!!」

馬から落ちそうな黒川を家臣達は支えてなだめた

「殿。。。そこは問題ではありません」


中条はひらりと馬ごと黒川に背を向けた



「何もかもに遅すぎたんだよ我らは。。。。長くこの地から春日山を脅かしどっちつかずな態度で「運気」を見定めていたなんて言いわけだ。。。。立ち上がった炎はもう消すことの出来ない「大火」と変わったんだよ。。。あきらめな。。。とっつぁん」


歯ぎしり

黒川は自分で自分の歯をへし折ってしまいそうなほどに歯がみして


「だとして。。。貴様、。。。あの「小娘」に従うつもりなのか?。。。正気とは思えん」


眼前に己の陣を見ながら中条は自分の胸に手を当ててみた

ほのかな暖かさが伝わる

胸の中に

懐紙の中にいるのは。。。。


軽く息を吹いた


「オレは「女」には逆らわないと決めているんでね。。。何の問題でもないよ」


さらりと告げた





この日

長尾政景の本拠地である上田に対し「高梨政頼たかなしまさより」が兵を挙げた

守護代軍に大量の人手を取られてしまっていた政景の父「長尾房長ながおふさなが」には仰天の出来事だった

またその布告に対して「布告さえも」争うように「栖吉長尾すよしながお」から秋明院しゅうめいいん自らが立ち同じく上田に兵を挙げた


栃尾で掲げられた護摩の火は確実に伝播し中郡なかごおりから火は越後の各地に走ったのだ


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ネット小説ランキング>歴史部門>「カイビョウヲトラ」に投票 ネット小説の人気投票です。投票していただけると励みになります。 人気サイトランキング
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ