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その32 狐火 (2)

黒川清実くろかわきよざねが己の欲のために揚北あがきたにて兵を挙げる準備に入った頃




守護代軍は信濃川を渡河して以降の「後退」を続けていた

信濃川の河岸には千単位もの軍勢を引き留める平地が無く陣地をとれなかった事が一番の問題点だった



何度もの氾濫を起こしていて川幅が一定ではない

つまりまともな地面が無いという事で広範囲にわたり沼のような「湿地帯」になっている

結果

同じ渡河地を何千もの兵が渡る事ができず

向かう川岸にたどり着くことにさえ難渋し手間どったほどだった




渡河から三日。。前進する事はなくズルズルと後退ばかりを強いられていた政景の苛立ちは絶頂を通り越していたが

陣が張れないのではどうにもならんと言う思いと。。。解消されぬ謎で帳尻を合わせている様子だった


狐火きつねびが来ると農兵たちが騒いでおります」


陣内の様子を見て回ってきた彦五郎が政景に告げた


「狐火か」

「はい。。。信濃川の向こう岸。。我らが渡河した翌日の夜からずっと見える「火」を恐れています」


政景は「何か」わからなかったようで頬杖をついたままかえした

「それで何かあったのか?」

彦五郎は少し口ごもったがこの後に及んで「言い訳」のような報告をしても仕方なしと思い切って言った


「脱走を止めるために少し斬りました。。。」

「やむおえんな」


苦渋の決断をした彦五郎に即返事をしたのは「樋口」だった

若者の決断が「誤り」でない事を認めてやらねばならぬと

となりの床机しょうぎに座していた国分佐渡守こくぶんさどのかみは立ち上がり

政景がまた苛立ちを吐き出す前に「策」を語り出した


「脱走はこれで止まるでしょう。。しかし我らは「米山」の手前までは後退せねばなりません枇杷島勢びわじまぜいが支度を終え合力するための陣地を得るのに時間がかかりますから。。。。」


政景はただ地図だけを睨んでいた

頭では解っている

声を荒げて状況が変わるわけでもない

自分たちの行動が時節を軽んじた早とちりであったことが大きな痛手になっていた


「同じ理由で与板よいた直江なおえが動かないのは幸いです」


一喜一憂


収穫期のこの時期

農民の兵たちは

田畑を残したまま「死」に繋がる仕事はしたくない

そうでなくても今年はそこそこの収穫が見込める

男手はあればあるほど助かるが無ければ畑をダメにしてしまいかねない



だから脱走する


そしてそれはどこの所領でも一緒だ

川を渡った日の昼前には早馬を枇杷島に飛ばしてはいるが。。。。結局そういう事なのだ

「収穫」が一番の事業で。。今。。「戦」は大切ではないのだ

足並みを揃えて「戦」に望みたかったら枇杷島付近まで後退せざるえない


同じ理由で「与板衆よいたしゅう」は動かない。。影トラを支持していたと噂の高かった「直江」が春日山に詰めている事もあるが「挟み打たれる」という脅威は今はない

ただ

春日山に走るであろう伝令にだけ注意を払ってはいた


一方政景たちが

この状況下でできる事は速やかに枇杷島の「宇佐見」の要求に従って地味な後退戦をする事


。。。。。

しかし



「坂戸からの手は?」


政景はただ状況を確かめるように続けて聞いた

「坂戸からの手は。。。無理にございましょう」


坂戸

自らの所領からの救援は。。。。今更あり得ない事になっていた

早い時期に集兵して連れてきた農兵は「千」。。。半分が脱走してしまっていた

「収穫」

やむおえぬ事なのだが

逃げ帰った者たちを再びココに集める事は難しかった

もちろん

なんらかの見せしめ的処罰は免れないが

実質坂戸の収穫を送らせるわけにもいかないし

政景の父が息を吐いて叱りつけ「戦場」に戻そうとしても反感を呼ぶのは目に見えていた

顔をあげ大きく息をついてもう一つ聞いた


「栃尾はどうしている」

「わかりません」

座りなおした政景の疑問に彦五郎が即答した


「渡河から向こう「軍団」が動いている。。。。という感じはないのですが。。。」

「なのに狐火。。。」


政景は己の座った位置から湿地帯の向こう今は遠くなった信濃川の河岸の方角に目を向けた


夜になると「火」が揺れる

渡河した最初の日の夜にもそれは現れていた

警戒を怠らず「栃尾」の出方をうかがっていた監視の使い番は「追手」ではと青い顔で報告をしたが

火はただ悠然と川にそって何百も揺れるばかりで。。。。迫手はこなかった


翌朝

「枇杷島」から歩調を合わせるためにも「後退」せよという指示が来たときには火は姿を消していた

静かな川の音が聞こえるだけだったが。。。

十分に兵は浮き足立ってしまっていた

その日は朝から「策」のために「後退戦」の陣形をとりながら川から五里(約十八キロ)を退いた

三千を要する軍団としてはかなりの早足であった



が。。。。


その夜にも新たに張られた陣営の前に「火」は揺れた

前日と変わらぬぐらいの位置関係を保ち「火」の列は無言で揺れ朝には消えていった

物見をだそうにも「恐れ」て誰も出ようとしない

それで彦五郎と数名を佐渡守が使わしたが二里(約七キロ)は向こうに光る「火」は彦五郎が近づいた場所にはまったくなかった



それが脱走に拍車をかけていた


いつからそんな「噂」があったのかわからなかったが

守護代軍内部で影トラの「容赦」のない「鬼」という「噂」が大きく聞かれるようになっていた



何かに追われる焦りと「不気味」な火

三日間。。夜に続いた「火」を農兵たちはみな「狐火」と恐れだしていた


離れない「火」

何かが確実に近づいているだが姿は未だ見えない

現在十二里後退。。。枇杷島の領内には入っている「宇佐見」の提案に従いさらに小川をわたり「米山」の前に陣を敷く

そこまではなんとしてもこの三千の部隊を保たせなければらないが


肝心な「栃尾」が向かってきているという報(報告)は入っていなかった


「狐火だとするならばアレは我らをココまで栃尾の追撃から守ってきていたと思えばよろしゅうございます」


物言わず

不安に頭を悩ましている政景に物事を良い方にと老将の樋口は言った



「迫られているのではないのか?」


だが

「火」が追って来ていると言うことに政景の心の動揺は隠せていなかった

安心してしまいたくないという思いが反対の意見を言わせる

見てしまった

あの「苛烈」な戦を

護摩の火によって先発した部隊を失った時の事を

百の兵達の「阿鼻叫喚」

崩れた櫓の下で揺れた助けを求める手



「夢」に現れるほどの「狂気」



廻る「悪夢」を抑えるように

額に手をあててもう一度政景は聞いた


「火は。。。栃尾の「策」ではないのか?」


主君の濁った表情に彦五郎は何もかえせなくなったが

父の佐渡守は代わりに


「だとしても次は完全に待ちかまえての「戦」です。。。あれ以上近寄ってこない「火」を恐れるのは無意味です」


強く答えた


「栃尾は。。。追ってくるのか?」

大事な質問

陣幕に揃った一同は誰も答えられなかった


後退はした

追ってくるのは「火」だけ

見えない敵



「このまま。。下がったまま栃尾がこなかったらどうする?。。今一度栃尾のあの砦を攻めに戻れるのか?」


冬の近づく中

冷たい風がながれる陣で政景はびっしりと汗をかいていた

「負けられない」という思いだけが意地になって空回りを続けている

もしも

このまま栃尾が攻めてはこない。。。。などという事になれば

緒戦に怖じ気づいて十里以上も逃げた事になってしまう


焦り



「必ず来ます!!」


政景の頭の中に廻っていた悪夢を割って国分が地図のある台を両手でかち割らんばかりに叩いた

戦い続けまだ真新しい生傷を増やしている猛将は睨む目で続けた


「影トラは「待つ」などという事のない将です。。。砦の戦でも「待っていた」のではなく「待ちかまえて」いました。。「戦」をする気でいるのです。。。心を押されてはなりません!!弱気になってはなりません!!」


「待つ事も「戦」耐える心も「戦」にございまするぞ。。。」


国分の怒号に樋口も「経験」を告げた



「わかっておる!!」

老人にどやされ正気を取り戻した政景は悔しそうに答えた

そのまま顔を空に向けた



「雨。。。。。」


夕暮れの近づいた陣所に少ない雨が降り始めていた

国分は息をつき

「今日は「火」が出る事はありますまい」

政景が濡れぬように陣幕の布を開いた彦五郎も空を見渡しながら言った

「雨になれば。。。火も休む事でしょう」



その夜は「冬」を近づける激しい「雨」が続いたが


「火」は現れなかった


翌朝少し勢いを弱めた雨の中「守護代軍」石川を渡った

「米山」を背に広がる台地に陣を構えた

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