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その31 護摩 (5)

「年寄りどもは慎重すぎてイカン!!」


後衛の陣に戻り彦五郎の「諫言」を無視した政景はむしろ「禁」を破ったことで自分が一つ大きくなったとさえ思っていた

口に出した「蛮勇」に立派な「英断」をくださしたと胸を張った


「退路を確保せねばなりません!!お退き下さい!!」


政景の足下まで伝令として到着し父の「指示」を告げた彦五郎は目の前で下された「突撃」の号令に猛然と反対したが

政景の目には

父の命(命令)に忠実な彼の姿は。。。

その言葉が冷静に自分を冷やそうとしてる事に。。。

まるで「子供扱い」されている気分になり腹立たしさを増した


これまで自分を引き留め続けた「年寄り」たちの事が頭によぎった




「まだ早いのではないか?」


政景は父.房長ふさながは晴景との駆け引きじみた「守護代の座」をめぐる策謀が始まった時からずっと「慎重論」を掲げていた

春日山についてからの息子の状況。。「旗色の悪さ」に何度か出直しさえも進めていたが

政景は絶対に曲がらなかった


「今度は負けない」

父は

為景に「戦」で完膚無きまでに負けたわけではなかった。。。

ただ運気が自分の側に流れて来なくなった事を理由に「戦」を止め為景の元に下った

口癖は



「時が我らに有利に働く日を待つ」



。。。。。



「待つ。。。。」

政景は子供心に納得はしなかった

「戦」に勝って

徹底的に勝って

「強い者」こそが「守護代」になる


それを具現したのが「為景」で

まったくの皮肉な事にそれが政景の目標になっていた


「武力」を輝くものに見せた為景をまともに見た事はなかったが

聞くばかりの話の中でもその武威は衰えてはいなかった

だから「弱腰外交」を続ける父達が許せなかったし

その英雄的為景の後を継いだ晴景も。。。。



許せなかった


そして

「影トラ」

女である影トラを前に「退路」を確保して「戦」に望むなど。。。


政景には絶対に許るされない事だった




「力が全てだ!!」

若殿を粘り強く説き伏せようとしていた彦五郎を睨んだ

己の根底にあった言葉で罵倒した


「戦え!!徹底的な勝利を!!軟弱な「策」はいらん!!」


もはや助言などただの「言い訳」にしか聞こえない

なんとか事を納めようとする彦五郎を無視し

軍配を高く挙げて「全軍」に叫んだ


「進め!!ココより先ただ勝つ事のみの「戦」を戦え!決して怯むな!!」


指示は素早く前衛の「樋口隊」に届いた

砦からの矢はあきらかに弱くなっていた

前衛二百の隊が構える弓隊の数に栃尾側はまっく勝てていなかった

最初に飛んだ火矢の威勢はすでに消えかかっている


「槍隊構え!!突撃!!」


左翼最前線で老臣「樋口」は賽を振った

前衛は激流のごとく砦の塀に殺到していった

仕寄りの仕事もそれほど抵抗をうける事がなかった事で政景は確信した



もはや栃尾側に「勝機」はないと


「危険です!!あんなにすんなりと塀を破らせるなど。。」

行軍にあわせ前進していた政景の馬に彦五郎が飛びついた

「離せ。。。」

冷徹な言葉とは裏腹に政景の軍配は彦五郎の頬を叩いた

殴られ兜を飛ばした彦五郎に

唸る声は告げた


「勝てる時に逃げる事を考えるなど!!縁起の悪いヤツはココから去れ!!」

「慎重である事は負ける事とは違います!!」


それでも引き下がらず馬の前に身体を回した彦五郎は父親と政景に殴られ腫れ上がった口元を苦く曲げて続けた


「お聞き入れください!!」

だが手から馬ごと政景は強引に離れた

そして

吐き捨てるように言った



「退路の確保はオマエが「勝手」にやれ!!後の者はみな戦え!!」


そういうとさらに前に歩を進めてしまった

彦五郎は「はいそうですか」などと言えない立場だが見渡せば父の隊も前進を始めている


「どうされますか?」


国分家に仕えている室坂の部下が心配そうに聞いた

へこたれている時間はない

父が前進したのは間違いなく「樋口隊」の前進に歩調を合わせたからであり「望んで」前にでたわけではない


父の指示は変わらない。。。。

切れた唇を手で拭い彦五郎は強く部下たちに激した


「退路の確保に勤めよ!!ワシは殿を守る!!」


忠臣たらん勤めと父の指示を素早く伝えると

槍を持ち政景の元に突っ走って行った





「潮流。。。。」


第一の塀に殺到する「守護代軍」を見ながら私はつぶやいた

緩やかながら湿った風は私の身体を巻き

そのまま下方に向かって降りていく


私の目には展開する前衛の指揮のために間近にまで自身をさらけ出している政景がよく見えた


威勢が良い。。。。

だが

苛立ちを全面にだしながらの声には「怯え」は残っている

それは「勇ましい」が悲しいほどの脆さを隠すための気勢だ


風に震える声はそういう匂いを感じさせてくれる



そしてそれは

私の感にさわる声だ。。。。弱い者が。。。

身の程知らずが。。。。

苛立つ


「だまらせよう。。」


もう十分にあの軟弱無骨者と付き合ってやっただろう

笑って付き合ってやったのだ

もういい


顎をあげ見下す



「もう死ね」


丘から向かってくる軍勢に吹き下ろす風に言霊

死ねとオマエ達を激励するよ


私の目線の先軍勢が第一の空堀に梯子をかけ仕寄りをすませ大挙し始めた

もうその場所に「栃尾衆」はいない

それはいかに危険な事がまっているかを告げている「行動」なのだけど。。。


でも


オマエ達は向かってくる


私の思案のままおそらく金で集兵された「ならず者」達は我先に二の壁である乱杭の方に向かう

何に目がくらんだ?

ココに


オマエ達の求める何があったのか?



私は決して動かず砦の前

屋敷の前に「ならず者」たちからよく見える位置に立ち手招いた

同時に

手を挙げ実乃に合図を送った

死地に入ってくるものに苛烈なる「花」を


時はキリキリときしみ動き出す



遮二無二ココを目指して駆け上がる「餓鬼」たちの姿に「制裁」はもっとも望ましい褒美と理解できた


「さあ。。。ココへ。。こい」


さらに招く

キリキリと招く


右翼も左翼も同じぐにらいに一の壁を突破してきた



「どこまで引き入れますか?政景を待ちますか?」

伝令の頭として走り回っていた段蔵が私の後ろで報告をした


「政景はこない。。。。ココまでこれない」

振り返ることなく言う

「前衛も両隊が全部入りきる事はないだろう。。。それは疑ってくるからな。。。」



国分。。。

負け続けた男は絶対に全部の隊を前に進ませる事はない

すでに後続の動きに停止がかけられ始めている

十分に探るつもりなのだろう


「段蔵。。。もう良いぞ高井楼たかせいろうの元に指示を」

「はっ!」


素早く指示を下す翻す

「祈り」の運命に繋がった栃尾の全ての隊に命(命令)は下された



「護摩。。。」

私より一段前で楯を持つジンの声が。。。。まだかすかな「恐怖」

「戦」と言うものを初めて見る「畏れ」か?


でも私の仕方だ

隠さぬ「戦」への心をココで最後まで見てもらう

全てをココより始める大いなる儀式だ

空を仰ぎ祈る


「大いなる祭礼。。。護摩を焚き調伏ちょうぶくを行う」


そう言うとジンよりさらに前に向かって歩き出した


その間にも

みるみる二の杭を駆け抜ける「餓鬼」

自ら終わりに向かって走る者達の目はまったく曇りきっていた

彼らが何者か?

収穫の途中で「金」を得てさらにそれ以上の「何」を得ようとココまでやってきたのか?


そんな者にどんな「宝」が

それらうらぶれた者達の顔をよく眺めた。。。。

死地の先。。。にようこそ。。。


だから

安心しろ

安心し。。。。。心して逝け



両手を開き


「調伏!!!」

叫び手を胸の前に音高く合わせた

「捧げよ!!」



雑音を貫く私の声は首尾に着いた栃尾衆の耳に十分に届いた

引き裂く声に「餓鬼」達も何かに気がついたが後の祭り

いや

「祭りの中」ではもう遅い


号令とともに

砦の前方左右に立てられていた高井楼は後続の道をふさぐように倒れた

轟音

高くそびえていた空の櫓は落ちると同時に「炎」を上げ

堀切の近くに積み重ねてあった「わら」にも同時に火が走った

一の塀を飛び越え殺到していた部隊は一瞬にして落ちた櫓の下に潰され

その上で撒かれた火に一斉に悲鳴を上げた



もう遅い

なだれ込んでいた部隊の半分は後続から切り離された

前を走っていた兵たちも愕然と後ろを見た



「オマエたちは護摩に捧げられし木である。。。煙とともに天に逝け。。そして天の恩寵にあずかるがイイ」


私は笑う

彼らに最大の「宝」を与えられたことに満足して

その祝福を邪魔する「阿鼻叫喚」を止めることも喜びの仕事だ

構える私の前

三の杭前に火矢をつがえた実乃達


「すみやかに燃えよ!!」


英断の手は振り下ろされ

炎を背に逃げ場を失った守護代軍前衛隊に百の矢が放たれた

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