その6 初陣(1)
待ってはいけない
自分に言い聞かせた
考えてはいけない
迷いを持ってしまわないために
戦うのだ!!
号令をかけて城に歩きながら言った
「軍議する!支度いたせ!!」
まるでその声を待っていたかのように
栃尾の臣下たちは声をあげた
「ははぁ!!」
みんな顔を紅潮させ
「いくさ人」の構えになっている
「その言葉。。。待っておりました」
実乃も同じく
力のたぎった表情になっている
私は深くうなずいた
「私を試すような事。。。断じて許さん!!」
城の広間に行く前に着替えなければ
これはもう「非常」の事態だ
迷いを消し
領民のために
戦いの矢面に立つことが「長尾守護代家」の最重要任務だ
私は急いで自室にもどった
部屋まえに侍女が三人待っていた
「今日はもうよい」
怒鳴るように言い伏せた
こんな日にかしずかれて,食事をとるなどまっぴらごめんだ
「影トラ様。。」
侍女の一人が静かに言う
いや。。。
侍女じゃない
「直江実綱の妻にございます」
目元優しい女性
直江に妻がいるとは知ってはいたが
無礼な物言いだと思い身を正した
「具足をお持ちしました」
部屋に目を向ける
そういえばココにくる時に,母から送られた品にあった
台座の上
慄然と飾られた「具足」を見た
艶やかな色
朱に青。。。
。。。。
具足。。。
頭に何かがよぎる
コレは。。。「影」?
何度か
宴や儀礼で着たことはあった?
初めてみるわけではないのだが。。。
いや
今はそんな事を思い直している場合じゃない
しかし。。。自然と遠いまなざしになってしまう
。。。。
よもや
僧になる事を目指した自分が
自らこれを着る時がくるとは思わなかった
これを纏「戦」の世界に入ってゆくとは。。。
「こちらに」
直江の妻に呼ばれるまま
初めての具足を身につけた
少しづつ
重ねられるように着付けされてゆく
「重い」。。。
身体が重いという事とはちがった
これが
「戦」に行くという心の重さなのか?
私に科せられた「任」なのか?
。。。
こんな時なのに。。
いや
きっとこんな時だからこそ
手際よく具足を着けていく侍女たちの
艶やかではなく
質素な着物
細やかな手が
続ける作業に見とれた
それが少しづつ冷静に
ただ激するだけでない「冷徹」な意識を抑え
戦いに燃える心を静めていく
矛盾する
心のせめぎ合いを目を閉じて感じる
私の中にあるこの気持ちはなんだろう
たしかに
烈火のごとくの怒りがある
いや
今はそれでいっぱいだ
なのに
戦いたくない気持ちもある
争いは
人の世の常で
そこから解脱した「世界」が御仏への道だ
そしてもう一つ
これは
林泉寺をでてから
よりいっそう感じるようになった事
「女」という自分
何故。。。。
どうして母は願うほどに,私を寺に入れ
僧としての生活をさせたのか?
なのに
今になって「戦」の中に私は深く入ってゆく
何故
「女」という生き方ではいけなかったのか?
もちろん
私自身がまだ「女」という事を理解しきれてもいない
今までだって
そういうふうに扱われた事がなかったし
ココにきた時もそれは変わらなかった
誰一人として
変化なく
私を「長尾守護代家」の武士として迎え入れている
考える事ではない
つまり「そういう」存在としてココにいる
男であるとか
女であるとかは関係ないのだ
迷いに目を閉じている場合ではない。。。
「軍議の支度できてございます!!」
威勢の良い声が部屋の前から聞こえた
「すぐに行く!!」
そう答えた
「女房殿。。支度が出来たのならば部屋をでてくれまいか」
私の言葉に支度の箱を持ち,直江の妻と侍女は頭をさげ退出した
気持ちをよりいっそう落ち着けねば
静かに数珠に手を通し籠手に巻いて
「禅」を組んだ
「御仏に仕える私が戦う事。。。許したまえ。。。」
「御仏に仕える私の戦いを。。。見守りたまえ。。。」
良いことなのか?
悪しきことなのか?
「私は今より領民を守る者として戦いに赴きます。。どうか御仏のお導きのままに」
一心に祈った
何度も
何度も
民を守り戦う事。。。。血涙の野に降りる事。。血の嵐を起こすこと許したまえ。。。。
「戦え」
祈りの間
頭に声が低く響く
「戦え」
聞こえた。。。。
祈り
チリチリとした感じ
眉をひそめる
激情を身にまとう
それは「黒い」感情?
顔をあげ
部屋をでた
私は「いくさ人」で「武士」だ
広間にはすでに諸将たちがならんでいた
「こちらに」
実乃の招きでそのまま上座についた
ココは戦場だ
昨日とは違う顔の男達が座っている
「中郡の治世をみだしている三条衆を討伐する」
私の言葉を男たちが食い入る表情で聞いている
「これ以上,長尾守護代家の影トラを試すこと許さん!!」
言葉とともに怒りが蘇る
あの子供達
あの老人達
私の存在を試し
おもしろ半分に領民を苦しめる者たちを断じて許す事はない
「城の首尾を固めよ!!」
正面に座した実乃が言う
「籠城するのですか?」
「違う」
私はいつになく
いや
まるで別の人格が入ったかのようにしゃべっている
「やつらが欲しいのはこの城を含む栃尾の全て,故にココで死地滅にしてやる」
きっと笑っている
私の顔は
そして目を見開き諸将の前
身を翻し叫んだ
「この戦で長尾に逆らう者を滅する!!長尾影トラどんな者と高みの見物を決め込む輩の肝を冷やしてやる!!」
男たちの目に「闘志」が宿る
「三条に勝つ事だけが目的ではない!!」
立ち上がった
「守護を軽んじ,領民を顧みぬ者たちに罰を与えるのだ!!」
拳を握り「激」をとばした
栃尾の重臣たちはみな平伏した
「ははぁ!!」
頭痛に近い,もやを感じた
それは「黒い」何かだったが
その痛みは心地よかった
今は前を向くのみだ。。
私の初陣が始まる