その30 鼓動 (5)
夜を眠らぬ心達
夕刻,今一度「栃尾」の出方をうかがうように騎馬の使い番が出城の廻りを偵察し
その足を自陣に向けて走り去った事を見計らったように
陽が寝むりに沈む夜を迎える頃から
「栃尾衆」は活発に活動を開始した
眠らぬ「力」
私は高井楼の後ろ乱杭に幾重にも囲まれ少し丘になった部分に立てた粗末ながらの屋敷にて
各所の報告を聞いていた
多くの光を灯すことは出来ない
夜陰に動く者たたちが「自分たち」だけではないと心得ながら慎重に動く
屋敷の中も奥まった広間にだけ一つの灯籠が置かれ
私はその上座
真ん中に座っている
風は冷たい
しかし
心の芯に燃える「義」によって身も震えはない
「栖吉衆金津率いる三百と本隊「長尾景信」様方三百は榎木峠を越え所定の場所に待機,決して政景殿の軍勢を坂戸に退かせぬ構えも整ったとの事。。。なお栖吉本城の守りは秋明院様自らがお立ちになっておられております!!」
栖吉からの「影」働きの者が告げた
頬を紅潮させ
「大御台(秋明院)様曰く。。政景と刺し違えても坂戸には返さぬとの事!」
最後の調整に集まり始めた男達の背中を叱咤する御婆様の「意志」に強く責任を感じた
「わかった!!」
私も拳に力を込めて返事する
続く秋山
「予想どおり守護代軍はココから一里と少し(約五キロ)念覚寺あたりに布陣しております」
部屋の中には甲冑姿の男たちが次々と「準備終了」の報告を肝に刻むように聞く
闇に飛ばした者立ちはさらに詳しく報告を実乃が告げた
信濃川のぬかるみを抜けた少ない平野に守護代軍は陣を張った
後は峠を一越えで栃尾に入る
地図の上に指をすべらし駒を突いた
「兵糧はどうしたか?」
「段蔵からの報告にて念覚寺に止めておいた二十表(約千二百キロ)ほどの米は「獲られた」様子です」
眉を少し動かす
「守護代軍を「お迎え」するために「馳走」せよと。。。。守護代軍の中にも「策士」がおりますな」
実乃は状況を少しづつ読み取るように話す
解ること
峠を越えるため
栃尾の城を追い落とすために
「最後」の「気勢」を上げるためにも必要だった。。。。のだろう
しかし二十では。。。卑屈に口元だけで笑ってみせ
首を少し揺らして聞いた
「ならば中西は今日最大限に働いておると言う事よな。。。。」
少しづつ
明日の場面が浮かび上がる
実乃も高く上がってしまいそうな声を落とし返事する
「全ての準備整ってございます。。。」
「良い」
忙しくそれでも足音にさえ気遣いしながらも届いた多くの報告はついに終わった
すべて
綿密に決められた動きがココに整った事に私は満足して答えた
禅をほどき
前を望む
私の前にはがっちりと「戦」に望む姿に変わった「栃尾衆」仕官達と揚北から駆けつけた五十の男たちがいる
立ち上がり
静かに見回す
暗い闇の下一つの灯籠のか細く揺れる炎の中に
凛々しき「武者」たちが整然と座っている
なんと美しい事か
濁りのない目の光りがそれをよく現している
みなこの「義戦」に戦う「鬼」となった
私も鎧直垂の姿だ
「明日「長尾守護代軍」の旗を掲げた者がやってくる。。。曰く守護代様の「意志」を持って「軍」を進ませて。。。。ココに来る」
闇の間
低く低く私はゆっくりとした口調で切り出した
控える者たちはみな私を見つめる
「私は知りたい!!」
拳に力を
右側に歩き実乃。。。秋山の前で
「何故。。。有らぬ諫言のみを信じ「栃尾」を「不義」と定めココに兵を使わしたのか?」
振り返り
左側をみて
「私は知りたい!!」
控える男たち
やたろー
その仲間達
そしてジン
「その意に添ったという長尾政景殿の本心を。。。それが守護代様の「望む」ものなのか?」
正面に向き直った
壁の前
屏風に掛けられた艶やかな真っ赤な打掛
「明日。。。それをあきらかにする」
実乃が聞く
「もし。。。あきらかにされたそれが「正しい」と思われたのならば。。。どうなさいますか」
会見の中身によって私の心が揺れ動いてしまう事を恐れているのか?
それはない
心はいつになく冷静である
向き直り
みなを見回した
「政景殿が正しいのであれば。。迷うことなく我らと共に守護代様の「真意」を聞くための戦に参加するハズだ。。。違うか?」
私の心は静かながらに怒っていた
出所のワカラナイ流言を鵜呑みに「収穫」という大切な日々を「戦」に費やそうとするしる兄に
そんな不行き届きな状態にある兄を諫めるでなくただ指示に従って兵を挙げた「姉」の夫に
「政景殿に「義」があるのならば話せばわかる。。。ただの一言でわかる」
「政景殿が不義であれば。。」
「滅する!!!」
まだ私の中に迷いがあると心配する実乃の言葉を斬った
「顔をみれば心がわかる。。。声を濁せば嘘とわかる。。。話しを聞けば「不義」とわかる!!。。。実乃。。。私は何にも臆してはおらん!!!政景殿の「目指す」中身に「義」があるのかを知るために会見するだけ!!」
そこまで言うと目の前で手を重ねた
「迷いはない。。。兄に私は必ず弓引く。。。その思いで進む」
大きく手を広げた
「集いし武士達よ!!「越後」のため!!国民のために!!共に戦おうぞ!!」
両の手を高く掲げ気持ちを押し上げて重ねた
静まった夜に雄叫びを揚げてしまいそうなほどの勢いの男たちを手で止め続けた
「祈れ!!戻ることのない「大戦」に。。。我らに「勝利」と「加護」をと!!」
「観音菩薩の元。。我らこそが「長尾守護代軍」である事を示してくれよう!!」
激する声はみなの心にしみて姿を隠した
朝日がくる頃。。。。。
その時まで
「トラ。。。」
ただ独り打掛に向かって座していた私に
いつもどうりのジン声がかかった
小屋の粗末な戸を開けたところにジンと猪が立っていた
猪は実乃と変わらぬ鎧姿になっていた
「朝方までの少しの時でも。。お休みになってくださいませ」
そう言って戸を閉め風を遮った
私は頷きながらも目の前の打掛を見ていた
「秋明院様らしいすばらしい打掛でございますね」
「うん。。。」
猪は言いながら掛け布を私の元に持ってきた
その後ろに続き簡単に組まれた板間にジンもあがった
赤に金糸。。花と蝶。。。地無しの豪華な絹
背に回る「虎」
明日のために急遽取り寄せた打掛は栖吉の景信殿の内儀からの物だったが
御婆様が作らせたばかりの素晴らしい色合いだった
「凄いな。。。目がくらむ。。」
私の後ろに座ったジンが目を細め頭をポンポンと叩いてみせた
「明日。。。着るんだろ?」
「ああ」
私の返事がいまいち乗れていなかった事を即座に感じとったジンは口に手をあて笑みを隠して
「いやなの?着るの?」
何か気になる聞き方
顔を見合わせて
「似合うかな。。。」
地味な心配
何しろ今まで「女物」という小袖を着たことがない
「策」のために明日初めてこれを着るけど。。。。触れたことのない物だからどう
着て。。どんな風に振る舞って良いかさえわからない状態だった
そんな困った思いで口をへの字に曲げた私を茶化してジンは
「馬子にも衣装っていうじゃん」
「いつ私は馬引きになったんだ」
私の「変な」焦りをジンはしっかり読み取っている
隠してない目もとはもとより隠した口は絶対に笑っている
「何笑ってるんだよ」
殴るそぶりで詰め寄る
睨む私から顔をそらしたジンは手でなんでもないと合図しながら
「似合うだろ。。。。。一応女なんだし」
一応。。。。だと
首がゆれる
「コレ!!陣江殿!!失礼ですぞ!」
少しばかり苛ついた顔した私を見ていた猪がジンの襟を引っ張って怒った
たしかに失敬な応えだったけど
怒りにはつながらず心が安らいだ
急に猪にこづかれるジンの姿に笑い
まだ「減らず口」が聞けるまだ心が「真っ黒」に染まっていないと気持ちを確かめた
「いいって。。いいさ!」
笑って見せた
「ジン。。。頼みがある」
十分にほぐれた気持ちで向き直った
「この「戦」で私が。。。もし「真っ黒」に染まって心を見失いそうになったら。。。必ず止めてくれ」
私の言葉に猪は即座に下がり控えた
ジンは無言で頷いた
「だから今度の「戦」では私の馬廻りに加える。。戦にもっとも近い場所だ。。危険な場所だ。。だけどいてくれ」
強くありたい
そう願うのだけど。。その願いで真っ黒に染まり「闇の意識」に飲み込まれたままで良いという戦ではない
特に。。。今回の「戦」は冷静さと最後まで「自分」である事が必要だ
「私の近くにいてくれ」
「いつだって近くにいる」
ふざけた態度はとっくに消えた
真顔のジンはゆっくりと私の手を取って優しく握った
「決して離れない。。トラの近くにいる事がオレの仕事だろ」
夜明けまで後少し。。。。
今まで早まっていた鼓動はジンの手を通し伝えられた力で落ち着いた
後少し
後少しで。。。。始まる