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その30 鼓動 (3)

春日山に残された綾は一人奔走していた

良人(つま.夫)政景まさかげは血の気にまかせ晴景はるかげ手のひらの策に踊ってしまっているとしか思えなかった

どれほどに彼が

自分に向かって笑顔と自信を振りまき

「心配ない」と豪語しても。。。。。



やはり巧みな言葉とその手の中にうまく誘い込まれてしまったとしか思えなかった

春日山の屋敷を繋ぐ渡り。。。

かつてその向こうの一室が自分に与えられた部屋だった

外が「戦」に溢れていた頃を思い出し背筋が震えた

同時に

そんな「戦」の日々にあっても書物を重んじ自分にもそうあるべきだと「優しく」教えた晴景の事を思い出した


昔から晴景は知識者であり「賢者」だった

幼少の頃

綾に漢字を教え

良き書物の選択をしてくれたのは晴景だ


その教え方は「心地よい」


頬に少しの秋風を受けながら

ほどけた櫛(髪)を整えながら記憶を辿る


心地良い教え

そして

しらずしらずのうちに知りたかった事や望んでいた事を見透かされてしまうほどに


巧みで

丁寧な言葉回しと。。。。美しい目



それが晴景という守護代



父,為景のように「力」が全てではなく

嵐吹き荒れたこの「越後」の多くの難関を「頭」で制してきた人

他の無骨な男たちが「弱腰守護代」などと罵ろうと結局それを上回る「武」の者はおらず

また「武」に溺れた者では「英知」に反発する事など出来なかった

結局

みな

「愚痴」をこぼしながらもこの「守護代」に従わざる得ないほどに「知恵」と「知識」で押さえつけられていた




それを思い出せば

悔しいばかりだった

何故もっと早く「知恵者」である守護代に相対する事が無謀であるかを夫に知らせられなかったのかと

政景はやはり「知恵」で晴景を上回ることができず。。。。。嫌でも

「操られている」事を感ぜずにはいられなかった



それも「悪い方向」に


だけど

だから

だまっているという状況でもない


夫が悪しきに逸ってしまっているのなら

妻が良き方向を探さねばならない


綾は「戦」を外れた女は黙している。。。そんな大人しい「女」ではなかった

刻々と時は迫っている

このまま政景が「影トラ」を征伐してしまったら。。。。きっと「悪い」方向に進んでしまう気がしてならなかった


だから静かに城に留まっている事などできなかった

留守居になってから活発に動いていた

今日も

ついさきほどまでの刻

母,虎御前の説得に当たっていた

もともとこの「戦」を「加速」させてしあの「宴」



戯れ言



まずあの「非礼」を公での無礼を

春日山の主にあやまって貰わなければ始まらない

誰が聞いても「無礼」だった言葉のせいで母は肩身を狭くしてしまって出歩くこともままならないだろうと思っていたが

まったくの逆で

虎御前はあの日以来ずっと自分の屋形にこもったままになっていた

その静かに「達観」した態度は

ご機嫌伺いを「良し」とせず「不敵」にせせら笑うようで


黙している事が火に油を注いでいるとも言えた


「母上からも影トラのために「戦」を止めるようお願いしてくださいませ」



それでも

三日とあけず母の元に通い顔色を幾分悪くしている綾に

御前はやはりつまらなそうに答えた


「やっとで「戦」なのに。。何故なにゆえ止める必要がある」


寒さがにじり寄って来ている春日山の頂近くにある屋敷で

火鉢に手をかざしながら

まるで我感ぜずという返答


「影トラに。。。もしも「死」などという制裁があってはと思いませぬか?。。。もしもそうなったらどういたしますか!!」


「死」など

考えたくもない結末が来てしまうかも知れない

相手を揺り動かすための

必死の言葉


しかし

そんな必死の言葉にも心にも御前は態度を改めようとはしなかった


むしろ

「戦」を心待ちにしていつになく柔らかな笑みを浮かべているようにも見えた






「戦で物事に解決をつけようなどと。。。。兄上らしくないではありませんか。。。」


母の説得を諦めた訳ではなかったが

部屋を出て

失意のまま渡り廊下を歩いていたところで晴景を見つけた綾はそのまま彼の屋敷に押しかけていた


理性を働かせ

「戦」という「力」を推し進めるのは「知恵者」らしくないのではと聞いてみたが返事はなかった

晴景はココしばらく屋敷の外には出ていなかった

それでも頻繁に報告の使い番が出入りしていた

評定所と屋敷の間を行き来する姿は頻繁に見られていた


綾の考えられた質問に


「戦で解決を見なければならぬ時もあるのだ」


部屋に置かれた大きめの火鉢に目を落とした晴景は静かに答えた


「何故ですか。。。。」


静けさに合わせた声で

あわてずに聞く


「血を分けた親族なれば。。。諸将に示しの着けられる方法が必要なのだよ」



答えはもっともらしい

武家の作法にのっとったように言うが

綾は首をふった

やはり抑えていた心の痛みは喉にのぼってしまっていた


「血を。。。血を分けた者なればこそ「温情」をお示しくださいな!!ましてや影トラは「女子おなご」にございましょうに」



「何か」に引っかかったのか

晴景の表情は一瞬で険しくなり

睨むように言う


「女だから許せと?」

「戦を仕事とする者ではありません。。。。担ぎ上げられてしまったのも何かの間違いでございましょうや」




「間違い?」問いただすが手は気持ちに敏感に連動し動いた

「怒り」は

火鉢にむかって手に持っていた鉢を投げつけた

「影トラは戦を仕事としていた。。。御前の望みに従って「戦うこと」を仕事としてきた女に?「女」だから温情が必要と言うのか?」

勢いあまったのか鉢はそのまま桶から転がり

火の粉を大きく散らし綾の打掛近くにまで飛んだ



「女は。。。。浅ましい」


火の粉を払い打掛を引いた綾の姿に

晴景は声を苦々しく尖らせて続けた


「女だから今まで逆らってきた事を許せと?。。。女だから戦はしたがその作法に従って責任を取れと言うのは「酷い」事と?」


苛立ち

物静かで優しい兄という顔はもはやなかった

綾を見る目にははっきりと憎しみが見えた


「女はいつも自分が可哀想と?逃げる事を許されると?」


棘は繰り返し「女」を憎む言葉を告げる



「兄上。。。。」


恐怖する

綾の見た事のない怒りに染まった黒い思案の晴景の顔


「優しさをお示しくだされば。。。。」

「ダメだ」

即答

晴景は空になった手にいつも持っている美しい扇を持った


「虎御前は非礼をわびもしないのに。。。オマエはわしには「温情」をくれなどと。。。。まことに無礼千万だ」

「母上は。。。」


虎御前の事に関してはまったく。。。

返す言葉も見あたらない確かに無礼だとしか

上げていた顔を落とした

肩に入った力もことごとく砕かれていく


「母上は。。。。政景様が先頭に立たれた事を怒っておられるのです」


それでも

綾は自分の心に刃を立てるように語った

「母上のご実家見捨てた「上田」の男にございますから。。。よけいに腹が立ってしまったのです」


これだけば自分口から言いたくなかった事だった

自分が自分の出生の実家である「栖吉」を見殺しにまでしようとした家に嫁いでいる事を思い出さねばならぬ事だから

ふれたくない傷にさわってまでも説得に当たろうとする心に気がついて欲しかったが


「母親か。。。。」


晴景の心を動かす事は。。。。


「母親と言うのは自分の「子」が可愛ければ無礼も非礼もいっしょくた!!なのにその報いを受ける事になれば「酷い」と言い騒ぎ立てる!!!馬鹿が!!!」



さからう気力はなかった

肩から力の抜けてしまった綾は

もはや何も仲裁の言葉を残していなかったが心に残った疑問だけをつぶやくように問うた



「影トラが。。。それほどに憎いのですか?。。。それとも御前が憎いからこのように酷い事を言われるのですか?」


下げた頭

とても晴景の顔を見ながら聞くことはできなかったが

ようようで声だけもれた




晴景の怒りで上がっていた呼吸が静かになった

外の風の音が聞こえる

部屋の中は静かになったまま

綾は顔を上げた


目の前扇で顔を隠した晴景



「出て行け。。。もう。。。いいだろう」


静かに言うと後は何も語らなかった




綾は残念をしたが

それでもまだ全部を諦めてしまう事はできなかった

そのままその足で奥の屋敷に向かった

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