その30 鼓動 (2)
「朝方政景殿の元から出た先発の者に出城が確認されたと思われます」
息を切らせて二の櫓まで走ってきたのはやたろー配下の善治郎だった
「これでやつらに我らが「戦」に備えている事がしれましたな。。」
実乃の返事
善治郎は近習に水を貰うと一気に飲みこみ
「明日に「激突」という事になりますか?」
「そうなるな。。」
実乃は「危機」を感じさせる物言いではあったが
声から緊張は薄れていた
十分に対応できる所まで栃尾城と栃尾の領内が追いついた事による「余裕」が出来たからだろう
それでも
栃尾の城内はいつもどおり
変わりなく騒がしく忙しなく城人から屋敷仕えの者たちまで走り回っている
「出城」は元々そこにあった関番所の屋形を急遽改装した前線の陣営だ
私はココから先
政景殿の進軍を許すつもりはなかった
ココから開戦する
報告は一刻おき
いや
それより短いぐらいの間で進む
「予想通り政景殿。。寺社に兵糧の供出をかけましたが祈祷中にてという言葉を鵜呑みに手に入れる事はできなかった模様です」
立ち上がり
櫓から総構えと城下の備えを見ていた実乃は頷きながら言った
「良い心がけだ」
私は少しづつ自分の心にかかっていた靄が晴れ
「戦」という部隊に望む「あの気持ち」に入り始めていた
すでに鎧直垂に身を包んだ私の唯一の気がかりだった「乱取り」を防ぐため
領内の兵糧を出来うる限り刈り込み
栃尾城内と栃尾周辺のあらゆる寺社に担ぎ込んでおいた
一粒の米さえ渡したくない
「よほど「守護代」になりたかったとみえる」
詰めた私の表情をよそに実乃が隣に腰を降ろした
黒を基調とした数多の傷をもつ具足をがっちりと着けた実乃は不敵な笑みを見せた
地図を開き
軍議は常に動く
相手がどこにいるか。。。。それはすでに私の手の中にある
「しかし差し迫ってしまえば兵糧を寺社から奪ったりしませんか?」
私と実乃が顔を合わせていたところに秋山史郎が報告に上がってすぐに聞いた
秋山もすでに戦支度に身を固めている
「それはない。。。政景殿の目は「守護代就任」のみに注がれている。。それ故にかつて親父殿がやった失敗を「またも」やれるわけがない」
実乃は私にとってかつての「戦」をしる大切な知識袋だ
寺社に兵糧を預けたとて
強奪される可能性がなかったわけではない
だけど。。。。
浅はかな者
己の欲する物に釣られる
「かつて政景殿の父上はお屋方様(為景)と戦った時にしてはいけない強奪をしました。。「居田神社」を焼き討ちしてしまい結果寺社からの思うような支持がえられず「守護代」になりぞこないましたから。。。今度は絶対にそれはしまいと「誓って」いるハズでしょう」
実乃の言葉どおり
領内に入った政景殿率いる「守護代軍」は小さいながらの略奪はあったものの寺社には一切手をださなかった
そして
自分に「律儀」なこの軍勢は兵糧の窮乏を補うためにわざわざ「敵」を自らの腹に入れてしまっていた
笑う
少しだけ
「好ましい。。。。」
ほくそ笑むように
自分の「都合」のためだけに「神仏」に寄進された物には手をださないなどと。。。
まさに「俗物」
それでも「正しい」と思ってココに向かって来ているのだろうか?
知りたい。。。。
私は敵のこの「先」の行軍予定を考えながら思った
「城裏守門の小道街道には敵の影はありませんでした」
安田長秀の出した手の物たちは坂戸からの小道の方面を偵察していたがさすがに大所帯の軍勢に城の裏手を走る小道を通るという選択はなかったようだ
「兵も分けずそのまま栃尾に向かってきているという事か。。。。」
私は地図から首をあげ隣においてあった酒を煽った
「栖吉は。。」
空になった杯に酒をつぎ足しながら秋山が答えた
「指示どおり沈黙を守りつつ兵糧とともに影の者たちを政景殿の陣に忍ばせたようです」
少しも領内から兵糧がえられないとなれば
栃尾の蔵を狙って死にものぐるいで飛び込まれる可能性がある。。。。心配を逆手に取った
それを「弛める」ために
少しの「餌」と共に「栖吉衆」を忍ばせた
「中西は動いているのか?」
「問題ありません」
いつの間にこの場に入ったのか
実乃の問いに答えたのは段蔵だった
「抄造は栖吉から合流した小荷駄隊と共に「風評」を流しています」
外から帰ったばかりの段蔵も一杯の水を飲み
まとまりつつある計略の頭たちに続けた
「栖吉衆はこちらが「攻勢」に出たところで退路を絶つ横槍を入れます。。と。。金津が吠えておりました」
手をひらひらと
たぶん耳元でさらに芯に響くほどの声で。。。新兵衛は意気込みを。。。
手の酒をもう一度あおり段蔵に
「風評とは?」
段蔵は水の杯を下ろすとその場で両手を合わせて見せた
「おトラ様は越後平安の祈願のために全ての穀物を神仏に。。。。。捧げておりますと」
櫓に集まった男たちは声をあげて笑った
私も少し笑った
なるほどと
その先。。。。何に祈願しているかはこの「戦」の出来で決まる
立ち上がり
櫓の窓に向かい歩いた
「夜に。。。。やってくるかな?」
「通常ならその「手」を使うでしょうが今回は「餌」の事を気にして「布告」を絶対にする事でありましょう」
私の後を追い歩を進めた実乃はやはり「大戦」に慣れている
そして
相手の事情にも
「明日は政景殿と話しがしたい。。。」
開口に手をかけ眼下を望み
追うようにかつて三条にのさばった悪漢たちがいた平野を見つめながら
「話し合うおつもりなのですか?」
突然の私の言葉に
実乃は驚いて聞いた
「聞きたいことがある。。。。」
秋山も安田の手の者たちも慎重に顔を見ている
「姉上の良人である男を見たことがない。。。本心は「何」を狙っているのかをその口から聞きたい。。。」
ココに
栃尾に兄上の名代として軍を率いてきた姉の夫。。。。
自分の耳で知りたかった
「何故」こんな事に「荷担」したかと?
「義」なる理由があるのか?と
私は背を伸ばし首を振った
廻りにいる者たちの不安をかき消すかのように
「戦はする。。。絶対に戻ることのない「大戦」を。。。その上でここまで私の心を騒がせた真意を聞きたいのだ」
みなが押し黙った中
腕組みしたままの段蔵が口を開いた
「会見してみましょうか?」
実乃達は目を見張った「どうやって?」と
「影トラ様次第です。。。。腹の奥を見る事が出来ればが「戦」もしやすいと言うものでしょうから」
段蔵の目は「策」を見つけた事で輝いていた
と同時に何か笑っていた
私はどんな策なのかまだ検討もつかなかったが頷いた
「真意を知りたい」
「真意?。。。とは?」
櫓に揃った栃尾の獅子たちの目が見つめる
視線を軍議の中心にあった図に落とす
地図
ココより真っ直ぐに海岸にむかう
振り向き外の景色に果てを見ようとする
その向こうだ
「春日山」の印
目を閉じた
「守護代様の意志。。。。それは何か。。。だ」
そういうと左手の数珠を回し手を重ねた
政景からの手紙で栖吉を見張るようにと「釘」を刺された宇佐見はかなり気分を害していた
己の読みでは
絶対に手を繋ぐ事などなかったハズの
「守護代晴景」と
「長尾宗家の男,政景」
それがあっという間に
お互いの損得勘定で結びついてしまった事
その報酬が「守護代」の座でもはや賭が成立しなくなり
宇佐見の「軍学」がまたも蚊帳の外に押しやられた。。。。
敗北感。。。。
そのうえ
手を結んだ政景の言葉は今や守護代の言葉にもなってしまい。。。命令に逆らう事さえ出来なくなってしまっていた
はやばやと「影トラ」の側に平伏を打診してしまったかつての盟友「大熊朝秀」の事もあり守護代側からも大きな「釘」を刺されていた
「よもや宇佐見まで軽はずみな行動はしまいな。。。」
そんな口調が聞こえてくるような晴景の手紙を握りつぶして文台に投げた
「栖吉は春日山からの命令で兵糧の供出を行いそのうえ小荷駄の人足まで取られたそうで。。。」
目の前に報告を持ってきた近習にも
自分の使える殿の機嫌は伝わっていた
上目遣いに恐る恐る現状を語った
「つまらん事だ!」
何もかもが後手に回ってしまった感じで宇佐見は一言だけ怒鳴った
もうどこの勢力がどう動いても自分には「不利益」で「うまみ」のない事にしか感じられなかったのだ
近習に背中を向けて腐った言葉だけをこぼした
「あいわかった。。。と。。。そう言っておけ」と