その29 垂訓
わだかまっていた思いは純粋な涙に押され流れ落ちた
「御仏の心」。。。「忘れる出ないぞ。。」
そうだ!!
師.光育。。。それは貴方が私に教えて下さった事だったのに。。。なんて事。。。
それを思い出す事ができなかったなんて。。。
頭を揺り動かす
空の高み「天」に顔をあげる
渦巻いた思いが喉をとおり悲鳴をあげた
慟哭
黎明に私の叫びは響いた
なにもかもを腹の底から全部をはき出して終うような雄叫び
声の後
顔を下ろした周りにいる全ての祈りが私には見える
立ち上がった
ジンもゆっくりと身体を起こした
お互いの顔を見た
ジンの顔は少し笑っているようにも見えた
私は涙も泣き声も止められなかった
屋敷に向き直ると走り出した
もう留まってなどいられない
色々な感情は一本に交ざり「やるべき事」はわかったけれどこみ上げた涙も声も止められない
泣きながら屋敷を走り抜けた
走りながら着物を脱ぎ捨てて
「陣江!!影トラ様は腹を召されるのではないだろうな!!!」
走り去った影トラの後を突っ走って追っていく実乃とやたろーの次
身体をおこし汚れを払っていた陣江の胸ぐらをつかんだのは金津だった
ジンは口元を拭いながら返した
「お清めに行ったんだよ。。。臭かったでしょ」
金津の真っ黒な顔が頷いて
「では「戦」に出られるのだな?」
と涙ぐんで聞いた
陣江は首を振って答えた
「戦にでるんじゃない。。。。俺たちを。。。栃尾を。。。いや「越後」を助けるためにやっと本気で「立つ」んだ」
返された返事
金津は歓喜し叫んだ
陣江も金津もそのまま影トラが走って行った方に向かった
屋敷の中は騒然をとおりこし
すったもんだの大騒ぎになっていた
なぜなら。。。。
影トラが着物を脱ぎ捨て裸で走って行ったからだ
それを実乃たちが追いそれを猪たちが止めようという状態
「ええい!!!一大事ぞ!!!」
叫ぶ実乃を抱きとめる。。。というより羽交い締めの猪は
片手におトラの着物を持ちながら
「おトラ様は裸ぞ!!」
通路は
侍女たちと武士たちでもみ合いになっている
「父様ダメですぅ!!」
多英にまでしがみつかれた実乃だったが今は止まってなどいられない
遮二無二に身体をふりほどこうと手を回した所に
声がかかった
「何を騒いでおられますか?」
表屋敷をつなぐ通路に出で立ちも小綺麗な武士が実乃たちの騒ぎを遠巻きに見ながら大きな声で尋ねた
「高梨殿!!」
実乃の頭はめまぐるしく回った
影トラが座して動かぬ状態からなんとしても「戦」に立ってもらうためにも「策」をこうじていた
高梨の妻が影トラにとっての「叔母」にあたる
その言葉でなんとか腰をあげて貰おうと思い呼びだてしていたのだ。。。。が。。。
「おおおっ忙しい事ここに。。。」
声が踊ってしまう状態
「妻からの手紙を。。。。」
そんな会話をしている間にも弥太郎たちはつやを先頭に影トラを追おうとしている
それを
おせんが必死に止めている
「つや!!落ち着きなさい!!!」
とても会釈などしていられる事態じゃない
「今は。。。取り込み中で。。。」
何もかもが激変でうまく言葉を返せなくなっていた実乃の目に高梨の後ろに控える「現八」の姿まで見え
おもわず「参った」とうめいた瞬間だった
勢いよく実乃の顎がはね上がった
「何をしとるか!!!はよう!!影トラ様を追わんか!!!」
あがった顎のまま睨む
真っ黒な顔に「生気」を取り戻した金津が喜喜として拳を振り上げ叫ぶ
「道をあけよ!!!女衆ども!!!「戦」ぞ!!!」
抑えられたままの実乃は顎をおさえながら
「貴様ぁ。。。」
今まで精魂こめて折半をうけおっていた心労を拳で返され苛立ちに手をあげたところを今度は段蔵に抑えられ
「実乃様!!そんな事に気をあげている場合ではありません!!」
上がりきった血のたぎりを
なだめられた
目前
女たちは屋敷の通路に詰まって動こうとしない
「おおっ!!頼む!!!道を開けてくれ!!」
さすがに女に手をあげる事のできない武士たちを代表して実乃は頼んだ
侍女頭として前にでた猪の顔は険しい
「おトラ様は湯殿に参られました。。。腹を切るなどという事はありません直江様のご内儀様がちゃんとついておられます。。。殿方は」
「みんなでお清め受けましょう」
どうにも譲れない会話に火花を散らした実乃と猪夫婦の間を割り
言い合いに「拳」を突っ込もうと身を乗り出そうとしていた金津の肩を押さえたのは陣江だった
そのあまりにのんびりした物言いに実乃は怒った
「そんな事!!」
今度は実乃の口を段蔵が押さえた
「身体清めて。。。。心改めて。。。みんなで祈ったんだから」
そういうと陣江は作務衣を急に脱ぎだした
その姿に周りに詰めたみんなが驚いている事に気がつくともう一度言った
「みんなでいきましょう」
と
ひさしぶりの湯
私は屋敷を突っ切り岩洞を駆け下り飛び込んだ「祈り」と称した自分の凝り固まった思いを削り落とすかのように何度も身体を洗った
何に捕らわれていたのだろう
顔も洗った
涙の後など今更見せられない
髷を落としたざんばらの頭にも湯をかぶり
両頬を平手で叩いた
「わかったさ。。。。」
決意は出来た
「影トラ様。。。」
実乃の声に振り返った
湯殿の周りを女たちが着物で覆い私の前からでは実乃は見えない状態になっていた
「心配かけたな。。。」
私の質問に実乃は声高く岩洞に響く声で返事した
「心よりこの「祈り」が通じる事をお待ちしておりました!!」
その言葉に合わせるように男衆たちの返事が続く
「お待ちしておりました!!」
金津の声はさらに大きく響く
「もう迷わん!!この地のため!!いや「越後」のために国民を「助け」戦う事を誓う!!」
拳をあげ続けた
これは「決別」だ
「私は今より守護代長尾晴景殿と相対する者となりこの「混乱」を納める者となる!!」
胸を打つ
兄上が正しいのであれば何故に「国」はまとまらなかったのか?
その問いはこの「助け」という仕事の向こうにあると信じる
「よいか!!!!その上で私,長尾影トラに従えるか!!」
ちから強く「誓い」を
陣幕のように着物で私の姿を隠していた猪たちに手で下がれと合図した
女たちは困った顔をした私はいまや何も着ない裸の状態で立ち上がっていたからだ
だけど。。。言った
「かまわん!私の赤心を届けたいのだ!」
そうだ
今こそ何も纏わぬ私の心を現したい
ココは
この岩室はなんとふさわしい場所だろう
裸の心を
着物の覆いははずされ私の前には褌一枚で伏した男たちがいた
こんな緊迫した間なのに思わず顔が笑ってしまった
そうだ
みな隠さぬ「心」を現している
実乃
やたろー
段蔵
新兵衛
現八
政頼
数多控える「栃尾衆」
その後ろに控える「栃尾」を支える女たち
猪
直江の内儀
おせん
多英
つや
私はココにいるみんなを助けたい
ジン。。。。。やっと気がついたよ
「どうする!!!」
もう一度今度はみなの目を見て聞いた
「貴方にしか!!従えませぬ!!」
真っ黒な顔に涙を流した金津が吠えた
その言葉にみんなが続く
「望むことは一つ貴方に従い「越後」のために尽力する事です!!!」
実乃
「わしの主は影トラ様しかおらんですよぉ。。」
つやを横にやたろーは顔をほころばせて言った
「今以上にお供致しとうございます」
段蔵
「揚北の覚悟を持って参りました。。。共にお連れください」
現八
「妻の夢のお告げの通り。。。貴方に従いましょう」
高梨は後で来た事で気恥ずかしそうではあったがしっかりと伏して言った
後ろ
そして私の前に並んだ
女たちもひれ伏した。。。
栃尾を支えるすべての者たちの姿をしっかりと見た
「迷わぬ」。。。。。
大きく手を振り上げた
「良い!!!共に「越後」のために戦おうぞ!!!」
みんな手を挙げた
怒号
響き渡る声
これほどに望まれた救いに堪えていた涙はまたもこぼれた
みんなの中
ジンは照れくさそうに片手を小さく挙げていた
歓声の中
共に少しだけ頷きあった
私は両の手を胸の前で合わせ
感謝の祈りを捧げた
良き「友」のおかげで今一度御仏の心に添う決断を下せたことに感謝した