その27 つや (2)
泣きやまないつやを抱えて屋敷に戻った実乃たちを迎えたのは栖吉から駆け込んだ「金津」だった
疲れた顔色の周りを気にする事なこの男は考えた事もないのだろう
一直線に実乃の前に進むと怒鳴った
「戦の支度はとっくに出来ているぞ!!栃尾はどうなっているんだ!!」
実乃は。。。。顔を背けそうになったが金津はさせなかった
前を守っていた陣江の肩を払って
実乃の
襟首を掴むとさらに大きな声で言った
「十日もすれば政景のアホはココに来るんだぞ!!わかってるのか!!」
掴んだ手で実乃の首をおさえて締めかからんばかりだ
その手を段蔵が軽く返して
「わかっている。。騒ぐな」
と金津の身体を押し
距離をとろうとしたが
手は襟を放そうとはしなかった
夕暮れ時
屋敷の中は多くの城人や侍女たちが夕餉と灯りの支度をしていたが金津の大声にみな動きが止まっていた
そうでなくても。。。影トラの「ご機嫌」が悪い日が続いていた
その上で今この屋敷に集まった者たちの姿をみれば
「ただならぬ事」が栃尾に迫っている気配など。。。誰もが気がつき
隠せないものになってしまっていた
実乃は金津の手から襟を奪い正しながら言った
「明日。。。もう一度話しを」
「ふざけるな!!!」
力無い実乃の声をやはり激情で高ぶったままの金津が断ち切った
「どこにそんな余裕があるんだ!!春日山は先手を打ってきたんだぞ!!逃げる道なんかない!!戦うしかないんだ!!影トラ様を立たせろ!!」
飛びかからんばかりの金津を段蔵と陣江が止めたが
言葉は止まらなかった
「わしがお会いする!!」
そういうと弥太郎や陣江の間を割って無理にでも進もうとした
実乃は慌てて肩を押さえようとしたが金津は掴まれかかった肩を見事にかわした
背中越しに言う
「実乃。。貴様とは覚悟が違う!!わしの覚悟を示して影トラ様に戦って頂く!!」
その手は小太刀の柄をしっかりと握っていた
「待て!!金津!!今行っても無理だ!!」
慌てた実乃はそのままつんのめって倒れそうになったが陣江が素早く支えた
息巻く金津は弥太郎が後ろから羽交い締めに捕まえた
「はなさんか!!!このたわけ者ぉ!!!」
「落ち着けって。。。」
さしもの金津も大男に抱えられ足が地につかぬ状態では形無しだ
それでも声の威勢はおちる事はなかった
「これが。。。落ち着いてなど!!いられるか!!!」
足がつかぬとも大暴れ
バタ足は運悪く弥太郎の「急所」に当たりそのまま大男は真っ赤になって飛び上がり手は外れたが金津が進む事は出来なかった
弥太郎配下の者たちに取り押さえられて
こんどこそ身動きとれぬようになった
はいつくばるように抑えられながらも金津は叫んだ
「わしが!!秋明院様の!!栖吉の!!覚悟を示して腹を切る!!切らせんかぁ!!!」
飛び上がっていた弥太郎が身体をくの字に曲げながら答えた
「そんな事したって無駄だってぇ。。。」
実乃が弥太郎の部下たちの間をわり抑えていた手を除けた
首を起こした金津の前に実乃は眉間に深く苦悩をきざんだ皺の顔を見せたまま
「すまん!!」
まだ板間に這った状態の金津に深く頭を下げた
「実乃よ。。。。」
一段落ち着いた声になった金津の目には涙が溢れていた
黒く焼けた肌
傷だらけの顔に無精髭そんな男が泣いている
抑えていた手を除け
目の前に座した実乃と同じく付き合わせるように座って
「わしらの全てがかかっとるんじゃ。。。」
「わかっておる。。。必ず影トラ様を動かしてみせる」
顔を上げた実乃に金津は拳を音高くぶつけた
「こうしてる間も秋明院様は断食と念仏の荒行を続けていらっしゃる!!命を賭けて祈っていらっしゃるんだぞ!!何をのうのうと構えていた!!何故!!こうなる事を教えなかった!!」
もう一度振りかぶった金津の手を段蔵が止めた
今度は暴れなかった制止に従って肩を落とした
実乃は。。。。
ココに。。
栃尾に影トラを招いた時にその事は言えなかった
「敵」が。。。いずれ来る敵が「兄,晴景」である事など
何故かと思うほどに言えなかった
それほどに影トラは純粋に「長尾守護代家」の旗持ちとして職務に打ち込む姿をみせていたからだ
だけれど
強さ
ひたむきさはいずれ「越後」の統一という大事業において
立ち向かう
対立する存在を己の目で確認し耳で知ってくれるほどの思慮深ささえ備えるだろうと
その時こそ「越後」のために戦う事をしっかりと話しできると
思っていた
もっと。。。時間もあるとも思っていた
が
それが甘かった事に金津の拳をうける事でしか自分を戒められないほどに。。。
「すまん。。。。だが信じてくれ。。。ぜったいに影トラ様を。。。動かしてみせる」
ただそれだけしかこの切迫した状況で言えない事に板間に拳を打ち付けた
弥太郎はなんとか持ち直した身体でつやが泣きやむのを待っていた
屋敷の中は実乃と金津の一件で騒然とし
すでに栃尾に迫っている危機を隠すことなど出来なくなっていた
実乃はなんとか事を収束。。そして進めるために金津と話しを続けていたが。。。良策が出る雰囲気ではなかった
「弥平」
弥太郎は弥平を呼んで聞いた
「あれ出来たのか?」
弥平は思い出したように葛籠に入れてあった包みをとりだして手渡した
弥太郎はそれを確認して未だにぐずっているつやの前に持ってきた
「つや。。しばらくココからはなれたとこに「使い」に行ってくれ」
突然だったが陣江にはそれがつやを預ける事の話しだとすぐにわかった
弥太郎はつやに包みを開いてみせた
それは弥太郎の親指ぐらいの像
小さいながらも綺麗に彫り込まれた観音菩薩の像だった
つやの小さな手にそれを渡して
隣にいた弥平や善治郎たちが口々に言った
「みんなの分作ったらつやの袋の中にゃはいれなくなっちまうからよぉ」
「そのぐらいのがええっだろ。。。持っててくれ」
「いや」
弥太郎たちの目の前
つやは急に自分の首に下がっていた守り袋を引きちぎると投げ捨てた
「つや!!」
「いや!!!いや!!!」
投げ捨てられた袋と渡したばかりの観音像を拾って善治郎が言った
「何やってんだよぉ。。持っててくれよ。。オレらが死んだ後。。祈ってくれるヤツなんてつやしかいないんだからさぁ」
「いや!!!!」
拾い上げられた袋と像をつやはもう一度払った
払って叫んだ
「いやだ!!「そんな物」になっちゃったらいやだよ!!いや!!」
弥太郎はしゃがんで像を持って。。。
「つやぁ。。。でもな」
諭そうと手を伸ばしたながら
そこまで言いかかった弥太郎につやは抱きついた
「やだよ!!やたろーがあんな物になっちゃったら。。。オラもう生きてけない。。あんな物に祈るなんてまっぴら御免だよ!!!」
「つやぁ。。。」
弥太郎の手が自分に抱きつくつやの肩を優しく撫でた
善治郎たちの目にも涙があった
「つやぁ。。でもなぁ。。」
つやは自分を撫でた手をつかんだ
顔を合わせ弥太郎に言った
「とともかかも。。。あんな小さな仏様になっちまった。。。やたろーがあんな物になっちまうなんていやだ!!生きてよ!!みんなが生きてくれる事を祈るから!!死なないでよ。。。おいていかないでよ。。。」
そこまで言って
泣いた
泣いた
つやも弥太郎も。。。善治郎も弥平も。。。。弥太郎配下の男達全てが。。泣いた
陣江は呆然とその姿を見ていた
「確かにみんな。。。。祈っている。。。。」
実乃も
金津もその向こうにいる秋明院も
同じ空の向こう
きっと虎御前も。。。。祈っているでも。。。。何かみんなが無理な願いに疲弊しているようにしか見えなかった
だから「争い」を願うなんて事はどだい無理で不利益な事だし
ましてや「兄妹」に血を帯びた戦いを「してくれ」なんて。。。。間違っているとさえ思っていたが
それが今違ったものになった
陣江は弥太郎の腕に強く抱きしめられたつやを見た
「生きることを祈る」
陣江は自分の胸に手を当てた。。。
この「戦」は避けられない。。。ならば「何のために」戦う?
そうだ。。。生きて行く事
振りかえった
「実乃様。。。。オレにトラと話しをさせてください」