その26 激流 (6)
総構えの仕事を全て止めてしまう訳にはいかない
弥太郎は善治郎に仕事の継続を命じ茫然自失の実乃をジンは足取りさえおぼつかない段蔵を肩に担ぎ番所に入った
二人に水を渡しながら弥太郎は段蔵に聞いた
「栖吉は知ってるのか?」
段蔵は水を一口飲んで少し潤った喉から答えた
「知っているハズだ。。。」
弥太郎の冷静な問いとやりとりにやっと自分を取り戻した実乃がまだ肩で息する段蔵の襟を捕まえ聞いた
「どこからでた情報だ!!」
実乃は冷静さをとりもどしたように見えてはいたが
中身は疑心暗鬼の真ん中にいた
たった三日で情報は手のひらを返したように変わった
「二月」という最短の猶予を信じていた実乃にとってこれを驚愕の事態と言わず。。。
つかまれた襟のまま段蔵は実乃からの「殴打」さえ覚悟していただろう
だが
任務には忠実だ問われた答えを返した
「柿崎様からの報(報告)であります」
そういうと乱れた着物の奥から竹筒に入った密書を渡した
実乃は取り上げるように受け取ると目を凝らして見た
「柿崎の字だ。。。」
それがこの報告が「嘘」でない事を物語っていた
内容は段蔵が先に告げたとおりだった
春日山近くに城を持つ柿崎が「影」の危険を顧みず自ら筆をとってこの密書を使わした事が「急転」の事態を告げていた
冷静さを取り戻すため少し歩く
顎をさすりながら低い声で問うた
「どのくらいで来る。。。ココに。。。」
書を丸め釜の火にくべた実乃の顔は厳しかったが正確な事を知らねばならない
「二十日。。。。」
段蔵は押し殺したように答えた
「ならば十日しか余裕はない!!」
すでに「余裕」を見つけようとする発言さえ許さない態度
実乃は栃尾を納めた城主であり領主だ
何度もの戦いで培ったものが今みごとに身体に舞い降りていた
「戦わねばならん」
番所に詰めた
職方長たちの顔にも気迫の一言が刺さった
「影トラ様に会う。。。春日山と戦わねばならん。。覚悟を決めて頂く」
己の頬を張り
覚悟を纏った実乃は地団駄で乱してしまった着物の襟を正した
それを合図に他の職方たちは番所から出た
「支度を間に合わせます!!」
各々もはや時が待ってくれない事を即座に理解し仕事に走った
静けさを取り戻した番所
実乃は段蔵も共に屋敷に上がるようにと肩を担いだ
「実乃様。。。」
急転の出来事にやっと考えが追いついたジンは腰をあげようとした二人の前に立った
ジンはやりとりを聞いて目前に迫っている「敵」が「誰」なのか。。。
知りたくはなかった敵
向かってきている者
「春日山」
「何故春日山と戦をするのですか?」
「守護代様が我らを滅ぼそうとしているからだ」
実乃は余分な事は言わなかった
「栃尾を。。。。?」
理解
出来ないとジンは首を振った
「栃尾は。。。。今までだって守護代様の命(命令)に従って戦ってきたじゃないですか?」
「そうだ」
実乃はすでに戦に赴く男。。。。
「春日山となんて。。。戦できるわけないじゃないですか!!第一兵力だって違うし。。。影トラ様だって了解しませんよ!!」
実乃は
目の前に立ち進路を塞ぐジンの胸を叩いた
「だからなんだ?向かってきているものを止める事はできない。。。「戦」なのだ」
「いや!!でも!!」
必死に「言い訳」を探そうとしていたジンの頬を段蔵が少しばかり回復した拳をぶつけた
「言い訳探すな!!」
言い訳
ジンだって与板に。。。直江に仕えた武士だ
少なからず影トラと晴景の関係は聞いていたが。。。この「戦」の中身が「親族」の仕掛けたものとしれば黙っていられなかった
親族を持たぬジンにとって兄妹が各々手を挙げて「血」を求めるなどあってはならない事だった
そんな事トラが望むわけもない
「なんで。。。なんでですか!!トラにとって唯一の兄がトラの住む栃尾を攻めねばならんのですか!!」
「強くなった者を恐れ嫉むのは「弱い者」の常だ。。。弱いくせに手にした権力を手放せない。。。それは「越後」にとって悪であって善ではないだろ!!」
段蔵は吐き捨てるように言った
普段ならココで拳を打ち付けているところだがまだ力に余裕がなかった
それでもジンは前に回り主張を続けた
「和睦する事はできないのですか?こんな戦をしたらトラが苦しむだけじゃないですか!!栃尾が「戦」の準備をしてしまったら。。。それこそもう引き下がれない事になってしまうのではないですか?」
実乃はジンの胸ぐらを掴んだ
「もうとっくだ。。。とっくの昔に引くことなどできん「戦」になっている」
もう一度首を振った
「話し合えます!!!「戦」だけが解決法じゃないはずです!!」
ジンの叫びに実乃は振り返らなかった
背を向け
番所を出た
かわり段蔵が答えた
「きれい事を並べるな」
「何でだよ。。。。」
二人が番所を出て行く
止めようとしたジンの肩を大きな手が強く掴んだ
「ジン」
「弥太郎」
弥太郎は首を振った
「ジン。。オマエやっぱり武士なんか辞めろ。。。」
振り返った
「そんな事言ってる場合じゃないだろ!!」
肩を掴んだ手を振り払った
いつもなら悪ふざけで事をすまそうとする弥太郎が。。。それでも説得するように言った
「ジン。。。オマエやっぱり「戦」を知らない。。。だからそんな事が言えるんだろ」
哀れみ?
悲しみ
自分の知らない事で見下されたような気持ちになったジンは怒鳴った
「ふざけるな!!!兄妹が戦うなんて間違ってるだろ!!」
「だから」
ジンは冷静になれなかった
不思議な事に。。。。いやこれが正しい「武士」の姿なのか弥太郎の方はずっと冷静だ
「だからだ。。。「戦」は兄妹という「枠」で始まったわけじゃない。。。それが見えてないだろ」
見えてない。。。。
「だってさ。。。。相手は兄なんだぞ。。。それと戦えってみんなで言うのか?」
弥太郎悲しそうに息をついた
「だから。。わかってねぇって言ってるんだよ」
「何をだよ!!!」
ジンは弥太郎の襟に掴みかかった
その手を弥太郎は捕まえて続けた
「じゃあ戦わなかったら栃尾はどうなるかわかるか?」
「親族なんだ話し合えば「戦」なんて必要ないだろ!!栃尾はそのままだ!!」
自分の襟にかかった腕を弥太郎はむしりとってその身体を投げた
「ジン。。。つやでもわかる答えがオマエにはわかってない。。オマエはやっぱり武士になれない。。向いてないよ」
勢い水樽まで投げられたジンは溢れた水を頭からかぶり
そこでやっと冷静になれた
喉まで登った反抗の言葉も。。。「きれい事」と言った段蔵を思い出して。。。言えなかった
沈黙の番所に弥平が入ってきたのはすぐだった
「間に合いましたか」
ずっと走ってきたのか
汗まみれになった顔をぬぐい倒れたジンの後ろにある水を柄杓で一杯飲み干すと
二人を見ながら弥太郎の前に進んで言った
「陸奥の国境の方になっちまいますが。。。面倒見てくれるそうで」
「そうか。。。良かったぁ」
張りつめていた弥太郎の顔がほころんだ
たちあがってずぶ濡れのジンに手を伸ばした
「つや。。預かってくれる所が見つかった。。ジン。。オマエもよかったら一緒に行ってやってくれんか?」
出された手を見ながら答えた
「つやを預ける?」
「そうだ。。オマエの言ったとおり今度の戦。。。負けるかもしれん。。そしたら辛いぞ。。」
手をはね除けジンは自分で立ち上がった
「だって。。そんな事になったらつやは」
「だから。。オマエに一緒に行ってやって欲しいんだぁ」
優しい声。。。
素になったジンは弥太郎が涙の目で頼んでいる事に気がついた
背を向けた
「そんな事・・・オレだって」
「泣いてんの?。。泣かしてんの?」
背を向けたジンの目の前に隣の番所にいた女が立っていた
おもわず身体を引いたジンに
「やたろーさん。。若いの虐めるのはほどほどにしときぃなぁ」
と甲高い声でそのまま中に入って部屋を見回した
「つや。。いなれんちゃね(いないね)」
弥太郎は驚いて隣の番所を指さした
「さっきそっちにいたがぁ(いたよ)」
「いなれ!!(いない)」
中年の女衆は困った顔で言った
「米剥きせんにゃぁちゃに」
弥太郎とジンは慌てて周りを見て回ったがたしかにいない
「弥平。。。見たか?」
戻ったばかり。。。状況の飲み込めない弥平は首を振った
「どこに。。。行った?」
ジンは振り返った
まさか。。。視線の山の上。。栃尾の屋敷を見ていた