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その26 激流 (4)

柄にもなく。。。

迫る日に

落ち着きを取り戻せない実乃はそれを隠すために自室で「禅」を組んでいた

手を合わせては見るが

摺り合わせ。。。。急な出来事に下準備もままならなかったのは己自身でもあり

両の手を

祈るように摺り。。。。冷静にひとつづ事態を考えようと焦っていた



予測を遙かに凌駕してきた春日山の出陣。。。。

あれほど犬猿の仲だった

晴景に従って総大将として号令を発した政景。。。。

それだけで少なくとも五千の兵は動く。。。。。


だが

栃尾が春日山に対して「下手」を打った憶えはない

その当たりはどの将よりも慎重だ



ただの「疑い」だけで。。。なんの宣告もなく「敵」に?

いったいどうやって諸将を納得させられたのだろう?


あの

怪聞を。。。。。守護代が。。。流したのか?



栃尾は。。。疎まれている

それはわかっていたことだが。。。。それに乗じた

中郡をほぼ平定し一大勢力となろうとした影トラを恐れ因縁ともども栃尾を葬るつもりか。。。。


額を手で叩く

やはりなにもかもが急すぎて考えはまとまらない



影トラの拒否。。。。


屋敷の戸と襖を何枚も破壊しなければ自分の気持ちを律せられないほどの動揺

考える以上に根の深い部分での会話はお互いの心をかなり抉ってしまう結果になってしまい

壮年ともいえる実乃もかなり疲れた


項垂れ

溜息を吐いた



「段蔵です」


風の音が微かにしたと感じたが。。。

障子には影が一つ浮かぶ


今朝の知らせからまだ夕刻だ


「入ります」

活発に動く影である段蔵は相手の動揺を気にしながらなど活動できない

入れの声がかるまえに素早く実乃の部屋に身体を入れた


実乃は目を開け

段蔵に渋く言った


「ダメであった。。。髪まで落としてしまわれて」

「諦めて良いことではありません」


無駄を蹴飛ばす返答

腹も立つがまさに言われるとおりだ

ココで「はいそうですか」と引き下がれるわけがない「栃尾」の全てがかかっているのだから

段蔵の物言いは正しい


「それで。。。知らせは?」


段蔵は部屋の周囲に目を走らせた

実乃は答えた

「わしの近習しかおらぬ」


そういう者たちまでが今は言葉を統率されている事を確認すると段蔵はそれでも実乃の耳に顔を寄せて話し始めた


「一つは秋明院様しゅうめいいんからのお返事です」

(秋明院。虎御前の母上「菊姫」の剃髪後の名前)


実乃はすかさず聞いた

「どうだった」


段蔵は少し余裕が出来たのか手をあげて言った


「ダメですね。。。怒鳴られました」

「なんと。。。」


実乃は程度秋明院の返答はわかっていたがそれでも迫る危機から「助力」の手紙を送ったのだ

それほどに切迫している状況であり

この状況の中影トラを動かすためにも祖母にあたる彼女の力をかりたかったのだが。。。

額をぶちながら困り果てた


「忘れたのではないだろうな」


段蔵は耳元で彼女のマネをしてみせた

実乃は顔をしかめて答えた


「忘れては。。。。おらん」



「因縁」



それはいろんな部分にあった

為景亡き後。。。一見平安に事は進んだように見えていた越後だったがそれまで「要職」にあった実乃を始め「栖吉すよし」の者たちは晴景に代替わりがなった途端

春日山から追い立てられた


いや

距離を取られた

春日山に座して周囲を固める準備に入っていた「栖吉衆」の計画を見越していたかのように

全ての職務からの離散が行われ虎御前の侍従を残し「退去」させられたのだ

その中にかつては為景と共に戦った実乃もいた


理由は。。。「例」の血統の問題だっと実乃は睨んでいた

母無し。。。と言われた晴景は噂を大きくされる前に未だ生きている虎御前への牽制としして

いずれ揉める事になるのならばいち早く城から一族を追い立てたかった

御前一人を残したのは「栖吉」に対する人質だった

安直な策ではあったが


効果は絶大だった


「追われる」という事は「不名誉」な事につながり

その一件によって「栖吉」はまたも他豪族からも見下されるという辛酸を舐めた


実乃も要職からの解雇という憂いにあい

縁を減らしその上敵対する「揚北」の守りの任を「要責任職」として宛がわれるという苦労を強いられていた



栖吉と栃尾は元々「親族」



晴景は執拗に「虎御前」の血筋を嫌っていた

言葉の上では来たるべく「揚北」との折半役としてだの

中郡に「長尾」の血族をおくためだのと綺麗事はいったが結局のところ「いつか」自分に刃向かうのでは?という疑いのかかった者の反抗を許さなかったのだ

この処遇に

秋明院は怒りにまかせ吠えた


「この仕打ち絶対にわすれぬぞ!!いつか「正統なる血」によって晴景をぶち殺してやる!!」



そして案の定

晴景は成長し邪魔な存在になった影トラを「前線」に投げ捨てた

「女」に何ができる?

そのぐらいの気持ちだったに違いない



ところが。。。。


「手紙は読んで頂けたのか?」

思い出に残っている秋明院の態度。。。。ダメもとで段蔵に聞いた


「読まずに火の中に。。。。」

段蔵は灯籠の前でその様子をマネて見せた

そういう事になるのではと思ってもこの尋常ならない「敵」に対処するための手紙をしたためたのに。。。


「オマエが読んでさしあげれば!!」

苛立ちに任せて怒鳴ってしまいそうになった実乃の口を段蔵は塞いで言った


「お言葉を預かっております」

ふざけた所作の中にもしっかりと任務をこなす段蔵は手を下ろすと注意もした

「実乃様の心が泡だっていてはみなも気を揉みます。。。もう少し静かに」


そういうと口伝をした



「栖吉は影トラ殿出陣の号(号令)あればすぐにはせ参じる。。。。と」


実乃は頭を振った

変わらぬ答えだった

辛酸を舐め続けた栖吉の者たちは虎御前の子。。。影トラに全てを賭けていた

「御旗」を掲げての大戦の準備はすでに出来ている

栖吉は名誉の全てを賭けて「正統なる血」の出立を待っている


待つという忍従の戦いの中にいる事に実乃は頭が下がった


「わかった。。。。。」


心を締める口伝に項垂れた

落胆と悩みの迷路に入ってしまいそうな実乃に段蔵は続けた


「もう一つの知らせは。。。。多少良い事と思います」


返事も返せない実乃にそのまま話しを続けた


「春日山の出陣は予想通りずれ込みそうです」

「ずれ込む?!」


下がった頭をはね上げて聞き返した

段蔵は少し張り合いを戻した実乃に落ち着いた声で言った


「収穫の時期ですからいくら気を吐いても「人手」はどうにもならぬものです」

「ではどのくらいずれる?」


物事の流れに「刻」を持っている余裕がなくなった事は栖吉の反応でわかった

どちらにしてもくる「敵」

陣触れが出ている以上はこないという事は絶対にない

ならばもっとテキパキと自分のすべき事に向かうしかない


「。。それでも二月ふたつき。。。。」



陣触れが出たときに一月後と予想されていた

それを早々に破って「政景」は進軍を押し立てたが収穫期の真ん中にあるこの時期に人は動かない。。。準備に一月。。。その上で一月。。。


「長く見たら三月みつき内か。。。。」

実乃は予想できる最大の日にちを上げた

段蔵は慎重な日数を答えた

「二月と十日。。。。」


「そして栃尾までの行軍の日数。。。。」


お互い顔を見合わせた

「わしはわしの勤めをまず果たす。。。準備は収穫が終わり次第」

段蔵は指で口をさえぎって


「準備は私がしましょう。。弥太郎に「栖吉」本隊はダメでも金津は動きますから」


それだけ言うと身体を返し部屋を出ようとした

「段蔵。。。」

実乃は少しだけ声をあげて去ろうとする足を止めた

振り向かぬ段蔵に



「直江殿は。。。。我らの味方であるな」


笑う

段蔵は柔らかく返した

「直江様はずっと影トラ様のお味方にございます」

それだけ言うと足早に庭に走り消えていった





実乃との密談を終えた段蔵は栃尾城の総構えまで降りてきていた

収穫のための荷車がいくつも並び百姓たちが門の前で荷駄の行き来をさせている

騒がしい

まだ春日山の不穏な空気はココには漂ってきていない


「それでいつ来るんだ?」


俵を運び

城内に持ち込む兵糧の管理をしていた弥太郎は背中を向けたまま手を止めずに段蔵に聞いた


二月ふたつき。。」


片手で軽々と荷車に俵を投げ善治郎たちに行けと手を振ると

土間の上がりに腰掛けて言った


「そこまでわかってるんだったらもう「戦う」しかないな」

汗を拭いながら当たり前のように答え

弥平に番所の戸を閉めさせた

「金津は?」

すでにいくさ人の顔になっている弥太郎


「金津が動かせる。。五十は確保できる」


数の話しだけで戦はうごかない

栖吉従属の金津が私兵を持って参戦しても「敗北」ぐらいしかうかばないそういう話しには慣れているのか弥太郎は手で話しを中断した


「政景殿の軍勢は二月たったらいかほどの数になるんだ?」

実乃に比べると格段に話しを進める

やはり若い頃から「上杉」に仕え緊迫の戦場をわたってきた男は要点をはずさない

「五千」


弥太郎は段蔵に顔を近づけて言った


「どうがんばったって栃尾じゃ千しか集められないのにわざわざ五千集めるのを待ってココに来るのか?」


「政景殿はお世辞にも戦上手じゃない。。だから数頼みになるだろうし。。その他に守護代様の旗本衆や従属組で三千は用意でき。。。」

段蔵は何かに気がついたように言葉を止めた


「何でだ。。。。」

誰に話すでもなく問う。。。

何故だ

段蔵の頭の中はめまぐるしく回る


何故。。。栃尾単体ではどんなに頑張っても千人だ

それに

二月まってまで五千を集める意味はあるのか?


この報告は明後日には皆に伝わってしまう。。。。


「嘘」なのか?


嫌な予感がした

段蔵は目の前に立ち返答を待つ弥太郎に

「影トラ様の事。。。実乃様に「早く」と。。。頼むぞ!!」

口早くそれだけ言うと

肩を叩いた



いやな予感

情報を晴景が操っている?


段蔵はそれを確かめるために

こちらに向かっているハズの直江の使者を待つ事は出来ないと判断したのだ





人混みの中に消えた段蔵の背中に弥太郎はこぼした

「負けは。。。ないな」

負けは「命」がない。。。後がないと隠した言葉で

「影トラ様なしでは。。。。ダメだろうな」

と腰をおろして疲れた顔を両手で覆った


そんな弥太郎の姿を手伝いに来ていた「つや」は見ていた

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