その26 激流 (1)
実が失意の中での帰路についた頃
春日山は突然の陣触れによって混乱の中にいた
よもや柳のように諸将の意見に振り回されて自分から決断を下すことのなかった晴景が。。。
「討伐」を決定してしまうなど考え及ばぬ事であった
「今しばらく。。。栃尾に使者をお使わしになってからでも」
「決定である!!」
直江以下春日山に詰めていた重臣たちの前
声高らかに晴景は質疑をぶつける家臣たちの言葉を絶ちきった
華麗な扇を開くと
決定を覆す事は決してない意志を顔を現して続けた
「春を待ってからでは。。。「芽」が出てしまってからでは遅い。。。。」
並ぶ家臣たちはおよそ初めて見る
「怒」の晴景に二の句を告げられなくなってしまった
普段ならぼんやりとした印象しかない姿に「鬼」がかさなって見えるほどに
「しかし。。。これよりしばらくは兵を集める事などできません」
直江は他の者とは違い怯まず答えた
先代の「戦鬼」の時からこの城に参勤している直江が怯んでしまっては他の者の立つ瀬が無くなる
そういう事もふまえた上で身体をさらに前に出すように意見を続けた
「収穫が終わるまで。。。兵を集められません少なくとも一月。。ですから。。」
「その一月で使者を送られたらよろしゅうございます!!」
直江の必死な談判に気がついた者が口を揃えた
今は丁度収穫の時でどの所領も人手を割けないのは事実だ
扇で片目を隠した晴景の口元は笑っていた
「よかろう支度に一月。。。使者も出そう」
なんとか引きとどめたい気持ちの直江はそれでも警戒を解かず
「事はその後に」
と拳を床に打ち付けて念を押した
いつもなら直江の意見に気押されてしぶしぶながらも頷く晴景だったが
今日は違った
笑う口元は告げた
「そうだ一月後に「出陣」だ」
愕然の切り返し
扇を払った両の目に宿る決意は揺らがなかった
そのまま顎をあげて続けた
「使者には。。。。完全な「降伏」を告げさせる」
誰もが蒼白の状態の居間から立ち上がった
もはや誰の意見も届きようにない中を足取りただしく進みながら言った
「願い通りだな。。。直江。。。頼むぞ」
直江にも告げる言葉がでなかった
晴景の意気込みに偽りがない事が明白にされた
二の屋敷から夫の後に付いて表屋敷に向かった綾は政景に何度もお願いしていた
「栃尾に。。。影トラを討伐するなどお断りください」
綾は。。。母,虎御前の様子からもこの事態が尋常な事でない事を何度も夫に言った
一晩の間
政景は眠れなかった虎御前の罵倒の果てに「出陣」を下された自分が。。。まぬけに思えたのは綾の説得にもあった
あの場の雰囲気に乗せられた
宴を催した時に決意を思い出し
妻の言葉で反省しきりになっていたが
結局そういう反省は何もかもが遅すぎた結果になった
「一月後。。。栃尾に向かって頂きたい」
晴景は軍議に送れてきた政景を別室に招くと躊躇なく告げた
自信に満ちた表情は
当たり前の裁定をくだしたのだ。。。と言わんばかりだ
政景が意見を交わそうと伏せた面を上げる前に綾が口をはさんだ
「待って下さいな!まだ影トラが「謀反」の気をおこしているわけでもないのに。。。それも出陣だなんて。。。」
頭を上げた政景は綾を止めようとしたがだまらなかった
「血を分けし妹ではありませんか!!」
身体を前に乗り出さん勢いの綾を政景が止めたとき
晴景は溜息を落とした
「だからこそ。。。わしが「鬼」にならねばならん」
不敵。。。
扇を仰がせ
自分手を確かめるように晴景は沈黙を守っている政景に言った
「この一族の争いに決着をつけるのにわしが決断を下さぬという事はあり得ぬ事であろう」
「ならばご自分が大将として出陣なさるのがふさわしいと思いますが?」
晴景の発する言葉の「謀」に躓かぬように静かに話しを聞いていた政景は「一族」という言葉を逆手に取った
小間使いのように晴景にいいように使われるのはまつたく「愚行」だ
自分が冷静である事を綾の手を掴み確かめた
「それではわしが「隠居」できない」
身体を後ろに反らせた晴景の目は
「安心して隠居したいと思うておるのだが。。。。」
「隠居」?
政景には驚きの言葉だった
「ではこの争いが終わったら。。。「隠居」なさるおつもりと?」
若さは我慢のきかない心を忙しくさせ
晴景の言葉に乗せられていく
「そうじゃ。。。そのためにはみなが認める「武功」が必要だとは。。。。おもわんかな?」
「越後守護代」
それは長年政景とその父が狙っていた職だ
為景と何度も争い
それでも手の届かなかった職が。。。。いとも簡単に転がり込む所にある
晴景と争う事なく。。。
政景は手のひらを広げて見つめた
自分の浅はかな「策」ではどうにもならなかったものがすぐ近くに。。。。
「何故そうまでして影トラを追い落とすのですか?」
綾は抑えられた手を政景を宥めるように握り替えしながら
それでも負けぬ勢いで晴景に詰め寄った
「一族の問題を解決出来た者が。。。。。ふさわしいと思う」
聞き流す
綾の言葉などもはや二人の駆け引きの中には必要無くなっている
「無理にとは」
駆け引きの綱は晴景の手の中にほぼ納められた
「いや。。やりましょう。。守護代様のおっしゃる事。。まこと真理なり」
政景は綾の手を自分の方に強く引き寄せた
「あなたさま。。。」
困惑の表情の綾
それに政治景は心配無用と首を振った
「では引き受けていただけますな」
全てを操った晴景は満足そうに言った
「万事お任せ下さい。。。。望む結果をお伝えできる事でありましょう」
政景の野心は大きく燃えさかった瞳の炎となっていた
枇杷島にて「陣触れ」が出たことを宇佐見が知ったのは
春日山での騒ぎがあった二日後の事だった
「守護代様が。。。自ら出陣するのか?」
手下として預けていた者は顔を曇らせながら答えた
「いえ。。寄せ手の大将は「長尾政景殿」との事です」
宇佐見は文台から筆を落とした
予想。。。何通りかの予測
「とりあえ。。。。晴景の下についた。。。。か?」
「晴景様はこの戦が終わったら隠居なさるおつもりのようです」
さすがの宇佐見も驚いた
立ち上がり小窓をあけ海をみた
「つまり勝てば政景は守護代になるのか?」
回転の速い宇佐見の頭は幾通りかの状況を考えていた
その中に。。。。晴景の「隠居」はなかった
というか意外な展開すぎた
権力という職にしがみつき春日山は結論を下せないであろう。。。。とさえ思っていたからこそ
あの怪聞を流した
「しかし。。。政景殿では。。揚北はともかく。。栖吉は絶対に従うまい」
駆け引き。。
政景は妻に「栖吉」の姫を。。。頂いている
横の血は万全。。。なのか?
「どうされますか?陣触れは一月後には出ます」
「陣触れが出てもすぐには兵を整えられないだろ。。。」
冷静に考えても
出陣で兵が集まるのに二月
秋は終わる
まだ時間はある宇佐見は次なる策を講じようと思っていた
できるだけ自分を高く評価する者に付き「軍学」の統べをつかう戦がしたい
それが願いだった
だが
そんなこざかしさをあざ笑うかのように五日後。。晴景は己の手のひらに描いた「戦」を始める
「栃尾討伐に参陣せよ!!」
政景は息を巻いた陣触れを発した
全ての諸将が呆然とするほどの迅速さで自らの旗本衆をいきり立たせた
もはや流れはとめられないところにきていた
城内でその気勢を目を細くして見る晴景
急転する出来事に心を悩ます綾姫
そして直江たち家臣団
遠く裏屋敷で男達の気勢を虎御前は静かに聞いた
「やっと。。。「戦」。。。」
その頃
栃尾のトラは未だ混迷の中にいた
血族。。。。
後書きからコンニチワ〜〜〜ヒボシです
過去の回想からもどって
たった一日の間にあった思い出話。。。もっと簡潔でもよかったのでは?
と
思う半面
こういう人生という積み重ねによって
鈴姫だった小娘が「実様」になり
おトラだった小娘が「虎御前」になり
培われた人生観によって物語の重要な部分として進展していくところだと思い
がっつり書かせて頂きました
さて
この時代
一族が滅びてしまう。。。。という事は「菩提」を弔う事もできない
無縁仏になりかねないという縁起をかつぐ武士にとっては
あってはならない事態でありました
血族というものは大きい
だから
晴景様の「母上不明」というのは長尾の家においても少なからず問題であったとおもわれるのです
不公平な社会です
女は「妻」または「女」としか家系図に記される事がないのに
その血についてはあれこれと文句を言われた時代でした
そういう意味では
存命していた為景と虎御前の間に「いわくつき」で産まれたとしてもトラは直系と言い切れました
そしてそれを長尾の一族も臣従する家臣も求めていました
では晴景様は。。。。直系じゃないのか?
前序のごとく
実様のいわゆる「不貞」によって産まれた晴景様はほぼ無理矢理
為景がねじ込んだ「自分の子」でした
たしかに父親は長尾の当主
直系ではあるのですが。。。。。正統とは言い難いのです
上杉の妻であった「長尾」の女。。。。
そういうふうな略奪婚があったとしてもこれはあってはならない事
ましてや略奪で産まれたのならなお家に認められない時代に
どさくさにまぎれての兄妹婚(注.結婚はしていない)の末にできた子供
そして
それはずっと春日山では疑われてきた事でした
それ故に家臣団はなかなか一致する事ができなかった。。。という背景につながります
為景は家督を譲る時に「晴景を助けろ」と実様に告げています
上杉と親密で穏和な関係を繋ぐ事ができるのは。。。
人には言えぬ関係になってしまったとはいえ
実は「母と子」である実様と晴景様でしかないからです
そういう背景をフォローする意味もあって実様は「定実代行」としての任務にも就き
晴景様の近くにいたのです
ただ
その内訳はしらなかったのですね
前回晴景様に言われるまで
きっと
血族という縛りによって晴景様は「母無し子」という誹りを受けてきた事も多々あったに違い有りません
そして
ココにきて
「正統後継者」という大儀を振りかざした虎御前
一世代前。。。。
生きることに一生懸命だった為景。。。鈴姫(実様)。。。おトラ(虎御前)
その混迷は
今終局に向け走って行く
いよいよ
「米山合戦」に突入していきます
注.上記の設定は小説「カイビョウヲトラ」での設定であり史実とはなんの一致もありませんのでご注意ください
次回は後書きに思い出編(藁)(月華,二人静)の人物評も書きます〜〜
これからもよろしくおねがいします!!!
それではまた後書きでお会いしましょ〜〜〜