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その25 二人静 (6)

一夜を眠れぬまま客間で過ごしたみのり

朝早くに晴景はるかげ呼び出した



「昨晩はご挨拶もなく。。。申し訳なく思っております」


幾分落ち着いた顔の晴景

声の様子も酒を残している感じではないし

病で弱っている感じでもない


「そのことはもうよろしい。。。私は争いを望んではいません」


実は本題を率直に告げた

いつもなら遠巻きに話しを始めるのだが

昨日。。。虎御前とらごぜんと己の運命さだめを叩きのめされるほどの会話があったばかり

座していれば物事は良い方向に進む訳ではない事は痛いほどにわかった

だから

取り返しのつかない事になってはいけない。。。足早く「釘」を刺さねばと

忙しくなった心のままに

眠らず考えた事を晴景に告げた



「争い?とは?」


首を傾げた晴景は穏やか口ぶりで返事をした


「影トラを討伐するなどという「長尾」に溝を作るような争いをしてはならない。。。と申しているのです。。。もちろん虎御前のあの言葉は無礼でありましたが。。座興での戯れ言でもありましょう。。昨日その事は叱っておきました故に。。。重ねて争いのない事。」


「討伐は決定であります」


急かす気持ちで口早く用件を告げようとした実の声を

眉を少しだけしかめた晴景はあっさりと切り続けた



「今朝はそのための軍議があります故に長く時間をとる事ができませぬ」


すでにこの部屋から出て行こうという勢いだ

実は着物の前を押さえた心の蔵は昨晩と同じぐらいに痛む


「待ちなさい。。。影トラは春日山に恭順を示しているではありませんか?それなのに力でぶつからねばならぬのですか?」


冷静に考えた

夜は十分の時間を与えてくれた

指折り考えても。。。。「討伐」は理に合わないものだ

「討伐」の的になっている影トラ自身からは「謀反」の気は一切出ていないし

むしろひれ伏している状態だと聞いている

それなのに「討伐」という言葉を放って引き下がらない晴景はおかしいと言わざる得ない


「争い望んでいるのは貴方ではないのですか?そのように聞こえます」


実はあっては成らないことと釘を刺すつもりで口調を強めて言った

自分の前

御簾を挟んでさらに遠くに座している晴景の表情は急に険しくなって


「ええ。。。。望んでおります。。。わしが「争い」を。。。」


静かな怒り

病がちで色の白い額に怒りの皺。。。

愕然とする答え


「何故。。。。何故ですか。。。」


晴景は姿勢を正した「覚悟」を示す言葉は実の胸を刺し通した


「誰が長尾の「正統」なる跡継ぎかを示すためであります」


「正統」なる

まるで虎御前の言葉を聞き取っていたかのような答え

「何を言っているのですか。。。貴方は為景様の後を継いだ立派な長尾の当主ではありませんか?」


喉を通る声が震える


晴景の態度は何かを「試して」いるようにも見えた

御簾の中を透かそうとする切れ長の目

その上に同じように伸びやかに整った眉。。。。は美しい

扇越しに今まではチラリと見る程度でしかなかった「子」の顔をじっくりと見た

薄い唇ながらもきりりと閉まった口元

顎だけに蓄えた髭。。。。


「似ている」



まるで自分と向かい合っているように。。。


そんな沈黙を晴景は破って言った


「確かに。。。わしは父から守護代の地位とともに長尾の家督も継ぎましたが。。。それを良く思わぬ輩にとってわしは。。。「誰」の子かと言われていた事があります?」


扇をさらにあげ顔を隠した

身体を守るように強く固めた。。。

倒れてしまいそうになった



誰の子?


「貴方は長尾為景の子ではありませんか。。」

「はい。。。父の子でありますが。。。。」

冷たい声の主は実の顔を見ようとしている。。。。



「母は知りません」


実の心は壊れてしまいそうだった

あんまりな言葉

でも

だけど

混乱してしまう心

告げるべき言葉が出てこない


二の句を絶たれた御簾の影に晴景は続けた



「わしは母を知りません。。我が家臣もわしの母を知るものが。。ほとんどおりません。。故に常に言われてきました「どさくさに紛れて」父の子になったと」


心を叩く

何度も

実は今一度身を起こした


「しかし。。貴方は現に守護代。。今更そのような事。。」



怒りに着火する

晴景は声を荒げて言った


「今更。。。まさに今更にございます。。たかだか「父の後妻」の子に「正統なる」などと言われたくはありません!!!」

「そのような事いったい誰が申しているのですか?」


苦悩に満ちた晴景の目は御簾から離れた

小さくセキをしたあと立ち上がりながら言った



「昔から。。。。長尾の家の者なら。。みな知っております」


縋るように聞き返した

どうしても引き留めて


「私は知りませんよ。。。そのような事」


すでに声に涙が混じっているのは誰にも聞き取れた

晴景の後ろに控える水丸にさえ聞こえただろう


「上杉様にそのような事が知れれば。。。長尾との間にいらぬ亀裂を産むやもしれませぬし。。。それにこれは長尾家の「恥」と扱われてございます故。。知る必要もないと存じますが?」




知らなかった。。。。。知らされてはいなかった

そうだ

何事も為景を通して語られていた。。。。外の出来事など。。。

だが考えてみれば解る事だ。。。

為景はどうやって晴景を自分の息子にしたのだろう。。。。同時期に流産なさった正室様の子?

そのぐらいしか聞いてはいなかった


だからなのか?

為景がそれに代わるものとして将軍からの偏諱へんいを頂いたり

晴景に色々と計らってくれたのは。。。


「待って。。。」


手を御簾に伸ばした。。

晴景はすでに部屋を出てしまおうとしている

引き留めて


。。。御簾を開けて。。。。


ダメ


でも開ける事は出来なかった



「母を知らないから。。。。」



ならば今ココで私が「母」であると名乗ってしまえば。。。この争いは絶たれる?

いや

そんな事をしてしまったのならば

晴景はいよいよ立場を失ってしまうその上。。。こんなにも罪のまみれた自分を愛し慕ってくれる「定実さだざね」の立場まで無くしてしまう

定実のみならず。。。。「上杉」の家名を落とし。。。

「長尾」の名までも。。。。


声を上げた

悲鳴にも近い声



「それでも争いを望んではおりません!!」


振り返った晴景は言った


「わしも出来ればこんな事はしたくないのですが。。。誰がお屋方(為景)の正統な後継者であるかをはっきりさせなくてはなりません。。。それも勤めにごさいます」


御簾の中。。祈るように伏した実の姿に部屋を出る彼はまるで自分に言い聞かせているかのように言った



「討伐は決定であります」






冬を近づけるかな雨の中

実は輿の中でただ泣いた


何も救われてはいなかった事に今更。。。晴景の言葉ではないが今更気づかされたのだ

自分だけが生き残る道にいた事。。。

残した「あの子」がどんな思いでそれらの日々を過ごして来ていたのか。。初めて知った


もはや

出来ることなど。。。。影トラが晴景の臣従のための条件を素直に聞き入れるようにと「祈る」事だけだったが

それは叶わぬ願いとも思えた


虎御前ははっきりと「あの子」の命を頂くと宣言している

この争いは。。。避けられないのか。。。。


それでも祈らずにはいられなかった

ただ流れる涙のまま手をきつく重ねて祈った



今はもはや死ぬことも「役に立たない」自分を呪いながら

元服2。。。


後書きからコンニチワ〜〜〜ヒボシです


かなり更新が滞ったりでご迷惑やら心配やらかけてます

すいません〜〜〜

今日

元服(2)を修正しました

最初の頃。。。。


なんて簡潔にドンドンと書きたい方向へ突っ走っていた事かと反省ばかりです

今回の修正で

ジンとトラの関係を少し大きく書いてみました

なんの縁もないのに「ただ必死」になっている感じにみえる最近のジン君の方向性をきちんとしたかった事があっての改訂でした


ジン君。。。

ヒボシが思っている以上にファンの方がたくさんいて

ほんとヒボシも嬉しいかぎりです

彼は。。。。

武田信繁が出てこなければ(爆)

まちがいなく準主人公でトラの次につくキャラだったのですが(藁)


いや

もちろん

信繁は武田の人ですからそんなに頻繁にでてはきませんけどね(藁)


でも

未だ重要なキャラである事に変わりなく

トラにとって必要な人でもあります

これからさらに過酷な運命に進む二人ですがどうか見守ってやってくださいませ!!



それではまた後書きでお会いしましょ〜〜〜

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