その4 陣江(2)
風呂から上がったジンは夜風がまだ厳しい城壁の一角にある木下で「禅」を組んでいた
が
「禅」を組むとは名ばかりで
頭の中では「トラ」を取り巻く出来事と人々の事を考えていた
必要最小限の事は光育が日頃零していた言葉から推測はしていた
が
。。。。
先ほどの「直江殿」との問答が気になった
「影トラさまの身の上は十分に知っている」
。。。
という事は
長尾の家臣は「トラ」が女だと言う事は知っている
そもそも
秘密にされていた事ではなかったみたいだし。。
でも
だとすれば
何故「女」のトラは「元服」した?
そしてこの栃尾に「長尾」の旗を持ってきた?
何故「武士」なのだ?
「考えてはいけない。。。」
目を開けて
頭をかいた。。。。
そんな事がなくたって自分は「トラ」の行く先に付いてきていたし
これからだってそうしていく。。。
少なくとも自分は「トラ」が林泉寺に来た頃から
生き方をその「中身」を理解し従っていると信じている
その気持ちでココまでやってきたのだ
「よろしいか?」
少しの風の中
目の前に直江が徳利を持って立っていた
緊張が走ったが
がそれを見破られまいと
はだけた作務衣の襟を大げさに引き寄せて言った
「夜はまだ寒いですな」
「武術はどこで身につけた?」
直江は躊躇する事なく確信に近づくための話をつづけた
ジンの目に映る「直江殿」は「剛将」という言葉そのままの人間だった
背は「やたろー」より少し低いぐらい
それでもあの大男よりその存在を大きく見せる「威厳」をもっていた
顎に蓄えた髭と,強固な意志を表す太い眉毛
おでこと,右頬に刀傷
こげ茶の直垂を着ていたが
ジンと同じく着崩した感じでゆったりしていた
亡き親方様の代から戦い続けた「戦人」(いくさにん)
すぐにわかった
嘘はダメだ
この武士に「嘘」は通用しない
たかが十七歳の自分に,この男を騙せる通りがない
素直に
質問に答えた
「寺の裏の畑で」
「畑?」
直江は少し首をかしげて
「いや。。。誰に習ったのか?」
ジンはほぼ独学で武術を身につけた事を話した
もともとは見よう見まねだったのだが
そのうち
総構えの町で出入りする武芸者に少しづつ習っていった
同時に町を歩く「無頼」の輩を相手に実践もしていった事
「寺ではあんな武芸教えてくれませんから。。」
そこまで話たところで直江はジンの横に
どっかりと座った
「いやいやなかなかに実践的だった。。すぐにも戦場に出られそうだ」
「トラはどうして元服したんですか」
素直に聞いた
どんなに「真実」を知っていても
いや
知っているからこそジンにはトラの「元服」は理不尽にも思えていた事だった
嘘を言わなかったのだから
少しぐらいは自分の疑問にも答えて欲しくなった
「長尾の家のため」
直江は
簡潔な答えを返してきた
「今はそれしかわからん」
これまた剛将とは思えないほどの素直な答えを返した
ジンは。。。
家のためにココに送られたトラの事を思ってこぼした
「女の子なのに。。。。」
「一緒に風呂に入ったくせに何をいまさら」
向き直ってしまった
直江はニヤリとしていた
ジンは一瞬のゆるみで出てしまった一言に赤面した
しまった
しまった!!
「あああっあれは。。。その。。。あの。。。」
しどろもどろになってしまったジンの肩を直江は押さえて言った
「気にしておらんよ」
「いやあぁぁ。。。そそそっそういう事ではなくってその。。」
「落ち着きなされ」
自分の中に裸の「トラ」を思い浮かべてしまった事をみすかされた。。
頭をかきむしった
煩悩が。。。煩悩が。。。
グルグル廻る
ついさっき「トラ」と風呂に入ったばかりだった
城内の者の手前
坊主であるから「女」と一緒には入れない。。
などと声をだすわけにもいかず。。。
いやいや
それが言い訳だ
目を閉じなく立って浮かんでしまう
あの背中,肩,首筋。。。細くて繊細な部分
正面を向いた時に見てしまった
ほんのりと,ふっくらし始めた乳房。。。
実際,褌をしていた事で「己」を見せずにすんだのが救いだったし
トラも褌をしていてくれたおかげで。。。
沈痛。。。。
頭を抱えて顔を隠した
耳まで真っ赤なジンに
「僧というよりは武人だな。。。」
と
より落ち着きはらった直江は言った
まだ顔をあげる事ができないジンをよそに続けた
「これからも影トラさまの近くにいるのか?」
そこは妥協できない
顔をあげて言った
「ずっといます!守ります!」
「だが煩悩は捨てねば」
厳しい言葉だった
そういう目で「女」としてトラを見ることは許されない
わかっている。。。
真っ赤な顔のまま
「守るために来たのです!」
半分は自分に言い聞かせた
そうだ「主君」たるトラに「恋」などしていいわけがないのだ
師,光育にも昔。。。初めてであったトラに仕えたいと言った時に念を押されていた事だ
「辛い事になるやもしれんぞ」
直江の顔が悲しそうだった
ジンは胸に手を当てていった
「それでも近くにいる事ができます」
その顔はしずかで。。。。悲しい顔になっていた
もう一度
自分に言い聞かすように言った
「この命を賭けて守ります」
直江は夜空を見ながら言った
「影から支える者としてか。。。」
「はい」
「トラを支える。。。。猿でいいですわ。。」
苦笑いをしながら言った
肩をそっと直江がたたいた
「名前を」
何か気持ちを察してもらった感じだったが改めて
「陣江です」
とはっきりと答えた
「名字は?」
孤児だったジンには名字がなかった
「陣江」という名前だって光育につけてもらったものだ
「ありません」
「では「加当」と名乗るはどうだろう」
肩をもうひと叩きして
「長尾に使える者が名字を名乗らんわけにいかんだろ!」
ぽかんとしてしまって
実感がわかなかった
直江は続けた
「影トラさまに使える武人「加当陣江」。。。どうだ?」
長尾家家臣中の家臣である直江実綱に認められた証だった
「ありがたく,その名を頂きます!!」
そういって頭を下げた
「これからもよりいっそう影トラさまの力になってくれ」
そういうと酒をさしだした
「命名の祝いだ飲もう!!」
この日,ジンは初めて酒を心地よく飲んだ
そして
ひっそりとだが
名を得たことでよりいっそう「トラ」の近くにいられる事を喜んだ
恋愛を書くつもりはないのですが。。。。
やっぱり
すでにして「史実」からは逸脱してしまっているわけですから
それなりにイベントも必要でしょう
いや
いらないって方もいらっしゃるでしょうが
それは勘弁してやってください
楽しくないと続けられない性なので(私が)
とりえずココまでの人物で
長尾景虎のちの上杉謙信
加藤陣江
小嶋弥太郎
直江実綱
本庄実乃
などが出てきましたが
歴史物にありがちな「大所帯」になっていくので
後書きのページなどを使って
人物表などもたまに書いていこうと思ってます
もちろん進行の支障のない程度に。。。。
なかなかままなりませんが
優しい目でよろしくお願いします